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第2話  あの白い服を着た人、誰だっけ?


 一郎が遅めの昼ごはんを終え、台所で洗い物をしていると――――。


 ピンポンピンポンピンポン


 最近子供でもしないようなチャイムの連打がけたたましく響く。

 こんなことをする人間は一人しか思いつかない一郎は苦笑いを浮かべ、水を丁寧に切ってからゆっくりタオルで拭く。


「……はいはい」


 スリッパをペタペタ言わせて廊下を進み、身を乗り出してカギを開けてチェーンを外す。ドアノブに手を掛けようとしたその瞬間、先んじて扉が開かれる。完全に不意を突かれた一郎は体勢を崩して外へ飛び出してしまった。


「――ちょ……あぶ……」


 反射的に手を突き出しかけたがそこは作家の矜持(きょうじ)

 指を庇って肩から落ちる。

 土俵際の力士でもあるまいに。

 コンクリートとの衝撃も覚悟したが、不意に大柄な女性が扉の影から超反応で現れて間一髪彼を受け止めた。


「ビックリした! センセってば、なんでいきなり飛んでくるの! バカなの?」


「おッ……お前が、き……急に開けるからだろ!」

 

 妙にいい匂いのする茉理に抱き止められた一郎は照れ隠しで叫び、我に返って周囲を見渡す。幸いなことに誰にも見られていなかったが、いつ出てくるとも限らない。彼は茉理を突き放して慌てて玄関内へと引っ込んだ。


「……センセって思っていた以上に軽いよね。ちゃんと食べてる?」


「今食べたところだ!」


 茉理はニヘっと相好を崩し、犬よろしく鼻をクンクンとうごめかす。


「……焼きソバ?」


 ソースの匂いが残っていたのか、見事それを的中させる。

 一郎はそれには答えず、耳を真っ赤にして部屋に戻っていった。

 

 


「――ねぇセンセ、早速だけどコレ読んで!」


 例によって勝手に飲み物やらお菓子らをテーブルに並べた茉理が、カバンの中から乱暴に紙束を取り出し一郎に突き付けた。彼はそれを神妙な顔で受け取る。

 先程のピンポン連打と関係あるのだと思った一郎は、四の五の言わずそれに目を通し始める。

 徐々にニヤニヤとだらしない顔になり、何度か噴き出しそうになるのを堪えた。

 茉理は不機嫌そうにそれを睨むのだが、一郎はそれを気にせず最後まで手紙を堪能する。


「――ね? ヒドいでしょ?」


 一郎が顔を上げると、茉理はコーラ片手に詰め寄る。

 彼は彼女から身を引きながらも、それには一応の同意を見せてやることにした。

 ほんの少しの同情もある。


「確かにな。無邪気さや愛嬌がウリの彼女は人気が出るだろうとは思っていたが、ポジション的には『うっかり八兵衛』に落ち着いてしまったな」


「……おっさんじゃん」


 キレンジャーですらなかったことに、茉理はより深くヘコむのだが、更に彼は追い打ちをかける。


「まぁ、うっかり八兵衛は食べ過ぎて翌日えづいたりしないが、な」


「うるさいって」


 茉理は苛立ち紛れに手元にあったクッションを投げつける。


「ただでさえセシル登場で出番が減ったのに、食べたり驚いたりする描写ばっか用意するセンセが悪いんだよ!」


「……事実だろう?」


 一郎はクッションをポンポンと叩きながら形を戻し、再び茉理の隣に置く。

 置き方も几帳面な彼は裏表や角の位置を決めている。

 それを茉理は再び乱暴に掴み上げて胸に抱きかかえると、ムスッとした表情で一郎を睨んだ。

 見上げられる形になった一郎はドギマギしながら、取り敢えずそれを気取られないようそっと後ずさり。茉理は鼻息荒く続けた。


「今は事実がどうとかのは話はしてないから! 私このままじゃ『あの白い服を着た人、誰だっけ?』って言われちゃう! 『食べるだけのヒロイン』とか言われちゃう! それがイヤなの! 何とかしてよ!」


 茉理の魂の叫びに、一郎は盛大な溜め息をこぼした。




「――まぁ、案はいくつか思いつく。少なくとも今度登場予定の人物は()()に馴染みのある人間だから、ストーリーにチェリーが絡むのは決定事項だ」


「ホント? 一緒に食べてるだけとかじゃなくて?」


「……あぁ。シリアスなシーンを入れる」


「シリアス!? ……うれしい!」


 茉理は立ち上がりぴょんぴょん跳ねて喜びを爆発させる。

 見ている一郎の方が恥ずかしくなってくるほどの喜びようだった。

 彼は自業自得だと思っていたのだが、茉理はチェリーに相当な思い入れがあったらしく、今の評判は不本意なのだろう。

 彼女なりにチェリーを考えてくれるのは一郎としても喜ばしいことだった。


「そろそろ跳ねるのをやめろ! 上の階の人に迷惑だろ!」 


「え? そういうのって普通下の階だよね?」


「……ウチは天井低いんだから。頭打つぞ?」


 茉理がきょとんとした顔で見上げた。そして「あぁなるほど」と小さく呟く。


「何かこうやって背の高さをいじられるのも小学生以来だなぁ。ホント一郎センセってガキだよね」


 そう言いながらも彼女は背伸びして長い腕を伸ばし、天井に手のひらをペタンとつけて見せた。

 あながち一郎の指摘も事実かと思ったらしい。しばらくして首を捻った。

 少し膝が曲がる。


「……試すなよ?」


 一郎が機先を制して告げると、あからさまに動揺を見せる。


「…………そんなコトする訳ないし」


「……どっちがガキなんだか」


 一郎は彼女に背を向けてスリープさせていたパソコンを起動させた。




「――え? ちょっとセンセ何する気?」


「何って、仕事に決まってるだろう? 散々『書け! 早くしろ! 締め切り守れ!』って言っておいて」


「いや、この流れはアッチへ行く感じでしょ?」


 一郎は目を見開く。

 全然その気は無かった。

 しかし茉理は心外とばかりに首を振るのだ。


「イヤイヤ、センセ、もう行く流れだって」


「流れとか知るか! 今日はそんな気分じゃないんだ。このあと買い出しの予定もある。そもそもお前、今日来るって連絡無かったよな? 完全なアポ無しだよな?」


 一郎にだって段取りぐらいあった。

 昼の焼きソバを作るのに冷蔵庫に余っていた食材をぶち込んだのだ。

 むしろ冷蔵庫を綺麗にしたいが為に焼きソバを作った。

 冷蔵庫に何か余った状態で買い出しに行くのがストレスな彼特有のルーティーンだ。


「アポ無しは確かにそうだけどさ。……でもそれってよくあることじゃん! 今更そんなこと責めないでよ!」


 茉理としても前夜のファンレターチェックで動揺して、衝動的に一郎を訪ねたのは悪いとは思っている。だけどそれはそれ。これはこれ。


「センセは仕事的に曜日なんてあってないようなものなんだし、買い出しなんて明日に回せばいいじゃん」


「俺だってそこそこ忙しいよ! ……これだから『博多どんたく港まつり』は」


「黙れ! 毎日が日曜日の自由業め」

 

 茉理はボディに一撃を喰らわせた。


 ――そんな言い方……。


 一郎は肉体的衝撃以上の理不尽さに打ちひしがれる。

 確かに作家稼業は毎日が日曜日と言えなくもない。

 しかし毎日が平日でもあったりするのだ。

 ただこの流れになってしまった以上、世間には()()()というものがある訳で……。

 一郎は並べられていたレコーダーを掴み――。


「……ログイン」


 床に膝を付きながらも、何とかそれだけを口にした。

 見上げると茉理が本当に嬉しそうな顔をしている。

 それだけで、『……まぁいいか』と思う一郎だった。

 

 


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