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第18話  事情は何となく読めてきました



「――帝国ってムダに広いなぁ」


 茉理は御者台のセシルに聞こえないように小さく呟いた。例の『旧時代の地図』を見ていたから、現代人の茉理にもこの国の広さがある程度分かる。


「これでもこの大陸随一の国力を誇りますからね」


 だけどセシルの耳はきっちりとその声を捕らえていたらしい。ビクっとなってしまったところを一郎に見られてしまい、思わず八つ当たりとばかりに手が出てしまったのはご愛敬か。

 何だかんだ言って、セシルもそんな彼らの案内役を楽しんでいる様子だった。

 一郎がセシルと彼の持つ知識の価値を認めたのが大きい。

 研究施設を出てから、決定的な言葉を交わした訳ではなかったが、お互いが協力し合うことは暗黙の了解となっていた。

 

 ――あ~あ、これで私もラスボス一派の人間かぁ。


 茉理はこれからの展開、一時的とはいえジークとマリアと対立する未来を想像して口元をへの字に歪めた。

 


 馬車の速度が落ちたのを感じた茉理が窓から身を乗り出すと、前方に目立つハコモノ施設の廃墟を発見する。彼女はあまりに見慣れたフォルムに素直に「おおっ」と感嘆の声を上げた。

 その一方で御者台のセシルは首を捻る。


「どうした、セシル?」

 

 白々しい一郎の声に彼は困惑したような表情で振り返る。


「いや、この辺りはディーゼル王国との紛争地でして、まぁ、今のところ仲良くやっていることもあって軍があまり立ち入らない感じに落ち着いているんです」


 それを良いコトに賊が根城にしているらしい……のだが。


「……そんな痕跡など欠片もないな。私たちが来ると察知して隠れたのか?」


「さぁ、そんな雰囲気でもなさそうですね」

 

 そんな会話をしながら、三人は大した警戒も無く馬車から降りる。

 セシルは周囲に人の気配を感じないから。

 一郎はそんな敵などいないと知っているから。

 そして茉理はなるようにしかならないと考えているから。

 三者三様の彼らが真っ先に注視したのは不自然な存在感を示す荷馬車。

 

 ――こんなところで行商?

 ……な訳ないよね?


「先客……か?」


 彼女の心を読み取る様に一郎が呟いた。

 

 ――それにしても、『……か?』 ってナニ?

 

 茉理はセシルと一緒に首を傾げている一郎が可笑しくて仕方なかった。

 


 例によってセシルの先導で中に入り、一直線に最奥の部屋を目指したのだが、すでに地下への階段はぽっかりと口を開けて待っていた。


「……ふむ」


 セシルは片眉を上げて階段の縁で立ち止まる。明らかに不満気だった。それだけにいつも笑顔で武装(コーティング)する彼の()が見られた気がする。

 その気持ちは分からないでもない。 

 このセカイにおいて、『こういった地下施設の存在』を知っているのは一部の知識人のみ。ここを根城にするような賊の手には余る。

 つまり地下にいるのは同業か競合のどちらか。

 同業ならばセシルに連絡が行っているはず。

 つまり……厄介ゴトの匂い。

 このまま準備無しで突入してもいいのやらと思案する三人の耳に階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。その音は徐々に近付いてくる。

 三人は目線で示し合わせて身を隠すことにした。

 駆けあがってきたのは見るからに賊の男女二人組。彼らは息を切らせ、へたり込むように階段の最上段に腰を下ろした。

 ただの賊だと茉理は安堵したのだが、肝心のセシルが固まっていた。

 男も視線を感じたのか、いきなり頭を跳ね上げると三人が隠れていた部屋の入口を凝視する。

 セシルが姿を見せると、彼も同じく驚きで固まってしまった。

 どう考えても二人は顔見知りだった。

 

 ――それにしてもセシルと賊、どう接点があるのやら。


 改めて男を見るとかなりのイケメンだと分かる。ただのモブにはもったいない。茉理がそんなことを頭の隅で考え始めた瞬間、男はいきなり隣に座る女のボディに鋭い拳を打ち込んだ。

 彼女はいきなりの裏切りに唖然としながら昏倒する。

 彼は素早く彼女の耳からイヤリングを取り外すと、セシルに近付き恭しく片膝を付く。そして無言のまま戦利品と言わんばかりに差し出した。

 セシルは彼の手にあるイヤリングを見つめること数秒。やがて苦悶に満ちた表情で長い長い溜め息を吐いた。


「……えぇ。なるほど。……事情は何となく読めてきました」


 その絞り出すような声に、男はじっと見上げながら耳を傾ける。


「あとは私が穏便に処理すると約束しましょう。この女性も悪いようにはしません。…貴方は追手が来る前に早く退散して下さい」


 男はホッと一息つくと、イケメンスマイルで一礼した。そして驚くようなスピードで窓から外へと飛び出していく。その姿はまるで忍者。当たらずとも遠からずだろう。


「……どうする? 下りるのか? 間違いなく地下で()()()が待ち構えているぞ?」


 一郎の言葉にセシルはイヤリングを手で転がしながら頷き、一段階段を下りる。


「この女の人はどうする?」


 尋ねる茉理に彼は振り返って微笑み、部屋の外の廊下に向けて声を張り上げた。


「この女性は私たちの乗ってきた馬車に。……よろしくお願いしますね?」


 すると、いきなり足音が聞こえた。


「……はいはい。どうせこんな雑用ばっかですよ」

 

 そんなぶっきらぼうに返事とともに少年が姿を見せる。そして不機嫌そうに鼻を鳴らしながら彼女を軽々抱えると、そのまま出て行ってしまった。

 




「――うわッ、カバだ! メカカバが動いてる! ちょっと可愛い!」


 それが地下で繰り広げられていた激闘を目撃した茉理の第一声だった。

 必死の形相で戦っていた全員とカバゴーレムが、あまりにも緊張感に欠ける茉理の声を咎めるかのように一瞬硬直した。


「……しばらく時間を稼いでくれ! 私が()()()()()!」


 変な空気になったところを一郎が叫ぶ。そして派手な身振り手振りで誤魔化しながらレコーダーを取り出し、吹き込み始めた。

 今の失態を誤魔化すかのように茉理がお手軽魔法でカバの気を惹けば、剣を構えたセシルがそれに続く。ジークもマリアも何かが起こることを察したのだろう、機敏な動きでカバに攻撃再開した。彼らと一緒に戦っていた戦士二人も連動して動き始める。

 全ては何か企んでいるらしい一郎にカバの注意がいかないように。


「……『留止を愛でる夜の君。我が名はヨハン=ベルムート。汝に問う――』」


 その光景を壁際で待機している女性が感情を出さない目で観察していた。



 茉理が思っていたよりもカバゴーレムは速く硬く、何より強かった。


「ねぇ、センセ――」


 いつまでも発動しない魔法に痺れを切らした茉理が振り返って文句を言おうとした瞬間、誰かに抱えられて床に押し倒された。そのすぐ横を巨体が猛スピードで通り過ぎて行く。


「戦闘中は気を抜いてはダメだ」


 細身のダンディ戦士が苦笑いで茉理に覆いかぶさっていた。


「……あ、ありがとうございます」


 茉理は少しドキドキしながら礼を告げる。


 ――うわぁ、押し倒されちゃった。

 センセからもまだなのに。


 横目でチラリと一郎を見ると、彼は不機嫌そうに茉理を睨んでいる。


 ――分かってるって!

 そんな顔で怒らなくてもいいじゃん。

 最悪ケガしてもマリアにお願いしたらいいんだし。


 そもそも本当に危ないときはレコーダーで何とかする取り決めだった訳で。

 心の中でそんな言い訳をしているうちに、魔法の準備も佳境に入ったらしい。


「……『――凍える笑みの()()を』」


 一郎は皆の視線を意識したクールなキメ顔で発動させた。

 次の瞬間、カバゴーレムが光る。

 そしてその場でピタリと動かなくなってしまった。

 ものの見事に駆ける姿のままで。

 妙に躍動感のあるオブジェの完成だった。

 余りの光景に皆が目を見張る。当然茉理も驚いた。


 ――これってアス〇ロン的な?

 それともザ・ワー〇ド的な? 


「時間が経てば再び動き出すからこれで終わった訳じゃない。……とは言え、しばらく時間を稼ぐことが出来るだろう。取り敢えず作戦会議を始めるぞ」


 一郎が首をコキコキ鳴らしながら近付いてきた。




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