第14話 ウソでしょ!? そんなコト考えたこともなかったわ!
「――だからね、私、そのお尻触ってきたクソ男を思いっきり店の外まで蹴り飛ばしてやったの!」
午前中からひたすら飲み続け、イイ感じに出来上がっているリズを囲んでワイワイと騒いでいる一団があった。ものの見事に全員出来上がっている。いつの間にか日も暮れており、更けていくごとに彼女を囲む人間の数が増えていった。
あっち行きこっち行きするリズの話に彼らは大いに頷き、笑い声で合いの手を入れる。これも巫女の巫女たる特性なのか、人を惹きつける彼女の笑顔に全員がデレデレだった。
護衛という役割を請け負ってしまったジークは彼女の側を離れる訳にもいかず、少し離れた席でジュースを飲んだり軽食を頼んだりして間を持たせているが、お酒が飲めない未成年の彼にとっては少々身の置き所の無い空気。早くも持て余していた。
相棒のマリアは両方の席をいったりきたり。ジークに気を使ってくれているのは分かるが、どうやらリズと話が合うらしい。
そのことにジークは全く不満を感じていない。むしろ嬉しいぐらいで。
マリアはこのセカイで孤立しがちだった。
チェリーが彼女の唯一無二の友達になってくれたが、それまではこのセカイの人間と距離を測りかねている風に見えた。
ゲームセカイの人間と深く交友しても仕方ないという考えが根底にあったのだろうし、ジークも似たようなコトを感じていた。
とくにマリアは現実セカイにおける人間関係に相当ストレスを感じていた様子だった。その上このセカイまできてしがらみを感じるのはゴメンといったところか。
だけどリズは気が合うらしく、ジークやチェリー見せる笑顔とはまた違った気楽な、それこそ昔馴染みの親友に見せるような顔で笑うのだ。たとえゲーム内キャラであっても彼女にそういう相手ができたことが純粋に喜ばしいとジークはほんのり胸を温かくするのだった。
そのリズはいつの間にか合流していた冒険者ギリアンと飲み勝負を始めていた。
あの別荘で巫女エイダにかしこまっていた姿がいまだ鮮明に残っていたが、彼自身その辺りは上手く切り替えたらしい。普通に『シスター・リズ』と楽しいお酒を飲んでいた。
――単純に巫女の現況把握という面もあるかもね。
そして何故かその勝負にを上機嫌なマリアまで参加している。
これには流石のジークも苦笑いを浮かべるしかなかった。
「――ふう、さすがに飲み過ぎたかしら?」
リズがマリアの肩を借りながらジークのテーブルに戻ってきた。二人とも完全に酔っ払いの顔をしている。
二人は窓の外を眺め、明け始めた空に飲み続けていた時間を思い知らされたのか驚いた顔を見合わせる。不意にぐらりと崩れそうになった二人を慌ててジークが支えた。
「さすがにもうお開きね」
リズが名残惜しそうに振り返れば、飲んだくれて机に突っ伏した老若男女の死屍累々。ギリアンさんだけが平気な顔で水を飲んでいた。
「ねぇ、リズさん、知ってました? ……飲み過ぎ食べ過ぎって完全状態回復魔法で治るんですよ?」
マリアはイタズラっぽい顔でリズの顔を覗き込む。
彼女はチェリーを使って何度も人体実験を繰り返していた。
それを冷ややかな目で見るヨハンとジーク。
結果は、どこまで飲んでも食べても大丈夫ということ。
ジークにしてみれば、正直そこまで過酷な実験をする意味が分からなかったが、彼女たちにとっては死活問題ったらしく、二人とも真剣な顔でそれに取り組んでいた。
リズは最初マリアの言葉の意味を理解しかねて首を捻っていたが、徐々に目を見開いていく。
「…………ウソでしょ!? そんなコト考えたこともなかったわ!」
彼女は瞑目するといきなり無詠唱で魔方陣を展開させた。
この酒場全体を範囲内に収めていることを二人と一人は直感で感じ取る。
やがてリズは右手を天井に突き上げては魔法を発動させる。
魔力波によって彼女の裾の長いローブが派手に翻り、例の白い太ももがジークの眼前に晒された。しかし彼としても今はそれに目を奪われている場合ではない。
ジークは膨大な魔力の奔流を感じて肌を粟立たせる。
圧倒的強者の存在を意識した本能が慄いたのだ。
やがて膨れ上がった魔力とローブが収まって、店に一瞬の静寂が訪れる。
一拍置いてからぐったりしていた者たちが驚きで顔を跳ね上げ始めた。そしてそれぞれが顔を見合わせる。ジークにはイマイチ魔法効果の実感が湧かなかったが、マリアがスッキリした顔で頷いていることで一目瞭然。
リズは先程の神々しい雰囲気から一転して人懐っこい笑みを浮かべると、マリアを力一杯抱きしめた。
状況が状況なら感動的なシーンなのだろうが、実際は違う。
酒臭いシスター姿の女性二人が二日酔いの特効薬を見つけた喜びを分かち合っているだけだ。
二日酔いなど経験したことのないジークには理解しようのない喜びだっただけで。
客の一人が小さくぼやいた。
「……おいおい、マジかよ、ねぇちゃん。せっかくの酔いがさめちまったじゃねぇか」
「ごめんごめん。……せっかくだから飲みなおす?」
リズは舌をぺろっと出す。
その姿に再びデレデレになり盛り上がる男たちだったが、そこにマスターの待ったが掛かった。
「……もう倉庫の中はすっからかんだよ。夕方までには入ってくるから一旦店じまいだ」
「なんだよそれ!」
客たちは先程までどれだけ吞んでいたのかも忘れたのか、盛大に文句を言い出すが、マスターも無いものは無いとにべもない。
「……まぁ、どのみち俺はこれから仕事だしな」
若い男が伸びをしながら立ち上がれば、他の男は頭を抱える。
「あぁちくしょう! 酔いは消えてくれたが仕事まで消えた訳じゃねぇんだよなぁ」
「なぁ、ねぇちゃん、俺の仕事も今の魔法で消してくんねぇかな?」
ついに男たちは好き放題言い出すのだが、リズは先程と違う笑みを浮かべて彼らに向き直る。
「糧を得るための仕事であろうと、家族を養う為の仕事であろうと、皆様に仕事があるということが幸せなのですよ。求められるということは本当に幸せなことです。皆様が無事に一日働き、お酒を楽しむことが出来る平和。それがどれだけ尊いことなのか、皆様は御存知のはずです。だから今日はそれを噛みしめ、ラフィル様に感謝しながら一生懸命汗を流してみませんか? そしてそうやって得たお金でまた美味しいお酒を飲みましょうよ?」
リズは諭すように彼らに語り掛ける。
――でも、そういう彼女は教皇のポケットマネーで飲んでるんだけどね?
ジークはうっかり彼女の言葉に流されそうになりながらも、冷静に心の中でツッコむ。
だけど男たちにはフルケア同様効いたらしい。
目に光を湛えながら一人一人と立ち上がり、リズに片膝を付いてそして強い足取りで店を出て行った。その光景をジークとマリアはポカンとした顔で見つめる。
フルケアといい今の言葉といい、巫女の潜在能力を改めて目の当たりにしたジークとマリアは見つめ合い小さく頷くのだった。
そしてギリアンも同様、それらの光景を射抜くような視線で観察していた。




