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第5話  殿下、アレって何なんですか~!?



 遠目でも劣勢が見て取れた。何もない田舎道を進んでいた乗合馬車を多勢のモンスターが幾重にも囲む。帝国でもこの地のように未開な場所ではまま起こりうる光景だが、それでもセシルは眉を顰める。

 自らが将来()さねばならないことを改めて突き付けられた思いだった。

 本来のセシルならば何を置いても駆けつける案件。

 しかし彼は愛馬の手綱を握りしめたまま動こうとしなかった。

 隣で様子を窺っている少年従者の方が焦るほどに。

 セシルは小さく笑みを浮かべて彼を落ち着かせる。


「肩の力を抜いたらどうです? 彼らなら心配いりませんよ。オーバーモードのレオゴーレムすら(ほふ)る手練れなんですから、あの程度、何でもないですよ。それに彼らには優秀な護衛をつけています。……そのうち私も合流しますが、そのときはよろしくお願いしますね?」


 セシルは今後のことも言い含めながら、緊張する彼を安心させるよう微笑んで見せた。


 

 しかしヨハンとチェリーの二人は、いつまで待ってもセシルが期待するような戦闘風景を見せなかった。このままじっと観察を続けてもいいのか、はてさてどうしたものかと思案したとき、ようやくチェリーが動いた。

 どこか見覚えのある『見慣れないステップ』。

 そして彼女の周りをキラキラとチラつく光。

 命のやり取りをする血生臭い戦場にあって、その対極にあるおとぎ話のような夢のある光景。

 あの時のセシルは、その悪趣味さを笑顔でやってのけるチェリーのその神経に辟易(へきえき)したものだが、それはそれ、これはこれ、今は今。

 期待していた以上の展開になって身を乗り出す。 

 

「……ほう、()()ですか?」


 セシルは涼し気な容貌に似つかわしくない獰猛な笑みを浮かべて歓喜した。


「アレってなんですか?」


 少年レイが戦場の光景と隣の貴人の変貌(へんぼう)、双方に目をまん丸にして尋ねる中、セシルはそれを無視し馬を走らせる。何か新しい動きがあれば彼らに接触するのは打ち合わせ通り。少々予定より早いが、それでも好奇心が(まさ)った。


「殿下、アレって何なんですか~!?」


 レイの声が遠くなった。


「……だから、『殿下』はやめろと言っているのに」


 セシルは小声で毒づきながらも、馬をモンスターの一群に突入させるべく彼の首元をさすった。


「いつも無理させて悪いな。……今回も頼むよ」


 彼の愛馬は優秀な軍馬。

 この程度のモンスターなら容易(たやす)く蹴散らす。


『――詠唱にも時間がかかるし』


 セシルの耳元でごうごうとざわめく風をぬって、そんなヨハンの声が届いた。


「――それならば私も手伝おう!」


 彼はそう叫ぶと馬から飛び降り、その移動力を利用しながらモンスターの一団に連撃を加えていく。そして砂ぼこりをあげながら華麗にすべるように着地。それと同時に血しぶきを上げてモンスターはバタバタと倒れていった。


「――セシル! 助かったよ!」


 ヨハンが喜んで迎えてくれた。だが彼の登場自体に驚いた感じはない。

 いずれ接触があることは読んでいたのだろう。

 セシルは悔しさを腹の中だけで納めながら、表面上は冷静に、「時間稼ぎぐらいならお手伝い出来ますよ?」と軽く伝える。そして背後から襲い掛かるモンスターを振り向きざまに一閃。

 再会の挨拶もそこそこに乱戦が再開された。



 セシルは戦闘中も出来るだけチェリーから視線を外さずにいた。 

 彼女は魔法弓を振り回しながら真剣に詠唱している。


 ――やはりこの前のゴーレムを凍り付かせたあの得体の知れない魔法だ。


 セシルはあの珍しい光景を再び拝めることに喜びながらも、そもそも二人ともこの戦闘にあの『ヴィオールの技術の粋を集めた得体の知れない魔法弓』を使っていなかった()()を知って胸がざわつく。


 ――もしかしたら、私は誘い出されたのか?

 このモンスターも、彼らの仕込みだったりする?


 ことヨハンに関しては、疑い出したらキリがなかった。

 彼だと本気でやりかねないのだ。そういう雰囲気を持っている。

 現在調査中だが、あのゴーレムと賊たちの背後にいたのがヨハンだというのも、まだ否定し切れていない。

 そんな彼の思案を遮ったのは、チェリーの叫び声。


「――さぁ舞い上がりなさい私の『フェニックス』! ……フレイムトルネェェェーード!」 


 彼女が恍惚(こうこつ)の表情で自分自身を両腕できつく抱きしめると、魔法陣の中心から勢いよく真っ赤な炎を纏った巨鳥が飛び出し、けたたましい鳴き声と共に空へと舞い上がった。

 

 ――フェンリルの次はフェニックスだと!?

 なんなんだ、これは?

 夢なのか!?


 セシルが自身の正気を疑っている中、炎を纏った真っ赤な巨鳥が飛び出るのと同時に辺り一面が火の海になる。かの鳥が派手に羽ばたき、そこから舞い落ちた赤い羽根が魔方陣の核となる部分に突き刺さった。

 そこから魔方陣に魔力が注がれていくのだが、そのあまりの魔素の濃厚さにセシルは肌を粟立たせ立ち尽くす。

 相変わらずどこか稚気(ちき)めいた遊び心を感じさせる、そして魔法の才能だけで無理矢理成立させたような、理論体系も学術的なセンスも何も感じられない『ふざけた魔法』だが、それでもその光景から目が離すことが出来ない。

 セシルは自身の相反する感情を持て余しながら奥歯を噛み締める。

 その一方、ヨハンはヨハンで例によって得体の知れない魔法を発動させていた。 

 どんな理論なのか分からないが、巨大な魔方陣の中心に向かって、散り散りになっていたモンスターたちが吸い寄せられ、陣の中に押し込められていく。

 それと同時に魔力が充填したのか、魔方陣が激しく光った。


「やっちゃえ~!!!」


 チェリーのはしゃぐ声と同時に炎の竜巻が発生した。

 天を衝く真っ赤な火柱が何とも言えず美しい。

 一箇所に固められたモンスターは火柱の中にあるせいで見えなかったが、生きてはいないことだけは確実だった。

 



「……とんでもない魔法だった」


 セシルはポツリ呟くと、気を取り直して一緒に戦ってくれた御者の肩を叩いて(ねぎら)う。しかし彼はそれには反応せず、剣をだらりと下げて口をポカンと開いたままだった。少し気になって客車で待機しているであろう部下夫婦に視線を遣れば、彼らも同じように呆然としていた。


 ――その気持ちは分からないでもないが、プロであるキミたちはそんな顔しちゃダメだよ?


 セシルは苦笑いを浮かべ、一番手柄であるチェリーに話しかける。


「お疲れ様。今回は炎の魔法だったんだね?」


「そうなの! これはずっと前に私が初めて作った魔法で――」


 嬉々としてチェリーは今の魔法の素晴らしさをセシルに説明するのだが、正直彼の耳にそれは入ってこない。視線は魔方陣があった場所へと移る。

 そこには肉一片はおろか、骨一本すら残っていなかった。

 既存の強力火炎魔法でもこうはいかない。

 単純にこれは肉や骨が残る生々しい光景を、編集者茉理の美学としてNGにしていただけなのだが、登場人物であるセシルに知る由もない。

 

「まぁまぁ、それよりセシル。それより、改めて助けてくれて心より感謝する」


 ヨハンは場の空気を変えるかのようにセシルに声を掛けてきた。

 彼もこれ幸いとヨハンに乗る。


「いえ、私もこの辺りの治安体制の不備が気になっていたので自主的に見回っていたところでした。……皆様を助けることが出来たのも本当に偶然で」


 苦しい言い訳だったがチェリーは全く疑う様子もなく、「ホント? それって凄い偶然というか、奇跡だよね? ありがとう!」と無邪気な笑顔を見せる。


 ――ヨハンと違ってチェリーは単純で疑うことを知らないな。


 だがどんな理由があるのか、彼女はヨハンに()()()()()稀有(けう)な存在でもある。コトを上手く運ぼうとするならば彼女の心をきっちり掴むことが肝要(かんよう)

 セシルは彼らを『誘導』する為、とある提案を切り出すことにした。

 




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