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第4話  やれやれ、もうタイムアップか



「――やっぱ馬車をあっちに譲ったの惜しかったなぁ」


 茉理はここのところずっと変わり映えのしない風景をじっと見つめながら、思わせぶりに溜め息交じりで呟く。

 彼らは乗合馬車に乗って街道を進んでいた。

 他の客も乗っているので基本小声だ。

 とはいえ寂れた田舎町経由の乗合馬車、そこは当然というべきか彼ら以外の乗客は熟年夫婦のみ。馬車内は静かなモノだった。ガタガタという悪路で軋む車輪の音が一郎の耳にはそれなりに心地いい。 


「……まだ言うか」


 乗り込んで数分後にはその話題が出て、車内泊した二日目の今日で何度目になるのか。数えるのも面倒だ。

 茉理は暗にもう一台出せと言っているのだが、一郎にも段取りがある。だからそれを相手にすることはなかった。

 茉理もこれ以上は無駄だと感じたのだろう、スパッと話題を切り替える。


「で、今更だけどこれからどこに行くの? セシルと合流するんだよね?」


「取り敢えず北だな。とはいえ帝国は広いからそれでも南部なのだが」


「さすが帝国は帝国だけあって帝国だねぇ」


 よく分からないフレーズで感嘆を示す茉理。

 視線はずっと外の景色に向いたまま。

 一郎は彼女から目を切って最後部に座っている仲良し熟年夫婦に意識を向ける。

 彼らは無害そうな『フリ』をしながら、職務通り周囲を警戒していた。

 彼らこそセシルがつけていた護衛兼監視者。

 茉理にはまだそのことを教えていない。リアルな反応が欲しかったからだ。


「まぁ大陸東部を支配している巨大国家だからな。周辺国に多大な影響力をもち、首都には教会の総本山もある。教会の最大の庇護者であり、代々の皇帝は教皇と時に反目しながらも手を取り合ってやってきた」


 一郎は茉理の機嫌を取るかの如く言葉を続ける。


「――今更ながらの再説明乙」


 茉理はせせら笑う。


「でも皇帝は高齢なんでしょ?」


 その言葉に一郎が説明が省けたとばかりに頷く。


「あぁ、歴代でもトップクラスに教会と仲良くしていた彼が崩御する。……巨星を失った帝国は割れに割れることになる。教会内でも割れる」


「そこをセシルが一気に突き抜ける訳ね? ……で、……いつ亡くなるの?」


 他人がいる状況を理解して、より声を潜めた茉理に一郎も顔を寄せて耳元で囁く。


「それは内緒、……でもないか。今シーズンの最後にセシルの正体がジークに知られる。その直後あたりだ」


「セシルの正体って、帝国の皇子様ってこと?」


「あぁ、俺たちは流れの中で彼らよりも()にそれを知ることになる。知っていてセシルに協力している。……そのことにジークは不信感を持つ」


「え? ジークと私たちにも亀裂が入るの?」

 

 茉理は怪訝な顔で一郎を睨む。彼は頷き、更に続ける。


「あぁ、そしてジークはマリアともぎくしゃくすることになる。これは三角関係的なコトで」


「うわぁ。……もう、なんか考えるだけで滅入(めい)ってきちゃいそう」


 一郎は口元に会心の笑みを浮かべた。


「いわゆる(うつ)展開というやつだな。嫌がる人間がいるのも理解しているが、俺はこれを乗り越えてこそ主人公だと考えているから当然放り込む。……まぁ今作はライトな読者が多そうだからそこまで()()()()()気はないから安心していいぞ」


 眉間に皴を寄せる茉理を安心させようと茉理の肩を叩くのだが、その表情は晴れない。

 一言だけ、ネタバレで軽くフォローしてやろうと考えた瞬間、乗合馬車が急停車した。

 その反動で二人だけでなく、日頃から鍛えているはずの熟年夫婦までもがすっころぶ。

 

 ――やれやれ、もうタイムアップか。


 一郎は腰をさすりながら、のそりと身体を起こした。


 

 彼らが客車から身を乗り出し外を窺うと、遠巻きではあるが同心円状にぐるりと狼型のモンスターの群れに囲まれていることに気付いた。馬が完全に怯えており御者が必死でそれを宥めているのだが、効果はいま一つ。

 一郎と茉理は顔を見合わせると馬車から飛び降りた。

 

「君たち! 危ないから外に出てはダメだ!」

 

 御者のおやっさんが彼らに叫ぶが、一郎はそれを無視して用意していた魔法を発動すべく詠唱する。

 展開されたのはドーム状の結界だ。マリアの誘拐の時に使ったやつだが汎用性が高いので今回もお世話になる。薄紫色の結界が馬車を馬ごと包み込んだ。


「これで馬車には手出し出来ない」


 一郎が叫ぶと御者はホッとした顔で剣を抜いて御者台を下りる。そしていつの間にか近付いてきていたモンスターに一太刀いれた。


「私たち二人とも多少ではあるが心得ている。手伝わせてもらうぞ?」


 一郎がその背中に声を掛ければ、御者は振り向いて満面の笑みで感謝の意を伝える。こうして三人でモンスターの群れと対峙することとなった。


 

 一人剣を持った御者は彼らの前に立ち、次々と波状攻撃をしかけてくるモンスターを歯を食いしばりながらさばく。

 茉理と一郎はアイコンタクトでセシルが出てこれる程度のピンチを作るべく、適当に一匹一匹魔法で始末していった。正直焼け石に水といったところだが、それでも今回は戦っているというアリバイ作り。本番はセシルが乱入してからだ。

 戦闘の合間に一郎はチラリと客車の後方を見るのだが、熟年夫婦は当然ながら微動だにせずじっと中から観察していた。

 彼らは余程のことが無い限り動くなとセシルから厳命されている。

 一度動いてしまえばもう監視者失格になるからだ。

 彼らとしても一郎たちの実力はセシルから聞かされているので本当に危ない時しか動かない心づもり。

 この程度の相手では観戦者に徹すると決め込んだらしい。

 

 ――さてさて、ギャラリーさんの為にもここいらで派手さが必要かね?


 一郎はこっそり補助する為の魔法をレコーダーに吹き込む。


「チェリー! 『フェニックス』の準備だ!」


「……了解」


 茉理は口元に小さく笑みを浮かべて親指をグッと突き出す。

 例の最上級にゴキゲンなときのポーズだ。

 そして昨日のうちに渡しておいた新しい魔法弓をタクトよろしく振り回し、あのイタい詠唱を始めた。

 呆気にとられる御者の横に並んだ一郎は、戦闘に集中するよう彼の背中を叩く。


「あの娘が魔法の準備している間だけ凌げばいい。あとは彼女の魔法で一網打尽だ!」


「よし、分かった! ……とはいえ、ちょっとあの子を守りながら凌ぐのは厳しいな」


「まぁ、強大な魔法だけあって詠唱にも時間がかかるし――」


「――それならば私も手伝おう!」


 その声と共に風が一陣。

 彼らに襲い掛かろうとしていたモンスターが血しぶきを上げて崩れ落ちた。

 乾いた大地の砂ぼこりが舞う中、細身の剣を携えたお待ちかねのセシルの登場だった。



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