第12話 『いとをかし』って言わせたかっただけちゃうんか、と。
森を抜けると家が立ち並ぶ光景が広がり、茉理は安堵から大きく息を吐いた。
先導するフィオ少年の足取りが次第に早くなっていく。
そして後ろを振り返ると村を背中にして両手を広げた。
「ここがオイラたちの村、マイルです」
コリン村を出発したのが朝早くのこと。
視界の悪い森の中で襲い来るモンスターの群れをフィオを守りながら撃退して、比較的見晴らしのいい場所でフィオの母お手製のお弁当を食べて。
森の中では木々に遮られて気付かなかったが、もう随分と陽が傾いていた。
マイル村はモンスターに荒らされていると聞いていたけれど、茉理の目には意外と綺麗に建物が残されている印象だった。
ただ、あちこちに小邪鬼がたむろしている。
そのうちの何匹かが火を焚いて、何かの肉を焙って食べていた。
――結構知能は高いのかも。だって火を使うのは文明の証だって言うし。
人間も火を使うことで進化してきた生き物。
文化人ならぬ文化モンスター、それがゴブリン。
もしかすると、彼らは類人猿のような人間の祖先にあたる存在かもしれない。
茉理は頭の片隅で勝手にゴッドヘル進化論構想を練り始めた。
だからと言って誰に発表する訳でもないが。
モンスターたちも村に入ってきた彼らに気付いたのか、一番火に近いところで肉を食っていた一回り大きいゴブリンがギャーギャーと叫びながら、周りに指図する。
それを受けて待機していた連中が一斉に侵入者――人間に襲い掛かった。
真っ先に反応していたのはジークだった。
持ち前の脚力で一気に敵一団に斬りかかり、一振りでゴブリンたちを爽快かつ豪快に蹴散らしていく。
マリアは自身とフィオに防護魔法を掛け、彼を背中に庇いながら襲い来るゴブリンを持っている短剣で迎撃する。
一郎は茉理の目から見ても、相変わらず何がしたいのかさっぱり分からなかったが、中二病めいた派手な身振りで無駄にカッコイイ魔法を発動させ、一体一体確実に仕留めていく。
ゴブリンたちは彼らには敵わないと思ったのか、いまだ動こうとしない茉理に狙いを絞り、キャッキャと甲高い声で叫びながら彼女を囲み始める。
――予想以上に高い知能だけど、ちゃんとした言語を使用しない限りまだ人間への道は遠いよ?
茉理がそんなことを考えながら、手のひらを敵一体に見定めて突きつけ、今朝コリン村出発前に一郎から教わったお手軽な雷系統の魔法の詠唱を開始する。
「……『廃村に 轟く雷鳴 いとをかし』」
――うん。一郎センセに詩心がないのは理解できた。
季語もないし。
『いとをかし』って言わせたかっただけちゃうんか、と。
茉理は思わず大阪弁でツッコむ。
そもそもマイル村は廃村呼ばわりされる程メチャクチャになっていない。
とてもフィオには聞かせられないと彼女は苦笑する。
それでも、あの訳の分からない最強呪文を唱えなくていいだけマシなのかなと茉理は自分自身を納得させていた。
……その思考そのものが、すでに一郎の感性に毒され始めていると気付かずに。
「……みなさん、本当にお強いんですね」
フィオの感動の溜め息とともに呟かれた言葉に、四人は笑顔を見せた。
村にいたモンスターの駆除はあらかた完了した。
茉理としてもそこまで長い時間戦ったつもりはなかったが、いつの間にか日も暮れ始めていた。
「今夜はこの村で休んで、明日朝から鉱山にアタックしようか」
ジークの提案に全員が頷き、それなら自分の家を使って欲しいとのフィオの言葉に甘えることとなった。
彼の案内でコリン村と違ってどこか無秩序に点在する家の間を抜け、二階建ての立派な家の前で立ち止まる。
「……ここです」
フィオはポケットからカギを取り出し、ゆっくりと扉を開けた。
「……やっぱり、いないっすよね」
彼はしょんぼりと肩を落とす。
父と兄が帰っているかもしれないと一縷の望みを抱いていたらしい。
「……いや、知っていたんですよ、ここにいないってことは。……コリンの警備隊の方々がこの家もちゃんと確認してくれたそうですから」
気を取り直したフィオは苦笑いすると茉理たち四人を家に迎え入れ、彼は勝手知ったる台所で料理に取り掛かる。茉理とマリアもそれを手伝った。
その間、ジークと一郎は敵が残っていないか村をもう一回りすると告げ、家を出ていった。
その後、家に残っていた食材を豪快に使った料理が完成し、それを全員でむさぼるように食べるとホッとしたのか、フィオが饒舌に語り出した。
大人四人で食後の紅茶を飲みながら、彼の思い出話に耳を傾ける。
「――オヤジとアニキはこの村ではケタ違いに強かったんですよ!」
彼の父は昔冒険者をやっていたそうだ。
茉理たちも通ってきたこの村近くの森で大ケガをして動けずにいたところを、たまたま通りかかった少女――フィオの母が手当てしたのが出会いのきっかけだという。
イロイロあって、マイルの村に腰を落ち着けた父にコリン村の娘である母が押し掛ける形で結婚したらしい。
結婚してから父は冒険者を引退を決意し、林業を営みながら村の用心棒としてモンスターを狩り、一家を支えてきたそうだ。
そんな父の影響を受けた年の離れた兄も相当腕が立つらしく、冒険者の道に進もうかどうか悩んでいたという。
そんな兄に憧れてフィオも小さい頃から見よう見まねで練習してきたらしい。
どこの家族にでもありそうな取り留めもない微笑ましいエピソードや笑い話を、昨日初めて会った冒険者である茉理たちに語り続けるフィオ。
自分たちに「こんな人間がいたのだ」と伝えたかったのだろう、茉理にはそう思えてならなかった。
――ちゃんと覚えておいてくださいね。オイラの自慢の家族だったんですよ。
……と。
おそらくジークたちも同じように感じたのだろう。
その表情が何よりも雄弁に物語っていた。
だから茉理も余計な口を挟まず、彼の話したいように話させてあげた。
時系列があっちこっちにいくけれど、一生懸命ありったけの思い出を面白おかしく話そうとするフィオを全員で温かく見守っていた。
明日は早いという事で後片付けを済ませた後、一郎と茉理は彼らにあてがわれた両親の寝室に入る。
部屋に入った瞬間、茉理はまさかのダブルベッドに困惑するのだが、一郎は特に気にすることなく用意されていた寝間着に着替えると寝転んでしまった。
意識した方が負けだと茉理も溜め息をつき、衝立の裏で着替えると彼の横に恐る恐る腰を下ろす。
近付き過ぎないよう、かといって転げ落ちないよう茉理は慎重にポジションを決めてから、ようやく身体を沈ませた。
茉理は緊張感を紛らわす為、天井を見上げて何度か深呼吸する。
そしてゆっくりと身体を一郎の方に向けた。
彼の背中を見つめ、黙り込むこと数秒。
「……ねぇ、フィオ君のお父さんとお兄ちゃんは、やっぱり……ダメなの?」
寝返りを打って怪訝そうな顔をする一郎だが、予想以上に茉理の顔が近かったことに焦ったのか必要以上にまばたきを繰り返す。
ちょっとの間固まった後、彼は身体をずりずりとベッドの縁まで後退させた。
そんな一郎のコミカルな姿を彼女は真剣な眼差しで見つめ続ける。
次第に彼の視線が泳ぎはじめた。
茉理は続ける。
「……だって、コレってさ、完全に死亡フラグよね? 決戦前夜でのちょっとしたお涙頂戴エピソードだもんね」
茉理は編集者だから、それなりに物語の起伏というか機微めいたモノは心得ているつもりだった。
全てが終了し、彼らの死を受け止めたフィオ少年が、父や兄の代わりに家族を守ると涙を拭いながら墓前で誓う。そして形見の武器を握りしめ、将来はジークのような立派な冒険者を目指すと宣言――という感じの展開を茉理は頭に描く。
――たった数日間で一足飛びに成長した少年の姿を目に焼き付けて、ジークたちは次の冒険へ向かうといった感じの、ちょっぴり切ない涙がホロリと零れるある意味王道ストーリー。
……でも、そんなの、……ちょっと……やるせない。
それでも茉理は胸から湧き上がる『この願い』を絶対に口に出すまいと歯を食いしばった。




