第16話 新しい局面に入ったということだよね
ジークとマリアの目の前で繰り広げられていたのは、なんとも思わせぶりな会話だった。二人は顔を見合わせ、それらを『ふんわり』ではあるが一つ一つ順を追って頭へ放り込んでおく。あとで復習する為に。
――これって新しい局面に入ったということだよね。
そしていきなり参戦してきたセシルはその中で重要な役割を果たす人物の一人だろう。そう思わせる『華やかさ』があった。
やはりヨハンたちとの友好度とかが関係していたりするのだろうか。彼らと一緒に動くことで一気に物語が加速したのは彼が常々思っていたことだった。
まだ続くセシルとボスの会話を、一歩引いたところで聞きながら、ジークは取り留めも無くそんなことを考えていたが、取り敢えず考えるのはそれぐらいにしてし、剣を握り直す。
そろそろ目の前の意味深な会話も終わりが見え始めてきた。
話が終われば、ようやく待ちに待った大乱戦だ。
作戦の打ち合わせなど無く、なし崩し的にセシルとボスと一対一の戦いを始めた。ジークたち四人はその側近たち五人を相手にするという流れに。
元帝国軍人というのは伊達で無いらしく、さっきまでウロチョロしていた雑魚とはモノが違った。だけど対処出来ない程の無茶な強さではない。
ジークは前衛として相手の攻撃を引き付ける為に派手な立ち回りを見せる。
マリアは例によって自分の身を守りつつ強化魔法での支援。
チェリーもいつものように殺さない程度の魔法の援護射撃だ。
そしていつも変わった戦い方をしているヨハンは……といえば――。
「――うわ! ずっる~!」
いきなりチェリーが叫びだした。
ジークもそちらが気になって仕方なかったが、綺麗な連携で攻撃してくる五人の対処でとても余所見できるような余裕はない。そんな彼の後方から急に何かが飛んできた。
そしてそれらはとっさに身構えるジークの横をすり抜け、相対している五人に次々と命中していく。攻撃を受けた彼らから血が噴き出したりはしないものの、ダメージは通っているらしく一様に苦悶の表情を浮かべた。
五人組は未知の攻撃に対して一旦距離を取ることを選んだ。元軍人らしい実に統率された動きだった。ジークも同じく後方にステップして安全圏に身を置く。
そこでようやくヨハンを見るのだが、彼は口元に皮肉気な笑みを浮かべ何か見慣れない道具を構えていた。独特の湾曲したフォルムの長い棒。何に見えるかと聞かれれば、『弓でしょ?』としか答えようがないが弦は張っていない。ヨハンはそれをハープを奏でるかのように軽やかにつま弾いてみせる。すると柔らかな曲線を描く黄色いレーザーが多数発射されていった。それらが寸分の狂いなく相手方に降り注ぐ。
「何よ、それ! 私も欲しいんだけど!」
大人気ないチェリーが両足で地団駄を踏んだ。
一方ボスもセシルとの戦闘を切り上げて彼らに合流した。
「中々腕が立つ人間が揃ったモノだな。しかも見たことも無い武器を使う人間までいる、と。これは少々厄介だ。……仕方ない、動かすか?」
ボスが思わせぶりに呟くと、側近たちも大きく頷く。
「おやおや、随分と余裕が残っていますね? これ以上あなたたちに何が出来るというのですか。無駄な抵抗は止めた方がいいですよ?」
セシルもまた優雅な足取りでジークたちの側に寄って来た。その言いっぷりはまるで何かとんでもない事態を期待しているかのような口ぶりで。そしてジークは今のフレーズが『奥の手フラグ』だと知っていた。
ジークとマリアが顔を見合わせる中、ボスはゆっくりと壁際まで歩き、備え付けられていた彫像の頭に手を置いた。
それなんの変哲もないライオンの石像だった。
――という割には随分とメタリック?
「それって、もしかして普通の像とは違うの?」
チェリーが驚きの声を上げる。
彼女はこういうお約束的反応を絶対に外さない。感情が豊かでこんな風にストーリーを盛り上げてくれるし、中々面白いキャラだとジークは個人的に気に入っていた。
ボスも彼女の素直な反応に気を良くしたのか、したり顔で何度もライオンの頭を撫で回す。
「さて、どうだかねぇ?」
彼は笑顔ではぐらかすと、顎の下に何かを探るように手を持っていった。目当てのモノを見つけたのか、手を押し込み呪文のような言葉を一言二言小さく呟く。
やがて聞こえてきたのはピコピコというあからさまな『電子音』。
そしてウイーンといかにもな起動音も。
「「「――うそ!?」」」
これにはチェリーだけでなくジーク、マリアの声も重なった。
「ちょっと、センセ! 何よコレ! え? なに? ホントマジこれは聞いてないって!」
チェリーが絶叫した。
一瞬にして空気が変わった中、思っていた以上に滑らかな動きでゆっくりとお座りの体勢から立ち上がるライオン。
――おおッ!
まさかこういう展開が待っていたとは!
やはりこの古代遺跡というのは『現代日本』に住む自分たちよりも、ちょっとばかり先の時代の文明の施設だったようだとジークは再確認する。
繁栄し過ぎた文明が大戦争を引き起こし、原始時代のような生活をしていた人間たちが再び文化を手に入れ生活レベルを上げてきたのが今のゴッドヘルだということだろう。
ネットではウラ設定として盛んにそういうことも議論されているらしいが、ジークはそこまで深く知ろうとしなかった。
「やはり知らなかったみたいだな。このレオゴーレムの使い方を! さあ、第二幕を始まりだ!」
ボスは満足げに高笑いを始めた。
「――よし、私とセシルで残っている賊を一掃する。……セシルも分かっているな? この緊急事態に出し惜しみなんて許されないぞ?」
ヨハンは厳しめの声でセシルを睨む。
「……仕方ありませんね。了解しました」
レオゴーレムがどれほどのモノか分からない以上、彼らまで相手しながらといのはキツイと思っていた。それに人間相手というのは気が引ける。
悪行三昧の賊ならともかく、今回のように何か悲しい過去がありそうな人たち相手では本気になり切れない。だからジークとしても彼らが引き受けてくれるのは有難かった。
「ジークとマリアとチェリーの三人でレオゴーレムに対処してくれ! 無理に倒す必要はない。私たちが片付るまでの時間稼ぎをしてくれればそれで十分だ! どんな攻撃があるのか分からないから、絶対に無茶だけはしてくれるなよ?」
ジークとマリアは無言で頷く。
一方どこか不貞腐れた感じのチェリーは小さく顔を横に向けた。
「それと、チェリー! こっちがお前の魔法弓だ。弦は無いが、あると想定して魔法を放つ感覚で弾けばいい」
「いやいや、あんな強そうなヤツ相手にぶっつけ本番で試せってさ、流石にヒドく無い?」
チェリーは呆れた声を出しながらもそれを受け取る。嬉しいのか口元だけは笑いを隠せていなかった。
「お前なら大丈夫だ。自分の才能を信じろ!」
「……そんな無茶な」
チェリーは盛大に嘆きつつも、さっそくヨハンがやっていたように構えて、弦のあるはずの場所を撫でるように弾く。
すると水色のレーザーが放物線を描いて飛び出して行った。しかもヨハンが一度に放出していた量の倍以上。
「あ、出た。……しかもメッチャ綺麗。星空に向かって飛ばしたいかも」
チェリーが放心状態で呟く横で、ヨハンは目の前の空間から別のアイテムを取り出して見せた。そしてジークとマリアに手渡す。
「ジークには魔法剣、マリアには魔力の消費を抑えるブレスレットだ。古代兵器のコイツ相手は一筋縄ではいかないからな」
「いいの?」
ジークとマリアは驚きながらも、しっかりと受け取る。
「こんなこともあるかと思って準備しておいたんだ。これらは本国からの支給品だから気にせず使ってくれ」
ジークはそろりと剣を抜いてみる。刀身が白い光を発していた。今まで彼が使っていた剣よりも遥かに高性能なのは試し切りするまでも無さそうだ。
「――そろそろ準備は済んだかい?」
ジークがその声のした方をみれば、半笑いのボスが腰に手を当てて突っ立っていた。ようやく彼らは戦闘中だったことを思い出す。
ゲームの中とは言え、親切にもずっと待ってくれるようだ。
そんなボスの隣ではレオゴーレムが行儀よく『ふせ』の体勢で待機していた。




