第11話 所詮ここは作り物のセカイだ。現実ではない。
先程までと打って変わって、一郎はスキップする勢いでニコニコと軽い足取りで歩を進めていた。
あまりに気味が悪いので茉理がこっそり尋ねれば、彼は体力自動回復の効果も付けたのだと胸を張る。ついでに自動で洗浄機能も付けたから、服が真っ白のまま汚れることもないらしい。
潔癖な一郎らしい無駄なこだわりだった。
茉理はもう、何も言うまいと言わんばかりに嘆息する。
――べ、べつに羨ましいとか別に思ってないんだからね!
彼女は自分もこんな服が欲しいと、さりげなく一郎の服を引っ張り続けた。
そんなこんなで四人は日が傾きかけた頃、今回の依頼者の住むコリン村に到着したのだった。
見るからにのんびりとした、スローライフには最適そうな、いい感じでこじんまりしている田舎の村だった。都会っ子の茉理でも数日間は珍しさで楽しめそうに思える。……だけどそれだけだった。
おそらく数日で飽きるだろうし、一郎に至っては虫とかが絶対にダメだろう。
このセカイ常連のジークとしても、見慣れた光景らしく大して興味を示さない。
意外にもテンションが高めなのがマリアだった。
村を東西に突っ切る川を橋の上から身を乗り出すように覗き込んで、気持ちよさそうに泳いでいる魚を微笑みながら眺めていた。
まさか美味しそうだと思っている訳でもないだろう。
茉理はそれとなく彼女に話しかけた。
「田舎が好きなの?」
「……はい。魚釣りとか虫取りとか、結構好きだったんです」
茉理の言葉にマリアは照れた顔で返す。
まさかのアウトドア派だった。
ゲームセカイにのめりこむぐらいだから完全にインドアだと思っていたのに、これは茉理としても予想外の話。
マリアの現実世界シーンはまだ登場していなかったかと、茉理は同意を求めるように一郎の姿を探すが、当の彼は随分先の方でジークと一緒に誰かに話しかけていた。茉理とマリアは早足になって彼らを追いかける。
「――あぁ、それならばこの道を進んで見える立派な屋敷がそうさ」
どうやら彼らは軒先で井戸端会議している村人たちに村長さんの居所を尋ねていたらしく、疲れたような弱々しい笑顔のおじさんが指差して教えてくれた。
早速四人は教えてもらった村長さんの屋敷を訪ね、まずは代表のジークが丁寧に挨拶する。
「冒険者ギルドから派遣されましたジークムントです。彼女は相棒のマリア。……そしてこちらは同行者のヨハンさんとチェリーさん。僕たち四人でこの仕事に当たります」
「早い到着、心より感謝します。……村長をしております、グスタフです」
村長さんも丁寧なお辞儀を返してくれる。
厳しそうな顔だけど清廉さを感じさせる初老の男性だった。
ここから北へ向かうと森があり、それを抜けると見える山の麓にマイル村があるという。
以前は鉱山があってお互いの村でも人の行き来も盛んだったけれど、閉山して以降はそれも徐々に減ってきた。それでもお互いの村で嫁いできたり嫁ぎに行ったり、行商したりと交流自体は細々ながら続いていた。
そのマイル村が、先日モンスターに襲われたそうだ。
鉱山夫が入らなくなった廃坑内にモンスターが棲みついたこともあって、安全の為に鉱山の鉄扉は厳重に施錠されていた。
何かのきっかけでそれが破られ、モンスターが村を襲ったのだという。
村人たちは被害者を出しながらも、何とか森の中を抜けて命からがらここコリンまで逃げてきたという話。
「この近辺のモンスターはまだ村の者で対処出来ますが、森にもモンスターが集まり始めています。こうなれば私たちだけでどうすることも出来ません。……ウチの村が狙われるのも時間の問題です」
だから鉱山の奥まで入ってモンスターを退治して、鉱山を完全に封印して欲しいとのこと。
封印した後なら、森のモンスターはこれ以上増える心配がないから、コリン村とマイル村の者たちで何とか出来る。
取り合えず発生源である廃坑を何とかしてほしい、もし何か元凶があるなら、それも対処してくれないだろうか。
――というのが今回の依頼内容だった。
「……ってか、命の危険あるじゃん!」
茉理は一郎にだけ聞こえるような小声でツッコんだ。
簡単な掃除とは何なのか。道中のモンスターに毛が生えたようなものだと勝手に思っていただけに、彼女としても当てが外れた感がある。
「まぁ、ジーク的には簡単な仕事なのだろうな」
一郎が弁解めいたことを呟くが、茉理からすれば『そんなの知らんがな』と言いたい。
「――すみません!」
ジークと村長が話を詰めている最中、少年が息を切らせて部屋に入ってきた。
勝手に入ってくるなと控えていたおっちゃんが叱るのだが、村長はそれを押しとどめる。少年が村長と茉理たちに頭を下げた。
「あの、……オイラに案内役を任せてもらえませんか?」
彼はフィオと名乗った。
家族はマイルの村で林業を営んでいたとのこと。
母親はこの村出身で、その伝手を頼りに少年は母と弟と妹を連れて何とかここまで逃げてきたのだと。今は母親の実家の離れでお世話になっている。
彼の父と兄は殿を志願し、村人たちが脱出するまでの時間と逃げ道確保の為に残ったそうだ。
「……翌日、我々コリン村有志で結成された警ら部隊で村を全面的に捜索しましたが、彼らの姿は影も形もなかったといいます」
控えていたおっちゃんは申し訳なさそうに言葉を絞り出した。
――つまりフィオ君のお父さんとお兄ちゃんは……。
「――いや! 服も装備もまだ見つかっていないんです! それにあの殺しても死なないようなオヤジとアニキがオイラたち家族を置いてモンスターなんかにヤられる訳がありません! みんなが逃げたのを確認したら必ず合流するからってちゃんと約束したんです! 今だって絶対に生きていて援軍を待っているはずなんです! ……だ、……だから、オイラも、どうか、一緒に連れて行ってください」
フィオ少年が目を潤ませて縋った。
おそらく彼も父と兄が生きていると確信がある訳ではないだろう。
ただ居ても立っても居られないだけ。
茉理にもその気持ちはよく分かった。
村長や村の人が何かを言う前にジークが一歩前へ進む。
そしてフィオ少年の手を固く握った。
「……案内役を是非キミにお願いしたい。受けてくれるかい?」
「……はい! ……ありがとうございます! オイラ精一杯頑張ります!」
涙目のフィオ少年の頭をジークは優しく撫でると、ジークは胸を張って村長さんに告げた。
「鉱山の封印と原因究明の依頼、確かに承りました。……もしフィオ君のお父さんとお兄さんが窮地に陥っているところに出くわしたら必ず助けることも」
フィオ少年は声にならない声を上げて何度も「よろしくお願いします」と叫ぶ。
それを見守る村長の目にも光るものがあった。
茉理も自分に出来る限りのことをしようと無言で拳を握りしめた。
マイル村へは翌朝早くに出発することになった。
早々に夕飯を食べ終え、村唯一の宿のベッドにもぐりこんだのだが、茉理は中々眠れない。彼女は誰も起こさないよう忍び足で部屋を出て、ウッドデッキに備え付けられたイスに座った。
軽く伸びをして深呼吸する。
否応なく気持ちが盛り上がってくるのだが、一体何を昂らせているのやらと冷静にツッコむ自分もいる。
所詮ここは作り物のセカイだ。現実ではない。
茉理はちゃんと理解していた。
――このセカイを構成する一から十まで、ゴッドヘルの住人ではない主人公のジークムントやマリアでさえも、一郎センセの脳が生み出した幻想でしかない。
それでもフィオ君の家族の安否を気にしているこの『自分』だけは、今コリン村の宿屋で眠れずにいるこの『青井茉理』だけは、本当の本当に存在しているのだ。
この気持ちだけは絶対に作り物なんかじゃない!
茉理は決意を新たに夜空を見上げていた。




