第14話 おっと、いい質問ですねぇ
見晴らしのいい高台に戻った茉理たちは早速お弁当を広げ食べ始めた。今のところ賊たちが再結集する気配は感じられないが、セシルだけは神妙な顔で注意深く入り口を見張っている。その合間に手にしたサンドイッチを躊躇いがちに一口、そしてまた一口。茉理は口いっぱいにご飯を頬張りながらそんな彼の観察を続けていた。
早々に食べ終わった一郎は、魔法で取り出した水や飼い葉をせっせと馬に与えるなど甲斐甲斐しく世話をしている。案外動物好きなのかと茉理は意外な一面を見た気がした。
「口に合わない?」
茉理がセシルに話しかけると、彼は笑顔で首を振る。
「いえ、美味しいですよ」
セシルは遠慮がちに食べ進める。
もしかすると庶民の食事は合わないのかもと茉理は心配したのだ。彼は皇帝継承者争いの末端とはいえ候補者の一人。つまりは皇族。
「なんかセシルって高貴な香りがするから、もしかしたらこういったのって慣れていないのかなって思っちゃって」
茉理は少し踏み込んだ発言で様子を窺ってみる。
ちらりと一郎に視線を遣れば、彼は知らんぷりを装いながらもこちらに注意を向けているのが分かった。一郎もセシルからどういう言葉が返ってくるのか興味があるらしい。
「……高貴ですか? どちらかと言えば対極にありますね。軍での食事って結構味気ないですし。それに子供の頃は路上で生活していた時期もあったぐらいですから。犯罪にも手を染めました」
その言葉に茉理だけでなくジークやマリアも目を剥く。とてもそんな人間には見えなかった。彼は笑顔で続ける。
「幼い頃に家族が殺されまして、頼る人間もいないまま隠れるようにそんな生活を続けていたんです。その後、教会関係者に保護されました。彼らから教育を与えられ、身体さえ丈夫なら一人で生きていける軍入りを勧められました。そして今に至るといった感じですね」
茉理は想像していたのと違って絶句する。精々騎士と駆け落ちした姫が生んだ子供ぐらいだと勝手に考えていたが、甘かったと思い知る。一郎を睨みつけるが、相変わらず何を考えているのか分からない顔。
――まぁ、あのセンセの作った設定なんだから、当然と言えば当然か。
でも闇落ちを経てのラスボスだから、それなりの過去は用意していても不思議はないと茉理は納得した。
ジークはちょっと沈んでしまった空気を変えようと思ったのか、慌てて話題を次に移す。
「どうでもいいけどさ、何でツーグってこんなに貧しいんだろ?」
「たしかに国境の反対側のボウデン同盟は栄えていたのにね?」
マリアもそれに乗っかる様に頷いた。彼女も気を利かせたのだろう。
「――帝国の軍人さんの前で講釈を垂れるのは少々気が引けるが、これは帝国統治の自由さが裏目に出ている感じだな」
馬の世話を終えた一郎が、本領発揮とばかりに講釈を垂れ始めた。
「ツーグ地方にだって優秀な人間や商人はいる。だけど彼らは帝国本土やボーデンに流れていくんだよ」
そしてセシルに向かって「続けていいか?」と首を竦めた。セシルもどうぞと言わんばかりに笑顔で頷く。一郎は馬の世話を終え、こちらに戻ってきてどっかりと芝生の上に胡坐をかく。
「では。……そもそもストラディス帝国の国家運営方針は基本的に議会によって決められる」
皇帝はあくまでそれを承認する立場でしかないのだという。一応の拒否権はあるが、何でもかんでも思い通りに出来る絶対君主ではない。
議員は地域を治める領主たち。例のラスティア公国からも数人出るという。総勢で千人近くになるという。
――ってドコの人民代だっての!
年に一度数か月にわたって開かれる議会、それが国家の意思決定機関。
「じゃあさ、やっぱり派閥みたいなのがあるの?」
茉理は例によって手を挙げて質問する。
「おっと、いい質問ですねぇ」
一郎の誰かを彷彿とさせるセリフにマリアとジークが噴き出した。
茉理も必死でこらえる。
どうやら彼女たちのセカイ線にも池上さんもしくはそれに似た人が存在するらしい。セシルに目立った反応はなかった。
「領土をざっくり東西南北で分けるようにして四派閥ある」
「……奴は四天王の中で最弱」
今度は茉理が余計なことを呟く。ジークが声を上げて喜んだ。マリアも笑顔を隠すように俯く。セシルは相変わらず無反応。一郎は茉理の頭を軽く叩いた。
「茶化すなよ。……えっとだな、それぞれの派閥の領袖たちの名前はここでは控えるが、中心となる四家はそれぞれ誰かしらの歴代皇帝の血を引いている。帝国黎明期から長きに渡って婚姻関係を結ぶなどして帝室を支え続けた歴史ある一族だ。それゆえ権力は大きい」
茉理は平安時代の藤原家や平家を思い浮かべる。あながち間違いではないだろう。古今東西こういった話は転がっている。
「議会に出席する代表者はほぼ全員がそれらの派閥のどれかに属している。繰り返すが帝国はこの大陸東部の覇者であり、東西南北に広い国土を持っている。戦争など彼此数百年経験していない豊かな東方、常に戦争の火種を抱えており緊張状態にある北と西。そして戦争にこそ巻き込まれる心配こそないが決して裕福とは言えない南方。……それぞれの地域によって克服べき課題が違うから、当然主義主張だって分かれる」
「それらの主張を通すために近隣領主たちが固まるんだね?」
ジークの言葉に一郎は大きく頷いた。
「そういうことだ。そしてまとめた意見を派閥の長が議会で声高に主張する」
「で、南は貧しいってことは力はそれほど大きくない感じなの?」
茉理の言葉に一郎は頷く。
「……あぁ、四派閥の中では最弱だからな」
その言葉に三人が噴き出す。セシルだけがぽかんとしていた。
「で、ツーグが貧しい理由に戻るのだが、誰だって自分だけは貧しい生活をしているなんてイヤだろう? 同じ帝国人なのに。だからみんな移動するんだ。土地に愛着があったり、家業があったり財を持っていたりしてここでも生きていける人間は残るがそれ以外はみんな離れてしまう。南部は大体そんな感じだな。南部の領主たちだってイロイロと対策を取っているんだが、他の地域の領主たちはその先を行く」
セシルは苦悶の表情で同意する。
「その差はいつまで経っても縮まりません。むしろどんどん開いています。それは数字でも明らかです。この五十年間の帝国で一番頭を悩ませている問題ですね」
ここでも地域格差。なんとも世知辛い。一郎の作ったセカイらしいといえばそうだが、茉理としても苦笑いするしかない。
「でさぁ、話は変わるけど、遺跡に入るのに何でこんなに厳重なの? その割に賊の『ねぐら』になっちゃってるし。だったら誰でも出入りできるようにしたらいいのに。そしたら賊だってここに居座ろうとは思わないでしょ? こうやって誰も来ないから彼らは安心しきっている訳で」
「それは私に聞くなよ」
話疲れたのか、一郎は説明をセシルに丸投げする。律儀にも彼は弱ったような顔で口を開いた。
「帝国にある遺跡は全て帝国の政府機関が管理しています。ヴィオール同様我々も古代遺跡の研究を行っていますから」
「えッ、そうなんだ?」
反応したのはジークだ。
「てっきり研究しているのはヴィオールだけだと思っていたよ」
「残念ながら帝国はまだ大きな成果を出していませんので。まだ国としては腰を据えて研究するという段階ではありませんし――」
「だが、民間レベルではヴィオールも驚くほどの研究結果を出していると聞いている。表に出ていないだけで。ヴィオールも注視している」
続く言葉を一郎が遮った。
セシルは驚きのあまり目を剥く。
「……この辺りはまだ何も研究はされていないだろうがな。だからこそ私も面白いものが見つかると思ってこんな山奥まで来たんだ。しかし無断で調査しようとしたら当然捕まってしまう。だから郡府に向かったんだが――」
「それに関しては本当に申し訳なく思います。郡府だけの問題ではありません。帝国の公職に就く人間全体が襟を正さないと」
「あぁ、いい心がけだ。襟は正すモノであって立てるものではないからな」
茉理は吹きだすが、ジークとマリアは無反応だ。セシルも同様。
どうやら二人のセカイ線にあの一派は存在しないらしい。
茉理は少し羨ましく感じた。
「ひー。ちょっと食べ過ぎたかも」
茉理の言葉にセシルは顔を顰める。『これからが本番なのに何をやっているんだ』といったところか。だけど茉理には心強い味方があった。
「じゃあ、マリアお願い」
「はいはい。それじゃ……『――静謐なる癒しを!』」
マリアが茉理に手を翳し、魔法を唱える。
すると茉理の満腹による鈍重状態が見る見る快復していく。
――やっぱフルケア最高!
「……えぇ? 教会の秘奥をこんな?」
セシルは眉間に皺をよせた。ちなみにフルケアしてもらったのは茉理だけ。
ジークもマリアも一郎も必要なし。
「なんかいつもすまんな」
「いいえ、慣れたモノですから」
「……『いつも』? 『慣れた』?」
セシルは今日イチの驚きの顔を見せた。




