第13話 私はセシル=シベリウス。帝国軍に所属している者です
腕の立つ第三者の登場に対する鋭い視線を気にしているのかしていないのか、イケメンは服に付いた砂ぼこりをポンポンと軽く払った。動きに合わせるように長めの銀髪が揺れて青空の下で煌めく。
彼は大きく深呼吸すると丁寧に剣を鞘にしまい、ようやく顔を上げた。
現実的ではないほど整いすぎた面に茉理だけでなくマリアまでもが息を呑む。
年齢でいえば二十歳前後だろうか、スラリと伸びた長身に程よく筋肉がついており、野生の獣を思わせる。喩えるならば狼。その上で、どことなく高貴な雰囲気を漂わせる佇まい。
――ワイルドさとロイヤルさを併せ持つなんて、さすがラスボス!
まさか、私まで二次元に心を持っていかれるなんて。
茉理は先輩である達川のことを頭に浮かべ、慌てて首を振って追い出す。
イケメンはそんな彼女の葛藤など知る由もなく、怪訝な顔つきで四人を順番に睨みつけていった。
「さて、皆様はこんな山奥くんだりで一体何を? 見たところこの辺りに住んでいる人間という訳ではありませんよね? 賊退治に協力して頂いた方々にこんなこと申し上げるのは大変心苦しいのですが、状況次第では皆様を捕縛することも視野に入れなければなりません」
イケメンの丁寧ながらも温度のない誰何に、四人は自己紹介がてら代わる代わるこの地に至った経緯を説明するのだった。
「――なるほど、確かに見たところこちらの二人は本当にヴィオールの研究者のようですね。そもそも彼らを騙ったところで、こと帝国内においては恩恵など期待出来ませんし」
どうやらイケメンの警戒心を解くことに成功出来たようで、彼は先程とは違うどこか柔らかい雰囲気になった。彼はしばらく考え込んでいたが、ハッとした顔で四人に向かって頭を下げた。
「失念しておりました! 皆様から話を聞くだけ聞いてこちらからは何もなく。……申し遅れました、私はセシル=シベリウス。帝国軍に所属している者です」
――おおッ! いいね、ちゃんとイケメンネームだ。
たとえマイナーな方の名前だったとしても、某ゴルベーザみたいに『悪役です。当然ラスボス級です』って名前じゃなくて本当に良かった!
茉理は全然違うところで感心する。
「……ほほう、やはり帝国軍人だったか? 見た感じ相当な手練れだなと思っていたが、それなら納得だ」
一郎はふむふむと感心したように小刻みに頷く。自分で仕込んでおいて今更何をと思うが、茉理はぐっとこらえて我慢の子を決め込む。
ジークのように鎧を着こんでいないが、セシルが纏っていたのは王位継承問題で揺れていたリオン王国の親衛隊が着ていたような国家権力を思わせる制服だ。もちろん強化素材ではあるだろうが。
セシルは一番クセのありそうな一郎が納得したので気を良くしたのか、ようやく四人の前で笑顔を見せた。
――ラスボスセシル君は今は余計なことは口にしたくないはず。
何せ、これから彼は帝国内で暗闘を始めるのだ。
茉理はそんなことを考えながら一歩引いた目で二人の慎重な会話を観察していた。
「――本来、遺跡に入るには本国の法務部から発行される調査許可証が必要なんです。ですから皆様の立ち入りを認める訳にはいきません。……郡府の人間だってそれを分かっていたはずなのですが」
郡府に許可証を発行する権限などない。まずは申請があったことを中央に連絡し、そこから審査が始まり、通ればようやく発行される。その間、馬が行ったり来たりして相当日数がかかるそうだ。
「じゃあ、僕たちはあの役人に担がれたってこと!? 『実りある調査を』なんて言っていたけれど、あれはどういうこと?」
ジークが唇を尖らせた。
マリアはある程度『茉理たちの事情を知っている』ので今は様子見という感じか。
「申し訳ありません。残念ながら法律は法律です。おそらく郡府は私みたいな人間が現れるなんて思っていなかったのでしょうね。だから皆様の調査を黙認しようとした」
セシルは自分が悪い訳でもないのに何度も頭を下げた。だけど鋭い眼光は譲れない一線があると主張している。言葉にこそしないが『引き下がれ』とそう告げていた。
「そんなぁ……」
茉理はここがポイントだと思い、膝から崩れ落ちて見せる。
「せっかく、こんなに頑張ったんだよ!? ただ働きなんてヒド過ぎるって!」
彼女はセシルに訴える。まずは乙女の泣き落としだ。
もちろんこれは演出。
彼が茉理たち四人の遺跡調査に同行するのは既定路線なのだ。展開的にこれはウィンウィンの道を探る流れだと茉理は判断した。
「こればっかりは本当に申し訳ありません。軍属の身としては不法行為を黙認する訳にはいきませんので」
セシルはそれでも許可を出さない。だけど確実に効いている。
「――つまり、泣き寝入りしろと?」
今度は一郎だ。彼の強めの問いかけにセシルは僅かに表情を曇らせた。
しばし二人はにらみ合う。
セシルは困ったように視線を外すと、今度は地面にへたり込んだままの茉理をじっくりと見つめた。やがて口角が微か引き上げられる。
「……さすがに何も知らずに巻き込まれてしまった皆様を追い返すのは、良心が痛みますね。元はと言えば、郡府の人間が皆様を謀ったことに始まる話ですし」
セシルは一転して笑顔になる。おそらく彼なりに白衣の二人組の有用性を感じ取ったのだろう。鈍いはずの茉理にもそれがはっきりと分かるほど、笑顔の下に強かさが見え隠れしていた。
「実は私自身遺跡に入ることも多い仕事でして、こうやって常に調査許可証を持っているんです」
彼は胸元から一枚の紙を取り出し、四人の前でひらひらと見せた。
「……先程、数名の賊が遺跡の内部に逃げていきました。この地から賊の脅威を取り除くのは軍の仕事の一つです。ただ、私一人では再び取り逃がしてしまうかも知れません」
なるほど、これがセシルのそして一郎の用意した落としどころらしい。
茉理だけでなく、話の流れが分かってきたジークやマリアにも笑顔が戻る。
セシルは笑顔のまま片目を瞑り、両手を広げて四人に訴えた。
「本来ならば、同僚たちと合流して掃討に向かうのが筋でしょうが、それではいつになるのか分かりません。賊が再結集する恐れもありますし、バラバラになって逃げられるようなことになればもっと厄介です。……この際、皆様の協力を仰ぎたいと思うのですが、どうでしょう?」
「つまり一緒に賊退治をすれば、調査をしてもいいってコト?」
茉理の念押しにセシルは微笑みながら首を振る。
「それは軍の人間として絶対に許可出来ません。……ですが一旦遺跡内に入ってしまうと、きっと私は賊の掃討のことで頭がいっぱいになって他に意識が回らないのではと思います。協力者である皆様がそのスキをついて調査していたからといって、それを咎める余裕などないでしょう。……ですから皆様、余計なことだけは決してなさらぬよう。どうかお願い致します」
あれだけの剣技を見せつけておきながら、いけしゃあしゃあと。茉理はほくそ笑む。
だけど、これはセシルが差し出してくれた好意だ。受け取らない手はない。
もちろん彼なりにウラはあるのだろう。
四人はそれもきちんと認識しながら顔を見合わせ、小さく頷いた。
「まぁ、一応僕たちも郡府から賊の一掃を請け負った訳だし?」
「そうだな、タダ働きは気乗りはしないが。……まぁ、ここはセシルに助太刀するとしようか」
ジークと一郎の芝居がかったセリフに、セシルは満面の笑みを浮かべる。
「よし、それじゃ――」
「その前に腹ごしらえよね?」
気が逸るのか足早に遺跡の入り口に向かおうとするセシルの背中に、茉理の無慈悲な剛速球が投げつけらえた。そのタイミングの良さにセシルを除く三人は噴き出すように笑い出す。振り返ったセシルは一人だけポカンとしていた。
「大丈夫。セシルの分もあるから」
茉理は胸を張る。
「……いえ、そういう訳では」
セシルはぎこちなく反応するが、茉理は退くつもりなど無い。
「いつもお弁当は多めに買ってあるの。だから安心していいよ! みんなで食べると美味しいんだから!」
「いえ、ですから――」
なおも言い募るセシルだが、茉理は彼に反論を許さないとばかりに背を向けて馬車を隠した見晴らしのいい場所に戻り始める。三人も笑顔でセシルを促しながらそれに続いた。彼も観念したのか、名残惜しそうに遺跡の入り口を睨みつけると、ゆっくりとした足取りで四人の背中を追いかける。
「……それにしても領主の質がそのまま役所の質に直結するという典型だな。早めに押さえておくか? それとも――」
セシルは眉間に皴を寄せてブツブツと呟く。その声は茉理たち四人の耳には届かなかったので振り返ることは無かったが、そのときの彼の表情はゾッとする程冷たいモノだった。




