第6話 オチを言うなよ!
茉理が目を開けると、そこはすでにカナンの裏路地だった。隣ではイケオジのヨハンに切り替わっている一郎が軽く伸びをしている。彼は念入りに周りを見渡し、誰もいないことを確認してから面倒臭そうに口を開いた。
「先に言っておくが例のマリア誘拐事件から、ここの時間で半年以上経っているからな。それとジークたちの『現実セカイ』でも一か月程度経過している。あちらの日本はそろそろ梅雨が始まる時分だ」
茉理は了解したとばかりに黙って大きく頷く。
前回の旅で茉理と一郎はマリアにこのセカイの住人ではないとバレてしまった。ただその際、彼女は同じ『彼女たちの現実セカイの日本人』だと思い込んでくれた。だけど何気ない会話の中での季節感の齟齬は新たな疑惑を生じさせかねない。だからこその念押しだった。
「あの二人はすでにメールで何回も連絡を取り合っているし、夏休みが来たら東京でデートする約束もしている」
「ほうほう」
茉理は聞いていなかったコイバナに目を輝かせた。しかし一郎は話を振るだけ振ってから「今から彼らのプライベートの話はしないぞ」と勝手に畳んでしまう。
「……ケチ!」
茉理の子供っぽい悪態にも、一郎は無視を決め込む。
「で、一方の俺たちは本国での厄介事を突貫で全部片付けた後、お偉いさんたちを黙らせ、再び遺跡調査の権限とカナン行きを認めさせた、という設定だな。……マリアに聞かれたら『イロイロ後始末があった』とでも答えておいてくれ」
「りょ」
拗ねたような茉理の素っ気ない返事に一郎は肩を落とす。
「『りょ』ってのやめろ!」
「……りょ」
「くっ……」
頑なな茉理の反応に、一郎は苦悶の表情で黙り込んでしまった。
しばらく姿を見せなかった白衣の二人組に、顔なじみの街の人たちからはひっきりなしに声がかかった。
「また、しばらくこの街にお世話になります!」
茉理はそんな彼らに愛想を振りまきながら、上機嫌でスキップを踏みながら大通りを進む。その間にも買い食いは忘れない。一郎は苦笑いしながらその後ろを歩き続けた。やがてにぎやかな噴水広場の前にドンと構える小鹿亭が見えてきた。
「……しばらく離れていたからな。……懐かしい」
一郎の言葉に茉理も万感の思いで頷くと、意を決して勢いよく扉を開く。目の前に広がったのは懐かしの光景。ここでもしばらく顔を見せなかった二人にやんやと声がかかった。
茉理は彼らの相手をしながらジークとマリアを探すが、彼らの姿は見当たらない。先を歩く一郎についていく形で宿のカウンターへ向かった。
「おう! 元気にしていたか!?」
二人の顔を見て破顔する小鹿亭の主人に、茉理も嬉しくなって駆け寄る。
「また、こちらでお世話になります!」
「チェリーちゃんならいつでも大歓迎さ!」
弾ける笑顔の彼女に主人もメロメロだ。
「……いつもの部屋、空いてるかい?」
横からの一郎の問いかけに、彼はニヤリと口元を吊り上げてサムズアップする。
「あぁ、例の十六号だな? もうあの部屋はアンタらのモンだ。他の人間を入れるつもりはねぇよ」
そう告げると彼は奥からカギを取ってきて、「ホイ」と茉理に手渡した。
「取り合えず私たちは部屋でゆっくりさせてもらうが、もしジークたちが仕事から戻ってきたら『ヨハンとチェリーがカナンに戻ってきた』って伝言を頼んでもいいかい?」
一郎が取り合えず三日分の宿代を払いながらそう頼むと、主人は「あぁ、モチのロンよ!」と威勢のいい言葉で返す。
――古っ!
センセのセンス古っ!
「……いや、これに関してはノータッチだぞ?」
茉理の冷めた視線を受けた一郎は、言葉を詰まらせながら小声でそう釈明した。
☆
「ん~! やっぱり、この部屋っていいね! 落ち着くぅ!」
扉が開かれるや茉理はベッドに走り込み、そのままダイブして枕に顔をグリグリと押し付けた。マーキングしている犬猫に見えなくもない。そして勢いよく立ち上がると初めて来たときのように片っ端から扉を開けて回る。
「あぁ! なんか『帰ってきたぞ!』って感じ!」
「……そうだな」
忙しなく動き回る茉理を呆れながらも見守りつつ、一郎は同意する。そして彼も勢いよく窓を開けて外の空気を部屋に招き入れた。
「確かにこの空気の匂いも久し振りだな。……悪くない」
一郎が目を細めて外の景色を楽しんでいると、ようやく確認作業を終えた茉理が再びベッドに寝転がった。カナンを離れていたのは約半年という設定だが、実際一郎たちもそれと同じぐらいこのセカイに来ていない。二人ともまずは執筆最優先ということでやってきた。
前回の取材を元に集中して執筆している一郎の背中を、茉理は騒ぎもせずじっとコーラを飲みながら見守っていた。そしてようやく今日、再びこのセカイに戻ってきたのだ。
一郎は飽きることなくじっと外の景色を見つめていた。
「……でさ、ジークたちとはいつ合流出来るの? 祝勝会と再会の両方を兼ねた大宴会をするんだよね?」
「あぁ、そのつもりだが、ちょっとだけゆっくりしたいな」
一郎はその声に応えるように、ベッドの縁に腰かけた。今からすぐ宴会という気分ではない。茉理も同じだったのか、首を傾げてから「……じゃあ一時間後ぐらい?」と聞いてくる。
「おう、それでいくか……」
妥当な時間に頷くと、一郎はレコーダーを取り出して『一時間後ジークとマリアが現れる』と吹き込んだ。
「で、宴会が終わったらどうするの? ……やっぱり冒険? ……それとも何かあるの?」
それについて、一郎も思うところがあった。
「あぁ、それだけどな。ここに来るまでに歩きながらイロイロ考えたんだが、俺はどこかで一息つきたかったんだと思う。丁度いい区切りだったしな。正直甘すぎた」
一郎の言葉に茉理も真剣な顔で頷く。
「……だからここは思い切って、あっちで話に出てきた『ラスボス』でもチラ見せしてやろうかと考えている」
「おお! 絶対にそれいいと思うよ! 新章が始まるって感じするし、何よりニューフェイスは大歓迎! しかもイケメン!」
茉理は身体を勢いよく起こし、握りこぶしを作りながら何度も頷いた。彼女の食いつきのよさに気を良くした一郎も少しだけ身を乗り出す。図らずもベッドに座りながら、向かい合って内緒話をするような体勢になる。
「ちょっと、センセ近い……」
「……おう」
一郎は耳まで真っ赤にしながら慌てて身体を離す。そして取り繕う様に咳払いして続けた。
「――俺たち四人は遺跡を調査することになった。だがそこは賊の根城となっていた」
「うんうん」
「で、例によって賊退治をするのだが、ちょっとしたピンチになる。……そこに颯爽と登場するイケメン」
「うんうん」
「……彼の参戦もあって何とか切り抜ける。そしてお互い自己紹介。彼は偶然そこに居合わせた剣士で、偽名ではないが敢えてマイナーな方の名前を使う」
「うんうん!」
「彼は乗りかかった船という感じで、俺たちの調査に付き合うことにした」
「うんうん」
「で、何やかんやあって無事調査達成後、もう一度会えることを願い仲良く解散する。そして――」
「――私たちが立ち去ったあと、イケメンの背後から接触する誰かが現れて『探しましたよ。こんなところで何をされていたのですか? 早く戻りましょう』的な?」
「オチを言うなよ!」
「……だってめっちゃテンプレだし」
「分かってるよ! ……だけどこういう『お約束』は絶対に外す訳にはいかないだろ?」
一郎はふてくされた顔でベッドに寝転がった。




