第10話 鎧が重い程度の困難であっさりとチートを使うって、ナニ!?
茉理は絵本が大好きで大好きで、毎晩二冊ずつお母さん読んでもらわないと寝られない、そんな子供だった。その当時の夢は絵本作家になること。だけど小学校高学年ぐらいになった頃だろうか、何となく自分にはそういった才能がないかも知れないなんてことをウダウダ考え始め、あっさりとその道を諦めてしまった。
中学校の入学式直後、彼女は体育教師から周りの同級生(男子を含む)より頭一つ抜けたその身長に目を付けられ、バレーボール部に入って欲しいと懇願される。
自分が望まれるセカイがあることを素直に喜んだ茉理は、そこから中高六年間ひたすら部活動に打ち込み、そして燃え尽きた。
指定校推薦入試のおかげで特に受験勉強に励むことなくあっさり進路が決まった茉理は、友達のように睡眠時間を削って大学に合格するという一連の達成感を得られなかった。
そのことは上京して一人暮らししながらも尾を引き続け、彼女はずっと将来に対する漠然とした不安を持ち続けていた。
バレーボールしかやってこなかったことを後悔していた訳ではないが、それ以外に何もない自分が周りから劣って見えたのだ。
そんなある日、茉理はいつものように本屋でアルバイトをしていて、店長との何気ない会話の中から『出版社の人間として絵本に携わる』という夢のような選択肢の存在に気付くことが出来た。
彼女は早速その日からそれに向けて行動を開始する。
目標さえあれば、どこまででも突っ走ることが出来る女、それが茉理だった。
猪突猛進のリクルート活動の甲斐もあって、彼女は無事念願の出版社に就職。
今年で入社三年目。
上司から担当をやってみないかと打診され、――――その相手がアレだった、と。
茉理は何度も何度も絵本に携わりたいと宣言していた。
周りも十分それを認識していたはずだ。
就職活動の面接のときも絵本に対する並々ならぬ想いを伝えたし、伝わっていたからこそ就職できたはずなのだ。
……確かに絵本作家の担当ではあるかも知れない。
『――人気絵師のおかげで辛うじて息してるクソ作者www』
『――っていうか、もう挿絵だけでいいジャンwww文章イラネwww』
『――ちょ、おま、それってまんま画集じゃん! めっちゃ欲しいってwww』
こんな感じでボロクソに叩かれまくっている作者だったから。
それでも身びいきというのだろうか。
ここまで叩かれる程悪くないのにな、と思うあたり自分でも甘いなと茉理は思ってしまう。
そして何の因果か、彼女は今、ゴッドヘルというどこか捩じ切れたネーミングセンスのゴキゲンなセカイで取材旅行をしている。
茉理たち一行は依頼者の待つコリン村に向かう道中で、何度かヒャッハーな一団に襲われたりもした。
だけど同行者のジークムントやマリアには慣れたモノだったらしい。
集団で襲い来る者たちを難なく対処していく。
一郎はさりげなく距離を置いて戦いもせず、取材モードに入っていた。
自分たち二人ともが戦闘に非協力的なのは良くないかもしれないと、茉理も試しとばかりにこっそり詠唱して魔法を使ってみることにした。
一度ぐらい魔法というのものを使いたかった気持ちも否定はしない。
茉理は敵が五、六人固まっているところに、漫画やアニメで見た魔法使いをマネして手のひらを向けて詠唱する。
「えっと確か……『隣の家に囲いが出来たんだってね? ……うおぉぉる!』……だっけ?」
次の瞬間、彼女の手のひらから凄まじい轟音を立てて何かが飛んでいき、派手に爆発した。
水蒸気のような何かが周辺を真っ白に染めた後、無駄にキラキラとした七色の光が乱舞し、綺麗な虹が出来上がった。
それらが消えた後、彼らがいた場所には骨はおろか金属製の武器防具すら残っていなかった。
インスタ映えするようなイリュージョンを見せられた茉理がふと我に返れば、驚く程周りが静まり返っていることに気付く。
ジークムントとマリアがドン引きの表情で彼女を見つめて突っ立っていた。
そんな彼らとキンキンキンキンいわせていたヒャハーさんたちもそのままの姿勢で呆然としている。
だけど一番驚いたのは間違いなく茉理本人だ。
――うおおおぉい! なんちゅう魔法使わすんじゃい!
ギギギと首をぎこちなく横に向け一郎を睨みつけると、彼自身も想像していた以上の威力だったのか、驚きで目を見張っていた。
まだ生きていたヒャッハーさんたちは気を取り直すと我先にと脱兎のごとく逃げ始める。
たった一人腰が抜けて立ち上がれず逃げ遅れたモヒカンさんだけを残して、近くの森へと一目散に駆けていった。
可哀想にも残された一人はというと、四つん這いの姿勢で茉理の足元に辿り着くと、いきなり土下座して命乞いを始めた。
……おしっこをドバドバ漏らしながら。
異臭も含めた対応に困り、「……いいから、キミも早く森にお帰り」と優しく告げてあげると、彼は何度も何度も振り返って頭を下げて森へ消えた。
それ以降はモンスターが襲ってくるものの、ジークムントとマリアの二人が率先して対処した。
彼らの背中から『君たちは戦わなくていい』との無言の圧力があった。
そんな感じで四人は平和にサクサク進んでいたのだが、茉理は隣の一郎に異変を感じ始める。
暢気に風景などを楽しみながら歩いていた彼から次第に笑顔が消えていき、やがて無口になり、ついにはハァハァ言いだした。変態さんに見えなくもない。
「――ねぇ、大丈夫? もしかして体調悪かったりするの?」
茉理がこっそり尋ねると一郎は小さな声で一言「…………重い」とだけ呟いた。
「……あぁ、なるほどね」
歴戦の冒険者でもあるジークムントと比べても明らかに彼は重装備だった。
しかも現代人が、ましてや茉理のような体育会系ならともかく、インドア派代表ともいえる一郎がそれを纏って数時間の行軍というのは相当キツいはず。
彼の下半身に目を向けると、生まれたての仔鹿のように足をプルプルさせていた。
茉理はその微笑ましさに声を上げて笑う。
一郎は彼女を睨むと不機嫌そうに立ち止まった。
そして彼はおもむろに懐からレコーダーを取り出し、ゆっくりと口元に持って行く。
「…………ウソでしょ?」
茉理はイヤな予感に肌を粟立つのを感じ、思わず呻き声を漏らす。
――マジで? このヒト、マジで?
「……『一郎がふと大樹の根元を見るとそこには大きな宝箱があった。それを開くと動きやすくそれでいて剣にも魔法にも強い生地で作られた特別製の白衣が入っていた。彼がそれを装備すると更にレベルが3上がった』」
――ええええええええええぇぇ?
何それ! ズルっ!
めっちゃズルっ!
そしてセコッ!
さっきみたいに一気に10上げればいいのに、3だけしか上げないとか。
中途半端なプライドがウザッ!
茉理の絶対零度まで下がった冷たい視線に見向きもせず、一郎はガッチョンガッチョンと鎧を鳴らしながら、街道の脇にある木を目指す。
前を進んでいたジークとマリアが何事かと立ち止まって振り返るのを尻目に、一郎は無造作に宝箱を開けると、今まで着ていた鎧を地面に投げ捨てるように脱ぎだした。
絶句する三人に関係なく、一郎は涼し気で洗練されたデザインの白衣に袖を通し、ボタンを上まで留める。
「……よし! これでどうだ!」
「だから、『どうだ!』じゃないっての!」
――散々、困難にぶち当たったときそこから何を掴むかが云々とか偉そうに高説垂れておきながら、自分は鎧が重い程度の困難であっさりとチートを使うって、ナニ!?
近年稀にみるダメ人間だ!
こんな説得力のない大人ってば、久し振りに見た!
少なくともこの人に共感も共鳴も出来ない。
……でも苦境で人間性が出るという例の話、それだけはホント勉強になった。
センセの人間性を知れただけでもこの取材旅行はそこそこの収穫があったと思える。
満面の笑みでガッツポーズしている一郎を睨みながら、茉理はそんなことを考えていた。
 




