第1話 あぁ、ちくしょう。これが惚れ直すってコトか
「……ただいま!」
「おっ! ユーイチか? 早かったな!」
学校から帰った明神悠一が車椅子に乗ったままの前傾姿勢で玄関の扉を開くと、中から元気な声が返ってきた。そして奥から無精ひげを生やした小太りの愛嬌のある男性がひょっこりと姿を見せる。
「ただいま、父さん」
返事する悠一の後ろに回ったのは彼の父、明神健太郎。彼は人懐っこい笑顔で「よっこいしょ」と車椅子を押し出した。
「……大丈夫だって」
「いやいや、バス停からは結構距離があるからな。腕だって、もうパンパンだろう?」
「……そんなの慣れてるし」
実際、悠一の腕は長い車椅子生活もあって、学校の友人たちよりも一回りは太い。腕相撲に限っていえば柔道部のエース候補にだって勝てるほどだ。
それでも田舎だけあってバス停から家までの道のりはそこそこ長い。
「それはそれ、これはこれ、だ」
健太郎は鼻歌を歌いながら車椅子を進める。
確かに父の言う通り腕がだるくなっているのも事実だったので、そこは素直「ありがとう」と言葉にした。
「……おう」
照れたような声を背に、悠一はすいすい進む車椅子の上で、窓の外の景色を眺めていた。
悠一たち家族が住むのは北海道東部。6月は世間的に梅雨の季節だ。こちらも多少の雨は降るが本格的な梅雨と呼ばれる季節はない。車椅子で両手が塞がる悠一としても有難い話だった。
田舎の広い一階建ての家で、全面バリアフリーの特注。
全て彼の父健太郎の手配だった。
生まれつき悠一の足は動かない、それも一生自力で歩くことは出来ないと知った父の反応は恐ろしく早かったのだと親戚の話にあった。
彼らは今でも父の決断力の速さを褒め称える。
今まで勤務していた東京のIT企業にあっさりと辞表を提出し、出社する必要のないリモートワークの同種企業に転職した。そして貯め込んでいた金を惜しげもなく使ってこの家を建てた。
父健太郎は以前いた会社でも相当信頼されていたらしく、しかも息子の足の為という家庭の事情での退職だったので、辞めた会社とも円満な関係を続け、ちゃっかり今でも取引相手として付き合いがあるという。
健太郎が言うには、『俺はずっと、あの有給休暇も取らせてくれない会社を辞める機会を探していたんだ。……赤ん坊だったお前には悪かったが口実に使わせてもらったぞ?』とのこと。
そのイタズラっ子のような屈託のない、それでも目の奥にどこか強かさを潜ませている父の笑顔が、悠一の子供心にカッコよく映った。
母は息子の足が動かないことを随分と気に病んでいたが、大黒柱である父がおおらかで決断力のある性格だったので、なんとかこの家は悠一にとって居心地のいい状況を保てていた。
悠一も小学校の頃は登下校に父か母のどちらかが付き添ってくれたが、中学に入った頃からは流石に一人で大丈夫だと強く主張するようになった。親同伴が恥ずかしかったのもあるし、迷惑はかけられないというのもあった。高校もバス一本でいける場所を選んだ。
その際、父は近所にバス停を作るよう役所に頭を下げたらしい。
それは叶わなかったので、せめて車椅子で簡単に乗り降り出来るノンステップのバスをと願ったのだがそれも叶わず。
じゃあ仕方ないということで、彼の父はこのセカイにまだ一台もないような最新設備のバスを知り合いの会社に突貫で作らせ、それを悠一の入学に合わせてバス会社に寄付した。あまりの設備の良さに札幌市内だけではなく東京のテレビ局からも取材が来た程だった。
その反響に竦んでしまった市とバス会社は家から少し離れた場所にバス停を作ることになり、悠一は誰の手を煩わせることなく登下校が出来るようになったという次第だ。
悠一にとって父はまさしくスーパーマンだった。
その話をあちらのセカイでマリアにしたとき、彼女は「……パパさんは、ジークに道を作ってくれてるんだね。凄いね、カッコイイね」そう笑顔で何度も頷いていた。
悠一自身も常々そう思っていた。
足が不自由で外を歩けなかったとしても、金を稼ぐ方法なんていくらでもあるのだと。そして生きた金の使い方とはこういうモノだ、と。
父健太郎は常に冗談めかしながらも、そうやって大きな背中で彼の将来を照らし続けていた。
部屋まで送ってくれた父に礼を言うと、いつものように悠一の頭をポンポンと叩いて颯爽と立ち去って行った。また仕事に戻るのだろう。
悠一は筋肉のない貧相な下半身とは対照的にがっちりとした上半身を器用に使ってベッドの上に座り直し、身体を上手く使いながら慣れた動きで用意されていた部屋着に着替える。
そして再び車椅子に乗り込むとパソコンの前に移動し起動する。
取り合えず、いつものようにメールチェックから。
学校の友達やゲームで知り合ったメル友やらのメールの中に、マリアからのモノを見つけた。添付画像もあるようだ。
悠一は気がせく思いで身を乗り出し、それを開く。
どうやらスマホで撮った写真らしい。後ろの風景を見れば公園のようにも思えた。
映っていたのは腕を伸ばして自撮りする明るい茶髪で派手な顔立ちの女性と、彼女に抱きしめられ嬉しそうに八重歯を見せる三歳の女の子。
この茶髪女性こそが、現実世界のマリアこと月野瀬友佳だった。
思っていたのとは正反対の風貌に最初は流石に面食らった。
前から歩いてくるとちょっと身構えてしまうような、そんな感じの凄みがある。釣り目がちな美人で、どことなくキラキラしていて、住むセカイが違うというか……その、ちょっと近寄り難いというか。
でも悠一は彼女の『中身』を知っていた。
彼女は人一倍傷つきやすく、だけどそれを乗り越える芯の強さを持っている。
悠一が心の底から好きになったマリア。
『娘さんと一緒の写真はないの?』という話をしたのが昨日のゲーム内でのこと。
早速送ってくれたようだった。
娘を愛おしそうに抱くその微笑みは、悠一の知っているいつものマリアよりも更に優しい目をしていた。
「あぁ、ちくしょう。これが惚れ直すってコトか。……いい言葉だなぁ」
悠一はその幸せそうな母娘の写真を見て微笑んだ。




