第29話 あぁ、アイツらはオレたちの主人公だからな
「アインは子爵令嬢だったんだね?」
例によって一郎はゴッドヘルから舞い戻ると猛然と字を打ち込み始めた。
いつになく鬼気迫るものを感じた茉理は中々話す機会が掴めずにいたが、彼が伸びをした瞬間を見計らって思い切って話しかける。
――まさか、キス効果?
……なんちゃって。
一郎はクルリと椅子を回転させニヤリと口元を歪めると、身を乗り出した。
「おう、実は『お転婆令嬢と婚約者王子による捕り物』っていうボツネタがあってだな」
なるほど。
突発的な展開の割に随分とキャラが作りこまれていたのは、そういう理由らしい。
「お前とマリアの貞操を守るには、もう一勢力存在した方がイロイロと都合が良かったからな。……思い切って供養代わりに引っ張り出してみた。いやはやネタは多めに作っておくモンだな」
一郎は悦に浸っている。
「初めっから内部に捜査組織が入っていたので、私とマリアは無茶な扱いされずに済んだと。……まぁ確かにその方が説得力あるよね?」
「……だろ?」
一郎は胸を張った。
確かにここは上手く捻り出してくれたと褒めてやらないでもない。ちゃんと茉理とマリアのことを守るという約束を果たしてくれたのだ。結果的に一郎が作りこんでいたらしいネタも無駄死にせずに済んだ、と。
一石二鳥とはこのことか。
ただ、茉理が聞きたかったことはそんな話ではなかった。
でもいきなり切り出すのは少々躊躇いがあってのワンクッションだ。
「……ねぇねぇ、マリアさぁ、大丈夫なのかな?」
結局のところ彼女が聞きたかったのはそれに尽きた。
何がとは言わない。でもそれで通じるはずだった。
「センセだったらちゃんと幸せに出来るよね?」
その縋るような声に、一郎は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「だから、今、それを書いてるんだろうが。何なら今から読むか? ……勢いで書いたから誤字脱字変換ミスは見逃せよ?」
「いいの!?」
驚く茉理に、一郎は心底呆れたとばかりに顔を歪める。
「……オイオイ、あちらに入り浸り過ぎて呆けたか? そもそもそれが担当編集者の仕事だろうが」
「そりゃそうだけどさ。……ほら、センセって変に天邪鬼だから、誰も喜ばない展開を作りそうで怖いんだよね」
茉理は矛先を変えて誤魔化してみた。だけど一郎にはお見通しだったらしい。軽く噴き出すように笑った。
「……アイツらがギクシャクするとこの先の『取材旅行』も上手くいかないだろうしな。善処はしたよ。……さっさとチェックしてくれ」
「……うん」
そう返事はしたものの一向に立ち上がろうとしない茉理に一郎は首を傾げた。
☆
「……あのね、センセ」
そう口を開く茉理の声は、まるで泣く一歩手前の子供の様だった。
「どうした?」
普段なら『トイレはあっちだぞ?』などと茶化すところだが、とてもじゃないがそういう雰囲気ではなく、困った一郎は腕組みする。
椅子に深く腰かけ直して、続きを辛抱強く待った。
「あのね、向こうのセカイでさ、チラッとだけ思ったことなんだけどさ。……もし、マリアがやぶれかぶれになって、その、いわゆるあっちの経験をしたりすることなくさ。まぁ、家庭環境の問題でグレちゃうのは仕方ないとして、一応それでもちゃんと高校は卒業していてさ、未婚で子供を産んだりすることもなくて。……センセがマリアをそんな風に『作り変えて』くれたりしたらさ、もうちょっとあの子も生き易いだろうになって。そんなこと考えちゃったんだよね。……私ってホント最低だ」
目にうっすらと涙を浮かべ、取り留めなく心の内を言葉にしていく茉理。そんな彼女を目の前にした一郎は感情を持て余し、取り合えず溜め息を吐くことで何とかギリギリ取り繕うことに成功した。
☆
茉理はずっと心に抱えていたこと、自分がどれだけ薄情な人間だったか一郎に告白した。彼は今どんな顔をしているのか、怖くて顔を上げられない。
そこに一郎の溜め息が一つ。茉理は身を竦めた。
「――客観的に考えればお前の方が正しい。マリアの学歴に職歴、何より子供の存在は彼女の生きる上で足枷になる可能性が高いのは事実だろう? ……これからの人生選択において相当な制限がかかるのは間違いない」
「そんな、足枷だなんて! …………うん、そうだよね? 私もそう考えたんだよね?」
茉理は平然とそんな言葉を吐く一郎に怒りを覚えるも、それは自分の中にもあった言葉だと悟る。
「……で、今はどう考えているんだ?」
茉理が顔を上げると、そこには優しい目をした一郎がいた。その顔を見ていたら、今の感情が次から次へと言葉になっていく。
「マリアがなぜ私の大好きなマリアなのかって考えたらさ、きっとそういう人生を送ってきた彼女だからなんだろうなって思ったの。……子供を産んだりドロップアウトした経験のないマリアってのは、今のマリアから大事な部分を抉り取った不完全なマリアじゃないのかなって。そんな陰のない彼女もそれはそれで魅力的だろうけどさ。……でもきっとそのマリアはジークには寄り添えないし、ジークだってあそこまで惚れ込まないと思う」
茉理は今の言葉を口にしながら、リオン国のエーリヒ王子のことを思い出していた。確か彼は『今の私を忘れた私』という表現をしていた。
――エーリヒ王子はセンセが作った物語の登場人物。
つまりあの言葉はそのまんま一郎センセの言葉ってこと。
だからセンセもきっと私と同じ気持ちのはず。
茉理はちゃんと自分の想いが伝わっているのか気になって、一郎の目を見つめた。目の前の彼は嬉しそうに何度も頷く。
「あぁ、オレもそう思う」
彼の心からの言葉に茉理の顔も思わず綻んだ。
「マリアのような人生を送ってきた人間を軽蔑する読者もいるだろう。潔癖な少年少女なら尚更だ。……彼女と同じような不幸な境遇にあっても、夜遊びや非行になんかに逃げ出さすことなく真っ当に生きてきた人間、現在進行形で必死にギリギリのところで耐えている人間だって世の中にはごまんといる。そんな彼らからすればマリアの行動は『ただの逃げ』だと非難したいに違いない」
茉理としてもあまりの正論に何も言い返せない。
「どう誰がどう見ても、周りに迷惑を掛けずきちんルールを守って生き抜いている人間の方が偉いし、オレはそんな人たちのことを心の底から尊敬したいと思う。……だけどさ、マリアの生きてきた時間だって無駄なことは何一つなかったと、そう思いたいだろう?」
それは茉理にとって初めて見る一郎の素顔だった。
「オレはジークとは違って五体満足で産んでもらったし、大きなケガもなく育ててもらった。マリアと違ってこんな年齢になっても両親から大事に思われている」
一郎は小さく、皮肉気に、だけどどこか気恥ずかしそうに口を開く。
「……この前さ、ウチの母親がこっちに来たときに何気なく、子供の頃日曜の昼に父親が作ってくれた『赤いウインナーとちくわの入ったソース味のチャーハン』の話になったんだ。おそらくその話を家に帰ってからしたんだろうな。昨日宅急便で大きめのタッパーに『これでもか!』と詰め込めるだけ詰め込まれたチャーハンが送られてきたよ。他にも子供の頃好きだった肉じゃがとかも山程な。……四十の男なんだから自炊ぐらいしてるってのに。……どうせ家で適当に転がってたタッパーを使ったんだろう、形なんかも不揃いだから上手く冷蔵庫に収納出来ないし、仕方がないからわざわざ百均まで行ってジップロック買ってきて、イチイチ入れ替えてさ。……ホント、マジ面倒臭かった」
ダラダラと取り留めもなく嘆く一郎の言葉にはどこか柔らかさがあった。茉理は冷蔵庫の中を思い出す。
――そういえば、珍しくパンパンに入っていたっけ。
冷蔵庫を覗いたのはついさっきのはずなのに、あちらで長い間過ごしていたせいで時間感覚が狂っていてよく分からない。
茉理はまだ続く一郎の愚痴を微笑まし気に見つめていたら、彼はハッとした顔をして軽く咳払いした。
「いや、そんな話がしたい訳じゃなくてだな。……どういったらいいのかな? ……オレはジークやマリアのことを尊敬しているんだと思う。彼らの人生はオレの創作したモノだし、そう割り切ってもいる。その上での話だぞ? ……彼らは自分たちのリアルのセカイでオレが思いもしないことを常に考えて生きているよな?」
一郎は手にしたレコーダーで膝をペシペシ叩きながら首を捻る。
「話を作っていると、各場面でそういう時間を生きてきた人間はこういうときどう考えるのだろうって思う訳だ。……ジークの快活なのに懐には入ろうとしない独特の距離感や、腹を括ったマリアがやけに好戦的な人間に切り替わる瞬間だったりな?」
彼が語っているのはキャラクターに対する愛だった。
茉理はゴッドヘルでの日々が彼を変えたのかとも思ったが、よくよく考えると彼は初めからそうだったのだと気付く。
「私もそう思う。あの二人はお互いにそういう人生を経てきたからこそ魅力的なんだと、今ならちゃんと胸張って言える。だから、あの二人には彼らのままで幸せを掴んで欲しいし、それだけの器があるって思う。心の底からそう思える!」
「あぁ、アイツらは『オレたち』の主人公だからな」
「うん!」
茉理はジークに負けないくらい大きな音で頬を叩いて気合いを入れ、彼らのこれからを読むべくソファから立ち上がった。
一郎は微笑みながらパソコンのモニタを彼女に向けると、「……ちょっとコンビニ行ってくる」と手を挙げて部屋を出て行った。
これで4章終了です。
何か円満終了って雰囲気出てますが、まだまだ続きます(笑)。
むしろここまでが起承転結の『起』だったりします。
これからようやく『ストーリー』が始まる感じです。
という訳で次章はラスボスが登場します。
どうぞこれからも生温かく見守っていただければ嬉しいです。




