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第28話  もう一回してみたら分かるかも?


 マリアは真剣な顔でこれまでの人生を語るジークの話に聞き入っていた。

 生まれつき足が動かないこと。

 彼の母は物心ついたときから何百回何千回と、彼を元気に産んであげられなかったことを謝ったのだという。そのたびに切なくて苦しくて仕方なかったのだと。

 確かに足が不自由ということで劣等感はあったし、世間からの視線に対して折り合いをつけて生きることの難しさも味わっている。

 だけど頼りになる親友たちだっているし、何より両親や祖父母、近所のみんなが彼を支えて守ってくれているんだと、彼の口からはそのことへの感謝の言葉が絶えなかった。

 ……だけどこの先自分はどうやって生きていけばいいのかという、漠然(ばくぜん)とした不安もあるにはあるのだということ。



 時折ふと、全てを捨てて誰も自分のことを知らない、どこか遠くの地へ行ってみたいと思うことがありったりもする。オンラインゲームであるこの『グロリアス・サーガ』を始めてからはずっとこの自由なセカイに憧れていたのだという。

 そんなことを考えながら遊んでいるうちに、いつの間にかこのセカイに入り込んでいたのだと。

 冒険を楽しんでいる中でマリアに出会い、生まれて初めての恋をした――と。

 マリアが誘拐されてしまい、動転してどうすればいいのか分からなかったこと。

 無事救い出すことが出来て本当に心からホッとしているのだということ。

 先程のマリアの告白を聞いたところで、気持ちはこれっぽっちも変わらなかったこと。

 それどころか、むしろもっともっとマリアのことが好きになったのだ、と。



 マリア――友佳はこれまでの人生の中でこんなにも真っすぐな好意を向けられたことはなかった。


 ――これが愛されるってことなの?


 少年の飾りっ気のない、ただひたすら愛しているという気持ちだけが突っ走った言葉。 

 お金を持っている男の余裕ある紳士的な言葉や、どれだけ自分が強いのかを誇示(こじ)するかのような荒々しさ、そんなモノは鼻で(わら)い飛ばしたくなるような、未成熟な(オス)の一切取り(つくろ)うことのない()き出しの愛情。

 暴れ狂う気持ちの抑え方さえ知らない、知ろうともしない少年の、不器用過ぎる求愛に呼応するように、マリアの中で(いま)だ感じたことのない気持ちが産声(うぶごえ)を上げたことを、彼女は本能で悟った。


「――こんな僕ですけれど、……それでも僕のことを好きでいてくれますか?」


「……はい! 私もジーク――悠一君のことが好きです! ……ずっと好きでした」


 彼女は本能に従い、真っすぐ彼を見つめてそう返事した。



 次の瞬間、ジークは宿泊客全員を起こしたのではないかと思うほどの雄たけびを上げて喜びを爆発させるのだった。

 マリアは驚きながらも、笑顔でそれを見つめる。

 

 ――あとで宿泊客全員に謝り倒さなきゃ。

 朝ご飯を奢ったら許してもらえるかしら?


 そんなことをチラリと頭の隅で考えながら。



 ようやく落ち着いたジークは脱力したように少し離れた場所にあるベッドに腰かけた。

 マリアも彼の近くに居たくて、勇気を振り絞って隣に場所を移す。そんな彼女を見つめ、はにかむジーク。


「今まで言い出せなくてゴメンね? ……その僕なんかが好きって伝えたら絶対に迷惑かけるなって思って――」


「迷惑だなんて!」

 

 マリアはジークを強く抱きしめた。

 あのときエレナがそうしてくれたように。

 別れ際、チェリーがそうしてくれたように。

 ……今さっきのジークがしてくれたように。

 

 ――私たちは同じだったんだね?

 ジークもずっと重いものを抱えていたんだね?


 マリアは今更ながら、チェリーが言いたかったのはこういうことだったのだと理解した。



 二人は抱きしめ合いながら、胸を高鳴らせていた。

 お互い秘め続けていた初恋が成就(じょうじゅ)した喜びと安堵。

 そしてほんの少しの恥ずかしさ。


「ねぇ、……その、キスしたいんだけどさ、いいかな?」

 

 そのどこか心地よい沈黙の中、ジークは躊躇(ためら)いがちにマリアの耳元で囁いた。

 

「……うん。いいよ」


 恥ずかしいながらもそう返したマリアに、ジークは「よし!」と小さく拳を握る。

 その仕草があまりにも可愛くて彼女は噴き出した。


「僕、その、初めてだからさ、変だったら、ごめんね?」


「そんなこと言わないで。……それを言うなら私なんて、今まで好きでもない相手と『そういうコト』をしてきた女なんだよ?」


 初々しいジークが(うらや)ましくてどこか自嘲気味に呟く彼女を、ジークの真剣な目が射抜いた。


「マリアこそ、もうこれ以上自分をそんな風に言わないで。僕は大事な人のことを悪く言われるのは好きじゃない。たとえそれがマリア自身の言葉だったとしても、……ね?」


 断固とした彼の言葉が嬉しくて、マリアは一筋の涙を零す。


「……うん、わかった。もう言わない。絶対に言わない」


 ジークは「きつく言ってごめんね」と囁きながらそっとその涙を拭った。




「……ねぇ悠一君、キスして? ……お願い、私にキスして?」


「友佳さん……」


 緊張したジークの顔が近付き、マリアはそっと目を閉じた。

 やがて唇が触れ合う柔らかい感触。現実ではないのに妙にリアルだった。

 今までしてきたどんなキスよりも心臓が激しく暴れた。

 生まれて初めてした幸せなキスに、マリアの中で愛が更なる昇華を遂げる。

 やがて唇が離れた。


「……ヤバイ。キスってこんな感じなんだ! ……あぁ、でも、これって現実じゃないからなぁ」


 興奮したり、がっかりしたりする目の前の彼が初々しい。

 改めて彼は本当に高校一年生の男子なんだと思う。


「……え? やっぱり変だったの? ゴメン!」


 クスクスと笑いだしたマリアに、ジークは目に見えてオロオロし始めた。

 本当にせわしない。でもそれがたまらなく愛おしかった。 

 マリアはそんな彼をお姉さん気分でちょっとだけ揶揄(からか)うことにする。


「ん~、どうだろうね? ……もう一回してみたら分かるかも?」


 マリアのいたずらっぽい表情を見て、今度はジークが笑い出す。


「……じゃあ、もう一回お願いします」


「……うん」


 そうして彼らはもう一度唇を重ねた。


 

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