第25話 よし、お前は走って馬車を追いかけてこい
一郎とアイン、そして親分ことシャルル王子が細かい約束やら制約やらを詰めているのを茉理たちは遠巻きに見つめていた。茉理の「こういうのはセンセに任せておけばいいのよ。その為だけにいるようなものだし」との言葉にジークとマリアが神妙な顔で頷いた結果だ。
やがて話が終わり四人が屋敷を出ると、それを待ち構えていたかのように立派な馬車が横付けされた。貴族から押収したもので、これも報酬の一部として彼女たちが貰い受けることになった。家紋が付いているが、それは修理業者に頼んで消せばいいとのこと。
――念願のマイ馬車を手に入れたぞ!
四人はその神聖な馬車の近くで、抱き合いキスしている男女を発見する。茉理が何事かとポカンとする中、マリアが駆け寄った。
「エレナ!」
「……マリア!? マリアなの!? ……あなたも無事だったのね!」
エレナは目を見開くとケヴィンを突き飛ばし、走り込んでくるマリアを抱きしめる。主催者に人質にされていたあの女性だった。突き飛ばされた彼もこの展開に苦笑いだ。
「――って、もしかしてあのとき私を助けてくれようとしていたお兄さん!?」
ケヴィンもその言葉で茉理のことに気付いたらしく、「おおぉ!」と大声で叫ぶと驚き顔で茉理に駆け寄る。
「あのときの娘さんか!? 白い服を着ていないから分からなかったぞ! ……もしアンタに何かあったら、オレ冒険者辞めるつもりでいたんだ! ……いやぁ、本当に無事でよかったぁ」
彼は安心して腰が砕けたのか、茉理の足元でへたり込むと半泣きになって喜ぶ。その姿だけで彼がイイ人なのがよく分かった。
ケヴィンは冒険者で、娼婦のエレナを身請けする迎える為に必死でお金を稼ぐ毎日だったらしい。割のいい仕事を見つけ、しばらくカナンを離れている間にエレナを攫われたのだという。
彼女の痕跡を探していたところで茉理の誘拐現場に遭遇、助け出そうとしたのだがあの有様だった。
そこから一郎たちと手を組む流れになったそうな。
一郎が潜入、頃合いを見て乱入するのがジーク。ケヴィンは遊撃として目についた敵を気付かれないうちに始末したり、退路を確保する役割を任されていた。そして何かあれば乱入出来るように待機しておく。先にオークションを済ませていた女性たちはケヴィンが機転を利かせて匿い、荒鷲騎士団に引き渡したのだという。
エレナはそんな精力的な彼の仕事ぶりを聞いて惚れ直したらしく、うっとりとした目で見つめていた。
しばらく話し合っていると、ジークと一郎が意味ありげに顔を見合わせ頷いた。
一郎がガバリと持っていた布袋の口を大きく広げると、ジークは無造作にその中に手を突っ込んで札束を鷲掴みで取り出す。
「これはゴート国から受け取った報奨金ね。……僕たちとケヴィンさんで公平に分けよう」
その言葉にケヴィンは首を振った。
「オレはプロだ! 自分の仕事に見合う金はオレ自身が決める! ……これはどう考えても貰いすぎだ!」
断固とした言葉が、彼の清廉さを際立たせて更に好感度がアップする。
「冒険者としては満点に近いが、男としては及第点ギリギリだな。……いつまでエレナを待たせるつもりなんだ? プロ以前の問題だぞ!」
一郎の叱咤にケヴィンはハッとした顔をする。彼は隣のエレナをじっと見つめるが、それでもまだ受け取るのをためらった。そんな彼にジークは笑顔で札束を数えて押し付ける。
「ヨハンはこういう言い方しか出来ない人だから。……ようするにコレは僕たちから二人への結婚祝いってコト! だからさ、受け取ってよ!」
ジークの翻訳に顔を真っ赤にして視線を合わすケヴィンとエレナ。困ったように、だけど嬉しそうに微笑むと、二人は深々と四人に頭を下げた。
彼らも別の馬車を貰っていたらしく、両手を大きく振りながら丘を下っていく。そしていつもの四人が残された。一仕事終えて穏やかな空気が流れ始めるはずだったが、一郎が空気を引き締めるように咳払いする。
「――さて」
硬い声に咎めるような何かを感じた三人は身体を強張らせた。一郎が睨みつけているのはマリア。マリアも負けじと睨み返す。今まであまり絡みがなかった二人の、不穏な睨み合いにジークと茉理はオロオロと見守ることしかできない。
「……どうして逃げなかった? 君の実力なら十分可能だったはずだ。結果的に私たちが助けに来たから良かったものの、少し遅れれば君は今頃どこぞの貴族の性処理道具になっていた」
オブラートに包むという言葉を知らない一郎の言い草にマリアは唇をかむ。だけど反発心が勝ったのか、キリっとした目の奥の光は剣呑なままだった。
「私は、すでに女として傷モノなんです! だから、今更それが何だって言うんですか!? 女でもないあなたに私の気持ちなんて分かるはずないでしょう!?」
マリアが叫ぶ。
「……馬車の中で捕まったと知ったとき、『あぁ、このセカイでも汚れちゃうんだな』って思って。そしたらもう抵抗する気になれなくって! ……もういいやって! もう全部、何もかも、あきらめようって!」
「……どうして、そんなコト?」
ジークが呆然としたまま呟く。
マリアは弱々しい笑顔で零れた涙を拭い、ジークを見つめた。
「ゴメンね? ……元々私はジークに相応しい女じゃなかったの。……だから、商品としてここに連れて来られたとき、ちょっとせいせいしたっていうのかな。『あぁ、これで心置きなくこのセカイから出て行けるな』って、どこか吹っ切れたというか。……いっそマリアがどこまで堕ちるのか見てやろうってそんな気にさえなったというか――」
マリアは自嘲的に口元を歪める。頬に一筋の涙を流しながら。
「ちょっと、それは……」
ジークは彼女の言葉を遮ると、慌てて茉理と一郎を見る。彼は今でも二人をNPCだと思い込んでいるのだ。茉理は取り合えずマリアが何を言っているのか分からないフリをして首を傾げておいた。一郎も盛大に溜め息をつく。
「……取り合えずカナンに戻るぞ? こんなところじゃ落ち着かない。……マリアも動転しているようだしな」
彼はこの場をまとめると、さっさと御者台に乗り込んだ。
「チェリーは私の隣だ」
「はいはい。……もしかしてずっと私と離れ離れだったから寂しかったりするの?」
この重い空気を変えたくて、茉理はセクシーに身体をくねらせてみた。ジークとマリアが笑ってくれれば儲けもの。
「…………よし、お前は走って馬車を追いかけてこい」
それに合わせて真顔でツッコむ一郎に、二人は少しだけ微笑んだ。
「もう、冗談に決まってるじゃん!」
茉理は彼らの反応に満足すると、颯爽と一郎の隣に乗り込む。
「二人は後ろでごゆっくり!」
その言葉に、二人はぎこちない笑顔で客室へ乗り込んでいった。




