第9話 二人にドン引きされたじゃない!
部屋を出た茉理は改めて一郎の恰好をまじまじと見つめてから、コテンと首を傾げた。
「よく考えたらさ、センセ? 村で掃除をするのにこんな大層な装備って要らないんじゃない?」
必要なのは箒やチリトリであって剣や鎧ではない。
むしろ動きにくいのではないかと彼女は考える。
――まぁ、ここはゴッドヘル(笑)だし。
村に行くまでの道中は危険だろうからその為にはやっぱり必要になるかもしれないし。
茉理はそんなことを考えながら廊下を歩いていたので、立ち止まった彼に気付かなかった。
横にいないので振り返ると、そこには心底呆れた表情の一郎。
「お前なぁ……このセカイで『掃除』っていったら、モンスター駆除に決まってるだろうが」
「…………へ?」
思わず変な声が出て、茉理は自分で口をふさぐ。
「何が悲しくて英雄とも呼ばれる冒険者が、緊急任務で庭掃除だかの依頼を受けるんだよ? ……少しは常識ってモンを考えろ、バカ!」
今からモンスターと戦わなきゃいけないコトよりも、歩く非常識ともいえる一郎から常識を教わる理不尽さの方が彼女にとっては衝撃的だった。
ポカンとする茉理に、一郎は気にするなとばかりに肩を軽く叩く。
「……心配はいらないって。レベルも10上がったことだし。たとえ俺たちのレベルが1だったとしても今は11になっている訳だ。このあたりの敵なら余裕だな」
「いやいや、そういう問題じゃないって。ケガしたらどうするのよ?」
「そのときはマリアに治して貰えばいいだろ。何たって彼女の二つ名は『聖女』だからな」
茉理としてはそんな言葉で納得出来ようもない。
レベルとやらが上がったところで、それがどれほどのものなのか想像もつかないし。そもそも戦闘経験なんてモノも無かった。
「――あぁ、そうだ」
一郎は立ち止まり、数秒思案する。
そしてレコーダーの電源を入れた。
「……『この物語セカイの人間は一郎のレコーダーが見えない。一郎と茉理の装備品が増えても疑問を持たない』っと」
確かに一郎が持っているレコーダーはこのセカイでは異質だ。
何より自分たちはこの宿に入るまでは手ぶらだったのだ。
じゃあ今着ている装備はどこから持ってきたのかという話になる。
無駄に知恵の回るものだと、茉理は先を歩く一郎の背中を見つめた。
茉理と一郎は噴水広場で待っていたジークムントたち合流し、早速街の出口へと向かう。
先導するジークの横で一郎が矢継ぎ早に彼へ質問攻勢をかけていた。
――楽しそうに取材なんかしちゃって。まぁ、それが目的なんだけどさ。
一方、後ろを歩く茉理は手持ち無沙汰だったので、さりげなく横目でマリアの恰好などをチェックする。
彼女はいかにもファンタジーゲーム世界のシスターって感じの黒い衣装を纏っていて、持ち前の清楚さをより際立たせていた。
そんな品定めするような茉理の視線に気付いたマリアが緊張の面持ちで微笑む。
「……その恰好も似合っていますよ」
マリアが穏やかな声で彼女の魔女っ娘ルックを褒めた。
それだけで気分が浮上する自分自身に茉理は苦笑いした。
「チェリーちゃんは魔法使いなんだってね? ……どんな魔法が使えるの?」
一郎との話が終わったジークが振り返って、茉理に問いかける。
仲間の能力を把握しておきたいということだろう。
茉理はどう返答したらいいものかと一瞬言葉を詰まらせ、助けを求めて一郎にアイコンタクトする。
彼は溜め息を吐くと足を止めた。
「……あぁ、本当は黙っておきたかったんだが、パーティを組む以上そういう訳にもいかないよな」
そう告げると一郎は困ったように頭を掻く。
残る三人もそれに合わせるように立ち止まり、口ごもる彼の続きを待った。
茉理としても何を言い出すのかと気が気でない。
「基本的にチェリーは戦いには向いていない。まぁ、コレは単純に性格的なモノだな。……だけど才能は凄まじいモノがある」
一郎は初めて彼らに見せるような真剣な表情で、そう切り出す。
ジークとマリアの二人は一変した空気に驚きながらも頷く。
「……実は私の尊敬する師匠でもあるコイツの親父さんから、酒の席でこっそり教えて貰った話なんだが、生まれて初めて成功した魔法が『トリニティ』だったらしい。しかもそれはまだガキの頃の話でな。……このことを知っている人間は極めて少ない。もしこれが表沙汰になろうものなら、一生魔法関係の研究室に軟禁されちまうからな」
一郎は出来るならば黙っていてくれと神妙な顔で二人にお願いすると、ジークとマリアの二人も沈痛な面持ちで大きく息を吐きだした。
しかし当の茉理は何のコトだかさっぱり分からず、三者三様の顔を見比べることぐらいしか出来ない。
そんなコトよりも、彼女からすれば一郎がまた自分の断りも得ず、勝手に訳の分からない設定をぶち込んで来たことが問題だった。
ちなみに茉理の父は地方公務員なので、当然弟子なんていない。
――まぁ、新人教育ぐらいはしただろうケドさ。
「……あの魔法使いの到達点ともいえる『三属性複合魔法』を? それも初めての魔法が、って?」
「……しかもそれを子供のときに?」
とんでもないモノを見る目で茉理を窺うジークとマリアを見て、彼女はようやくこの空気の本質を理解する。
驚愕する彼らに彼女は笑顔で「……ごめん、ちょっとだけ待っててね」とだけ言い残し、強引に一郎の腕を引っ張って建物の陰に隠れた。
茉理は周りを見渡して誰もいないことを確認すると、取り合えず有無も言わせず一郎の股間に膝での一撃お見舞いする。
声にならない悲鳴を上げて蹲った彼の頭に足をのせ、茉理は声を押し殺して叫んだ。
「ちょっと! どういうことなのよ? 二人にドン引きされたじゃない!」
「……お前がさっきチートがどうの言うからだろう?」
「だからって! いきなりそれはないでしょうが! なんか凄い才能の塊とか、今までずっと隠されてきた天才みたいな扱いになってるじゃない! ……そもそも魔法なんて使い方も分からないのにさ! 何でそう無駄に期待値を上げようとするのよ!」
茉理は一郎を詰りながら彼の頭を地面に押し付けるようにグリグリと踏みつける。
いきなり聞こえてきた罵声に何事かとジークとマリアが覗き込んでいたのだが、そのことを一郎と茉理が知る由もない。
茉理に踏みつけられる一郎を見た二人が、顔を見合わせて何となく察し、真っ赤な顔で俯きながらさり気なく元の位置に戻ったことにも当然気付かない。
「……魔法なんざ普通に詠句を唱えればいいだけだろ?」
「だから、その普通が分からないんだってば! …………ちなみに何て唱えたらいいの?」
茉理は一郎から足を退け、身構える。
一郎は起き上がり、空を見上げて沈黙すること数秒。
「……じゃあ、『隣の家に囲いが出来たんだってね? ……うおぉぉる!』ってのはどうだ?」
「イ~ヤ~だ~! 絶対イヤだ!」
茉理は拒否反応を示して首をブンブン横に振る。
「――っていうか。そもそも『じゃあ』とか『どうだ?』って、どういうコトよ? ……まさか今決めたとかじゃないでしょうね?」
それが何か? って顔をした一郎の返答を待たずして、今度は茉理が空を見上げた。
「いやいやいやいやいやいやいやいや、流石にこれはヒドイってば! ホントマジあり得ないって! こんな――」
そこまで言って茉理はこのセカイに来て初めての悪寒に襲われた。
彼女が慌てて正面を向くと、目の前には真顔で首を傾げる一郎。
徐々に彼の口角が上がっていく。
……そう、喩えるならば悪魔の笑み。
「……変えて欲しいのか? ……そっかぁ、仕方ないなぁ。…………さて、何にしよっかなぁ?」
――やっぱり!
おそらくあの瞬間思いついた今の呪文の方が『幾らか』マシのはず。
じっくり考えさせると絶対にロクなことにならない。
そう判断した茉理は直立不動の姿勢を取る。
「……いや結構です。今のままでもそこまで悪くないような気がしてきました!」
彼女は完全降伏を宣言した。
「そう? 残念だな。変えたくなったらいつでも言ってくれよ。頑張ってもっと面白いヤツを考えるからさ」
一郎は茉理の肩をポンポンと叩いてジークムントとマリアの方へと戻っていく。
彼女もその後ろ姿をトボトボと追いかけた。




