第0話 ここにいる作者(クソメガネ)こそが諸悪の根源
「……3・2・1」
最後のカウントはせずに大きく息を吸い込んだ青年剣士――ジークムントは、呼吸を止めて飛び出した。それと同時に修道服を纏った女性が、天井に明度全開にした魔法の光球を打ち上げる。
常に暗い廃坑奥にいた多種多様の夜行性モンスターたちは、これで完全に虚を突かれた。
彼はそのスキを狙って一歩目からトップスピードで集団に突入し、そのまま一気に突き抜けながら薙ぎ払う。
二つ名『疾風迅雷』の言葉通り、風のように疾く雷のように迅しく。
彼を爆心地としてモンスターたちは綺麗な放射状に吹っ飛ばされていった。
青年は自らを囮とすべく縦横無尽に駆け回り、いまだ足の止まっている敵を一体また一体と確実に仕留めていく。
「――ジーク後ろ!」
その声に反応した彼がチラリと後ろに注意を向けると、戦闘態勢を取り戻した狼型のモンスターが、二匹同時に飛び込んでくるところだった。
しかし修羅場をくぐってきた彼は、その程度では慌てない。
まず一匹目を棒高跳びの要領で剣を床に突いてその反動で飛び上がる様にして避ける。
時間差で襲い掛かってきた二匹目は不安定な空中で身体を翻しつつ、重力を乗せた膝でカウンターを決めてみせた。
鼻先をしたたかに打ち付けられたモンスターはその場に倒れ込んだまま動かない。
ジークムントは剣をユラユラと揺らしながら深呼吸すると、やりすごした一匹目が再び突進してくるのに合わせて前傾姿勢で駆け出した。
剣と牙により激しい衝突が予測される交差の中、涼しい顔で立っていたのはモンスターの首を派手に飛ばしたジークムントだった。
「――ありがとう、マリア」
ジークムントは苦笑いを浮かべて、助言をした仲間に親指をグッと立てる。
その視線の先にいた修道女――マリアは小さく何かを呟きながら、彼におっとりとした笑みを返す。
そんな彼女を取り囲むのは動く骸骨――スケルトン。
だが彼は助けに入らない。
彼女が一番適任だからだ。
今にも襲い掛かりそうな気配が満ちた瞬間、彼女の詠唱が終了し発動する魔法。
彼女の周囲が柔らかな白い光に包まれ、それに晒され力を失った骨がカランカランと軽い音を立てて床を転がった。
「……これでよし」
マリアはホッと息を吐き、近くまで来ていたジークムントとハイタッチする。
そして二人同時に同じ方向を見つめた。
そちらにいたのは、殺伐とした戦場にはあまりにも場違いな白衣を纏う優男――ヨハン=ベルムート。
そんな彼を取り囲むモンスターの量は、彼らが相手にしたのと比較にならない多さだった。
だがジークムントもマリアも助けに入らず、その場で観戦を決め込む。
当のヨハンは、まるで『黙って見ていろ』と言わんばかりにメガネをくいっと上げた。
「……くたばれ!」
ヨハンがその言葉と共に無造作に左手を天井に掲げると、彼の周囲に何か重力のようなものが発生したのか、モンスターたちが一斉に這いつくばる。
飛んでいた蝙蝠型のモンスターまでベチャリと地面に叩きつけられた。
ヨハンは涼し気な横顔に嗜虐的な笑みを張り付け、自らにひれ伏し悲し気に咆哮するモンスターを見下ろす。
その間もモンスターたちは地面にめり込んでいき、やがて地面に溶けていくように吸い込まれていった。
時空そのものが歪んでしまったかのような光景を目にして二人は呆気にとられて視線を交わす。
「……一体何がどうなっているのかしら?」
マリアが呆れたように呟けば、ジークムントも「僕に分かる訳ないでしょ?」と首を竦める。
ヨハンは満足げな顔でそんな彼らを一瞥すると、安全な場所でじっと戦況を見守っていた少女に流し目を送った。
「……はいはい、ちゃんと分かってるってば」
緊張感の欠片もなく、広間の端っこで彼らの戦闘を鑑賞していたチェリーは、カツカツと床を慣らしながら広間の中央に向かう。
そしていまだ動こうとしないこの廃坑のヌシと対峙した。
頭は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇。それはキメラという名で知られていた。
このモンスターに渾身の一撃を喰らわせるのが彼女の役割だ。
ジークムントもマリアもヨハンも、その為の露払いをしていたに過ぎない。
チェリーはフッと失笑にも似た息を漏らすと、面倒臭そうにキメラに対して両の掌を向け、誰にも聞かれないような小さい声でこっそり詠唱する。
「……『隣の家に囲いが出来たんだってね? ……うおぉぉる!』」
――…………………。
……皆まで言うな! 皆まで言うな!
わかってる! ちゃんとわかってるから!
お願いだからスベっているとか言わないで!
だってコレが『詠句』なんだから仕方ないじゃない!
誰が聞いている訳でもないのに彼女は心の中でひたすら弁解し、その元凶であるヨハンを睨みつける。
その間にも掌から炎・氷・雷という3属性を同時に発動する魔法が放たれ、一直線にキメラに向けて飛んでいき直撃した。
あまりの衝撃と轟音に地面が揺れ、天井からは砂ぼこりと細かい瓦礫が落ちてくる。
そんな魔法を喰らったキメラは断末魔すらなく消滅し、鎮座していた場所にはキラキラと小さな虹が架かっていた。
今の魔法こそチェリーの切り札であり、このセカイにおける最強の攻撃魔法だ。
唱える度にMPをごっそりと持っていく諸刃の剣でもある。
使い続けると熟練度が上がって消費MPが減ってくるらしいのだが、要するにこの頭のイカレた詠句の感性に慣れるということだろうと彼女は勝手に納得した。
「……まぁ、そうなってしまったら、ある意味編集者としては死んだも同然よね?」
それでもこんなクソッタレなセカイで野垂れ死ぬよりは幾らかマシというものか。彼女は腰に手を当てて盛大に溜め息をついた。
モンスター集団などヌシさえ潰してしまえば烏合の衆。
先程の魔法を合図に、今まで後方待機していた斧を持った大男や槍を構えた青年、ナイフを手にした戦いに向いていなさそうな少年までもが広間に雪崩れ込み、残っていた小型のモンスターに立ち向かった。
そうして彼らは依頼されていた廃坑内のモンスター駆除任務を無事完了させたのだった。
任務達成で足取り軽く出口に向かい、坑道入り口の重厚感ある大きな扉をジークムントと大男が体重をかけてゆっくり開くと、外から夕日が差し込んできた。
その眩しさと角度でチェリーは坑道内で過ごしていた時間の長さを感じ目を細める。
「よし、帰ろうか!」
全員が思い思いに歓喜の声をあげ意気揚々と村へと戻る中、乾いた風に乗った悪魔の一言がチェリーの耳に届いた。
「……『無事廃坑の封印任務を終えたジークムント一行。だが、本当の戦いはここからだった。何と彼らの前に、強敵サイクロプスが現れたのだ』」
「…………はぁ!? ……マジで!?」
チェリーこと青井茉理は声の主、最後尾のヨハン――相川一郎を振り返り、思いっきり睨みつけた。
だが彼はレコーダーを口元に当てながら、どこか困ったような表情で数回首を横に振るのだ。
茉理は彼の表情と仕草から、『……イマイチ盛り上がりに欠けるんだよな』という無慈悲なメッセージを読み取る。
そして彼女は何度目になるか分からないが、あの言葉を口走ったことを悔やんだ。
そんな茉理の気持ちなど知る由もなく、満を持して二階建ての家の陰からヌッと姿を見せるサイクロプス。
どこにこんな巨体が潜んでいたのかと慌てて身構える者たちの中、茉理一人だけが赤く染まった空を見上げていた。
――皆さんコイツですよ! ここにいる作者こそが諸悪の根源なんですよ!
彼女のその心の中での絶叫は、当然ながら誰の耳にも届かなかった。
さて今回は陰謀系アクションファンタジーコメディです。
ちょっと気合を入れ過ぎてしまったので、プロット段階で過去最長になるのが確定しました。
現在進行形で話数がどんどん増えております。
楽しく読んでもらえる作品を目指しておりますので、どうぞ生温く見守って頂ければ。
それではよろしくお願いします。




