朝日が訪れた森のキャンプ場で 黄色いイチゴジャムとスコーンで朝食を
黄色いイチゴ、森の中に自生している自然の恵み、よく見れば下草の中に薄荷もある、ふらと見上げれば桑の黒い実、ママと出会ったのはそんな事をしていた時なんだ。
へえー、パパ!むかしからキャンプ好きだったの?、あ!じゃぁ、じゃぁ!ママもよね。だって、だって、森の中にいたんでしょう?
慣れた手つきでテントを設営していく父親を手伝う少女が、無邪気に話しかけている。薫風流れ行くキャンプ場、森の入り口ならばオートキャンプも出来る設備が整っているが、森の中にあるこの場所は、大自然の中そのもの、何も無い、あるのは木々と植栽豊かな下草と、川と闇と木漏れ日、小鳥がチュクチュクとさえずる声………
突如ガサ!カサカサカサカサ………木々から風の音とは違う、別の音、それに驚く少女、その様子を笑いながら見つつ、父親は彼女に教える。
「ほら!リスだよ、見てごらん、可愛いねえ」
ほら、と指差す父親、それを追う少女の視線は、コロコロと、走り抜ける栗鼠の姿をとめ、ぱっと笑顔がはじける。そこに、火を起こし湯を沸かしていた母親が、ステンレスのマグカップにコーヒーとココアをいれてトレーに載せ運んで来た。
「可愛いわね、入り口だと警戒しちゃって出て来ないから……ナッツを持ってきてるから、後でお皿に入れて置いてみよっか」
お茶か、ちょっと待って、と父親が荷物に向かい、手作りのキルトを取ってくると草の地面に広げて、場を作る。その上にトレーを置くと、茶菓子の用意を始める母親。
ガサガサと、肘にかけていたビニール袋から、チョコレートで半面にコーティングしてあるイラストが、描かれてあるビスケットの箱を取り出す。それとバナナを一本、皮をむき、トレーに載せていたナイフで、薄くスライスする慣れた手つきの彼女。
「このビスケットに、バナナのせて食べると美味しいのよね。パパからあの時、教えてもらったのよ」
朗らかに話しつつ母親は家族に勧める、嬉しそうにビスケットの上にスライスをのせて頬張る少女、熱いコーヒーを冷ましながら、ゆるりと飲む父親、そうだったかな?と首を傾げる。
「そうだっけ?忘れたな、家でもちょこちょこ食べてるからね、そういやあの時イチゴのジャム、作ってくれたよね、次の日パンにのせて食べた、黄色い草イチゴ、今シーズンだから探して見ようか」
え?そうだっけ?あの時固くなったパンを、ミルクティーに、浸して食べた記憶しか無いけど………カップのヨーグルトにのせたんじゃない?そんな記憶があるわ。と懐かしそうに、ビスケットを口に運ぶ母親。
とろりとした果物、ホクホクとしたビスケット生地、チョコレート香り、家族の口の中に広がる甘い穏やかな味。他愛の無い話をしつつ、食べていたが、やがて少女がイチゴを摘みにいきたいと言い出した。
「朝ごはん、朝ごはんに食べたい!パパ連れていってー!」
チチチチ、小鳥が渡る声、穏やかな木漏れ日踊る新緑の森、辺りを見渡し父親は、そうだな………
テントも終わったし、晩御飯の支度迄は時間があるな、取りにいってみるか、キャンプに来たのだから、と、話ながら我が子に笑顔をむけると、その場にあったビニール袋をくしゃと、ズボンのポケットに突っ込むと立ち上がった。
*****
「美味しかったー!パパのお外のご飯大好き!マシュマロ焼くのも大好きー!」
…………パチパチと火がはぜる。灯りはそれだけ、空は新月の為に月明かりは無い、変わりに無数の星が瞬いている。揺らめくオレンジ色に照らされる、家族の食事時。それも終わり、食後のお楽しみの時が来ていた。金串の先にマシュマロを刺し、軽く焚き火に炙ったものを、美味しそうに頬張る少女。
火から下ろされているダッチオーブンのふた上には、小さな小鍋に砂糖と合わされた黄色いジャムがくつくつ煮えて既に出来上がっている。とろりと甘い香りが辺りに漂っていた。
「美味しかったわねー、お家のお庭でも作って貰おうか………」
カチャカチャと器を片付けながら、母親がいたずらっぽく父親に話している。あはは、普段はやんないよ、と言われた彼は、マシュマロを炙りつつ、イチゴと共に摘んできた、薄荷の葉を一枚入れた紅茶を飲みながら答えている。
「星が綺麗だよ、ほら見てごらん」
闇いろに白く煙るようなミルキーウェイが、ぽっかりと空いた家族の頭上に流れている。父親に促され、見上げる二人、静かな時間がとろとろと過ぎていく。星に関する物語を一つ二つ聞かせる父親。興味深く聞いていた少女だったが、大きな欠伸を一つした。
「そろそろ寝る時間ね、テントに入りましょう」
父親にもたれて、はぜる火にあたっていた少女が欠伸をしながら、目をこするのを目にした母親がそう話すと、素直に差し出された手を握る少女。
「ふぁ………ぱぱ、おやすみなさーい………」
ふあふあと眠たげな挨拶を済ますと、少女と母親はテントへと姿を消していく。父親は優しく、おやすみ、と返すと用意をしてきた薪を火にくべた。
*****
ペキ………と、小枝を折る、踊る火の色で怪しき影が生まれる男の顔。折った小枝を火にくべる。直火から少し離して、チロチロと静かな燠火に置いてある鍋からマグカップ二つに湯を汲む、そこに紅茶のティーパックを入れる。
「寝たわ、明日の朝ごはんはスコーンを焼くんでしょう?だって、自分で生地を作るから起こしてねって、あなたに食べさせたいんだって………」
密やかに、クスクスと笑いながらテントから出て来て、男の傍らに座る女。差し出されたマグカップに、薄荷の葉をちぎり入れる。爽やかな香りが、ふあと女の鼻腔をくすぐる。
「………そうか、ビニール袋でこねるんだよな、カチカチになりそうだな、クククク、石になったらどうする?」
何かを思いだしながら、ククククと愉快そうに答えを返す男に対して、大丈夫よ、ホットケーキミックス使うから………て!ずいぶん前の話をしてきたわね!そりゃ、初めて焼いたときは石になっちゃったけど、こう見えても少しは上達したんだから………と女が答えた。
………ざわざわと、梢を揺らす夜風、黒々とした茂み、時折赤い瞳の何かが此方をうかがう様に、ちろりと動く。ギギ、キャッ!ギャ!ギャッ!ザザザ………声を上げて蠢く。夜の中を動く。
「賑やかね、夜行性の子達もいるものね、森の生き物達、一つ、二つ………三頭かしら?」
女は熱い紅茶を飲みながら、物音に怯える事もなく朗らかに男に問いかける。男も同じく、それを飲みながら相づちをうつ。
「うん、三頭………流石は僕の奥さん、いい耳してるね。闇夜だからね、こちらは見えてるけどあちらは見えない、でも………」
クックッと笑う男、女もクスクス笑いながら、見くびってもらっちゃ困るわね、気配位読めるし、私もあなたも灯りなんて、それほど意味が無いわ、と話す。
「用意は?僕は……投げ道具と小型の飛び道具を一丁………」
男の問いかけに、女も私もそうなの、一応飛び道具も小型のを一丁、ちなみに投げ道具には塗布してあるわ、とマグカップを空にしながら、答えた。
クククク。流石は奥様、塗ってきたのか、僕は素のままだな。それでは先手必勝で行こうか………早く寝ないと、明日も早いしな、男も飲み物をあける、そして足首に仕込んである小型のナイフを数本、それとわからぬ様に手にすると、さりげなく立ち上がる。
女はエプロンのポケットから、小さな花柄の巾着袋を取り出すと、中から薄い革手袋を取り出すとはめ、チャリ、と音を立てる同じく革で作られた小袋の中を確認する。そこにはきちんと並べられた極細い刃物がある。ふふ、と笑う女は、わざとらしい芝居をうつ。
「そろそろ寝ましょうか、明日も早いわよ」
それとなく大きな声を上げて、立ち上がる女、密やかに目配せをする、阿吽の呼吸の二人、ガサ、カサ………この場に近づく、殺気を放つ者達………
「しつこいね、組織、潰した筈なのに残党いるのかよ、どっちのだ?君の方じゃない?それにさ、三人より多いね。五人ってところか、」
ニヤリと笑う男に、女は違う、あなたの方じゃないと、フワリと笑う。
「私は、アジト迄吹っ飛ばして来たの、あなたはそこまでしてないでしょ、それに三人も五人も変わんないって、大雑把なのは………お互い様ね!」
ヒュッ!と空を斬る、駆ける銀、女のそれが茂みに消える。ガザザ!飛び込む、ぐ!人間のうめき声が上がる、それを合図に動く男!女はテントの側へと素早く移動をする。
「流石だな、気配で一人ヤるとは!これは負けれない!ゲームの開始だな!そちらに向かった奴は任せた!」
「了解!一手で仕留めるわよ!負けないから!ルールは、飛び道具使わなかった方が勝ち!」
手にした刃物に、気を込めながら女は男の背に向かい声をかけた。そりゃ!分悪い!でもこちらも任しておけ!と木々の茂みに向かい、ナイフを投げつつ、男は女同様、余裕綽々の笑みを浮かべ女に同意をした。
*****
「ねー、ねー、パパ、ママと出会ったのって、キャンプに来てたからなのー?」
ビニール袋で生地をこねながら、少女が父親と母親にあどけなく聞いている、澄んだ空気、吸い込めばしっとりとした揮発性に満ちた香りの中で、朝食の用意をしている家族。
「うん?キャンプ………まぁ、そんなところかな?近くで、お仕事があってね、悪い人を見張りに来ててー、別荘にいてね、その人………ね、そうだよね、ママ」
何処かあやふやに答える父親、少女が作った生地を受けとると、手際よく伸ばして形を作る母親。ふふふ、と意味ありげに笑う。
「うーん?悪い人?そうだっけ?ママは、まあ、別荘で害虫駆除が任務の、お手伝いさんしてたのよねー、そして森に『虫』がいるから、見に行ってみれば、見張りに来ていたパパに出会ったのよ」
ふーん、と聞きながら少女の興味は既に、バターを塗ったアルミ箔の上に並んでいる、スコーンに移っている。
ふんわりと、甘い香りが立ち上る。バターの香り、弱い燠火でゆるりと焼いていく。傍らの鍋には昨夜のシチュー、それをかき混ぜている父親。母親は焦がさないように、慎重に焼き上げていく。目配せする二人。ニヤリと笑いあう。
………仕留めた?女の瞳が動く、当然、男の目が答える。『害虫』は?女が問いかける。男は顎をくい、と動かす。
ほっとけばいい、誰かが『片付け』に来るだろ、今迄もそうだったから………そうね。私達には関係無い事だものね。女はコクン、と頷いた。
皿の上に、焼きたてのバターの香ばしい香りが溢れる、スコーンが並べられる。クーラーボックスから、クリームチーズを出してきて、それに添える。
昨夜作った、黄色いイチゴのジャム、残り物のシチュー、紅茶に薄荷を入れ軽く煮出し、砂糖とミルクを入れたお茶、キャンプの朝ごはんが出来上がった。
ホットケーキミックスで作ったスコーンを、一つ手に取り、二つに割る、ふあと立ち上る甘い湯気、そこにクリームチーズ、イチゴのジャムをのせる。
「うん、石なってないね、上手に作れてるよ、さっ、食べて………少し遊んだら、片付けて、家に帰ろうか」
はぁーい、いただきまあーす!少女の軽やかな声が響く、ちゅぴ!ちゅぴ!と小鳥が朝の唄をさえずる。一口、口に頬張りおいしい!と少女が、嬉しそうに笑む、そんな彼女をいとおしげに見守る男と女。
朝日が訪れた、森のキャンプ場で黄色いイチゴのジャム、焼きたてのスコーンの朝食。家族の平和な一日が………何事もなかった様に、始まる、何時もの始まりの時。始まる普通の日常。
『完』