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妖少女。

作者: 葉月 都



この世界は二つの世界に分かれている。


鬼無里きなりざと。野蛮なる人間達が住む場所。

有鬼里ゆうきのさと。我々妖達が住む神域のこと。選ばれた人間のみが侵入を許される場所である。


選ばれし人間……彼らは昔、「化け物」と呼ばれ恐れられていた。

我々の力を纏い、あまりの器の違いに暴れるものもいたからだ。

でも、中には我らの力を制御する者もいた。彼らは、われらのことを気遣い、表ざたにはその力を使うことはなかった。




だが、それは昔の話だ。




今では纏衣の力は表ざたとなり、千年前とはうって変わって「妖術師」が増えた。

我々妖としては千年前などつい一昨日くらいのことだが、あっという間に鬼無里の方は変わり切ってしまった。

みょうちきりんな箱が走り、光り輝く大きく高い箱が伸び、砂利ばかりだった道は黒くなり、しっかりと固められている。昔は茂っていた木も刈り取られ、我々の有鬼里を隠す森も少しずつ薄くなってきている。この辺りはまだそんな文明の進化の波にさらわれていないようだが、それも時間の問題だろう。



……………まったくもって、人間とは野蛮なものだ。



里の者達は皆そう言う。

もちろん、私もそう思っていた。


あの少女に出会うまでは。



ーーーーー



暗闇の中。

少女はショルダーバック一つで、道を歩いていた。

空色の瞳は沈み、深い影を作り出している。

ふわふわと揺れる、足元まである長くて白い髪だけが光を放っているように見える。


彼女の白い肌には青い痣がくっきりと残っている。

すらりとした体格も、よく見ればかなりやせ細っているようにも見える。



その少女、呉葉くれはは、両親から肉体的な暴力を受け、家から追い出され、捨てられた。

とぼとぼと歩くその歩みは衰えることがない。

それどころか、呉葉が頬の痣に軽く触れると、たちどころに元の白い肌に戻ってしまった。


しばらくは生きていけるほどのお金と一日分の服。数枚ほどのクッキーと水。ただそれだけを渡され、ショルダーバックに詰められ、追い出された。


それだけ用意してくれただけ、親達は優しかったと言うべきだろう。





森の近くの道を一人歩いていると、呉葉は一匹の子狐が道端に怪我だらけで倒れているのが目に入った。

最初は暗くてよく分からなかったが、その物体が子狐だと分かると、少女は小さく目を見開き、急いで駆け寄った。




「……………ひどい、怪我…………これ、全部人…………」



たくさんの怪我を見てきた呉葉には、その怪我のほとんどが人に殴られ、蹴られされらものだとすぐに分かった。

急いで子狐を持ち上げると、呉葉は優しく抱きしめた。

初めは弱い力で抵抗していた子狐だが、自分の怪我が治っていることに気が付くと大人しくなった。


完全に怪我が治り、元のふさふさとした金色の毛が風になびかれそよぐ。

呉葉がそっと道に降ろすと、子狐は嬉しそうにくるくると辺りをはねた。その姿を見て小さく微笑むと、呉葉は「元気でね。」と呟いてから道を進んだ。





しばらくして。

呉葉は自分の後ろを誰かがつけていると気が付いた。


変な人だったらどうしよう。そんなことを考えながら、呉葉は恐る恐る後ろを振り向いた。

そこにいたのは、人ではなかった。


そこにいたのは、先ほどの子狐だった。


くりくりとした黒い瞳をきょとんと呉葉に向け、その口には何かを挟んでいる。

ほっとした呉葉だが、子狐が口にはさんでいるものが何なのか不思議に思いながら、子狐に近づいた。




「…………どう、したの?」




そう声をかけると、子狐は器用にお座りの姿勢になって、口にはさんでいたものを道に置いた。

呉葉もしゃがみこんで、それを見る。


子狐が持ってきたのは、雫の形をした真っ白い石だった。

つるつると研磨されていて、一切の傷も凸凹もない。


あまりの綺麗さに呉葉が言葉を失っていると、その子狐が早く取るように催促してきた。

ちょんちょんと口先で石をつつくその仕草に気づいた呉葉は、ご丁寧に革の紐までついているその石を手に取った。




「綺麗な、石。私に、くれるの?」




子狐が小さく頷いたように見えた。

でも、くれるという意思があるのでは、と考えた呉葉は、「ありがとう。」と呟き、その石をネックレスを首にかけた。


そして、こう言った。




「…………君も、私と一緒に来る?…………なぁんて、来ないか…………」




子狐の黒い瞳を覗き込みながら呉葉は言う。

だが自らそれを却下し、苦笑いを残して立ち上がった。



ーーーーー




ぱちぱちと火花を散らす炎を見つめながら、呉葉は子狐のふさふさとした毛並みを撫でていた。




「もふもふきもちぃ……………」




よしよしと頭をなでてやると、子狐は気持ちよさそうに目を細めた。

結局ついてきた子狐を、呉葉は拒絶しなかった。むしろ、綺麗な石をくれた子狐に感謝の気持ちもある。


片手で撫でてやりながらクッキーを口元に差し出すと、子狐はもぐもぐと食べ始める。あっという間にクッキーはなくなり、残りかすを食べるようにぺろりと手のひらをなめた。




「くすぐったいよ…………」




ふふっと小さく笑うと、自らもクッキーを口にした。

簡単なご飯だったが、満足はしたようだ。


近くで木の棒を拾ってきて焚火の中に放り込むと、呉葉はその炎を見つめながらごろりと草原に寝転がった。その横に子狐も横になる。




「君も、独りぼっちなの?それなら、私と同じだね。……………君に名前はあるの?」




そのつぶやきに、小さく子狐が反応する。そして、がりがりと地面に文字を刻んだ。




「い……おり?それが、君の名前?」




つたないひらがなで書かれたその文字を、呉葉は読むことができた。

少女が名前を読み上げると、子狐は嬉しそうに小さく鳴いた。


だが、呉葉は違和感に気づいた。


ただの獣なら、文字を書くことも、言葉を理解することも無理だ。

だけど、この世界にはいる。それらが可能な、人間とはまた違う別の生物が。


呉葉は恐る恐る子狐に言った。




「まさ、か…………君は、いおりは、"あやかし"、なの?」




妖。

それは、古来よりこの世界に住むと呼ばれる生き物のこと。

生まれながらにして妖であるものと、獣から長い月日を経て妖になるもの。

そして、この世界では、妖がいることによる遊戯(勝負)があった。



纏衣まとい



妖が人間に憑依し、一対一で戦うもの。

妖同士を戦わせるものではなく、人間自らが戦うのだ。

千年ほど前には妖は多く存在していたが、依り代の器を持つ人間が少なかった。

だが、現在は今いる人間の約90%が纏衣を行うことができる。

それができる人間を、皆は"妖華"と呼ぶ。




「いおりは、妖、なの?」




もう一度聞いた呉葉に、いおりは小さく鳴いた。

それは言葉ではなく鳴き声だったのだが、呉葉にはそれが「YES」ということだとなんとなく分かった。




「そっか。それじゃあ私と()()だね。」




その言葉にいおりがちょこんと首をかしげる。

だけど、呉葉がぎゅっと抱きしめてきたので、それに身を任せた。

寝転がった草原は、やっぱりどこか冷たかった。




「それじゃあ、おやすみ……………」




でも、いおりを抱きかかえているからか、少しだけあったかかった。




ーーーーー



レビン領付近森林内

一人と一匹はレビン領向けて歩いていた。

首からはあの白い石が揺れ、いおりのふさふさとした金色のしっぽが左右に踊る。




「ご機嫌だね。いおり。」




呉葉がそう言うと、いおりは「君のほうが。」と見上げてくる。

それに気づかずに、呉葉は一面に広がる森を見た。



その時。




「……………へェ、上玉じゃねぇか。」

「こんなちびっ子がこんな場所に来るなんてな。珍しいこともあるもんだぜ。」




木の陰から、3人組の灰色のフードをかぶった男達が現れた。

どこか凶悪さを残した不良じみた顔で、彼らは呉葉をじろじろと見る。

だが、呉葉はまったく動じず、表情を一切変えずに3人を見上げた。




「……………何か。」

「ふん。気にする必要はねぇ。」

「お前は…………俺達に従えばいいだけだ。」

「かかれっ!」




3人目の色黒男の掛け声で、彼らはこぶしを呉葉に向ける。

さすがに、まずいとかんじた呉葉の目がさっとひきつる。


咄嗟に、少女は胸元で揺れる石を握りしめた。





次の瞬間。変化は起こった。

突然石が、眩いばかりの赤い光を放ち、呉葉を覆った。

考える隙を与えず、その光は呉葉を、そしていおりを纏った。

そして、呉葉の耳に、確かに声が流れ込んだ。




『呉葉よ。主の体、借り受けること、許してくれ。』

「……………!?」




光は一層増し、二人を包み込んだ。




「な、なんだよこれっ!?」

「これ、まさか…………!?」




慌てふためく二人をよそに、後衛のように後ろに立っていた誰よりもフードを深くかぶった青年がぽつりと呟いた。




「…………【纏衣】…………」




その言葉に反応するように、眩いばかりの赤い光が飛び散り、ひらひらとその中から赤い幻蝶が辺りを舞った。まるでその蝶達が守っていたのかというように、幻蝶達が木々を乱舞する中、少女が現れた。


蝶が描かれた膝丈ほどの短い真っ赤な着物に燃えるような長く赤い髪。金色に輝く額の紋様。橙色と赤のオッドアイ。そして、頭からはえる金色の狐の耳と背後のふさふさとした尻尾。

口を開いた彼女の声は、確かに彼女の声だが、どこか、違った。




「『呉葉に触るものは、彼女の意思に反する限り、抹殺する。

我が名は妖、大妖狐九尾、【伊織】也!』」




いつもの彼女とは違う見下した視線。


彼らは得体のしれない"何か"に、心から浸食されているような気分だった。

声にならない悲鳴を上げ、一目散に逃げだす。だが、彼女の方が"速かった"。




「『その程度の足で、我に追いつけぬとでも?やはり人間は愚かなものよのぉ…………』」




そう呟き、彼女は右手に大きな炎を宿した。

それは鋭い爪となり、恐れおののき動けない彼らを一刀両断した。



なぜか、血は流れていなかった。

たが、彼らは大きな爪で切られ、深い深い傷をつけられて、自らはもう破滅すると"錯覚した"。





「『呉葉よ。また、我の力を借りる時には、妖花石を触るとよい。我は、お主に受けた恩を糧とし、この身お主に託そう……………』」




彼女の口はそう語り、纏っていた赤い光が完全に消滅した。

解放された呉葉は、いまだ身悶えする青年達の少し横で魂を取られたように倒れこんだ。

呉葉にこわごわと近づいた子狐は、まるで謝るかのように頬をなめた。



ーーーーー



呉葉が目を覚ますと、三人組の男たちは消えていた。

心配そうな表情で、いおりが覗き込んでくる。


呉葉は心配ないよ、というふうに頭をなでてあげた。


手をついて起き上がると、呉葉の耳に慣れない喧騒が聞こえてきた。

呉葉がいた村とは違う騒ぎ声だった。




「ここ……は?」




その問いかけに反応するようにいおりが駆け出す。

ついていくと、そこには大きな看板があった。

その看板には、「クラビレム」と書かれていた。


クラビレムは、呉葉の住んでいた村から東にある都市で、毎年八大都市で開催される纏衣の大会「アヤカシリーグ」という何のひねりもない名前の大会が開かれる都市のひとつである。


呉葉は、決めていた。

いつか、自分を追い出した両親を見返せるくらいに強くなろう、と。

それまでは、絶対に家には帰らない、と。




「いおり、行こう。」




その呼びかけに反応して、いおりが一鳴きする。

呉葉は小さく笑い、一歩踏み出した。



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