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ThebesWorldOnline  作者: 海村
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第8回 「1食37円のラーメンに遠慮しても仕方ない事だけは確かだ」


「ぷはー」

「え、なにそれ」


 ハンターズギルドを出て少し歩いたところで、マナが大きく息を吐いた。


「プレイヤーがいるなんて聞いてない!」

「どんだけコミュ障なんだよ!?」


 ギルドにいたときから、ずっと俺の後ろにいてしゃべらなかったから、そうなんだろうなぁとは思っていたんだけど。


「うー」


 マナは拗ねたような仕草で、体を揺らす。銀髪とスカートが細かく揺れる。いまだに感心しっぱなしだが、ほんとこれでゲームパッドとか握ってなかったら、現実と混同しそうだよな。


 それはさておき。


「依頼書によると、バトルがあるのは西門を出てすぐのところみたいだ。んーだけど出てすぐって言ったってなぁ?」

「街の外ってことでしょ……?」


 俺とマナはそろって西の方を眺めるが、もちろん視界内に西門が見えるとかそういう次元の距離じゃない。


「これ、200シルバーのために毎回往復すんの?」

「それはさすがにウンザリだね」


 まぁ、言ってても、仕方がない。俺は本当にギルドと街の外を往復するくらいの気持ちで西に向かって歩き出す。

 が、すぐにマナが付いてきていないのに気が付いて、振り返る。


「んー……」


 マナは何やら道の真ん中で思案顔。


「どうしたんだよ?」

「いやぁさすがにこの距離を往復っていうのは、リアル志向なこのゲームでもあり得ないと思うんだよね」


「そりゃまぁ……」

「そうだなぁ……ユージン、こういうのはどうだろう?」


 時刻はもうすぐ夕食時。つまりマナからの提案は、いったん夕食をとるためにお互いログアウトし、そのついでにネットで徒歩以外の移動手段がないか、調べてこようというものだった。


 確かに、今回の依頼内容を遂行するのにどのくらい時間がかかるかわからないし、夕食時を間近に控えたこの時間から無理に進めなくてもいいだろう。

 俺はマナの提案を受け入れ、それぞれ夕食を取りにログアウトすることにした。


「それじゃ、1時間後くらいにここで」

「おう」


 俺とマナは、すぐ近くにあったベンチに並んで座り、そこでログアウトした。

 まぁここは街の中だしどこでもログアウトして差し支えなかったんだけど、気分的に落ち着ける場所でログアウトしたいし、再びログインした時、落ち合うのに目印も欲しかったのもあって、なんとなく「じゃああそこで」となった。


 ──Log out




 ゲームからログアウトし、HMDが暗転したのを確認すると、俺はゲームを開始してからはじめて、このゴーグル状のディスプレイを取り外した。


 部屋の中は暗い。

 まぁ当たり前といえば当たり前なのだ。現実時間と同期しているはずのゲーム内で、すでに日が落ちていたのだ。そもそも俺は明るいうちからゲームを開始していたし、もちろんその時には部屋の明かりなどつけていなかったから、これはそのままの、俺の部屋なのである。


 しかしこの余韻はすごいな。まるで夢から覚めた後のようだ。

 俺は何となく、電気をつけないまま椅子に背を預けて深く息を吐いた。


 机の上にはテーベ・ワールド・オンラインの折り込みチラシが置いてある。手に取って開くと、でかでかと装飾文字で"まるで第二の人生! 大型VRMMORPGついに始動!"などと謳い文句が描かれていた。

 なるほど、まるで第二の人生。たしかにゴーグル越しに見ていた俺ですらそれに近い錯覚を起こしていたのだ。噂の全感投入型のプレイヤーは正に「文字通り」といったところだろう。


 機材はゲームとしてはかなり高価だが、このゲームのサービス期間次第では俺も購入を考えてしまうな。

 バイト……のシフトを増やすか、それとも。


 俺はいい加減部屋の明かりをつけ、PCの前からすでに見えている対面キッチンに向かう。

 1DKのアパートの中は狭くもあるが、俺一人が暮らすには十分すぎる空間だった。


「それとも、食費を切り詰めるか・・だ」


 俺は手に持ったショップブランドの安い袋ラーメンを見下ろした。

 高校生ながら、親の仕送りで1人暮らしをさせていただいている身としては、なかなか贅沢も言っていられない。家賃光熱費は仕送りでほぼ賄えるが、食事のグレードは自身のバイトの成果次第。この半年だってずいぶん切り詰めてTWO用のHMDを購入したのだ。


「とりあえず」


 俺は呟きながら、手に持ったラーメンの袋を開けた。ばりっと。


「1食37円のラーメンに遠慮しても仕方ない事だけは確かだ」



◇◆◇◆◇



 ずぞぞぞ


「にゃるほご…………もぐもぐ……」


 おれは小鍋のままラーメンをつつきながら、PCで情報を検索していた。ラーメンを器に移さないのかって? 洗う食器が増えるじゃんか。


「げーほふりふはるえ……」


 ゲートクリスタル。ってのがあるらしい。

 いやはや、マナが予想していた通り、広大すぎる世界や、市街地を行き来するのは相当な時間を要し、さすがにストレス要素と認定されているようで、各種ショートカット機能が用意されているようだ。


 各都市間を一気に移動するワープポータルクリスタルとかはさすがに高価で、大型のギルドぐるみの隊商なんかが移動する際にしか使われないらしいが、今の俺たちのように、同じ都市内で各施設を行き来するのに各所に「ゲートクリスタル」なる移動装置があるようだ。

 とりあえずそれを探したほうが速そうだな。


 俺はふと時計を見ると、そろそろマナと別れてから1時間が経過する。


「おっとそろそろ時間だな」


 俺は、起動したままタイトル画面で放置しておいたTWOのスタートボタンを押す。システム読み込み中の表示が明滅する間に手早くHMDを装着する。




──Login


 先ほどと変わらない、街灯に照らされた石造りの街並み。

 俺は、ふと隣に目を向けるが、ベンチの反対側、マナの居たあたりにはまだ誰もいない。


「マナはまだか。まぁ正確に何時まで……とか言わなかったしな」


 俺はベンチから立ち上がるとその辺のオブジェを観察し始めた。

 スゲェな。街灯の中は白熱球なのかオレンジがかった明かりが薄暗いながらもあたりを照らす。しかしあれだな白熱球ってことは曲がりなりにも電気があるのか?


 スゲェな。


 だが、飽きた。(どどん)


 さすがにスーパーグラフィックスとはいえ美術品を愛でているわけでもなしに、街灯一つでそう熱くもなれるわけもなく。

 おれはスゴスゴと元居たベンチに座りなおす。


 と、そこへいきなり俺の眼前に、控えめな光とともにキャラクターが具現化し始める。こう、スキャンするみたいに上からツーって実体化していくんだけど、その場所には……


 ぽすん。


 現れたのはマナだった。髪も、フード付きのパーカーも、丈の短いプリーツスカートも、この驚きの白さにはさすがに見覚えがある。


 問題なのは現れた場所だ。

 街灯を愛でるのをやめて、ベンチに戻った時、どうやら先ほどとは逆側に座っていたらしい。つまり、先ほどマナがログアウトした場所だ。


 そしてマナはそのままログインして──


「ふぇ???」

「あー……」


 ばっちり。まるで狙ったかのように。もう完璧に。


 マナは俺の膝の上に座っていた。ちょこーん、て。


 自分の体勢に違和感があったのだろうか、マナは慌ててきょろきょろと足元を確認し、状況を理解すると──


「うわぁあああっ!」


 スっ転びそうになりながら、慌ててベンチを離れると、顔を真っ赤にして振り返る。


「な、な、な、なに……!??」

「やぁ、おそかったじゃないkぶほぁ!!」


 にこやかに手を振って、マナに挨拶しようとしたところ、どういうわけかマナのアバターに思い切りビンタされる。


 な、なにごと?


 見ると、マナは完全に動転しきったように、漫画的表現でいうなら目とか@になっちゃってるような慌てっぷりで喚き散らす。


「お、お、お、おまっ、おまえっ! な、な、なんかいやらしい事しようとしてたんじゃっ!!?」


 へ?


 俺が呆然としていると、マナが再度手を振りかぶる。

 なんか視界の端で"セーフティエリア内でダメージ判定を受けました。現段階ですでに相手を告発して、システム側から警告することもできます。"とか物騒な事が書かれているが、とりあえず無視して何とかマナをなだめようとする。


「わー! ま、まて! 誤解だ! たまたまログイン位置とキャラが重なってただけじゃないか!」


「ま、まさかログイン初日で愛しい我が子の貞操がっ!」


「おちつけー!!」


 ばしーん。

 どかーん。



◇◆◇◆◇



「ごめん! ……ほんっとにごめん!」


 先ほどのベンチで、マナはすでに習得していたらしい「応急手当」で俺のアバターを治療しながら、何度も謝罪文句を重ねている。


「あーいや……その」


 俺は正直困っていた。

 だって殴られたのはアバターだし、俺はHMDでログインしてるから、疑似痛覚とかがあるわけでもなしに、ちょっとびっくりしたくらいなんだけど。


 となりで俺を治療するマナは、なんかこっちが申し訳なくなるくらい涙目になって、必死な顔でなんども「ごめん」と繰り返す。


「いや、全然大丈夫なんだけど、なんてーか……キャラ、大事にしてるのな」

「え? ……あ、う、うん」


 先ほどの、まるで女の子が、自分自身がエロい事されたみたいな狼狽え様ときたら、なかなか鬼気迫るものがあった。


 俺はどちらかというと、ゲームはゲーム、現実の俺とは一線を隔すもの。くらいに思っているので、ちょっとびっくりしてしまった。まぁマナはネカマプレイしてるくらいだし、そういうの気にしてるのかもな。



 男なんだぞ。



 彼女自身がそう説明したのはつい数時間前の事だ。昨今、ゲームキャラクターとプレイヤーの性別が違うなんて言うことは、おっさん少女も言っていた通りそう珍しい話でもない。

 だからマナが自分が男だというのなら、その通り男なんだろうし、そっち側──つまり、ネカマだと偽るということ──の利点が俺にはわからなかったので、多分そうなんだろう。


 しかしだ。


 この、すがる様に俺を上目遣いに見上げながら、俺の治療を続ける少女の顔が。


 あーもう!


 スゲェ!


 スゲェ可愛いんですよ!


 俺の内心の苦悩を他所に、本当に泣きそうになりながら、マナは「応急手当」を繰り返した。スキルレベルはないに等しいので成功率は低く、ほんの数ポイントのダメージがなかなか治らない。「もう大丈夫だって」と言う俺に、けれどマナは意固地になって首を横に振って、全快するまで続けた。

 



「そんなに気にすることないのに」

「でも」


 俺はなんだか、不思議っていうか、もやもやするっていうか、ちょっとイライラもしてた。

 なんでこんな意固地?


 いやまて、さっきもそんな感じですれ違っていたよな。

 あれだ。マナはめんどくさいタイプなんだ。それを俺が自覚してやらないことにはコミュニケーションはうまくいかないんだ。


 じゃあどうすんだ?


 そうだな、できるだけ明確に、俺のほうからぶっちゃけた話し方すればいいのかな。んー……。


「ごめ」

「ちょっとまった!」


「っ!」


 唐突に語気を強めた俺に、マナはビクッとなって黙り込む。


「マナ。いいから俺の話聞いて?」

「う、うん」


 怯えより驚きが勝って、マナが黙り込む。


「この件の遺恨はもうない。解決した。と、俺は思ってる。それでもマナが、その、怯えるっつうかびくびくしてる理由がわからない」

「え、それは」


「それを正直に言ってよ。でないと平行線だ」

「…………」


 マナがすげーー自信なさそうな目で俺を見上げる。なんか追い詰めてるような気がしないでもないが、此処は本人に頑張ってもらわないと、今後に差し障る気がする。


 意を決したように。マナが口を開く。


 どんな重苦しい理由がそこにあるのかと、俺もちょっとドキドキする。

 大丈夫。どんとこい。大抵の事なら許してやる。ほら!

 


「だ、だって! せっかくできた友達みたいなのが、こんな些細なことで嫌われて、また一人になるかと思ったら、怖くt」

「お前かわいいっ!!」



 マナが言い終わらないうちに、マナの顔を抱きしめて髪の毛くしゃくしゃしてた。


「え? え?」

「つまりはさ!」


「は、はい!?」

「未来の天才剣士ユージン様は、そんな器の小さい人間じゃないってことだよ! これからもよろしくな! 相棒!」


 視界の端には、もうだいぶ慣れてしまったが"異性キャラクターに過度の接触を行っています。相手の任意にハラスメント行為として通報を受ける可能性があります"とかなんとか。



 ……うるせェっての。


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