第7回 「じょせふ しごと じゅちゅう」
「なぁ、もしかしてまだ納得してない?」
「そ、そんなことないけど……」
数十分後、俺と銀髪少女は、宵口の行政区画を並んで歩いていた。
あの後、結構大変だった。
少女君の話を聞いてみると、どうやらリアルの歳はそこそこ近く、同じようにゲーマーであるらしい。しかしながらこの性格なので、特に他人とワイワイってのは今までのゲームでもなかったらしい。
「ぼくは、その、ネカマってヤツなんだぞ? リアルはお前のアバターと同じ様な男なんだぞ? いいのかよ?」
「なんで少女君がそこまで卑屈になってんのか、俺にはわかんないけど。それで気持ちわりーとか言っちゃうヤツ、今時居んの? あ、デンジャーモヒカンはそうだったかもしれないけど。今までよっぽど頭の固いやつにしか会わなかったんだな」
「ぷっ。 なんだよ"少女君"て」
「えー? じゃあさー」
話の中で不意を突いて、フレンド申請を送ると、彼女は反射的に「Yes」ボタンを押してしまい。フレンド登録が完了してしまう。
"今のは卑怯だ"と怒りながらも、まんざらでもない顔をしていたので、きっと友達を作りたいって気持ちはあったんだろう。
【フレンドカード】
Name :マナ
Job :始まりの冒険者
Lv :2
Login:ログイン中(コメントなし)
Memo :コメントなし
「これで名前を呼べるよな。マナ?」
「実際呼ばれると複雑だよ。ユージン」
お互い苦笑しながら、俺が手を差し出すと、マナはその手を握り返してくれた。
そんなこんなで、マナの方は特に何かアテがあって此処に居たわけではないというので、ひとまず当初の目的である行政区画への移動についてきてもらったというわけだ。
さぁ思いがけず冒険の相棒も現れたことだし、あとは一緒にこのTWOで一旗揚げてやろうぜ相棒? と、ハンターズギルドへ向かう道すがら。
「うう……なぁユージン。僕等って端からどう見えてんだろ?」
マナはそんなことを言いながら、キョロキョロと周りを見回しながら身を縮こまらせている。
いやコイツは重症だなぁ。
「堂々としてろよ。スゲェ可愛いぞ、そのアバター。めっちゃよく出来てる」
「や、やめろよ可愛いとか! 恥ずかしいだろ!」
顔を赤らめて、手をブンブン振って否定するマナ。その反応は性格からくるものなんだろうけど、これがまた、銀髪の美少女アバターでやるもんだから、いちいち可愛いのなんのって。くそ、威力高ェ。
◇◆◇◆◇
「うぉーデケェ」
「このグラフィックは感動だよねぇ」
そんなこんなで、あっという間にハンターズギルドの前までやってきた。
「ほら、少し前のゲームならこの建物の前になんか魔法陣みたいなぐるぐるがあってさ」
「そうそう、そんで、外見から想像できないくらい中が広いとかね」
そんなやり取りをしながら、普通にエントランスをくぐって、実物大の建造物の中へ入っていく。
物珍しさから、二人して田舎者丸出しでホールの中を眺めまわす。
そうすると、俺達に気が付いたらしいプレイヤーが一人、こちらへ近づいてくる。
マナがちょっと怯えた様な顔してススっと俺の後ろに回った。
うん、重症・・いや重コミュ症かな?
「よぉ、兄ちゃんたち初心者か? 爆発しろ」
「なんか余計なセリフが」
「うん? 女連れに対する適切な挨拶だぞ?」
なんかバトルアックスとかが似合いそうな巨漢だ。らしいと言えばらしいスキンヘッドで、今のやり取りに「がはは」とか言って豪気にわらっている。
うむ、悪意はないな。そう感じて、正直なところを話す。
「ここに来たら、モンスターとかの討伐依頼を受けられるって聞いたんだけど? どの人に話したらいいの?」
「おう、それな。兄ちゃんもうNPCとは話したことがあるか?」
そういえばないな?
幸か不幸か、ここまで出会った街の住人は、全てがプレイヤーキャラクターだった。無言で首を振る。念のため、後ろで小さくなってるマナにも視線を投げるが、そちらも首を横に振った。
「ちょっとコツっていうか……ジョセフ! 仕事を受注したいんだってよ!」
するとカウンターの奥で新聞? みたいなものを読んでいた、ピシッと整った格好をした初老の痩せた男がひげをなでながら立ち上がる。
『ようこそ、冒険者の方々。討伐依頼でしたらそちらのボードから、好きなものをお選びいただき、此方へ持って来てくださいますかな』
そこまでにこやかに言うと、ジョセフと言われたNPC? らしい人物はまた椅子に座り、新聞を読み始めた。
「NPCを視界に収めると、キャラクターネームが出てくるだろ? そんで、その名前を正確に呼ぶ。変に略したりすると、無視されたみたいに全く反応しない。要件もできるだけ明確なワードで言った方がいい」
最初の巨漢がオレ達をボード前に促しながら、そんな説明を入れる。
ははぁ、なるほど。確かにジョセフを視界の真ん中に収めると、頭上に脈絡なく「NPC:ジョセフ」とか表示されている。俺は確かめる意味もあって、ボードの前から、カウンターに向かって声をかけた。
「ジョセフ。仕事。受注」
するとジョセフは先ほどと全く同じ動きでひげをなでながら立ち上がり、全く同じセリフを吐く。
「な?」
「おk把握」
それから巨漢は、その見た目とは裏腹に、丁寧にクエスト選び方の説明をしてくれた。
クエストボードを見ると、タウンマップの時と同じように、内容が確認できる依頼書アイテムが、ボードに張り付けられていて、それを直に読むという体で、クエストを選ぶ様だ。リアルなんだか、めんどくさいんだか。
巨漢が言う事には、レベルが全然足りなくても、特にジョセフに止められるとか、忠告を受けるとかはないので、内容はよく読んで、慎重に選べとか。報酬は依頼書ごとに設定されているので、遂行したのがパーティなら、人数で分けなければならないとか。期限が決まっていて、期間内に達成できなければ、所持品の中から依頼書アイテムが消え、再びボードに掲載されるとか。
「へー」
俺は思わずそんな声を漏らしながら、推奨レベル1以上という依頼書を手に取る。そこで俺は気が付いたが、俺が依頼書を手に取っても、ボードに即座に同じ依頼書が現れるとかはない様だ。
「これ、復活しないんだけど、クエスト枯渇したりしないの?」
そう、俺が手に取ったらそれまでで、ほかのプレイヤーが手に入れることはできなくなるとしたら、いつか枯渇してしまうのではないか。
「あーそれな、ここで待ってると、定期的にNPCが入ってきて依頼書を張っていくんだよ。手の込んだ演出だよなぁ」
「なるほど、リソースの奪い合いは心配しなくていいのか」
「まぁ"早い者勝ち"ってのはあるがな」
そういって巨漢はまた、がはは、と豪快に笑う。つまり、巨漢はなにも、初心者に説明するためにここに居座っているわけではなく、オイシイ依頼が張り出されるのを張り込んで待っているという寸法だ。
【モンスター討伐依頼書】
推奨レベル:1以上
討伐目標 :ジャイアントビートル(15頭前後)の討伐
指定範囲 :王都ヴァルハラ西門付近、農家トーマスの所有農場内
概要 :指定範囲内のジャイアントビートルの全数を討伐
報酬額 :銀貨200枚
後ろを振り向いて、マナにもこれでいい? って感じで見せるが、「どうでもいいから早く決めてくれ」と言わんばかりにブンブンと首を縦に振る。
じゃ、決まり。と、依頼書をジョセフのところに持っていく。
『こちらの依頼を受注なさるのですかな?』
「はい」
ジョセフは俺の手から依頼書を受け取ると、手早くポンポンといくつかのハンコを押してゆく。そのままこちらに向けて差し出し「サインを」とか言ってくる。
「サイン?」
サインといったって依頼書そのものも、アイテムで、ゲームグラフィックなんだけど、どうやってサイン?
俺は困って、さっきの巨漢に視線で助けを乞う。
「そこのペンに手を寄せて、"筆記状態で掴む"を選択。そんでその依頼書アイテムに直接フリーハンドで書く。自分のキャラネームの表記そのままにだ。カタカナとかでいいってことだぞ」
「リアル過ぎんだろ」
ゲームでリアル=不便というのを、明確に味わった気がした。
『それではお気をつけて行ってらっしゃいませ』
ジョセフは俺たちにやり取りなど意に介さない体で、浅く一礼すると、また新聞を読み始める。
マナと視線だけで頷き合い、巨漢に短く礼を言って、そのままハンターズギルドを出ていこうとする。
と、不意に巨漢が俺たちを呼び止める。
俺は正直、内心ヒヤッとしていた。さっきのモヒカンの件があるので、この巨漢もまた、変な絡みかたしてくるのかと思ったからだ。
「なァ、あんた達、その討伐依頼、このまますぐやりに行くの?」
「うん? そのつもりですけど、なんで?」
巨漢はふと思案顔した後、すぐにつづける。
「あーいや、ちょっとした忠告っていうかな。具体的に何が危険ってわけじゃないんだが、このゲーム、ゲーム内時間がリアル同期だから仕方ねぇんだけど、ほら、夜ばっかじゃん?」
「あーたしかに。そうすっと平日は毎日夜プレイ? 朝日は休日だけってこと? それもなんだかな」
そんなやり取りした後、「で、それがなにか?」と続くわけだけど。
「今日はもう日が落ち切ってるから、普通のゲームじゃ考えつかない事故みたいなのもあるかもしれんっつうか。俺もいろいろあったけど具体的に説明すっと話し長くなんのよな」
「なるほど」
「まぁ用心しとけよーって、それだけ。じゃあな」
「ああ、ありがとう」
今度こそあいさつを交わして、ギルドを後にした。