第70回 「男なのかにゃ?」
「もし"彼氏"が頼りなかったら、オレが代わりに慰めてあげようか?」
呆、と彼を見上げるマナの、その顔を間近で覗き込みながら、ジャンローゼは平然とそんなことを言ってのける。まるで所謂"顎クイ"でもしそうな勢いだ。
「え、あの、私・・・」
突然の色目に、マナは戸惑ったようにそう返すことしかできない。
流石に目の前で相棒にそんなことをされて、いくら俺がヘタレだとて黙っているわけにもいかない。
「ちょっと、人の相棒に──」
しかしマナの反応を見たジャンローゼは、俺が割って入るまでもなく、何事もなかったかのようにヒョイと身を引く。
そして。
「んー・・もしかして。マナちゃんて男の子・・・?」
そんな
「──!?」
ことを
「え・・・ぁ・・」
言うのだ。
え、ヤバイこれどうしよう。
こんなシチュエーション、全く考えてなかったわけじゃないけど、いきなり過ぎる。
どうフォローしたらいい?
そもそもマナが、どのくらいの確実さで隠しておきたいことなのかすら、俺は確かめていない。
不自然な間が開かないうちに。
俺はマナの方を視線だけで盗み見る。
その縋る様な目を見て、凡その意図は察する。
つまり"バレたくはない"
「──やだなぁ。 こんな可愛い男がどこにいるってんですか?」
マズイ。
何とか誤魔化そうとそんなことを言ってみるものの、今、俺はきっとこれ見よがしに顔を引きつらせている。
耐えろ。耐えるんだ。俺のAEC!!
ジャンローゼが首を傾げ
「んんん? でも──」
さてどうする。どうする。
と、りあえず何か言わなくては。
「な・・んで、そう思うんですか」
それを応えさせて、否定する。
それに賭けよう。
俺がなけなしの知恵を絞って返したその問いかけに、ジャンローゼはキョトンとした顔で答えた。
「いや、隠れていた宿からこっち、二人で何か言い合ってる最中は"僕"って言ってたのに、突然"私"っていうもんだから・・・」
「──!!」
しらばっくれようと思えば、まだ頑張れたかもしれないが。
しかしながら、食い下がろうとする俺を、マナが止める。
「あ、りがと。ユージン、もういいよ。 えと、あの、僕は確かにリアルは男です。・・・その、軽蔑・・しますか?」
苦々しい顔で、自ら認めてしまう。
コイツの性格からして、事実を言って軽蔑の眼差しを受けるのも耐えがたいが、かといってここまで疑われていながら白を切るのもつらいんだろうか。
こういうリアルばれが起こった時、その性別が意にそぐわないものだった場合、それまでの友好的な態度を180度変えてしまうプレイヤーも少なくない。
オンラインゲームで、"ネカマ"と云う物を取り巻くエピソードでは、ありがちな話だ。だから、ジャンローゼがもしマナを蔑むようなら、俺は全力でマナの味方をしよう。
ここまで来て俺にできるのはそのくらいか。
固唾をのんで反応を伺う俺たち。
しかしながら、ジャンローゼは一人納得顔で
「うん? ああ、なるほど、必死で隠すのはそういう事か。ごめんごめん怖がらせたね。ネカマだからどうこうってつもりはないよ」
安堵。
どっと、冷や汗。
マナと共に、長く、息を吐く。
「いやぁ、さっき一人称を変えて言わなきゃ、むしろ気が付かなかったよ。普通に"ボクっ娘"ってやつかと思ってた。 いやしかし・・・」
ジャンローゼは再びマナの顔を覗き込むと、その造形をしげしげと眺めまわす。
「すげぇ可愛いね。キャラメイクって、異性を作るときも自分の顔からひとつひとつ変えていかなきゃいけないんだろ?」
「え、あの・・そう・・ですね?」
マナは押しの強い異性に壁際に追いやられたかのような、所謂"壁ドン"でもされたみたいに硬直しながら、そう返す。
だから。
ナチュラルに。
人の相棒に色目を──
俺が何か腹立たしいものを感じ、その間に割って入ろうとすると。
「ちょっと。そろそろ──」
「──ん?ああ、彼氏の目の前で流石に失れ──いぃっ!?」
突然、ジャンローゼの顔が苦痛に歪み、その体をのけ反らす。
よく見ると、いつの間にかルナがジャンローゼの真後ろに立っている。
見たわけではないが、その張り付いたような笑顔を見るに、おそらく"ジャンの尻を抓った"ようだ。
「いたったたたた!まってまって!ごめん、ごめんて。ルナぁっ」
「アタシというものがありながら、他人様の彼女にまで手を出すんじゃないのにゃ」
俺たちはそれを苦笑いして見守る事しかできない。
"他人様の彼女"
ってところで、俺とマナはお互い目を見合わせ、苦笑する。
「あ、あの、僕、男ですから。 だ、大丈夫・・? なんでその辺にしてあげて下さ・・・い?」
「ぴぎぃっ!!」
そう言ってマナがルナを止めると、最後の一抓りといった感じに大きくねじられたジャンの尻肉が歪む。
マンガみたいにぴょんぴょん飛び跳ねて、痛みをこらえてのたうつジャンローゼ──というか全感型なのか──を尻目に、今度はルナがマナを覗き込む。
ネコ科を思わせる大きな丸い瞳が興味に見開かれ、間近でマナの顔を凝視している。
「男なのかにゃ?」
そしてそんなことを言う。
さっきから代わるがわる詰め寄られて、マナはいよいよたじたじだ。
「ほんとに、男なのかにゃ?」
どういうわけか、ルナはそんなことを重ねて問う。
「え、あの・・そう・・ですけど」
「・・・・うにゅー」
そんなことを言って不服そうに引き下がる、ルナ。
んん? この場合、マナが男で在ってくれた方が、彼女的には安心なのではないのか。顎に手をやって"っかしーにゃー?"とかぶつぶつ呟いている。
???
何が不服なんだろう。
「ところで、あの。 このことは、他の人には・・・」
つまり"マナがネカマだってことバラさないで"。
「痛っ たっ あ、ああわかってる。 そんなことわざわざ触れて回るほど子供じゃないさ」
ジャンローゼが尻をさすりながら、そんな風に返す。
その言葉に、マナの安堵の顔。
それを見て俺も、ようやく肩の荷が下りた心地だった。
しかしあれだ。
何か色々紆余曲折あったけど
「それで結局、何か用事が有ったのでは?」
俺がそう切り出すと、ジャンがこちらを向き直る。
「そうそう、そっちが本題。 ほら、夕方から集会があるって言ったろ? 二人にもぜひ参加してもらいたいんだが、どうだい?」
なるほどそれか。
しかしジャンローゼ本人が迎えに来るとは。暇なのか、礼を尽くしているつもりなのか。
「集会とか、知らんにゃ。 アタシは帰るにゃ。 ジャン、頼まれてた採取はあと2日はかかるにゃ。 ほにゃにゃー。」
そう言って去り際に、ちらりとマナを一瞥し、再度"っかしーにゃー"とか呟きながら数歩離れてから、突然フッっと掻き消える。
あれ、どうやってんだろう。敏捷値が高い?何かのスキル?それとも実はアイテムかなんかでテレポートしてるんだろうか。
それにさっきからマナの何を不思議がっているんだ。男であることは既に暴露されているというのに・・。
「たすかったよ、ルナ」
ジャンローゼはルナの居た方の、だいぶ遠くを眺めながら、そんな返事ともつかないことを呟く。
二人は、恋人同士なんだろうか。
なんだか普通らしからぬ要素がありそうだけど、多分、そうなんだろう。
ジャンローゼの横顔は、他の誰にも向けられることがない表情。
「で、どうする集会。 8時からだけど。 ああ生活は尊重する。 先に夕飯だろうか」
向き直った彼は、もう元の顔。
さて。
本来であれば、俺たちとてこのユリシャ連邦を無事通り抜けるために、少しでも情報が欲しい。個人的には、其の集会とやらには参加したい。しかし今は無用にマナを人前に立たせたくはない。
数舜の思考の後、切り出す。
「結局、どういう集会なんですか? その、こいつ、ちょっと神経質になってるんで、今回の事で何か追及を受ける様なら、俺だけにしてもらえませんか」
そう言って、さり気なくマナを庇う様に、一歩、前に立つ。
そう、つまり撤退戦の最中、独断でオルヴェに斬りかかり、味方を無用の危険に晒したことを追求しようというのではないか。
で、あれば矛先は間違いなくマナだ。
もちろん"あのメンタル"に今の精神状態で、そんな追及を受ければまともじゃ居られないだろう。
しかしながら、ジャンローゼはまたもキョトン顔だ。
「ん? 追及? ああ逃げる時のアレか。そんな小さいこと言わないさ。何か事情が有ったんだろうなーだなんて、みんなわかってるよ」
そう言われて、胸を撫で下ろすが、で、あれば集会の内容とは何だろう。今後の方針をすり合わせるとかだろうか。ああ、そういえば、俺たちがフェアリーズランド側へ通り抜けたいことすら、まだ話していない。
俺が咄嗟に言葉にできないまま、そんなことを考えていると──
「今後の方針はすり合わせないといけないけど、先ずは──」
一拍置いて。
「歓迎パーティだ」
にこやかにそう宣言する、ジャンローゼ。
一方で俺は目を点にしていた。
歓・・迎?
え。
歓迎されてんの?俺たち?
俺の認識だと、ジャンローゼが世話になってしまったから、仕方なく礼儀を尽くすしかないが、正直言うと足手まといのお荷物。
其処へきて撤退戦の時のあの失態だ。
ジャンローゼはともかく、薔薇十字の他のメンバーは快く思っていないのではないか。
マナと、何度目か、視線を合わせる。
さてどうなることやら。




