第69回 「猫と青春と大した御趣味」
「にゃ」
マナがようやく笑ってくれたんだー。
とか感慨にふけっているところを、オレとマナの間に突然にょきっと現れる猫耳。
「うわっ」
「ひゃっ」
「にゃあっ」
ベンチに座った俺たちの間に、ベンチの後ろから突然第三者が割って入り、俺たちは素っ頓狂な悲鳴を上げる。相手も相手で、俺たちの悲鳴に自分もびっくりして声を上げてしまっている。
俺とマナが固まっていると、声の主はベンチの後ろから音もなく飛び出し、俺たちの目の前に立つ。
俺たちに背を向けて立つその後ろ姿は、たしか移動中の撤退戦でジャンローゼと一緒に最後まで殿を務めた、あの猫耳フードローブのキャラクターだ。顔こそ見えないが、こんな特徴的な格好、間違えようがない。
意味有り気に、とことんわざとらしく、ゆっくりとこちらを振り返る。
そして。
「にゃー」
もうわけがわからない。
突然の出来事にオレとマナは混乱から立ち直れない。
つまりぽかんと口を開けたまま、件の猫耳ローブを見上げることしかできないわけだが。振り返って何か要件でも言うかと思えば、「にゃー」ときたもんだ。
だれか、解説求む。
そんな俺たちの様子をしげしげと、眺めまわし
「見ない顔だにゃ。ジャンのあたらしーオトモダチかにゃ?」
"あっ普通にしゃべれたんスね"
俺の中の、なけなしの冷静な部分が思わず突っ込む。心の中で。
いまだ物理的には何の反応も返せない俺たちを見て、猫耳ローブは其のフードを持ち上げ、後ろへ流す。
現れたのは黒髪ショートボブの女性。綺麗な顔立ちで、やや鋭い目。黙っていれば「きれい」といった感じの、二十代半ばくらいの小柄なお姉さんである。
が。
固まって動くに動けない俺たちの反応を見るや、ぷっくぅぅぅ!と頬を膨らませると、その口先をとがらせる。
見た目の「綺麗系」に反してえらく子供っぽい態度というか。
"何が何やらよくわからんが、めっちゃ可愛いな、オイ"
なお、口には出せていない。
猫耳さんは飛び乗るような勢いで、オレとマナの間にどっかー。って腰を下ろすと、俺たちの首に腕を回してくる。
そしてプンスコな顔はそのままに
「返事は~~~?」
拗ねた様にそんなことを言ってくるのだ。
「いやあの──ええ?」
「えっあっ、はっはいっ!」
俺たちはそこでようやく口を開けたのであった。
◇◆◇◆◇
「あ~~"巻き込まれ"かぁ~。どおりでこんなPvPエリアにピュアそうな顔した初々しい子たちがいると思ったにゃ」
「ぴゅあ・・」
「ういうい・・」
どこまでいっても初心者臭を振りまいているらしい俺たちは、改めてそう言われて気が重くなっていた。
しどろもどろになりながらも、ジャンと知り合ってからの事をかいつまんで話終えたところ、そんな感想をいただいた次第である。
「え・・っと。お姉さんは薔薇十字のメンバーなんですか?」
おずおずと、マナが質問を返すと、猫耳さんは猫手をパタパタと振って何でもないかのように答える。
「違うにゃ」
えええ。
「まぁ入り浸っては居るんだけどにゃ。ただジャンと仲が良いってだけで、厳密には薔薇とは関係ないにゃ」
ほう?いや、しかし・・?
「ええと、撤退戦の時にジャンさんが呼んで、助けに来てくれたのは貴女ですよね?あの時は助かりました」
「そうにゃ! ジャンは人使いが荒いにゃ! エサにつられてノコノコやってきてみればとんだ重労働だったにゃ!」
そういって、この場に居ないジャンローゼへの怒りを、これまたプンスコと可愛く表現してみせる。
正直話してると疲れるタイプの人だ。
俺も、そして横を見ればマナも、少なからず苦笑い。
ともあれ言葉の一端に興味を惹かれ
「エサ?」
反射的にそう返す。
が、俺はあの時のシーンを思い出して、なんだか嫌な予感がしていた。
「荒縄で縛って、鞭でしこたま打ってくれるってゆーから!」
ズビシ。
マナが隣で石化したみたいに固まっているのがわかる。
俺も事前情報がなければ危うかった。
なんなんだ此の人。
あ、なんか手首とかローブの奥とか見えにくいとこに痣みたいな・・・あと縄の跡みたいな・・。
"後で虐めてやるから、許せ"
どうやらあの時のジャンローゼの言葉は聞き違いではなかったらしい。
と、其処へ俺たちに近づく人影に気が付いて、俺たちは誰からともなしにそちらを振り向く。
「やぁ、青春劇場は終わったのかい?」
俺とマナの仲をからかう様に、含み笑いを漏らしながら現れたのはジャンローゼ。
いまは先ほどのシャツにスラックスという軽装から、黒のジャケットを羽織り、更にリカードと呼ばれた聖堂騎士風のプレイヤーが纏っていたような、赤裏打ちの純白のマントを肩掛けに羽織っている。
そして腰にはあのレベルのキャラクターたちを一撃で防具の上から貫き通す軍刀。
なるほどこの赤裏打ちの白いマントが、というかこの赤と白の色調が、このギルド薔薇十字の兄弟に措いて正装という事なんだろう。
「ええ、もう大丈夫です。ジャンさんこそ大層な趣味をお持ちの様で」
やられっぱなしは何となく癪だったため、少し稚拙なやり返しだったかと思いつつも、先ほどの猫耳さんの言からお察しした部分を突いておく。
しかしながらジャンは少しだけ目を見開いただけで、特に狼狽えるようなこともなく、猫耳さんにジト目を向ける。
「えええ。ルナぁ、何言ったの? あ、違うからね? ああしないと彼女が言うこと聞いてくれないから仕方なくだからね? オレ、ノーマルだからね?」
後半は、ぼやくように頭を掻きながら、俺たちに向かって。
ルナ。と、言うらしい。
猫耳フードの女性の名前だろう。そういえば撤退戦の時もそう呼んでいた。
「ルナ・・さん?」
俺が思わず、といった体で名前をつぶやくと、ルナと呼ばれた猫耳さんはベンチの、俺とマナの間からするりと離れてジャンの横に並ぶ。
"しかたなく"という割にはずいぶん"収まるべき形"に見える。
「闇猫ルナというにゃ。 よろしくにゃー」
ルナにそう言われ、俺はそこでようやく、自分たちを庇護する組織のトップを立たせたまま、自分たちだけはベンチに座って話していたことに気が付く。
さすがに失礼だ。
そう思って慌てて立ち上がり軽く頭を下げる。
マナも同じように思ったようで、すぐに俺の隣に並んで頭を下げる。
「俺はユージンです」
「え、と。 マナです」
俺たちが顔を上げると、ジャンローゼは俺たちとルナを交互に見て、溜息。
「何?自己紹介もせずに話してたの?」
「する前にジャンが来ただけにゃ」
あきれたように言うジャンローゼに、ルナは口を尖らせて、拗ねたような顔。
どうやらあのジャンローゼもルナにはいまいち頭が上がらないのか、更にため息をついて見せるものの、それ以上は追及しない。
何も言えないでいると、ジャンローゼの方からこちらを振り返る。
「ところでマナちゃんはもう大丈夫なのかな? ずいぶん精神的に参っていたように見えたけど・・・」
そう言って、服の袖で乱暴に涙を拭った後を残す、マナの顔を覗き込む。
「あ、はい、大丈夫です。 えっと、御迷惑・・お掛けしました」
そもマナがオルヴェに斬りかからなければ、あれほど無茶な撤退戦にはならなかった。俺たちが部外者でなければ、所謂"軍法会議モン"てやつだったかもしれない。
いや、むしろ。
部外者"だからこそ"この件は危うい。
当の代表者で在るはずのジャンローゼが、それほど問題にしていないようで、俺も失念していたが、先の撤退戦では俺たちのミスで薔薇のメンバーを危険に晒したことになる。
この後に控えている"会議"とやらで、それを追及されたときのことも考えておかなければいけないかもしれない。
しかしながら俺の真面目な思考と裏腹に、ジャンローゼはにこやかに続ける。
「もし"彼氏"が頼りなかったら、オレが代わりに慰めてあげようか?」
憎たらしいほどの甘いマスクで、マナの顔を覗き込みながら。
そんなことを。
宣うのだ。




