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ThebesWorldOnline  作者: 海村
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第6回 「ありがちなモヒカンがデンジャーパープル」


 橋を渡ろうと、一歩踏みだしたところで、なにやら切羽詰まった女性の声。


 出鼻をくじかれた俺は、何となくその場で足踏みしながら、声の出所を探す。

 ああ、居たわ。これから渡ろうとしている、100メートルはあろうかという大橋の、一番高くなった中腹あたりで、何やら二人のプレイヤー同士が揉めている様だ。


「はなしてって言ってるでしょ!? もうあんたたちの世話なんかいらないって言ったじゃん! ついて来ないでよ!」

「何言ってんだ、ここまで来といてそりゃつれねえだろ? うちのギルドで面倒見てやるって言ってんだろうが」


 う。


 うーわー。どうしよ。絵に描いた様なトラブルだな。


 方や、俺と同じ高校生くらいと思しき年頃の少女。肩くらいまでの銀髪に、白いフードパーカーと、これまた真っ白なプリーツのミニスカートという驚きの白さ。


 方や、どこぞの世紀末雑魚キャラ伝説を絵にかいたようなトゲトゲアーマーのならず者風の男。ありがちなモヒカンがデンジャーパープルだ。


 女の子のほうは、どう見ても俺と同じくらい初心者。一方で、ならず者風の男はどう見ても相当やり込んでいる。


 さて、ここで颯爽と二人の間に割って入り、女の子を助けたりしたら、一躍ヒーローなんだろうけど、いかんせん俺はさっき初めて武器を購入したばかりのLv1。バトルにでもなったら絶対敵わないのは火を見るより明らかだ。


 しかし、だ。


 俺が、どうすることもできずに、固唾を飲んで成り行きを見守っていると、手をつかまれたまま必死な顔で抵抗していた少女が、ふと冷たい目をする。


「────」


 そのまま、勢いよく男の手を払いのけると、突き上げるように男の顔を覗き込んで、何事かささやいたようだった。

 もちろん俺のいる距離ではそんな小さな声は聞こえないが、どういうわけか、それを聞いたならず者風の男は、一瞬目を丸くした後、


「──ケッ!!」


 聞こえよがしな悪態をついて、あっさりと少女から離れてゆく。


 え? え? どうなってんのこれ。


 長い橋を不機嫌面してこちらへ歩いてくるモヒカンを、不自然でない程度に避けて進む。その先には少女がまだ立ち尽くしている。

 体よく男を追い払って、ほっと一安心といったところだろうか。俺は助けに入れなかった負い目……ってのも変だけど、ちょっとしたばつの悪さもあって、少女のほうを見る。


 あれ?


 ──あれ?


 少女はほっと一息ついている……と思いきや、なんかめっちゃ苦々しい顔をして、拳を握りしめて俯いている。

 なんだか尋常じゃないご様子。


 結局、その姿に何を思ったのか、自分でも説明できないが、気が付けば少女に声をかけていた。困ってるように見えた? 同情? そういうのとなんだか違うんだけど、なんかこう見た瞬間ビビっと……一目惚れ? いやそうじゃなくて。


「ねぇ、キミ」


 大橋の中頃、欄干の在る端近くの街灯の下で、俯いている少女に近づきながら声をかける。


「──!」


 びくっと、震えるように、少女が顔をあげる。


 あ、前言撤回。一目惚れってことでもいいや。


 顔を上げた少女は、銀髪、色白の細身の美人。人間……のはずだが、ファンタジーのゲームだし、妖精族かなんかだと言われても納得してしまいそうだ。


 正直、ぽかんと、時間のたつのも忘れ、少女に声をかけていたことも忘れて、その姿に見入ったが。


「…………なに?」


 少女の警戒MAXな、いっそ敵意に近い声で返されて、さすがに我に返る。


「っとっと、ごめん、えーと、災難だっt

「見てたの?」


 まずは先ほどの、モヒカンの件を気遣う言葉の一つも、と思って口を開くが、それにかぶせるように、聞き返してくる。

 スゲェ美人が、スゲェ冷ややかな声で、警戒色ばっちりに。


 ああ、めっちゃ睨んでる。

 ヤベェちょっと泣きそう。


「へ? いや、その、えーと……うん」


 たじたじたじたじって効果音でも聞こえそうなほど、狼狽えて、何とか返事を返す。漫画とかなら背景に擬音がいっぱいだろう。

 いや、こ、この子つよっ! ハイ、助けに入ったらヒーローとかおこがましいこと思っててすいませんでしたァー! 実際自分で何とかしてたしね!


「…………今見たこと、忘れて」


 少女はしばらく俺のことをジト目で見ていたが、そんなせりふを吐いて、立ち去ろうとする。


 あれ?


 あ、まただ。よせばいいのに、俺はどうやらこの子を放っておけないみたいだ。


 とっさに、彼女の肩をつかんで引き留める。視界の端になにやら「無許可で他者への接触。長時間に及ぶ場合ペナルティの可能性がうんぬんかんぬん」とか表示されるが、気にせず少女に追いすがる。


「ちょ、ちょっとまってってば」


 肩をつかんだ瞬間、少女がやたらびくっと、肩をすくめていたのがなんだかすげぇリアルだった。


「なによ、あなたもまとわりつくの? "てつだってあげる" とか下心見え見えなセリフでも吐いて?」


 振り向くなり、今度はまくしたてるように言う。

 なんか、ちょっとムカムカしてきたぞ。


「いや、そんなんじゃないけど、あんな顔して立ってたら気になるじゃんか!」


 そう。たぶん純粋にそう。

 HMDだろうが全感投入だろうが、その機能だけは変わらないはずの、オートエモーショナルコントロールによって、苦々しい顔をした少女のアバター。きっとそれは少女の心境を正確に表していたはずだ。


 俺も、ちょっと感情的になって、反論した。


 今まで狼狽え顔だった俺が急に怒気をはらんで、少女の顔に怯えの色が走る。


「あ、あなたには関係ないでしょ……」


 っと、我ながらなんて下手くそな駆け引きだろう。さっき絡まれてて踏んだり蹴ったりなのに、俺まで怖がらせてどうすんだ。

 俺は慌てて取り繕う。


「あーいや、通りすがりがいきなり何言ってんだって話だよね。でもほんと、下心とかそんなんじゃなくて、なんか力になれたらーとか」


 うん、我ながらなんて……


 少女がきょとんとした顔してる。


 あ、くすって笑った! くそ、無害認定か! いまのでか! 畜生! ありがとうございます! あと笑うとめちゃ可愛いです!


 ひとしきりモダモダと言葉にならない苦悩を伝わらないジェスチャーで表現した後、あきらめて溜息。


「その、お互いもっと冷静になって話し合えば、もうすこしだけ良い方向に事が運ぶんじゃないかなぁ……とか」

「そうね、私もさっきので過敏になってたわ」


 俺は深く息を吐いた。やっとこれでまともに話が──


 と、思ったのもつかの間、少女は今度は苦笑いになり、俺に顔を寄せる。

 何度も繰り返すが、銀髪少女は俺と同年代くらいの年頃の美少女だ。落ち着いたと思えば今度は別の意味でドキドキさせられる。


 しかしあれだ。


 苦笑い?


 答えはすぐにわかった。


「考えてみれば簡単なことなのよね。貴方にも、さっきの男に言ったのと同じこと言ってあげる」

「は?」


「それで全部わかるし、きっと興味なくしてくれるから」


 そう言って少女は俺と重なるほど近づいて、耳元で囁く。

 ゲームキャラクターが、アバターがって認識じゃないんだ。すごい。すぐ横に女の子の顔が、髪の毛が、唇が。




「どいつもこいつも、女アバター見たらサルみたいに付きまといやがって。オレ、ホモじゃないからさ。やめてくんないかな、そういうの」




 そのセリフが。


 眼前の少女の口から発せられたものだと認識するのに、しばらくかかった。

 俺が目を見開いて茫然としているうちに、少女はするりと俺から離れる。


 確かに衝撃の告白だったが、意味を飲み込んでしまえば、嗚呼確かに。モヒカンが悪態ついてとっとといなくなった理由も、そのあとにこの少女が苦々しい顔して突っ立ってたのも、納得だ。納得なんだけど、いや、だから──


 少女は数歩ステップを踏むように俺から離れ。


「じゃあ、そういうことだから……ごめんね」


 そんなセリフを。


 スゲェ寂しそうな顔して言うんだ。


 ──だから! その顔は何だ!



 要はさ、色んな"ネカマ"が居るわけだ。

 例えば、ピンク姐さんの様な、女性の様な立ち振る舞いをする割には、肝心なところはオープンにしてるようなのとか。

 例えば、おっさん少女のような、もはや隠してすらいないタイプもいたり。

 例えば、俺もVRはともかく今までいろんなネットゲームしてきたよ? その中で、かわいい女の子のふりして、男を騙して、ゲームデータとはいえ、色んなもの貢がせたりとか、そんな悪どいヤツもいたり。


 そんで、たぶん目の前の銀髪少女は、悪意はないんだけど、自分を偽ってる事にスゲェ後ろめたさを感じてるタイプ。ならなんで女の子のふりなんてするんだよ? って話になるんだけど、まぁ俺にはわからない変身願望だとか、そういうのがあるかもしれない。


 でもさ。もうそんな時代じゃないでしょ? そりゃ、男のくせに女のふりしてキモチワルイ! とか生理的に無理! とかそんな人ももちろんいるけど! 毎日付き合う分身がむさいおっさんより、かわいい女の子のがいいに決まってんでしょとか、そんな軽いノリでやってるやつだっている! だから何が言いたいかって、せっかくゲームしてるんだから、なんでそんな楽しめない状況にわざわざ…………


 ああ、だから、そんな小難しい話じゃなくて。

 そんな卑屈になることないんだぜって。

 たぶんそれだけ伝えたかったんだ。最初は。コイツに。


 少女がくるっと踵を返し、行政区画のほうへ走り去ろうとするのを


「だぁぁぁぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 全力で追いかけた。


 猛ダッシュで少女君? を追いかけて、驚愕に目を見開きながら、振り返る彼女(彼?)の手を取って、嗚呼やっぱ顔は最高にかわいいよなぁとか余計な気持ちを挟みつつ勢い余ってそのままぐるんぐるんと旋回する。そのまま盛大にすっころぶ。


「え、なにす──わぁっ!」

「ぐほぇあ!」


 後者の品がないほうが俺だ。

 なにやら悪態をつきながら、よろよろと起き上がる少女君が何か言う前に畳みかけるようにして言った。


「あのさぁ!」

「は、はい!」



「俺とコンビ組もうぜ!」


「…………はい?」

 


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