第5回 「職業:熟練戦斧闘士」
商業区画、というのは、言うなれば建造物より一回り外周に貼られた、テント街だ。外国の生鮮食品を屋外で売るフレッシュマーケットや、国内でも簡易店舗群で形成されたフリーマーケットなどを想像してくれれば、だいたいそんなもんだ。
俺は物珍しさで、キョロキョロとあたりを見回しながら、人ごみの中をゆっくり歩いてゆく。
何しろ目的らしい目的がいまだに見つからないのが問題だ。マーケットを見ているのは楽しいが……さて、俺はこの世界で何がしたい?
「よー、そこの初心者っぽいにーちゃーん!」
ふいに、声をかけられる。たぶん俺のことで間違いないだろう。
声の主を探して周囲を確かめていくと、金属製の武器や防具類を店先に並べた、一人の路商が目に留まる。俺が振り向いたのに気が付くと、向こうも、こっちこっちと手招きする。
特にほかにすることがあるわけでもなく、俺は呼ばれるがままに、人の波を避けて路商のもとへ向かう。
「俺っすか?」
たどり着くなり、自分を指さして確かめる。
店主らしい、ジーンズにラフなシャツの長身の男は、満足げに頷く。
「そーそ」
「さっきから、俺、そんなに初心者臭まるだしですかね?」
「さっきからってのは何のことかわかんねぇけど、何しろすっぴん手ぶらとくりゃあなぁ?」
ああ、この人は中身と外見のギャップのない人みたいだ。俺は息を吐いて、心中胸をなでおろす。
「男だ……」
「あん?」
「いえ、初めてこのかた、中身の雄々しい女性にしか縁がなかったもので」
「あー」
店主は深く頷いている。案外同じ傷の持ち主かもしれない。
まぁそれはいいとして。
「んで、初心者とわかって、俺に何の用で?」
「そら、あんた、商売の話よ。せっかく手ぶらのプレイヤーが居たら"ウチの武器どうですか"ってな?」
至極まっとうな御意見。だがしかし。
「あー、俺、始まりの庭から直でここ来てるんで、買い物も何も素寒貧なんですが」
「うん? あれ? もしかしてステータス画面とかさっぱり見てない? なんも使ってないなら初期資金ってやつが2000シルバーほどあるはずなんだけど」
「あ、そうなんすね。通貨価値がわかんないんですけど、それでなんか買えるんですか?」
「もちろんさ。本物本気の初心者さんなら、オレ、応援しちゃうぜ!」
そこから武器屋の店主に、いろいろ手ほどきを受けた。
初期資金では、装備は適当なものでも一つがやっとだから、まずは武器から調達したほうがいいとか、武器を調達したら先ず街周辺でモンスターを狩ることで、少しはレベルを上げたり、資金を稼いでおいたほうがいいとか、使ってる武器で、勝手に職業が決まっちゃったりするから、通り名的なものを気にするなら、本命以外の武器種はなるべく使わないほうがいいとか。
「例えば、俺みたいに商売で身を立てるつもりのプレイヤーでも、都市間の移動とかで、どうしたって戦闘したりするから、キャラクターレベルってのはどうしても必要になるわけさ。だから先にちょっとでもあげておくと便利なんさ」
「なるほど、ところで使ってる武器で勝手に職業が決まるってのは?」
会話の最中、聞き捨てならないことを聞いた気がして、もう一度確認しなおす。
「あー、これけっこう罠っぽいんだけどさー」
店主は頭をポリポリと掻いてぼやくように続ける。
「このゲーム、自分の職業"らしい何か"の名前がステータスのJobってとこに表示されるんだけど、普通のゲームみたいに、なんか専用のクエストがあってクリアするとその瞬間から"ハイ、剣士"とかにはならんのよ」
俺はぽかんとした。
「え、じゃあどうするってんです?」
「そこがめんどくせぇんだけどさ、"なんかその職業っぽいこと"をやり続けてると、裏で表示外の蓄積物がカウントされてて、ある時突然Job表示が変わるのよ」
「っぽいことっていうと?」
「例えば剣士になりたいなら、"剣を使って長時間戦い続ける"とかそういうんだけど」
「ああ、それで本命以外はなるべく使わないほうが良い……ってなるわけですか」
「罠はほかにもあるぞ。たとえば、剣士を目指して奮闘中のルーキーがあまりに弱くて、薬草だのヒールポーションだのガンガン使ってたら"薬剤師"だの"治療師"だのになっちまったなんて話もある」
「うわぁぁ」
そんなんなったら悲惨だな。
えーじゃあどうすんだ、まずなりたい職業決めてからでないと武器すら決められなくないかーとか俺が唸っていると、ふと、店主がずずぃと身を寄せてくる。
反射的にのけぞって距離を取りながら、何か言いたげな店主の先を促すと、やたら真剣な顔して話し始めた。
「──ちな、オレの職業、何だと思う?」
「え、鉄工鍛冶師とかっすかね?」
思うままを即答するが、店主は沈痛な面持ちで首を振る。
「それはオレが"なりたかった"ヤツだ」
「え、じゃあ」
「熟練戦斧闘士」
「まじか」
しばし、無言。時間が流れている証明の様に、背後で絶え間なく人が行きかうのを感じる。
「さっき」
目の前の店主が重い口を開く。
「さっき、商売すんのにも都市間の移動とかでバトルするって言ったじゃん?」
「え? ええ」
「オレ、基本的にエンカウントしたら、全部倒してく性分なんだよね…………」
「……お察しします」
つまり、この目の前の店主は、売れない鍛冶師家業を続ける過程で各地を放浪し、行く先々で愛用の斧を振り回し、いつしかその回数は鍛冶用のハンマーを振るうそれをはるかに凌駕していた……とまぁ、そんなところだろう。
「なぁ、にーちゃんは、なりたいものに向かってまっすぐ走れよ……!」
感極まって涙する店主に手を振って、俺は店を後にする。
結局、俺はありきたりと言えばありきたりな両刃の長剣を選んでいた。
剣士に……剣士になろう。
さて、かくして俺は現実世界でも夏場なら通用しそうな普段着に、背中に一本長剣を背負うというヘンテコな格好の冒険者になったわけだ。
俺は意気揚々と、商業区画を通り過ぎていく。
え? もう区画を抜けちゃうのかって?
武器屋の店主には、もう一つ助言をもらっていたんだ。
いわく、何でも一人でこなそうと思うと、彼の様ななんちゃって職業オチとかに行きついてしまうので極力パーティを組んで、剣士は剣だけ振ってれば、ヒーラーは回復だけしてれば事が済むといった具合にしたほうが良いという。
しかしながらパーティメンバーと言っても、俺は始めたばかりの初心者で、何か伝手があるわけでもないし。
伝手、というとちらりとフレンドリストのLv55の高位付与魔術師なる人物が頭を過るが、まぁさすがにレベルが違いすぎる彼女(彼?)に手伝ってもらうのは邪道という奴だろう。
じゃ、そういう時はどうすんだって話になったら、店主は「今だから言えるけどー」と別の方法を親切に説明してくれた。
それは、単純にモンスターを狩ってLvをあげることで戦闘力の基礎地を得ようとすると、その過程でダメージを受けるなりして、余計な回復行動が発生しやすい。なのでまず行政区画に行って、ハンターズギルドから何でもいいからモンスターの討伐依頼を受けるんだそうだ。
察しの悪い俺は、「そうするとどうなる?」なんて聞き返してしまったが、要は経験値よりお金稼ぎを先行することで、先に装備の強化を図ることができ、余計な被ダメージと回復の機会を減らそうというのだ。
さらに言えば、同じダメージを受けるにしても、避ける、盾で受ける等したほうが、より剣士的な行動とみなされるらしい。なるほど、避けるのはうまいやつしか無理かもしれないけど、盾を買って、受けるくらいは自分でもできそうだ。
で、そうと決まれば! と、行政区画を目指しているというわけだ。
地図で確認したところ、行政区画は運河を挟んだ反対側。ここからだと商業区画を通り過ぎたところにある、大橋を渡っていくのがよさそうだ。
目的らしいものができると、あとは早いな。そんな風に思うと、不思議と気分も高揚し、足早に商業区画を抜け、もう大橋の前だ。
時刻はそろそろ夕刻も過ぎ、日も落ちかけている。タウンマップに書いてある名称が本当にそうであるか確かめていないが、「王都ヴァルハラ」はいわば「眠らない街」というやつかもしれない。
商業区を通り抜ける過程で、先ほどから次々に街灯に明かりが灯り、白熱球のオレンジ掛かった光だとはいえ、相当な光量で街を照らし出す。
目の前の橋も、レンガ造りの巨大な橋のいたるところに、街灯がならび、宵闇に沈む運河の中で、大橋を幻想的に浮かび上がらせる。
何度感嘆の息を漏らしただろうか。やはり美麗の一言に尽きるグラフィックスに感心しながら、俺は大橋を一歩踏み出した。
と──?
「はなしてよ!!」
な、なん……?