第4回 「OSSAN GIRL」
「商業区だーっ!」
裏通りから出て、何やら人の行きかう騒がしい通りに出たところ、それが目的地の商業区だとわかった瞬間、思わずガッツポーズ。
あのあと、街を象徴するかのような大運河を目印に何とか自分の現在位置を割り出し、其処からは早かった。地図を片手に持ち直し、何度か立ち止まっては裏通りを駆け抜け、数十分のうちにここまでたどり着いたのだ。
「おう、元気だな兄ちゃん、初心者か?」
すぐ横に居たプレイヤーが気さくに話しかけてくる。
ああこれだ、プレイヤー同士の何気ないコミュニケーション。これこそがオンラインゲーム。
「そーなんすよー。街めっちゃ広くてビビりましたよ」
そんなことを言いながら声のほうを向き直り、ぎょっとする。
「だよなぁ、おれっちも初めてログインしたときゃ往生したぜぇ」
たつんだじょー。とかしゃべってもおかしくないくらい、やたらオヤジ臭い語りは、どうみても俺のとなりに立って腕組みをしている、小柄な少女から発せられている。
わりと、石造りの街の雰囲気にはマッチした、カントリーなデザインの長いスカートに、簡素なシャツ、その上から肩掛け等かけている少女。身長ははるか見下ろす140cm程度で、ふわふわの金髪を緩くまとめて胸元に流している。
ああこれだ、しれっと中身と性別が違うキャラクターがそこかしこに蔓延る。これこそがネ☆ト☆ゲ!
「おう、何かたまってんだ? ……ああそうか、確かにな」
俺の顔をのぞき込みながら、いぶかしげな顔をしていた少女は、ふと訳知り顔になると、深く頷く。
「ドット絵で描いたる、"女の子らしい何か″と文字会話してんじゃねぇもんなー。ある種の衝撃だよな──」
少女……にしか見えないソレは屈託のない笑顔で俺に笑い掛けながら、指を一つたててつづけた。
「──VRネカマってヤツぁよ?」
「あああああ、やっぱりぃぃぃぃ!」
ネカマ。
オンラインゲームでの個人情報の秘匿性を利用して、実際の性別が男性であるにもかかわらず、オンライン上の姿である「アバター」や「ゲームキャラクター」を女性の容姿にして遊んでいる人たちのことを指して言う。インターネットオカマ略してネカマ。
広義には実際のところと違う性別の容姿でゲームプレイするすべての男性を指して言うこともあるが、場合や、人によって「自覚して自身を女性と偽る男性」だけをさしたり「純粋な男性プレイヤーを騙すことで利益を得ようとする者」に限ってそう呼んだりと認識は割と曖昧だったりする。
後者に対して、前者の中でも悪意のない部類のプレイヤーたちは、そもそも自分たちが、所謂ネカマとひとくくりにされているのは侮蔑であると憤慨する者も居り、昔から物議をかもしている。
さて、話は戻って眼前の少女。どういう設定をしているのか、言葉の意味はともかく、声の高さも見た目通り少女の様に軽やかで、余計にたちが悪い。
俺はそのギャップの酷さにちょっとクラっと来ていた。だって、だってさ。目の前の少女は所謂美少女と言っていいくらいの容姿で、俺に屈託のない笑顔を向けていて、正直ドキッとするくらいかわい──
「なぁに、ここで兄ィちゃんが実は俺と同じくれぇの歳のオバチャンでしたとか言い出しても驚きゃしねェよォ」
──くねぇ。
くそ、同じくらいの歳ってのが何歳なのかなんて、あえて聞かない! 聞かないぞ!
「残念ながら、見た目通りの男子高生です……」
相手にそのつもりがなくても、まるで詐欺にでもあったような感覚になり、思わずむっとした気持ちが態度に出てしまう。なるほど喧嘩の種になるはずだ。かくいう俺自身も恐らく、例のオートエモーショナルコントロールとやらで、ばっちり不機嫌面していることだろう。
「オイオイ、ネトゲで華やかな女の子だらけの街並みが、ふたを開けてみれば9割おっさんでした! なァ~んて、世のゲームオタクどもがパソコンの前でマウス片手にキーボカチャカチャやってたころから変わらねぇ常識だろ? もっと気楽に考えようぜぇ」
そう言って俺の背中をバンバンと、豪快にたたく、おっさん少女。
キーボカチャカチャやってた頃、ってのが実際に高校生な俺にはいまいちピンと来なかったが、まぁまさにその通りなのである。
くやしいが。
「ははっ 納得したくないなァ」
「わかっちゃいるけど、ってか。まぁ始めたばっかりなら、いろいろ見て回ってみればいいさ。ホント、色んなのが居るぜ」
「不安になってきた……」
だが、言葉と裏腹に、このおっさん少女のおかげで、だいぶ緊張がほぐれた感はある。
……くやしいが(笑)
「ほれ、いい顔んなった。行ってこい青年。オレぁいつもこの辺うろついてるからよ。どうにも困ったら、もどってきな」
「あんがト、おっさん。なんか吹っ切れた気がするわ」
「おう。なんなら……アタシが案内してあげてもいいのよ? オニイチャン☆」
「げふゥ!」
大ダメージだった。
手を振って、おっさん少女と別れ、商業区画を歩き出す。
嗚呼、嗚呼そうだな。そもそもが先ほどのピンク姐さんが登場した段階で、いろいろ覚悟しておくべきだったのだ。
元来、「ネトゲ」とは多少の差異はあれど、ほぼ違わず「男社会」なのだ。
しかしながら、期待してしまうじゃないか。だって、VRなんだ。VRなんだぜ?
無防備ともいえるような笑顔。別の言い方をすればなんて生々しい、おっさん少女の顔を思い返す。金髪に青緑の澄んだ瞳、色白の肌。外国人然とした非現実感こそあれど、その質感はまさに本物の人間のそれだ。
年を取ることのないゲームキャラクターだという事も忘れ「五年後が楽しみだ」くらいの感想をつい思い描くような……。
今後、自分と同じくらいの歳格好した美少女にでも出会ったら、俺は冷静でいられるだろうか。
「いや、ここでそんなこと言ってても始まんないよな」
そう呟いて、迷いを振り払う様に頭を振ると、商業区の雑踏の中に歩を進めた。