第48回 「それはいやだよ」
"今からログインするけど、何時くらいにこれそう?"
もしかしたら、気のない返事が返ってくるんじゃないかって。ちょっとだけ不安な気持ちでSNSのメッセージを打つ。
"わ。すぐに行きます、まってて(>_<)"
返事は簡素ながら、いつものマナ。
少しホッとしながら、俺はTWOにログインした。
──Login
「んん?」
ログインすると、視界に何か違和感を覚えて目線だけでキョロキョロとあたりを見渡す。
場所は昨日ログアウトしたのと同じコーレルの宿屋なのだが……ああこれは。違和感の正体にはすぐに気が付いた。
視界の端に"契約している宿泊施設の退出期限が迫っています、延長設定はこのポップアップを押してください"とかなんとか。
まぁこの街でもう少し旅費を稼ぎたいし、何日かは居るだろうと、俺はひとまず週末まで延長しておいた。
と、そこへマナがログインしてくる。
「おまたせっ」
「お、おう」
昨日のこともあって、少しつっかえた返事になってしまった。マナは敏感にそれに気が付いたようで、首をかしげて俺を覗き込む。
「……どうかしたの?」
俺としてはばつの悪いものを感じたが、マナとのやり取りでは、変な誤魔化しとか入れない方がいい。なんとなく、そう思う。
「あ、いやその、昨日は悪かった。良かれと思っての事だったんだが、押し付けすぎだったよな」
俺の言に、マナはちょっとだけ驚いた顔をして
「わ、わ、こ、こっちこそごめん。 ユージンがそう思ってくれるの、嬉しいんだけど……そういうの"自分でやんなきゃいけない"気がして」
「あ、ああ」
あー。なんとなく、納得させられてしまった。
マナは臆病だが、ドが付くほど素直で、律儀だ。助けてほしいけど、それじゃ自分の成長はないと自覚している。
そこでやはり思うのは、こんな考え方出来る奴が、そもそも孤立するだろうか? って疑問なんだが──
「こ、この話、ここまで! ね! ほら、小物屋さんのアルバイトのお話、聞きに行くんでしょ?」
──続くマナの言葉に思考は上書きされる。
「し、しまった! わすれてた! た、たしか"また後で"……って」
「え、わすれてたの!? あ、や、大丈夫だよ"明日でもいいし"っていってたし!」
結局俺は"すっきりとはいかない形"でこの件を飲み込んでしまった。
しかしながら状況に急かされて、俺たちは急いで商店街へ向かうのだった。
◇◆◇◆◇
やはりどんなにアバターが全力疾走したとて、俺たちの息が切れる事は無いはずなのだが、やはり気持ちは焦って、呼吸は荒くなる。
昨日と同じくせ毛の赤い髪をポニーテールにした店員を見るなり、まくし立てる様に謝った。
「す、すんません! 昨日中に来れなくて……っていうか昨日は色々と面倒ごとが」
「わかってる。わーかってるって」
俺は昨日有ったことを言い訳のように話そうとするが、なぜか"有り過ぎる"ほどに理解のある反応に、俺もマナも首をかしげる。
「録画映像で見たよ。"前夜祭の歌姫"と"それを連れ去る王子サマ"」
「!」
「!??」
続くセリフに二人とも赤面して俯くしかなかった。
しかしあの様子が何らかの方法で記録されていたとは。後々面倒なことにならなきゃいいけど。
「あははは。初心だね二人とも。まぁそれはいいとして、ここに来たってことはアルバイトのお話、受けてくれるのかな?」
「いやまぁ、内容次第ですけど。とりあえずお話だけでも」
「まぁ当然そこからだよな。"オレ"は、アーヴァイン。よろしく」
「「え゛?」」
名乗った店員に、俺たちは素っ頓狂な声を上げるしかない。
店員はよく間違えられるのか、困った顔をして頭を掻きながらも付け足す。
「──あー、もしかして、オレの事……女だと思ってた?」
なんと、ガタイはいいし、なんだかえらくハスキーな声だし、豪気な女性だとは思っていたが、なんともはや。
俺とマナは黙ってぶんぶんと首を縦に振った。
「まぁ、女顔だとはよく言われるんだけど。あ、ちなみにネカマとかじゃなくて、このアバターもほとんどリアルのオレのコピーで、男キャラなんだぜ?」
マナは口元を押さえて、俺はだらしなくポカーンと口を開けて絶句。
アーヴァインは、いい加減恥ずかしくなってきたのか、照れたような顔をして先を促した。
「ほれほれ、オレの事はいいから仕事の話、しようぜ。お二人さんはなんてーの?」
「あ、すんません、ユージンです」
「マナです」
俺たちは挨拶を交わし、バイトの説明を受けるために店内へ通されたのだった。
◇◆◇◆◇
「ねぇ」
「言うな」
場所は漆黒の闇に閉ざされた森。
コーレルから直近にあるそこそこ大きめの森林地帯だ。
パキリ。
と、音を立てて枝を踏むが、気にしてもいられない。俺たちは辟易とした気分で森の中を進む。
「これ、明日の朝でもよかったんじゃない?」
「お願いします言わないでください」
俺はついにその場にへたり込んで、しょんぼりと項垂れた。
マナが、近くの木の根が張り出したところで、座りやすそうなところを探して腰を下ろしたところで、一息。
暗い夜の森の一角。ランタンの仄暗い灯りに照らされ、アーヴァインに依頼された内容を思い出す。
依頼内容はこうだ。
コーレルバードの羽根集め。
コーレルバードってのは基本的に白いが、羽根先に鮮やかな赤、黄、黒の模様が入った綺麗な鳥の事で、このコーレル特有の生物だ。
その羽根はつまり、昨日俺たちが購入したアクセサリのそれで、状態の良いものであれば装飾品に適しており、加工して販売することで利益になる。だが、コーレルバードの生息地はこのような森の奥であるからして、生産主体のプレイヤーには採取に危険が伴う為、こうして冒険者に依頼することによって用立てているらしい。
で、依頼されるや勇んで森に入ったは良いものの、時間が時間だったために(今日は金曜でお互い学校が終わった夕方からのログインである)とっぷり日の沈んだ闇の中での捜索となってしまったわけだ。
「ねぇ、今日は諦めて、明日にしようよ」
マナはそういうが、俺は諦めきれなかった。
「いやいや、此処まで来といて手ぶらで帰れるか。アーヴァインさんの説明じゃ、鳥そのものがいなくても、落ちてる羽根で状態の良いものなら、買い取れるって言ってたし」
マナは不服そうな顔をしながらも、こうしてついてきてくれたわけだが。
「ほら、以前にも夜に無茶して、ロイさんに窘められたじゃないか」
「う、それを言われると……」
"これが夜ってことサ"
か。
確かに夜の森と言えば獣型のモンスターの巣窟と相場が決まっている。
俺たちは「鳥の羽」を求めて森に入ったが、もちろん森にとって人間は招かれざる客。そして森には鳥以外の何が潜んでいるかすら、今の俺たちにはわからない。
さすがに諦めようかと思ったその時。
はらり。
と目の前に件の鳥の羽が落ちてくる。
小さいが、たしかに白地に赤黄黒の鮮やかな模様。
コーレルバードの羽根だ。
「うぉ」
驚いて見上げると、丁度マナが腰を下ろしている大木の、少し上の方の枝になんともひねりのないデザインのって言ったらなんだけど、鳥の巣然とした鳥の巣が有った。
思わぬ収穫だ。雛鳥といえど、鳥そのものを捕獲できれば羽根に換算すればどれほどの収穫になるかわからない。そして、羽根が落ちてきたということは、あの巣には少なくとも一羽以上の雛鳥がいるわけだ。
マナもそれには気が付いているらしく、俺と同じように頭上の鳥の巣を眺めている。
「ようし」
俺はインベントリに有った金属製のピックを取り出し、足掛かりにしながら木を登ろうとした。
しかしながら、3段ほど登ったところで、はたと我に返ったマナに止められたのだ。
「ちょ、ちょっとまって。ユージン。"それ"はやめようよ」
俺が木登りを中断すると、どういうわけか木と俺の間に割って入って、両手を広げて俺を止めるのだ。
「どうしたんだ、マナ。鳥本体なら、相当な価値だぞ」
「そ、そうだけど。 そうだけど……それってなんか違わない? 雛鳥なんだよ?」
ああなるほど。俺はここでようやく、マナの言わんとしていることが分かった。
つまりこれは無抵抗な相手への一方的な"略奪行為"であり、マナはそれは道義に反すると言いたいのだろう。
だがしかし。
「でも、ゲームなんだぜ? あの鳥の巣だって俺たちがここで壊せば、明日には森の何処かでまた出現してるかもしれない様な、ただの"データ"だよ」
「そうだけど! ……わ、わかるけど。 でも覚悟もない相手に一方的なんていうのは、僕は嫌だよ」
「"覚悟"って言ったって、もし親鳥がいたとして、俺たちが追えばまるで親子の縁なんか最初からなかったみたいに、子供を置いて逃げるかもしれない。そんなロジック、設定されてないかもしれない。そんなものに感化されるのは──」
──流石に無駄。
軽薄にもそう言ってしまいそうになったところを、まるで止めるかのように俺たちの上に闇が落ちる。わずかに差し込んでいた月明かりも、一切が遮られ、真の闇が落ちたような漆黒。
一瞬何事かと、お互いに会話を中断して空を振り仰ぐ。
次いで巻き起こる風。
見るとそこには翼開幅で6メートル以上は有るかという大怪鳥。それがつがいの父母なのか2匹で、まるで先程の巣を守るかのように俺たちを見下ろしていた。
「クェェェェェェェェェッ!!」
威嚇するような鳴き声が夜の森に響き渡る。
威嚇の相手はもちろん、俺たちだ。
「ほ、ほら、ほらぁっ!」
「まてまてまてまて! 親鳥があんなにでかくなるなんて聞いてねぇぞ!?」
言わんこっちゃない。と、俺を責めるマナに反論の余地を持てない。
そして怪鳥は、言い訳じみた俺の叫びを聞き咎めたかのように、こちらに狙いを定めた様に見える。
あんなのに襲われたらひとたまりもない。
だが、遠慮してくれるはずもまた、ない。
ブォ!
「うわ」
「ひゃっ」
急降下してきた親鳥を寸でで躱す。
相手は巨体ながら、この夜の森の中でも自在に飛び回り、再度攻撃の機会をうかがう様に頭上を旋回する。
「だ、だめだ! にげろ!」
「だからゆったのにーっ!」
俺たちは命からがら、森から逃げ帰ったのであった。




