第37回 「遠足の前夜みたいなもの」
「もう。なにが"俺たちもういいんじゃないか"なのさっ」
「そ、そう言うなよ。俺だって旅費の見積もりがあんなに膨大になるなんて思ってなかったんだよ」
思わずといった風に、悪態をつくマナに、俺は身を縮こまらせて言い訳をする。
あのあと、ケンちゃんに「大陸を西端まで旅しようと思ったらいくらかかるのか」なんて聞いてみたら、ケンちゃんはざっくりと「持って行った方が良い物リスト」みたいなのをメモにして渡してくれた。
あの金髪グラサンの青年の、見た目に反した面倒見の良さには、ほんと、頭が下がるのだが、メモを見た俺は目ん玉が飛び出るかと思った。
足りない。
圧倒的に足りない。
コーディネートにだいぶ資金を費やしてしまった俺達には、おいそれと用立てられる財ではなかった。
と、なにやら前を歩くマナがくるっとこちらを振り返る。
どんな仏頂面が俺を責めるのかと、俺は少し身構えていたのだが、予想に反して振り返ったマナはニコニコ笑顔だった。
勢いよく振り返ると、サラサラの銀髪が揺れ、長いスカートが勢いになびく。思わずドキリとする振り向き美人だ。
「なーんて、うそ。怒ってないよ?」
「え、ええ……?」
戸惑う俺に、マナは可愛らしいしぐさで杖を後ろ手に持って、そのまま後ろ歩きで俺と歩調を合わせる。
「僕はね、ユージン」
そういって、歩きながら俺の顔を覗き込む。
事有る毎にドキリとさせられるこっちの気も知らないで、と思わず心中悪態をつきながら、続く言葉を待つ。
「"ついてきてくれるか"って言われたとき、すっごくうれしかったんだよ?」
そう言って、やわらかく笑う。
ばきゅん。
あーもう! あーもう! ちくちょう!
「お、お前いい子過ぎんだろ!」
俺は思わず身を低くしていたマナの顔をとらえて、わしゃわしゃと髪をなでる。
「あはは、僕に惚れるなよョー」
頭を抱え込まれて身を縮めながらも、珍しく破顔して笑うマナ。
惚れるなよ、か。
…………惚れるなよ。 か。
そう言われて、実は俺はずいぶん複雑な顔をしていたのだけど、俺に抱え込まれたマナにはその顔は見えないのだった。
◇◆◇◆◇
さて、旅支度を整えるために、さらにお金稼ぎが必要になったわけだが。
ケンちゃんは別れ際にいくつかの妥協案もくれた。
「たとえば、マナちゃんがヒーラーやってくれるなら、ヒールポーションの数を抑えて、少量のスピリットポーションで代用したり……」
「そうだな……どちらかが死亡したら旅をあきらめると決めて、あくまでセーブポイントはヴァルハラのまま行けるとこまで行くとか。セーブポイント帰還アイテムはワープアイテムの中じゃ格段に安いからな」
「装備耐久度を回復させるリペアアイテムも、極力街で修理すると決めて、数を絞っていくこともできる……が」
だが同時にこうも言っていた。
「犯罪者プレイヤーはどの街にもいるが、ヴァルハラを離れるなら、事件に巻き込まれても、俺たちが助けに行くことも難しい。準備はやってやりすぎってことはないぞ」
そうだな。
俺だってあの事件の時のような思いはもうたくさんだ。
「ユージン。有ったよ」
物思いにふけっていた俺は、マナの声で我に返る。
小走りにマナのところへ駆け寄ると、マナは目の前の路商のテントを指差す。
「…………高いな」
指差す先には"携帯用装備修理キット"。
値札を見た俺は無遠慮に呟いてしまったが、路商は特に気を悪くした様子もなく話しかけてくる。
「無理してこれで直さなくても、街に居るなら鍛冶屋でリペアできるぜ?」
初心者臭がにじみ出ていたのか、そんなアドバイスを受けてしまう。
俺は苦笑して、事情を話す。
「いや、実は今度遠出をしようかと思って。ちなみにこれで何割くらいリペアできるの?」
「んーそれだと使いきりで、ひとつの装備の耐久上限の3割ってとこだな。んー、大量購入なら少しは勉強もできるが……」
路商はそう持ち掛けてくるが、それこそ財布が心もとない。
「いや、まだ早かったみたいだ」
苦笑して、その場を離れる。
間を置かず、横に並ぶマナ。
俺達は再び並んで、休日のマーケットを歩く。
「ごめんな。誘っておいて、出発はだいぶ先になりそうだ」
申し訳ない気持ちでそう話しかけるが、マナは笑顔で首を振る。
「ううん、だいじょうぶだよ。こういうのって、遠足の前夜がずっと続くみたいな気がしてわくわくしない?」
「お前がそう言ってくれると、俺としては救われるんだけど……うーん、しばらくはまたお金稼ぎかなぁ」
ぼやいて、俺は、ゲートクリスタルへと足を向ける。
装備一か所たかだか3割修理する使い捨てアイテムは、実に、ひとつ500シルバーした。
◇◆◇◆◇
結局俺たちが、旅立ちの挨拶にケンちゃんのテントを訪れたのは、さらに1週間後の土曜日。
「そうか、今日、行くのか」
いつになく優しそうなまなざしで、ケンちゃんは俺達を見る。
「寂しくなるな」
「もしかしたら、すぐ戻ってくることになるかもしれないんですけどね」
俺がそんなことを言うと、どちらからともなく、苦笑。
それからケンちゃんはすっと真面目な表情になると、俺たちの肩を叩く。
「出発前に、此処に必ず寄れと言ったのはほかでもない。お前たちに絶対にしておかなければいけない、一番重要な警告がある」
「?」
「……それは?」
マナが先を促すと、ケンちゃんは真剣な顔のまま説明を始める。
「旅先で、侵入したときに"危険区域"と表示される場所へは近寄るな。やむを得ない場合でも可能な限り早くその場を離れろ。いいな」
「危険区域?」
「基本的には高難度のダンジョンが、そう言うフィールドに指定されていることが多い」
「どういうところなんです?」
「いいか、よく聞けよ。"危険区域で"負った体の一部が欠損するような、所謂部位破損ダメージは回復しない」
「「え」」
俺とマナはそろって声を上げる。ケンちゃんの物言いがあまりに素っ頓狂だったためだ。
ケンちゃんは重ねて言い直す。
「つまり、"危険区域"において即死しないダメージで、例えば腕を撥ね飛ばされたら、そのキャラクターは"片腕のないキャラクター"になる。LPを回復しても戻らない。眼なんかつぶされてもそうだ」
俺達は一瞬黙った後…………
「「えええええええええええええ!?」」
そろって驚愕の声を上げた。
「なんですかそれ、シビア過ぎんでしょ!?」
「まぁまぁ、普通に過ごしてりゃ、まず自分からそこへ行くようなことはないさ。説明するのが遅れて悪かったけど、旅立つ前にこれだけ言っておかなきゃ……ってな」
「ひ、ひぇぇぇ。これ聞かないで出発してたら、危なかったね」
「実はさ、コレの所為もあって、TWOって女性キャラの比率が、普通のゲームより少ないらしいんだ。……まぁそれでも見た目の可愛さから使うやつは多いらしいけど」
「つまり、ケガによって外観が傷ついた時のモチベーションへのダメージがキツすぎると」
ケンちゃんは仰々しく頷いて見せる。
「それが理由で、突然ゲーム辞めちまう奴もいたしな。あ、でも方法がないわけじゃないんだ。もし部位欠損に遭っても、悲観しないで一度相談してくれ。アホみたいなレアだが、一応修復アイテムもある」
警告はしなければならない。だけど怖がらせるつもりはないと、ケンちゃんは何度か言葉を重ねた。
しかし、俺はなんだか釈然としなかった。
なんだか。
なんだかこのゲーム。
優しく無さすぎる。
うまく表現する言葉が出てこない。
強いていうなら"ゲームらしくない"
っとっと、折角の旅立ちにケチが付く。
俺は頭を振って、不安を振り払うと、ケンちゃんに礼をいう。
「距離が離れると、できることには限りがあるが、それでも何かできるかもしれない。困ったら、遠慮せずにメールしてくれ。俺でも。姐さんでも」
「ありがとうございます」
「じゃあ、行ってきます」
そう言って、俺たちはテントを後にした。




