第36回 「それは説明回のように」 ※こればかりは読み飛ばしも仕方なし?
「まず、日本人の俺達にはなんとなく奇妙な感じになるかもしれないが、この大陸は南半球に在る設定なのか、北へ行くほど暑く、南へ行くほど寒い」
そう出だしを語るケンちゃんと、地図を覗き込む俺とマナ。
マナには椅子があったが、俺とケンちゃんは長話するのに、立ってるのもしんどいだろうと、ケンちゃんが奥から持ってきた木材に直接腰を下ろしている。かなり尻が痛そうだが、半感型の俺にそういう痛みはないし、そもそも立っているのもしんどいってのも、イメージの問題でしかないわけだ。
で、その木材ダイレクトな椅子は、立ち話よりは、なんぼかましに見えた。
「まずどっちから説明していこうかなぁ」
そんな言葉を皮切りに、ケンちゃんの観光ガイドが始まるのだった。
まず、俺たちが居るセレクトリア領 王都ヴァルハラは大陸の中央やや南に位置し、どこへ行くにも起点となる中心地らしい。
ケンちゃんはまず東を差し、「こっちは多分、永遠の未実装ってやつだな」とか言いながら地図上のほぼ何も書いてない東部分を指でトントンと叩く。
俺もマナも、何故そう言い切れるのかと問う。
なんでも、ヴァルハラから東へ行くと東帝国と呼ばれる軍事国家があり、長らく交戦はないもののこちら側、セレクトリア王国と戦争状態であるという。これは、原作小説「Thebes」のあらゆる既刊エピソードにおいて、それ以上の説明がないのだという。そのため、予想としてこのゲームにおいて東帝国の実装はないのではないか・・・と、言われているらしい。
まぁもし行けたとしても、現在このTWOのプレイヤーはもれなく"セレクトリア人の人間"であるため、東帝国が実装されたとしても、敵対国であるため、観光は難しいだろうとのこと。
なるほど、俺達も戦地は御免だ。東の線は無しだなぁ。
一応マナにも目線だけで問いかけるが、ブンブン首を振って拒否のニュアンス。
次にケンちゃんが指差したのは南。
「南へは一応街道が整備されている。原作小説の時代によっては、鉄道が開通しているが、今のところTWOには実装されていない」
そういう切り口から説明される南側。
主だった拠点としてはヴァルハラから南へ向かって
アレンフォート。シュヴァイツ。ランス。
そして極寒地シルヴェリア。
他にも細かく農村などが有ったりするが、都市と呼べる規模のものは上記に限られる。
ちなみにシュヴァイツとランスの間に山岳があり、以南を「シルヴェリア自治領」という。つまり、セレクトリア王国から見て、友好国ではあるがこれも「外国」という事になる。
山岳から向こうはほぼ雪原帯で、首都と位置付けられるシルヴェリア領シルヴェリア市は、年中豪雪の"雪の都"だ。
シルヴェリアよりさらに南は人類未踏の雪原が広がっているとされていて、ゲームであるTWOでは侵入不能の未実装地域になっているらしい。
逆に裏を返せば、クエストやイベントなどの実装状況こそ遅れているが、都市機能だけを見ればシルヴェリアまで"実装済み"らしい。
「わー雪国っ!いいですね!」
「いやでも、豪雪とか言ってんですけどォ・・」
「まぁまてまて。まだ残ってんだろうが」
そう言いながら、ケンちゃんが指差したのは西側。
やはりヴァルハラを起点として拠点を挙げてゆく。
コーレル。ユリシャ。フェアリーズランド。
そして、魔術師至高の地"西の大庭"
コーレル、ユリシャまではセレクトリア領だが、フェアリーズランドは、人間の国ですらないと言える。
ヴァルハラから見て北西に広がる大森林の南端に位置し、森の妖精族、所謂エルフ族の国があるその森の中に、人間が住めるように間借りしながら都市機能を有しているのがフェアリーズランドだ。
そしてフェアリーズを玄関口として森の中を進み、西端まで行くと、西の大庭がある。
"西の大庭"とは、言ってしまえば、都市機能を有するまでに巨大な魔術師養成校だ。すべてが学舎というわけではない為、「魔術の都」ともいえるかもしれない。
学長、ジェファーソン・マクドヴェルを市長とした都市国家の体をなしている。
魔術師の聖地であり、大陸中の魔術師がここで学ぶことを夢見ている。
──と、言われている。あくまで原作の話だ。
確かに強力な呪文が手に入るらしいが、「其処に住もうってやつは少ないらしい」とはケンちゃんの言。
人気はともかく、と、なればそちらも西端まで実装済みという事になる。
「エルフ!プレイヤーは成れないんですよね?どんなかっこしてるんだろう」
「いやぁ、友好的かどうかすらわからないぜ?」
「まぁフェアリーズランドから北へはまだ行けないらしいけどな」
そして最後に指差すのが、北だ。
まず、ヴァルハラ市から考えてすぐ北に在るのが、商業都市エド。
建設に貢献した初代市長エドワード・ワーカーズの名前にちなんでエドワーズ市。略して"エド"というらしい。
どこかで聞いたことが、と思ったら、いつかのピンク姐さんからのメールで"いまエドまで来てて"とかなんとか。
地図上では隣接位置だが、彼女は「すぐに帰れない」とも言っていた。どちらへ旅をするにせよ、端まで行くのに一体何日かかるやら。
そして、エドを超えて北上するとヴェルヘイム、ノースポイント、と続く。
ノースポイントまでセレクトリア領だが、残念ながら北はそこまでしか実装されてないという。
ただし、もし実装されるのだとしたら・・とケンちゃんは続ける。
ノースポイントより北は外国というより、国家の体をなしていない。
最初にカルサレア。此処の時点で周辺の様相はすでに荒野。
それでもさらに北上するとカサンドラ。拠点というより、崩壊した旧市街の残骸のような場所で、無法者の巣窟であるという。
そして荒野を越えた先は砂漠地帯となっており、それでもなお北上を強行したとすれば、其処に在るのは。
巨大なオアシスに寄り添うように人が集まり、都市の体をなした場所がある。
ずいぶん勿体つけてケンちゃんが語ったその名は。
「大陸最北。人類既踏の最北端。──テーベ」
「!!」
「テーべって・・」
さすがにその名前に反応しないはずもなかった。
何せ原作タイトルそのものであり、このゲームの題名にもなっている名前だ。
俺も、マナも俄然興味を惹かれ、それがどんな場所なのかと先を促す。
さて、では、件の「テーベ市」とはどんなところなのか。
原作小説を少しでも読んでいれば、それは決まり文句の様に冒頭に記されているらしい。
曰く。
テーベという名の塔がある。
大陸最北の砂塵に霞む人類未踏の建造物。
踏破した者は全てを叶えられる。
無理、不可能、それらが存在しない黄金郷
"落獄にして聖地"へと導かれるのだと。
故に彼らは塔を目指す。
あるいは夢を叶えるため。
あるいは、失った大切なモノを取り戻すため。
砂塵の彼方に消えてゆく。
と、こんな具合だ、とケンちゃんは暗唱してのける。
つまり、テーベ市のさらに北に広がる、茫漠ともいえる広大な砂漠と砂嵐の中のどこかに、「テーベの塔」と呼ばれる巨大な塔があると信じられており、踏破した者の望みを何でも叶えてくれる。そんな夢物語の様な伝説なのだ。
塔は天を衝く巨大な建造物であるにもかかわらず、砂嵐によって、ほぼ目撃されたことすらない。しかし、塔はある種の軌道エレベータの様なもので、黄金郷サンク・トウヴェルは未知の文明を携えた浮遊島ではないかと推測されているらしい。
しかしながらそれらは、熱心な原作ファンによる推論で、実際には全ての既刊エピソードを通して、塔にたどり着いたという描写すらないという。
そも「Thebes」は、何かしら問題を抱えた複数の主人公が、いろいろな形で「塔」の存在を知り、それぞれテーベを目指す短編の集合であるという。
例えば記憶喪失の魔術師が、テーベ人の髪色が自分と同じだと知り、自分のルーツを知るために。
例えば忘却のエルフ病の少女を、血の呪いから解き放つために、若き騎士が北を目指し。
例えば自分と母親を捨てた父を追う少女が、その復讐のために。
「テーベってのは古代エジプトの中王国時代に実際在ったと言われる、都の名前なんだ。今でも名前を変えて街としてあるらしいぞ。たまにゲームかなんかで引用されるあのファラオの墳墓、所謂"王家の谷"の最寄りに在る街らしい」
「そういう意味では、"テーベの塔"は"王家の谷"のことを指してるんじゃないか。なんて言うやつもいるな」
「と、まぁこんなところかな」
ケンちゃんはそんな言葉で締めくくる。
「へぇぇぇ」
マナは感心したように頷いているが、俺はちょっと気になる単語があったので確認してみる。
「忘却のエルフ病ってのは?」
「ああそれはな・・」
忘却のエルフ病
「Thebes」の話の中でたびたび出てくる単語だ。
ジ・エンシェントエルヴン・ブラッド・シックネスなどと言われることもあるが、正確に言うと病気の類ではない。
ならどういうことかというと、Thebesの世界では妖精族、所謂エルフは、相当な昔からその大陸に存在し、長い歴史の中で人間と血を交える事例も多々あったそうだ。
例えば、エルフと人間の直接の子供がいたら、それは所謂ハーフエルフというわけだが、ではそれが10世代も20世代も昔にただの一度混ざった様な薄い物で有ったら?
ロストエルフというのは、つまり忘れるほど昔に混ざったエルフの血が、今になって色濃く出現してしまった人間のことを指す。特徴として髪が鮮やかに青いことが多く、ほとんどの場合、外見的成長が10代のうちに止まってしまう。そのくせエルフの様に長寿であるかと言えばそうでもない。当人たちは割と踏んだり蹴ったりだ。
10代で見た目が固定されると言えば、それを羨むものも少なくないだろう。だがそれは決してメリットばかりではない。
二十歳近くで見た目が固定されたものは、人生の全盛期を、寿命まで謳歌できるが、反対に最短で11歳で見た目が固定されてしまった例もある。
そうなったら悲惨だ。劇中には、遊び盛りの子供にしか見えない少女が、語り手の目の前で"寿命を迎える"という表現も見られるという。
「さて、ここまで話して、どうだ?行ってみたいとことか有ったか?」
ケンちゃんは、さすがに喋り疲れたように頭の後ろで手を組んで、長く息を吐く。
「テーベ!・・って言いたいとこなんですけど、未実装なんですよね?」
ちょっと興奮したみたいにこぶしを握り締めて、マナ。
「ノースポイントまでだな」
本人も残念そうに、ケンちゃんは地図の境界を打つ。
俺はもっと南を指して、ケンちゃんに尋ねる。
「南は?雪国なんて景色良さそうに感じますけど、豪雪って言ってたし」
「んーランスくらいまでだったら、想像通りかもしれないけど、シルヴェリアは事情が違う。街の明かりはそりゃもう幻想的だが、行ったら雪が嫌いになるかもしれないレベルだぞ」
「うへぇ、オレんとこなかなか降らないんで、バーチャル雪ってちょっと興味あったんですけどね」
「選べって言っといてなんだけど・・うーん」
ケンちゃんは何やらバツの悪そうに頭を掻くと、残りを続けた。
「極端な南北移動は、気候が変わりすぎて、防寒・熱中症対策とか装備でできてないと、正直キツイ。ひどけりゃ継続ダメージとしてHPが減る。常時毒状態みたいなもんだ」
これには、俺もマナも顔を見合わせる。
南北はだめ、東は永遠の未実装、と来れば・・?
「もとより選択肢はなかったな。・・西だ。事此処に至って言うのは、何だか言い訳じみて聞こえるかもしれないが、マナちゃんが魔術師だし、魔術のメッカに行くのは実になるかもしれないぞ」
「なるほど」
「"西の大庭"・・ね」
どうやら俺たちのバーチャル旅行先は決まったようだ。




