第2回 「誤解無き様に言っときますと○○ですキャピ☆」
「それでは、行ってらっしゃいませ。ユージン様」
「な、なんか社員さんにキャラネームで呼ばれるのって、こそばゆいっすね?」
そう言って、交代した男性オペレータ……執事風の格好をした初老の紳士を振り返る。
ん、んー? そういえば極自然に会話してしまっていたが、さっきのスーツ姿のお姉さんもアバターだったんだよなぁ。
かくいう俺はどうなったかって?
俺はこの世界での俺の分身……いや俺自身となって生きる、アバターの姿を確かめる。
現実世界の俺よりやや引き締まった四肢、身長は同じ175cm程度。黒いシャツに、炎の様な赤黄のハーフパンツ。そしてノリノリでハーフフィンガーグローブなんて恥ずかしいチョイス。靴もそれに合わせて少しごつめのブーツを選んでいる。顔は……今は確かめようがないんだけど……
実のところキャラメイク時には目の前の初老の紳士がにこやかに鏡を持っていてくれたのだが、視点が主観になっている今は、同じように鏡でもなければ確かめようもない。なに、顔面は現実の俺そのまま、髪の毛だけを燃えるような赤色にして、少しツンツンさせた程度だ。
イケメンにしなかったのかって?
そのつもりはないけど、もしリアルばれして、あまりに盛りすぎてるのわかったら恥ずかしいじゃん? い、いや、やっては見たんだ……やっては。
ちょっとくらいカッコよくしようかなって、少しだけ設定をいじったところで、オペレータのキャラクターが持つ鏡をのぞき込む。
鏡を指さして笑い転げる俺がいて、主観視点の所為もあってか、どうにもそれを自分の顔と認識しづらくて、元に戻したという経緯がある。
「それでは、この部屋のドアをくぐれば、二度とこの部屋に戻ることはできません。準備はよろしいですかな?」
「ええ、社員さんもご苦労様っス」
あんまり自分でよくわからないんだけど、このとき俺はこの社員に対して「会釈」らしいことをしていたらしい。
エモーショナルコントロールをオートモードにしておくと、HMDが勝手に表情筋を読み取って、リアルの俺の表情を、かなりダイレクトにアバターに反映してくれる機能があるそうだ。
この機能によってHMDによる半感覚モードであっても、TWOのアバターはとんでもなく表情豊かになる"はずである"という。
なんにしろ俺はいよいよゲームフィールドに出ることとなった。
「この世界で何をするのも、そしてどこへ行くのも、ユージン様の自由でございます。ですが、ほかのプレイヤーだけでなくNPCであっても、節度をもって接することを疎かにされますと、それ相応のペナルティがあることを、ゆめゆめお忘れなきよう……」
「それでは、再びになりますが、行ってらっしゃいませ、ユージン様」
ぱたん。
と、背後でドアの閉まる音。
振り返ると扉そのものがすうっと消え、俺の視界はチュートリアルが始まる前と同じ、完全な闇に包まれる。
そして突然、視界が開けた。
気が付くと俺は先ほどの部屋とよく似てはいるが別の場所、同じく石造りではあるが、観光用に整備された遺跡……のような場所に立っていた。
庭園風の中庭の中央に設置された噴水の前に、ひとり佇む。
HMDが聴覚情報として収集する、あまりにもリアルな水音、鳥のさえずり、緩やかな風の音。
「すさまじいな……VR」
呟く。
自分の声が耳に帰る、現実世界では、当たり前といえば当たり前な感覚に驚く。
それと同時に気付いた。
まるで街の雑踏を思わせる、乱雑な声や音。この庭の中ではない、もう少し遠くからだ。
ああ、そうだな? この庭園一つに驚いている場合ではないんだ、きっと。この庭園を抜け、街へ出れば、そこから俺の冒険が、物語が始まるんだろう。
そうなれば俄然興味を惹かれ、俺はあたりをきょろきょろと見渡し、出口を探す。今更だけど「見渡す」ってのが直感的にできるってゲームとしてはすげぇ進歩だよなぁとかしみじみ思いながら。
丁度それっぽく石壁がすぼまり、向こうがわずかに見える方を見つけ、俺は興奮を抑えきれずにそちらに向かって駆けだした。
視界が、開ける。
それは……なんて言ったらいいんだろ?
一言でいうとどこかの外国の、中世の城下町のようなデザインの街並みだった。
丘の上に何やらでかい城。そこから下へ向かって家、家、家と城下町が連なる。街の中心には運河らしきものが通っていて、対岸との行き来のために大きな橋がいくつもかかっている。
驚くべきはその規模だ。普通の街ほどもある。
それがどれだけ異常なことかわからない人のために一応説明すると、昔々のゲームの中で街って言ったら、宿屋、道具屋、武器屋、そのほかにストーリーの進行に必要なセリフをしゃべるノンプレイヤーキャラクターの家が1つ2つあれば、最低限「村」とか呼んでしまう感覚だ。
どんなに広大という体の大都市と呼ばれるものでも、ゲームパッドの方向キーを同じ方向に1分も押し続ければ、もう街の外というのが、所謂「ゲーマーの常識」ってやつだったのだ。
そんな常識をバッサリぶった切って、俺の目の前には広大な街並みが広がる。これ、どこか高い場所から見てみないとわからないが、地方都市である俺の住む街よりでかいんじゃないか?
興奮冷めやらぬまま、俺は最初にいた遺跡からの通路を走り抜け、街はずれの通りに飛び出ていた。
しかし
これは
なんていうか、もう
「すっっっっげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
「きゃっ」
っていうしかない。ゲームを超えたもう一つのリアルに、これから始まるこの世界での第2の人生に、俺は興奮を抑えきれず叫んでいた。
あれでもちょっとまて、いま……
「ちょっとォ!!」
「うぉあ!?」
突然真後ろから話しかけられ、俺は飛び上がる。
驚いて振り返ろうとするが、首の振り向きで向き直り切れず、もたつきながらパッドを操作してようやく声の方向に振り向く。
見ると、そこには、なんていうか……
一言で言ってしまうとピンク。腰までありそうなピンクの長い髪、グラマラスなボディに目のやり場に困る際どい……これまたピンクのレオタードのような衣装。そして、ピンクの宝石がジャラジャラと付いた錫杖のような杖を持った、女性のキャラクターだった。
ちょっと大人びて見える、化粧が強めの顔が、一目でわかるほどプンスコ怒っている。あ、それだけ見ると少し下の年齢っていうか、可愛らしくも映る。
このゲームは初心者の俺が、突然の情報量にしどろもどろになっていると、ピンクのお姉さんはググっと詰め寄ってきて、ビ! っと俺の顔に指を突き付ける。
「いきなり怒鳴らないでよ! びっくりしたじゃない!」
「あ、ハイ、俺もびっくりしました」
詰め寄る……とか、指を突き付ける……とか、動きが自然すぎる。
「はぁ? 何言って…………」
ピンク姉さんはさらに激高しかけて、ふと表情を緩める。
すげ、本当に人と話してるみたいだ。いやまぁ、人なんだけど。画面の向こうのプレイヤー? は。
「あーここ"始まりの庭"だったわ……ごめん、きみ初心者君?」
「え、わかるんですか?」
一発で、初心者だと看破された。なんだ? 俺のキャラの頭上にキャラクターレベルでも書いてあるのか?
「そんな一般人みたいなカッコして、わかるんですかも何もないわよ、そもそも君が出てきたソコ」
と言って、俺が先ほどいた、遺跡のような庭園を指さす。
「始まりの庭って言って、このゲーム始めたばっかりのプレイヤーはみんなそこから出てくんのよ」
「ああ……」
納得。これはこれはご丁寧に解説ありがとうございます?
「でぇ、まぁ最初だから大目に見るけど、このゲーム、HMDでもマイク通してるけど、音響はすっごいリアルなのよ。現実と同じくらい、届くし、届かない。もちろん──」
其処で一拍置いて、また俺の顔を覗き込む。
見た目は二十歳くらいの、これでもかと性を前面に押し出したような女性に、間近に詰め寄られてたじろいでいる俺。ピンク姉さんはからかう様に続けた。
「──耳元で怒鳴ったりしたら、キーンとくるしね!」
「あ、ええと、す、すみません。気を付けます」
って言うしかない。
まぁでも初心者だったらと、大目に見てくれる人でよかった。初めて早々、悪質なプレイヤーに絡まれでもしたら、生半可なモンスターよりも恐ろしい目にあいかねない。それがネトゲってもんなんだ。
「わかればよろしい」
満足げな顔をして、俺から離れる。
「それじゃおれはこれどぅえー!?」
挨拶して立ち去ろうとしたところを、杖を持った魔術師らしからぬすさまじい抑止力……すなわち筋力で肩をつかまれ、その場に縫い留められる。
「ちょぉーっとおまち! きみ、せっかくだからアタシとフレンド登録しない!? ……今はちょっと無理だけど、暇なときは色々教えてあげられるしさ!」
「は、はい?」
え、なんか左肩あたりに目をやると「危険、これ以上の圧力を受けるとダメージが発生します」とか表示されてんスけど。あれ? これハラスメントちゃうの? この悪魔のようなおねいさんをしょっぴくシステムは!? ねぇ!?
みしみしみし。
「……して、くれるよね?(はぁと」
「は、はひ……」
断れるはずもなく、俺は返事をする。
うほーしょっぱなからなんか面倒なことになってきたぞー
っていう感情がモレて、つまりオートエモーショナルコントロールとやらで、HMDが俺の心境を表情に反映したらしい。悪魔的な笑みを浮かべていたピンク姉さんはふと真顔に戻ると、ちょっとばつの悪そうな顔になって、俺から手を放す。
「あ、ごめん、調子乗った……いやなら断ってくれても……」
あーこれずるい。断れない奴だ。
一転して上目遣いに俺の様子をうかがう姿は、守ってあげたいか弱き乙女。いやきっと半分くらい計算してやってんだろうけど。
しかしあれだな、此処まで会話して、あんまり悪人って気はしない。後で解消できる関係かどうかわからないのは少々不安だが、この際フレンド登録くらいしてもよかろ。
「あ、いや、だいじょうぶっス! 俺からもお願いします!」
「やった! じゃあ、こっちからフレンド申請送るね!」
調子よくそんな返事をすると、とたんに笑顔。ずるい。ほんとずるい。
ほどなくして、ぽん。と、軽快な音ともに目の前に、ゲーム題材のアニメとかでよく見る水晶版みたいなのが現れる。
──ヴィアーネ・サルタリク さんからフレンド申請を受けました。 Y/N
──フレンド申請を承諾しました。
承諾ボタンを押すとともに、フレンド一覧が勝手に起動し、新規フレンドカードを表示する。
「へぇ、ユージン君ていうんだ? それじゃ、今日はアタシ急ぐから! そのカードに『暇してる』って書いてあるときなら相談乗れるかも! じゃーね!」
どうやらこちらのカードも相手には見えているようで、そんなことを言いながら、嵐のように走り去ってゆく。
忙しいって、もしかして有名プレイヤーとかなんだろうか?
そう思って、俺は再度フレンドカードに目を落とす。
「んん?」
…………思わず、目が点になる。
【フレンドカード】
Name :ヴィアーネ・サルタリク
Job :高位付与魔術師
Lv :55
Login:ログイン中(もーちょービジーだよぉぉ(泣)
Memo :エンチャンターのヴィアーネです♪
お手持ちのアイテムへの魔法付与から
魔法アイテム作成まで、ぜーんぶお任せ!
あ、誤解なきように言っとくと──
ここまではいい。その先だ。
──誤解なきように言っとくと、リアルは男です! きゃぴ♪
「!?」