第24回 「死亡フラグって言うんだぞ?」
「アルバイトは、ぼくもしてるよ」
「ほー」
「ほら、昨日、午前中に居なかったじゃない?いつも土曜の午前は決まった・・えーとアルバイト・・みたいなのがあるんだ」
「なんだよ、みたいなのって」
「ひみつー」
「そりゃ、リアル話だから突っ込まねぇけどよ?俺は平日が多いかなー」
マナの着替えの後、じゃあ何するって用事もなかったため、そのまま宿屋の部屋で、何気ない会話。
以前の機会にはそんなに詳しく聞けていなったが、どうやらやはり、マナの方もリアルは高校生であるらしい。まぁここでの会話などなんとでも嘯けるわけだが。
ただ、この性格のマナが、「そうだ」と言い切ったことが嘘だとはどうにも思えなかった。まぁその、「アルバイトみたいなもの」とか「一人暮らしみたいなもの」とか正確には何の事だかわからないが。
「あーしかし週末終わっちゃうな。それにしてもすげー濃ゆい4日間だった」
「うん、ぼくも今までに経験したことのないような、ドラマを味わった気がするよー」
「明日から学校だし、バイトか。んー、マナ。あのさ」
「うん?」
二人してベッドの縁に座って話しているのだが、マナは少し足を投げ出して落ち着きのない子供みたいにぶらぶらさせている。
意図的なものかどうかはわからないが、マナはよくこういう"マナのアバターでやると可愛い仕草"みたいなのをする。それがマナの中の人の"素"なのか、それともプレイヤーが"そういう気分"の時に"このキャラだったらこうする"とかオートエモーショナルコントロールが気を利かせていたりするんだろうか。
今までプレイした感じこのゲームならやりかねないとこがなんとも。
「どうしたの?」
「んー?ああ、明日から俺バイトで、ログインできないか、できてもすげー遅くなっちゃうんだけど」
話しかけておきながらちょっと意識がフライアウェーしてた俺は、軽く頭を振りながら話を続ける。
「そっか、しばらくは一緒にできないかもね。どうしよっか」
「それなんだけど、サ」
俺は、実は午前中の事件からずっと考えていた事が有って、それをマナに話すのだった。
つまりどういうことかというと。
俺たちは、ヴィアーネに指摘された性的な事への無頓着さとは別の意味でも、やはり無防備だったのだ。
具体的に言うとレベルが低い。
この"テーベの世界"はあらゆる場面において必要以上なほどリアルだが、しかしながら、VR‐MMORPGもロールプレイング"ゲーム"であり、俺たちはモンスターと称される"絶対悪"を安易に殺害する、という事をするだけでキャラクターはレベルアップし、いとも簡単に常人離れした身体能力を得ることができる。
おかしな話だが、そこだけはいっそ"リアルではない"。
"テメェは告発ボタンなんざ押す暇もなく一撃でブチ殺すしィ!?"
"押せないように拘束してからじっくりたっぷり嬲ってやるからよォォォ!"
"たしかにさァ。押させなければ何でもアリだよなァ?"
お前の自由を奪うなど簡単だ。
そういう意味のセリフを悪漢や、それに相対したマリーですら言っていた。
そのマリーなど、拳一つで人間の身体を破壊どころか血煙に変えていた。
マリーに簡単に屠られていたジョーンズにすら、俺は一撃死に近い有様だった。
弱すぎるのだ。
俺たちを遊び殺すことなど容易い事なのだ。
昔マンガか何かで読んだ、「はじめて奴隷を扱った商人のセリフ」みたいなのを思い出す。
"人一人を自由にできる!こいつの何をも、奪うも与えるも俺の自由!人間の!俺と同じ生き物の、だ!最高の娯楽だと思わんかね!"
人間の欲は罪深い。人間の欲は限りない。
ここに俺たちという弱者が存在する限り、俺たちより高レベルのプレイヤーは、いつ邪な考えが起こらないとも限らないのだ。
「えーと、長くなったんだけど、つまり」
「早急なレベルアップが必要」
「そういうこと。でも明日からしばらく別行動だろ?だからこの際一緒のペースでレベルアップ・・とかは考えずに、最初は各々なるべく急いであげちゃった方がいいと思うんだ」
「なるほど、言いたいことはよくわかるんだけど、でも」
マナだって今日の事は堪えているだろうに、普通に賛同を得られると思っていた俺は、ちょっと渋い顔をするマナに首を傾げた。
答えはすぐわかったのだが。
「ぼくを"ヒーラー"にしてから、それ言う?」
「あ」
本気で俺を責める気はないようで、マナは「ちょっと困ったような」くらいの顔をしてそんなことを言うが、俺は自分の浅はかさを恥じた。
たしかに、俺はその気になれば回復アイテムを消費しつつ剣を振り回して、ひとりでもそれなりな効率でレベルを上げることができる。
だがマナは、俺が攻撃役をする前提で、回復役になってもらったので、攻撃手段には乏しい現在である。この状態で、マナに「一人でレベル上げて」は実に酷というものだ。
「う、す、すまん」
「ん、いいよ。ちょっと言ってみたかっただけ。ケンちゃんさんとかに聞いて何とか少しでも上げてみるから、ユージンこそ、ぼくに遠慮しないでね?」
そんなことを言いながら、にっこり笑うんだ。
ちくしょう、ええ子や。
それをこの顔でやるんだ。
惚れてまうやろー。
・・・あかんコイツ男やったは。
まぁそれはさておき。
「う、む、ほんと失念してた。悪い。その、俺の方が強くなりすぎたら、ちゃんと守るから」
俺が、ばつ悪にそんなことを言うと、マナは何故だかきょとんとした表情。
あれ何かおかしなこと言ったか?
俺がわかんない顔してるうちに、マナはちょっと眉を寄せて苦笑し、それから珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべると、俺の顔を覗き込む。
「"ナイト気取り"~?」
そんな冗談。
お。
「おま、おまえなぁ。"今日"それ言うかっ?」
俺が申し訳程度の抵抗を見せると、マナは悪びれながらも、笑うのをこらえているような絶妙な表情。
俺は、そのまま二の句を告げるようなつもりもなかったし、マナも、ふっと真顔になって黙り込む。
お互い無言のまましばらく時間が過ぎていく。
俺の中では、色々有り過ぎた今日の出来事が流れるように思い起こされてゆく。
ほんと、すごい一日だった。
マリーの昔話から、悪い予感を感じたのは本当に偶然だったが、結果的にはそのおかげで間に合ってよかった。
でも、間に合ったはいいものの、俺はあの場で何ができた?
飛び込んで、一瞬だけかき乱して、でもあんなムカつく野郎の、たった一撃で地に伏して、何もできなかった。
俺は自分でも気が付かないうちに口を開いていた。
「守り切れなくてごめん」
「来てくれてありがとう」
マナが同時に口を開いて、そんなことを言い合う。
「へ?」
「え?」
二人して目を丸くして間抜けな声を漏らす。
先に我に返ったマナが何やらまくし立てるように言う。
「そ、そんな。来てくれただけでも!結局僕の周りってこんなのばっかなのかなって、悲しい気持ちになってたから、ユージンが来てくれたってわかった時、すごくうれしかったんだよ?」
そんなふうに、思ってくれていたのか。
「でも俺、ほんと何もしてないぞ?結局、あの場でマリーが来てくれなかったらって思うと、今でもぞわってなるよ」
「・・・」
「・・・・」
どちらからともなしに、苦笑する。
「ほんと、みんな無事でよかったよねぇ」
「そうだなぁ」
それからマナは、なんていうか最初に会った時からずっと、時折見せる寂しそうな、儚い顔した微笑で。
「でも次は・・・守ってくれるんでしょ?」
そんなことを言うんだ。
その顔は、こう、なんかもう後光がさすようで。
男ならウワーとかいいながらめろめろにやられちまうような。
そんな笑顔だったのだけど。
ただ俺はどうしても言っておかなければいけないことがあって、マナの小さな両肩を掴んで、その顔を覗き込む。
「マナ」
「は、はい」
ドキッとしたような表情で目を見開いて、マナはなんだか顔を赤らめて俺の言葉を待つ。
俺は改めて口を開く。
「それ、死亡フラグっていうんだぞ」
「()」
ばちこ。
どういうわけか、張り付いたような笑顔のマナにビンタされる俺がいた。
解せぬ。




