第23回 「あーちくしょうかわいいなぁもう!」
なんだかこれが、TWOを始めてまだ4日目だというのが、信じられない。
この4日間、本当に色々あった。
あのあと、さすがに色々興奮冷めやらぬまま、何ができるわけでもなく。マリーシアとマナが自然と泣き止むまで、始まりの庭の花園でのんびりしていた。
「青年たちには恥ずかしいとこ見せちまったなァ」
なんて恥ずかしがる余裕が出てきたところで、おっさん少女ことマリーシアは照れながら、街の中へ消えていった。
「青年には借りができちまった。なんか困った事が有ったら、呼んでくれ」
とも。
怒りに狂って暴走して、衝動的に行った殺戮を、誰かに"許され"なければ。あのとき俺に肩を抱き寄せられていなければ、あのまま心が壊れてしまっていたかもしれない。なんて言っていた。
そんな風に言うマリーに、俺は申し訳ない気持ちだった。
俺的には彼女の存在なしに、マナを暴漢から助けることなどできなかったわけだから、どちらかというと俺の方が感謝してもしきれないくらいなのだ。
マリーと別れた後、そういえば色々あってもう一日分のパワーを使ってしまった気になっていたが、見上げれば太陽は高く、時計を確認してみればまだ午後を回ってすぐといったところ。
俺とマナは、そのまま、以前マリーが隠れて過ごしたっていう始まりの庭の壁の裏で、この後の予定を話し合っていた。
「うーん、僕もこの後の時間がもったいない・・一日中TWOしていたい気持ちはあるけど、なんだかもう、今日は外を歩くのが怖いよ」
「同感だ。ところでマナ、服は買えたのか?」
「あ、うん。インベントリに入ってる」
「お、見たい見たい」
「え、ここで着替えるのは恥ずかしーよ」
乗り気な俺に、マナは何やら縮こまるようなポーズで、目線だけ横目に此方へよこす。
えーいいじゃないか。と、思う反面、マナにはこういう事でずいぶん恥ずかしい思いをさせたなぁっていう負い目もあり、俺は唸る。
「うーん、じゃあさ、たまには贅沢してみようか」
「贅沢?」
きょとんとするマナの手を引いて、俺は迷いなくゲートクリスタルを目指す。
◇◆◇◆◇
「わー!わー!すごい!すてき!」
玩具を買い与えられた子供みたいに目をキラキラさせて、肩をゆすって喜ぶマナ。なんというか、オートエモーショナルコントロールだって、いくら何でも喋った言葉まで修正したりしないだろうし。あのはしゃぎ様は素なんだろうけど、"女の子っぽい"んだよなぁ。
見回せば、素人ゴコロに「ああ、イイんじゃないか」とか思ってしまうようなアンティークの数々。クローゼットに、でかいベットが二つ。窓際には古そうだが趣味のいいローテーブルと対になった椅子。クッションとか置いてあったりして。テーブルの花が枯れることはあるんだろうかとか考えるのは無粋だろうか。そして椅子から座ったまま外を眺められる窓には豪奢さと清潔さがあるレースの白いカーテン。
俺達は、宿泊街に来ていた。
なにしろ、寝るときにはログアウトして、この世界から"居なくなる"俺たちにとって、宿泊施設の利用価値ってのはほとんどないと言っていい。それ故に、俺はこの部屋を借りることを「贅沢」と表現したわけだ。
街並みの雰囲気そのままの石造りだが、ちょっと高級そうな、老舗って感じの場所を選んで、部屋を借りた。
俺は、結局マナが着替えるため、そして今日の午後、身の安全を保障してくれるプライベートスペースが欲しかったわけだが、こんなにマナに受けがいいとは。
「ねぇ、ユージン!運河が見えるよ!」
マナは子供みたいに、窓際の椅子の上に膝立ちになって、窓の外に身を乗り出している。その姿は大変微笑ましいし、マナがやると可愛いんだけど。
うん、だからね。まだ着替えてないからミニスカートのままなんだけど、そうやって身を乗り出したりすると、後ろに居る俺としては目のやり場が云々かんぬん。まぁ水は差すまい。
俺はマナと並んで、午後の日差しが差し込む窓から外を見る。宿泊街は貴族街に近く、緩やかな斜面を描くこのヴァルハラ市において、そこそこ高所に位置取っている。さらに言えばこの部屋が3階に在ることもあって、眼下には街を貫く大運河が陽光に煌めき、遠く、商業区のマーケットが・・・。
見える。
え? 見える?
目を凝らせば、日曜でごった返すマーケットの人混みがなんとなく認識できる。
"この距離"から。
「どんな視界深度してんだよ・・」
そろそろこのあんまりなリアルさに慣れすぎて、ゲーム画面はほとんど目に留まらない部分は簡略表示されるっていう従来の常識を忘れていた。「高所から眺めりゃ、そりゃ遠くまで見えんダロ」くらいに考えてしまっていた俺は、改めてその"ゲーム画面"に驚愕する。
「んーでも、そういうのもうよくない?景色キレイ!それでいいじゃん」
んん?
嗚呼そうだな、そうやって笑うマナの笑顔のほうが、景色なんかより何倍も。
そんなこと実際口にしたら、「恥ずかしいこと言うな」って顔真っ赤にして怒るんだろうか。嗚呼、ちくしょう可愛いなぁもう。
マナがいきなりジト目になってこちらを見ている。
「もう。ぼくは男だって何度も言ったのに。ユージンってそういう事すっごくはっきり言うよね」
「おおっと心の声が漏れていた。でも正直な感想だぞ」
「ユージンてホモさんなの?」
「断じて違う」
「男のことを可愛いっていうのに?」
「お前のリアルは知らないが、そのアバターは本気で惚れそうなくらい可愛いんだよ。お前だってなるべく可愛くしようとしてキャラメイクしたんj
「ほ、本気で遠慮なしだね!ああもうっ、着替えるからあっち行ってて!」
俺が言い終わるが早いか、何故だか、ここへきていきなり赤面すると、マナは俺の背中を押して部屋の外へ追いやる。
「な、なんだよー。男同士ぢゃんかー」
「いまはオンナノコですー」
冗談を言い合いながら、特に抵抗することなく俺は部屋の外に出た。
ああ、いいな、こういう時間は。
何も悪いことばかりじゃない。
悪意に晒されることもあるけど、世界はほら、こんなにも楽しい。
俺は部屋のドアにもたれながら、ドア越しのマナに声をかけた。
「もーいーかーい?」
「へ!? ま、まぁだだよー?」
付き合いいいな、オイ。
うん、やっぱりこいつってド素直っていうか、馬鹿正直なところがあって、俺はきっと、可愛い女の子の姿なんかしていなくても、こいつのことを嫌いになれないんだと思う。そんで。
そんで?
・・そんで、こいつがたまにスゲェ寂しそうな顔してるのが、何故だか許せないんだ。
変な感慨が膨れ上がって、ぼやーっとしていたら、どれだけ時間がたってしまっていたのか、部屋の中から声。
「も、もういいョー?」
「よしきた」
俺は勢いよくドアを開けて部屋の中へ入る。
マナはドアの正面に佇んで、ちょっともじもじしながら、俺の感想を待っている様だったが。
きれいな銀髪は変わりようがなく、もともと着ていたフードパーカーを黒くしたような上着に、素肌が見えていた襟元はレースで縁取りされたような白い肌着がチラ見えしている。そして下は・・
「・・・・・」
「・・・・・・・」
うむ、絶望。
俺は、仰々しく言うなら、まるで信仰する神が滅ぶのを目の当たりにした信者のような深い嘆きを表すモーションで、どさっとその場に膝をつき「神よ!」とか言っちゃうような勢いでただ一言を、漏らした。
「マ」
「ま?」
「・・・・・・マキシ!!」
「ええ!?」
マナはわずかに青がかった真っ白なスカートを穿いていたのだが、其の丈が。
所謂「マキシ丈」と言われる足元まで覆う、スーパーロング。
魔術協会で会ったケヴィンのローブを思わせる長さで、スカートの裾でブーツが半分隠れるほどだ。
俺は、確かにマナの、下着が露出してしまいそうな丈のスカートは問題だと思っていた。だが同時に、不遜ながらその細く、白い生足を間近で拝めるのは、相棒である俺の特権かな!なんて思ってた部分もあって。
「も、もうちょっと色気要素を残してくれても、バチは当んないと思う・・・」
俺がしょぼくれた顔で、足元からマナを見上げると。マナは怒ったような恥ずかしがるような絶妙な表情でスカートを抑えながら。
「ユージンのえっち!」
「その可能性はたった今完全に断たれた後ですー」
俺があくまで不満顔でいると、マナはちょっと拗ねたような顔になってごにょごにょと何か呟いた。
「う、うん?」
俺は気になって体を起こしながら聞き返す。
マナはしばらくうーうー言ってたが、何やら恥ずかしそうにしながらも意を決したように、俺を見て言い直す。
「せ、せっかくユージンがそうしろっていうから、スカートにしてきたのに・・って言ったの」
俺は一瞬、ポカンとした。え?あ、そ、そこは汲んでくれてんだ?いや、なんて言うかやっぱり律儀っていうか、素直っていうか・・。
俺が感心する間にもマナは何やらそわそわしていて、俺が立ち上がったのを見計らったように、そっとスカートの両端をつまんで持ち上げると、くるっとその場で一回転して見せる。
窓から差し込む午後の日差しに照らされて、趣味のいい家具を背景に、踊るようにくるりと回る姿は幻想的で、俺は思わずはっと息をのむ。
ふわりと広がった白いスカートがまぶしくて、まるで天使の羽根が舞い散る様な情景を幻視する。
我に返ると、困ったような顔をして俺を上目づかいに覗き込む、マナ。
「・・・だめ?」
そんなことを。
言うんだ。
「あーちくしょうかわいいなぁもう!」
心の声はダダ漏れだった。




