第22回 「にィちゃんはやさしーなァ」
もはや絶体絶命。
あとは悪漢の独壇場で、指をくわえてみていることしかできないのか、といったところで。
突然、取り巻きの一人の身体がブレた様に掻き消えると
ガン!!
て。
すげぇ衝突音がしたかと思うと、気が付けば巨大な釘のような形をした鉄杭が、取り巻きの側頭部から頭を貫通し、路地の奥壁に縫い留めていた。
もちろん即死だった。
申し訳程度「死亡」と表示されたかと思うと、取り巻きのアバターはとっとと光の粒子になって消え失せた。
全員が何が起こったのかと、路地の入口を見る。
「フゥゥ。ヤレヤレ。"面白いことしてんな、おれっちも混ぜてくれョ"・・って、言っとこうかなァ」
気が付けば、おっさん少女ことマリーがそこに立っていた。
いつもの彼女らしくない鋭い目つき──「マリー」と名乗った時と同じ眼──で悪漢たちを睨みつけながら、全く遠慮のない足取りでこちらへ近づいてくる。
片割れの死亡を目の当たりにした取り巻きのもう一人が、悲鳴を上げる。
「ヒィ!?こ、こんなの勝てるわけねェじゃねぇかっ!!」
そう叫んで、マリーの横をすり抜けて逃走を図るのだが。
ぱん!
乾いた音が鳴って、何か血?のようなよくわからないものが路地の横壁に広がる。いつのまにか、掻き消えた様に取り巻きの片割れの姿がない。
と、いうか。
今ようやく理解したが、マリーは手を横に突き出していて、おそらく・・だけど。取り巻きはすれ違い様にマリーの放ったウラ拳1発で瞬間移動するみたいに壁まで吹き飛び、まるで水風船が割れるみたいに潰れて広がった・・らしい。
「たしかにさァ。告発ボタンなんざ押させなければ何でも"アリ"だよなァ?」
振り返ったまま固まっていたモヒカンが、ごくりと唾を飲み込むのが判った。そのまま"やっと"といった体で口を動かし──
「マリーシア・・・テメェ」
かすれた声でつぶやく。
モヒカンの顔に冷や汗が垂れるのが判る。
嗚呼"絶対に勝てない相手だ"と理解してしまっている顔だ。
というか、「マリー」というのは愛称で、本当は「マリーシア」というらしい。
てか顔見知り?
ああもう。倒れているうえに全身麻痺でよくわからないが、彼女が来たからにはもう安心・・・だと思う。
力量差は今見ただけでも圧倒的だ。まず彼女が負ける事は無い。少なくともマナの安全がほぼ保障されたことに、俺は安堵した。
「ジョーンズ。おまえさぁ。おまえ・・さぁ」
なんだかマリーの顔がヒクついて、怒気をはらむってんじゃ表現しきれないほど、怒りにたぎった顔をしている。
何度も言うが人形みたいな可愛らしい少女の顔で、だ。
ぶるり、と戦慄くってのとはちょっと違うような、なんだか不思議な感じがしたが、マリーの手が震えた様に見えた。
「・・・まだ、こんなことしてンの?」
狂人のように、左右非対称の壮絶な表情を、その顔に浮かべながら、ジョーンズと呼ばれたモヒカン男に詰め寄る。
「イィィィ!?く、くるな!お前だって俺にダメージ食らわせたらっ!」
「あー? ぺーなるてぃ~~~?」
ワザとらしく首をかしげて、モヒカンの顔を覗き込む。
「あっはははは!ペナルティ!?そんなものはないよ!おまえが!」
そこまで言って、モヒカンの胸ぐらをつかむ、身長140センチもあるかどうかという小柄な少女が軽々と、片手でその体を浮かせている。
「お前が!このおれに"してくれたこと"が!システムに記録されている限り!"世界"が覚えている限り!このトラウマが消えない限り!」
其処で一拍置いて、更に抉る様にモヒカン男を睨みつける。
「この世界で、おれ"だけ"が、お前"だけ"には、何しても許されるんだ。知らなかったのか?」
もはやどちらが犯罪者かわからないほど、マリーの様子は狂気的だ。
「や・・めろ・・やめろ!やめろ!やめろォ!」
モヒカンはわめいて暴れるが。
マリーは片手でモヒカンを浮かせたまま、もう片方の手でインベントリから何かを取り出す。1つ1つの動作が速すぎて何を取り出したかよく見えなかった。
ただズダン!て音が鳴ったかと思ったら、当てつけの様に俺が刺されたのと同じような位置のわき腹に、マナが使ってるようなマチェットじみた超大型のナイフが突き刺さっていて、そのまま男を壁に縫い留めていた。
「ぐぼ・・・ぁ・・」
「そういや、さァ。オマエ。"痛い"んだったなァ?」
マリーがさらに視線を抉り込みながら、そんなことを言うと、モヒカンが何やら必死の形相で、その手が不自然な動きをする。だが。
ダン! ズダン!
「がぁぁぁぁあああぁあ!!」
いつの間に取り出したのか、最初の取り巻きを殺したときと同じような鉄杭を取り出していて、モヒカンの両手を壁に縫い付ける。
モヒカンはすでに磔状態だ。
「コール!アイドラトラス!」
マリーが叫ぶ。嗚呼これは理解できた。おそらくマリーの"魔術起動言語"・・つまり魔術師が魔法陣を展開する時のキーワード。多分アレだ。しかも杭を打つ攻撃の"音"を利用している。
「させねぇよ?ログアウトなんて。あーあ、不便なもんだよなぁ?感覚全部遮断しちゃってるから、ゲームん中のお前がログアウトしなきゃ、現実のお前はヘッドギアを投げ捨てて"目を背ける"ことすらできないもんなァ」
目の前を指で操作しながら、そんな煽り文句。そしてさらに言えば、その言葉を呪文にして魔術を発動させている。
ああ、熟練者はこうやって発動にかかる時間ロスを軽減しているのか・・・。
そして召喚された悪魔は。
「ハイ・リジェネレート」
・・・リジェネレート。
俺はマリーの意図を察してしまい、それこそ俺の方が目を背けたくなってしまった。
モヒカンの身体が緑色の光に包まれる。おそらく持続回復系の魔術だ。そしてそれの意図するところは。
「"かわいーマナちゃんはボタン押せないように拘束してからじっくりたっぷり嬲ってやる"・・だったっけ?」
パァン!
マリーの身長に対しては少し高い位置に磔にされたモヒカンの、けれどその顔を、マリーはつま先立ちになってひっぱたく。
男の鼻がなんか形状維持力の全くない粘土みたいにグシャって真横を向いたかと思うと、緑色の光に包まれながら、それでも再生する。
「コール、アイドラトラス!」
さらに頬を張った音で。
「痛いのか?んん?おれも痛かったぞ?いっそ刺し殺してくれた方が何倍もマシってくらい、心の、色んなとこが」
言う間にも、現れる悪魔が、マリーの小さな体を包み込むようにして抱く。
「レビテートステップ」
悪魔が言い終わるが早いか、マリーは何もない空中に脚をかけて、段を上がる様に、男の目の前まで歩み寄る。
「おまえが!まだ懲りないっていうんなら!何度でもブチ殺してやる!」
叫びながら、マリーは殺さないように手加減しながら何度も素手でモヒカンを殴り続ける。
その横顔に。
嗚呼、俺は気が付いてしまった。隣でガタガタと震えているマナはそれに気が付けただろうか。
鼻血やら口内を切ったような血やら、なにやらよくわからないものがほとばしる中、狂気じみた笑みを浮かべるマリーの、それでも人形みたいなきれいな横顔の。
その目尻に、涙。
嗚呼、マリーは泣きながら殴っている。
「何度でも!何度でもだ!お前が!ログインする度!俺の顔を見る度に!恐ろしくて発狂しそうになって!こんな世界もういやだって思うまで!来なきゃよかったって思うまで!お前が!この世界から!消えるまで!何度でもだ!でなきゃおれは!おれは!おれはぁぁぁぁぁっ!!」
「ヒィィィ!?イィィィイイイィィィイイイイィ!!イェァォェ・・・ェ」
男の顔は最初は「恐怖」そして「狂気」最後に心神喪失状態になったように、白目をむいて気絶する。全感型のログイン装置が特殊な精神状態での意識消失をどう感知したのか、男は強制的にログアウトするように、粒子になって霧散してゆく。
マリーは獲物を捕らえそこなった獣みたいな顔をすると、消えゆくその顔面を掴む、そしてそのままわき腹を縫い付けていたナイフを使ってその体を引き裂いてしまう。そこで、男の身体は完全に粒子になって消え失せた。
悪漢はすべて退治された。
そんな表現では許されない、虐殺だった。
俺は、いい加減麻痺毒が薄れ、鈍く動くようになった体を引きずって、マリーへと近づこうと、もがく。
震えていたマナが、理由はわからないまでも、俺の意図を察して肩を貸してくれた。
マリーは浮かせていた身体を地面に下すと、そのままの勢いで膝をつく。
そして小さな。見た目だけ見るなら本当に小さなその肩を震わせて、その小さな両手を戦慄かせて、天を仰ぐように、喚き散らすように、鳴いた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ああぁぁあぁぁぁああっ! あああああああああああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁっ!」
30超えたようなおっさんが、現実で30年生きてきて味わったことのないような恐怖ってなんだろ。悲しみって何だろ。
リアルを考えたら絵にならない?
そういうこっちゃ、ないんだと思う。
女の子だって悲しいし、おっさんだって悲しいし、ネカマだって悲しいし、怖いし、ムカつくし、泣きたくなるし。
嗚呼、俺は先ほど思いついてしまった事実をかみしめながら、喚くように泣くマリーのその小さな肩をかっさらう様にして抱きしめる。
一瞬、ひゅ、て。気の抜けるような声を上げて声を詰まらせたかと思うと、直後"おっさん少女"は本当の小さな女の子みたいに泣き始めた。
気が付いたのは、サ。
マリーが泣いてたってことそのものじゃなくて。
あのとき、モヒカンの、ジョーンズの事が。
一番"怖かった"のは、このマリーだったのだ。
ああ、悲しい、なァ。
俺はなんだか、目の前が暗くなるのを感じた。
????
あ。
そういえば俺。
出血で継続ダメージ。
食らっ
「ユージン!」
最後にマナの、泣きそうな声を聴いた気がした。
──Blackout
◇◆◇◆◇
気が付くと花に埋もれていた。
何これ天国?
──違うよ!始まりの庭の噴水周りの花だよこれ!
俺は、無数の花々の合間から、がばっと身を起こす。
なるほど一度もセーブポイントらしい場所でチェックした記憶はないが、やはりここに戻されるらしい。
さて。
全部、終わった。のかな?
俺は服についた花びらをまき散らしながら、正気を取り戻すようにぶんぶんと頭を振る。
「あれで、よかったのかなァ」
呟く。
マリーは泣いていた。
あのモヒカンプレイヤーに凌辱されかけた、なんて記憶が、おっさんの中にトラウマとして有り続ける限り"マリーシア"にハッピーエンドはないんだろう。
嗚呼、このくそったれな世界は悪意に満ちている。
感慨にふけっていると、遠くから足音が近づいてくる。
何事か、と思う間もなく、その人物は俺に飛びついてきた。
「ユージン!」
「うぉ」
花をまき散らしながらもつれて転がる。
「ユージン!よかった・・生きてた。ユージン」
再び花畑に寝転んだ俺を、マナの泣き顔がのぞき込む。
俺はなんだか自然と、スゲェ優しい気持ちになってほほ笑む。
「ああ、マナ。よかった。お前こそ、なにもされて・・ないよな」
「うん。・・うん。大丈夫だよ。ぼくは大丈夫。でもユージンが死んじゃって、ログアウトするみたいに消えちゃって、なんだかこの世界からもういなくなっちゃったみたいな気がして」
「ばっか。そんなことあるか。・・でも、よかった。まにあって、よかった」
「ふふ」
「ははは」
ようやく安堵して、俺たちは笑い合う。
そこへ、じゃり、と。石砂利を踏みしめるような音を聞いて、始まりの庭の入口の方を向き直ると、いつの間にかそこにだれか立っていた。
マリー。
マリーシアだ。
「よかったなァ。ふたりとも」
なんだか覚束ない足取りで、へたり込むように石壁にもたれて、そこで止まる。
泣きはらしたような赤い顔で、寂しそうな顔で、すがる様な目で、俺たちを見ながら、それでも、それ以上近寄ろうとしない。
「なァ」
呟く。
「"おれっち"のこと・・怖い?」
そう言って、口元を歪める。
嗚呼。
嗚呼、そういうことか。
バカか。どいつもこいつも。
ほんとヤレヤレなんだけど。
だって、ぜんぜん!
「ぜんぜん!そんなことなんかないぞ」
ニヤリ、と笑って見せる。
マナもあの場での発言をすべて聞いていたなら、どういう経緯であの「復讐」が行われたのか、わかっているんだろう。
ぎゅっと眼を瞑って、ぶんぶんと首を振って否定する。
とたんにマリーの目に涙があふれて、零れないように上を向いて、それでもやっぱりあふれて、ぶるぶると震えながら、泣き笑いの様な、よくわからない顔で、笑った。
「ああ、本当に」
よろよろその場にへたり込みながら。
「にィちゃんはやさしーなァ・・・にしし」
散々くしゃくしゃに泣いた後の、ひどい顔で、それでもマリーは満面の笑顔で、いつもみたいに歯を見せて笑うのだった。