第21回 「くそ野郎」
「やばい・・のかもしれない。マリーさん、アイツ、メールに返事しない」
「急いだほうがいいかもなぁ。なぁ、その子の特徴・・・さっきマーケットの入り口で別れてた、あの子で間違いないよな?手分けして探そう」
マーケットへと急ぐ間にも、俺は安否確認のために、マナにメールを送るのだが、一向に返事が返ってこない。
服選びに夢中?
だったらいいのだが。
そうさ。だってあいつ、はじめて会った時も絡まれてたじゃんか。
不安はどんどん大きくなっていく。
「そうです。ええと、念のため、全身真っ白です。肩下くらいの長さの銀髪で、白いフードパーカーに、白のミニスカート。・・着替えてなければ!」
「なんだそりゃ!?」
「あいつ、今日、服買いに行ってるんですよ!」
「くっそ、わかった。先に行ってるぞ」
そういうと、何かスキルでも使っているのか、一層前傾すると、薄青く光りながら3倍くらいの速度で飛ぶように駆けて行った。
俺も、急がなければ。
◇◆◇◆◇
マリーに遅れること数十秒後に、マーケットのメインストリートに転がり出る。尋常じゃない俺の様子に、周囲のプレイヤーが好奇の目を送ってくるが、事情を説明して手伝ってくれるかどうかもわからない相手に、話している時間は惜しい。
俺は日曜で混雑しているマーケットの雑踏をかき分けながら進む。
くそ。
ひとが、多すぎる。
衆人環視のなか、犯罪ってこともないだろう、おそらく何か起こっているとすれば、一つ裏に入った人目を避けられる部分だ。
雑踏に移動を制限されながらも、すり抜けるようにして何とか進む。
「いない・・ここもか」
気のせいとか取り越し苦労とか、そんなだったら、それでいい。こんな労力いくらでもくれてやる。早く安心したい。
「おィ、ちょっとあんた」
何度目かの空振りの後、メインストリートで突然声をかけられる。
「!? な、なんだ?急いでるんだ!俺にかまわないでくれ!」
そう言いおいて、相手の話を聞かずに駆けだそうとする俺に、そいつは構わず背中から声をかけてくる。
「あんた、こないだっから"白い女の子"とつるんでる奴だろ!?」
「!?」
俺は急ブレーキをかけ、つんのめりながら留まると、来た速さと同速でそいつに詰め寄る。
「見たのか!?」
「あ、ああ、ガラ悪そうな奴らに、裏通りへ連れてかれるとこを見かけたから、一応言っとこうと思tt
「どっちだ!?」
俺の剣幕にたじろぎながら男が指さした方へ、礼を言うのももどかしく駆け出す。
その瞬間だった。
視界の端で何かが動いた気がした。
特にマナの姿があった訳でもない。
誰か怪しい人影がってわけでもない。
動いたのはマナの"生命力ゲージ"だ。
俺の視界の端にインターフェースとして表示される、パーティメンバー情報の、マナの生命力ゲージ、所謂HPバーがわずかに減少している。
マナが、どこかでダメージを受けた!?
いやそれよりこの"減り方"が。
俺には覚えがあった。
丁度、初日の夜に、ちょっとした勘違いからマナにビンタされた俺が、まさにこのくらいの割合でダメージを受けた。
それは"素手によって乱暴されたような"ダメージってことで。
羽交い絞めにされて、胸を鷲掴みに?スカートん中に手?下着を・・?
マリーの語った具体的な言葉がフラッシュバックして、想像の中のマナの姿と重なる。
「くそ!くそ!くそ!」
俺はなんだか泣きそうになりながら、男の指さした路地裏に全力で走る。
◇◆◇◆◇
角を曲がった瞬間、視界に飛び込んできたのは、路地裏奥の壁際で二人の男に横から拘束され、正面にいる主犯格と思しき男に詰め寄られて、顔を背けているマナだった。
コイツ!覚えているぞ!
棘のついた趣味の悪いショルダーアーマーに紫色のモヒカン。
間違えようもなく、最初の日にマナに絡んでいたあの男だ。
それを見た俺はなんか、頭の中がばーんてはじけたように何も考えられなくなって、俺はほとんど後先考えず渦中へ飛び込んでいた。
モヒカンが汚らしく唾液の滴る舌を伸ばして、マナに顔を近づける。
拘束されたまま、ぎりぎりまで逃れるように、悲痛な表情でマナが顔を背ける。
汚らしい其れが、マナの白い頬に触れようとした瞬間。
ひゅかっ!
空気を割く音とともに、マナを拘束していた男の片割れの、顔の真横に剣の刃が突き立つ。俺が直前にぶん投げたロングソードだ。マナに当たらなくてよかった。
驚いてマナから手を放すそいつを尻目に、もう一人の拘束要員の顔面に、走りこんだ勢いのまま飛び蹴りをかます。初期装備とはいえそれなりに硬そうなブーツが男の顔にめり込む。
瞬間的にとはいえ──マナへの拘束が完全に解かれる──その瞬間を逃さず、マナの手を引いて引き寄せる。
「ま、にあった・・・のか?」
「ユージン!」
泣きそうな顔して、マナが俺にしがみ付いてくる。
どうやら決定的な何かが行われる前に滑り込めたようだが・・・。
俺はマナのアバターを抱き寄せながら、改めて周囲を確認する。
すんでのところで暴行を阻止できたのは良いものの、状況は何とも良いとは言い難い。
怯ませた取り巻きたちは、すでに動揺から立ち直って、主犯格のモヒカンともども俺たちを取り囲んでいる。
さらに言えば、俺の唯一の武器であるロングソードは壁に突き刺さったままだ。
訝しむように片目を吊り上げていたモヒカンが、再び下卑た笑いを取り戻すと俺たちににじり寄ってくる。
「ハッハァ!ナイト様の登場ってわけかァ! オレにはつれねぇくせに、優男とはしっかりヤっちまってんのかァ?マナちゃんよぉ」
「テメェ・・」
本当に。
嗚呼、本当にこんな奴が。
見てるこっちが恥ずかしくなるくらい下卑たくそ野郎が。
居るんだ。この世界に。
それは感情でいうなら"怒り"だろうか。俺は今、こいつの生き方を否定したい。俺の人生を取り巻く要素から"排除"したくてたまらない。
「でもザンネンだったナァァ。そんな見るからに初心者丸出しのザァコが飛び込んできたところでよォ。とっととぶち殺して、"続き"をするだけだぜ、マァナちゃんよぉー」
「プレイヤーに過度の危害を加えれば、ペナルティがある。お前らでも、衛兵は相手にできないんじゃないか?」
ほかに打つ手なしの、脅しだったが。
モヒカンは一瞬ピタッと動きを止めたかと思うと、モヒカン頭の毛のない部分を手でぺしぺしと音を立てて叩きながら、声を上げて笑い出す。
「ギャ~~~ハハハハ!こいつはとんだお笑い種のルーキーだぜ。折角だからよぉ、俺様が今からどうやってテメェをぶち殺して、マナちゃんとよろしくヤんのか、教えてやるよォォォ。ハハ!冥途の土産ってやつだァ!」
そういうと、そいつは腿のあたりに括り付けたホルダーから長めのダガーナイフを引き抜くと、嫌らしい表情を浮かべながらその刀身に舌を這わせるような仕草。嫌悪感を起こさせる唾液が刀身を濡らす。
「んん~なんだって言ったかなぁ?ああそうそう。その"ペナルティ"な。被害を受けて初めて申告ウィンドウが出るんだわ。で、自分の指で押すまで、オレタチなぁぁぁぁんもお咎めなし!ツマリィ!?」
ワザとらしく、実にいやらしく、モヒカンはパチンと指を鳴らし、一拍置く。
実に虫唾のはしる瞬間だ。
「ナイト気取りのテメェは告発ボタンなんざ"押す暇もなく一撃で"ブチ殺すしィ!? かわいーぃマナちゃんはボタンを目の前にしても"押せないように拘束してから"じっくりたっぷり嬲ってやるからよォォォ!」
"羽交い絞めにされたまま、それを押せたのは奇跡に近かった"
そういえば、マリーはそう言っていた。
「マナよぉ。おまえ、たしか半感型っていってたよなぁ?いーいじゃんかぁ。どうせ何されたってリアルのお前は痛くも痒くもねぇんだしよぉ?触って感触の!ある!この俺様にィ!女の子のやらけー感触ぅ!味わわせてクレヨォォォ!」
この後何をしようとしているのか、想像したくもないが、当人はその想像に打ち震えて、恍惚とした表情。
というかこの男は全感型か。
当たり前といえば当たり前か。そうでなくてはこんな犯罪を犯すメリットなどほとんどないのだろうから。
「ひゃあ!もう我慢できねぇ!」
「くそったれ!」
ダガーで刺しかかるモヒカンに俺は自ら前に出て、せめて"当たり所がやつの予想外"に成る事を狙う。
ドス!
投擲用であるにもかかわらず、刃渡り25センチほどもある其れが俺の脇腹に深々と突き刺さる。
「がっ!」
「ユージン!」
倒れ伏す俺に、マナが駆け寄るが、俺は俺の目論見が成功したことにほくそ笑んだ。
そう、当たり所をコントロールして"即死を免れた"のだ。
あとは俺の眼前に現れたこの「他のプレイヤーから過度のダメージ判定を受けました。任意に相手にペナルティを与えることができます。相手を告発しますか?」というメッセージのYesボタンを押すだけで──
「!?」
動かなかった。
倒れ伏した俺が、告発ボタンを目の前にして、この指一本が動かせなかった。
改めて視界を確認すると、自分の生命力ゲージの下に、状態異常を示す「出血状態」ともう一つ。
麻痺状態。
「バァァァカがぁぁぁ!こんなことも有ろうかとよォォォ!この!俺様!が!神経毒くらい!仕込んで無ェわけ!ねぇだろぉぉぉぉ!?」
モヒカンは高らかに勝利宣言する。
くそ、万事休すってやつか・・。
「ちょうどいいからよォ。テメェはそこで彼女のカラダが滅茶苦茶にされんの眺めてろよォ!ははははは・・は?」
嘲笑うモヒカンがマナに手を伸ばしたところで、それは起こった。




