第19回 「マリー」(前編)
「ズボン!ズボンにする!」
「スカート!ここは譲れない!」
昨日の稼ぎを使って、マナの服選びとなるわけだが。
リアルに暗くなるTWOにおいて、夜に白熱灯やランプの明かりで服選びしても、翌朝イメージと違う色でしたって成ってもつまらないだろうと、服選びは翌日に持ち越した。
「なんだよっ、ユージンやっぱりぱんつ見たいの?へんたい!二重の意味で!」
「だー!そうは言って無い!危なっかしい丈をやめればいいってだけだろ!?」
「なんでそんなにスカートにこだわるのさ。着るのは自分じゃないのに」
「だっておまえ、せっかくそんな可愛いのに!ちょっとくらい可愛いカッコして、相棒に夢見させてくれてもいいんじゃないか!?」
で、翌日の日曜日。今日は二人とも朝からフリーで、いつものベンチで落ち合って「どんなコーディネートがいいか」って話から、こうなった。
「な、かわい・・・て、きみって、よく恥ずかしげもなくそういうこと言えるよね!?」
「だからいっぺん鏡見てみろって。正直な感想だぞ」
口説き文句ともとられかねないそれは、しかしながらこれがゲームで、対象がアバターであるため、俺は割と気兼ねなく素直な感想を言っているのだが、言われる方としては中身が男だと伝えている相手なこともあって、微妙な気持ちなのだろうか、ううむ。
「むう。無理強いは、俺だってしたくないけどサ。もったいないと思うんだよなぁ」
「し、知らないよ!ぼく、自分で選んでくるから!」
そういって、照れたような怒ったような顔をしながら、日曜だからか、朝から人の多いマーケットの雑踏に消えてゆく。
さて、俺はどうしてようかな。
「にしし。あれが例の彼女サンかー」
って思いながら俺が方向を変えようとしたら居やがるわけですよ。
「暇だな、おっさん。アンタも」
いつの間にそこにいたのか、おっさん少女がまたも出現していた。
金髪に青緑の宝石のような目。色白の人形の様な可愛らしい顔で、にしし。と歯を見せながら笑う。
「可愛い子じゃねぇかー。こりゃおれっちになびかないのもわかる気がするぜ」
「アイツは彼女とかじゃないし。だからって心配しなくても、どんなに可愛くても見た目小学生くらいの子に変な気起こしませんて」
やれやれといった感じで肩をすくめてみせると、おっさん少女はさも意外そうに驚いて見せる。
「起こさんの!?」
「起こしませんよ!!」
「っかしーなー。世のゲーム少年の8割はロリコンだって言ってたのになー」
そう言ってポリポリと、これまた仕草はこれ以上なくオヤジっぽく頭を掻く。
しかし誰だ。そんなアホを言ったのは。
まぁそんなことはどうでもいい。おっさんには悪いが、めんどくさいことになる前に退散するか。
「じゃ、俺はこの辺で──」
がっし。
立ち去ろうとしたところをシャツを掴まれ、引き留められる。
俺は構わず振り切ろうとするのだが。
「ど☆こ☆へ、行こうというのかな?お兄チャン?」
あっれー!?なんでしょうかこの筋力値ー!?
「まぁそんな邪険にすんなよォ。昨日のウナギのお礼にまたいいとこ案内してやろってのにィ」
「おかまいなく!ってか見返りは昨日シルバーで十分頂いたでしょ!?」
ギギギギギ・・。
俺は尻尾をつかまれたどこぞの古いアニメ表現のネズミのように、その場でじたばたともがくが、おっさん少女のか細い白い手は微動だにしない。
くっ、これがレベル差ってやつか。こりゃ案外、プレイヤーの犯罪者って脅威かもしれないぞ?
「いや、レアもんだしよぉ。嗚呼、うまかったなぁ、ウナギ」
片手でやすやすと俺を縫い留めたまま、もう片方の手を頬にやってとろん。と、蕩けそうな顔で反芻している。
ん?そういえば。
俺はふと気に成る事が有って、逃げようとするのをやめる。
「そういえばおっさん」
「あん?」
俺に逃げる気なしと見るや、おっさんは案外簡単に俺を開放する。もともと本気で強制するつもりもないようだったが。
俺はシャツの裾が伸びてないかなんとなく気になりつつも、それよりもっと気になる疑問を口にする。
「おっさんて全感投入型プレイヤー?」
「そうだぞー」
「すげェ、これが社会人の財力」
「んや、あれのお値段はもう社会人だからってレベルじゃねぇが」
「よく買おうって思いましたね?」
「なんだフルダイバーに興味津々か?」
「え、ええ・・」
主に。
とある一点が。
とても。
「あの、こういう質問はリアル詮索みたいで申し訳ないんですが」
「んっんー。その話すんなら、ちょっと場所変えるか」
「へ?あのちょっと?」
突然真面目な顔になったかと思うと、すたすたとどこかへ向かって歩き始めるおっさん少女に、慌てて追いすがる。
おっさん少女はらしくなく、始終黙ったまま歩き続け、俺が初めてログインした時散々迷った裏路地へと入ってゆく。なんとなくそこへ入るのに気遅れしつつも、おっさんの足取りに迷いがないため、仕方なく後に続く。
何度か角を曲がって、裏路地の奥を進むと、突然家々の間に、街路樹に囲まれた小さな噴水が現れる。周りにはベンチがいくつかあり、ちょっとした休憩スペースのような場所が作られていた。
「こ、こんなとこあんですね」
「おう、恋人との逢瀬にはもってこいよな」
ふむ、"あばんちゅーる"はともかく、確かに密談にはもってこいだが。
「ほんで、聞きたいことって?」
ベンチにぴょんと飛び乗るようにして座るなり、俺に向かって問いかける。
俺も横に腰掛けて、このゲーム始めて以来、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「ええと、おっさ・・ていうのもいい加減失礼かな、俺、ユージンて言います。名前、聞いてもいいですか?」
おっさんは片眉を吊り上げた後、ちょっと考える様な顔をする。なんだかこのおっさん少女は見た目が10歳ちょっとくらいの小さな少女なのだが、たまにこうやって色々達観した大人の表情をするので少し奇妙に思う。
「・・マリー」
ついさっきまで「にしし」とか笑いかけてきてたおっさん少女が、ドえらい仏頂面になってそう短く答える様に、俺は困惑した。
あ、あれ?俺なんか怒らせるようなことした・・?
「え、っと、聞きたいのは・・」
マリーと名乗ったおっさん少女は、たじろぐ俺にほとんど睨みつけるような目線だけで先を促す。
「あの、オレ、なんかやらかしまし・・た?」
俺はいい加減、耐えきれなくなって、話題を中断して、そんな言葉を返す。
おっさん少女の態度の急変にしどろもどろな俺に対して、おっさん少女はなんかこめかみを押さえて、ピリピリした顔になる。
そして一気に脱力するように「は~~~」って息を吐く。
「だよなぁ。まぁにーちゃんみてぇなのがそんなわけないとは思ってたんだが」
「ん?ん?」
俺が困惑していると、おっさん少女──マリーは疲れたような顔で手をひらひらと振る。
「あーすまんすまん。おれっちもな、まぁ一応こっちの世界で"触れる女の身体"してるってんで最低限の警戒はしてるわけよ」
「け、警戒?」
「ちなみに、おれっちの個人的なことに興味あるなんてヌかした奴はろくなのがいなかったからよ?まぁここに連れ込んだのも、お前さんがおれっちにいかがわしい事しようとするようなら、ここでブチのめしてやろうかと、な」
「あ、あー。・・あー」
ようやく合点がいった。
ピンク姐さんが言っていた通り、一歩踏み込めば世界は悪意に満ちている。
TWOのリアルさと、ゲームであることの容易さ。それを利用して犯罪まがいの行為をしようとする奴は、どこにだって現れるものだろうとは、漠然とだが考えていた。
だが、こんな。
こんな、子供みたいな外観をした少女にまで、性的な目で見て、あわよくば悪戯してやろうとか・・。
前にも言ったように、俺は理解しがたい、自分と違う趣向に対して、共感できないながらも、排除しようとまでは思わないタチだ。
だがこれは。
なんて胸糞の悪さ。
なんて嫌悪感。
他思想の排除など何様だと思っているくせに、それだけは許せないなんて筋が通らない。なんて考えながらも、俺はそういうやつらを"排除"したくてたまらない、なんて考えている自分に気が付いた。
「す・・みません・・・おれ」
「聞きたいこと、聞きたくなくなった?」
横目で見て、クスリと自嘲気味に笑いながら、マリー。
俺は正直頭ん中をいろんなものがグルグルしてたが、振り払うようにぶんぶんと顔を振ってから、マリーの方を見る。
「ええぃ、乗り掛かった舟だ。聞いても・・いいですか?」
「よかろ。いってみ?」
それは、なんていうか初日、キャラクターメイキングしてた時の素朴な疑問だ。
「マリー・・さんは、その、プレイヤーは男性で、でも皮膚感覚っていうか接触感覚っていうか、つまり自分が今、女性の身体だと自覚して、そこにいるわけですよね?」
「ん?そうだぞ」
「それってどんな感覚なんでしょう?や、やっぱり、あれですか。うわ、おれチ〇コ無ぇ!キモ!みたいな?」
俺がかねてよりの疑問を口にすると、マリーは一瞬キョトンとした顔をした後、しかたのない子供のわがままを見るような目で俺を見る。
「おまえなぁ。それ絶対フツーの女の子・・ほら、あの相方だっていう子とかに言うなよ?」
「き、聞きませんよ!」
マナは男だというわけにもいかないし、とか。だから、あんたみたいな全感覚型でプレイしてるおっさん少女にきいてるんだろ!?とか。色々言い返したい事は有ったが、とりあえず短くそう返す。
「まぁ気持ちはわからんでもない。恥ずかしながらおれっちも、ほんとに最初も最初の動機てやつは"うっひょー!触れる幼女の身体が手に入る。げへへ"みたいな邪な考えだったぞ」
「おいおっさん」
思わず突っ込まずにはいられなかった。
「まぁまぁ。そこからは自分でいうのもなんだけど、とてもじゃないがムフフな展開はなかったぞ」
「え、そうなんですか?」
一度信用されてしまうと、マリーの方も吐露したい気持ちもあったのか、ちょっと興奮気味にというか、熱のこもった話し方で、向こうから積極的に説明し始めた。