第1回 「オンラインゲーム」
ついにこの日が来た。
数か月前にVR対応型のオンラインRPGとして発売され、今や絶大な人気を誇るタイトル、テーベ・ワールド・オンライン。通称「TWO」と呼ばれるゲームソフトを購入してきたのだ。
VR対応でRPGはなかなか出来の良いものが発表されず、俺も心待ちにしていたのだが、あろうことか、俺が未曽有の金欠に見舞われた高校1年の冬に、狙ったかのごとく発売となる。
発売と同時にやりたいのはやまやまだったのだが、最低限の設備であるヘッドマウントディスプレイ……ゴーグル状のビデオモニターでVRの臨場感の演出に必要な機材が案外に高価だったのだ。
さらに言えば「TWO」は「全感投入型」と呼ばれる最新技術にも対応しているという。こちらは本来人間の体を動かすための電気信号、所謂脳波を遮断し、ゲーム内の自分のアバターに再接続するような理屈で、ゲーム世界での所作における五感を再現することができるというものだ。
そこまでの話になったら、それはもうどちらが現実かの区別もあやふやな、「完全なるセカンドライフ」というやつだ。
ただ脳波の遮断、アバターへの疑似接続とその可逆性など、確固たる安全性をもって可能となったのもつい最近の話で、そのお値段たるや・・である。
俺は、「TWO」の発表からこの方、バイトに明け暮れ、そしてゲームサービス開始から3カ月程度たった今日、満を持してゲームスタートとなったわけだ。
ゲームガイドに従い、ゲームを起動し、HMD(ヘッドマウントディスプレイ略)を装着する。
初期設定画面が表示されるまでの間、ゴーグル状のモニターに覆われた俺の視界は文字通りゼロなので、なんかこれ、思わぬ事故とかありそうだよなぁとか、つい他所事を考える。
だが、次に視界が開けた後、俺はそんなよそ事など考える暇などないくらい、画面にくぎ付けになる。
美麗。
そんな一言では表しきれないだろう。
素晴らしい映像技術?
ああ、俺の表現力ではどう言おうともチープ。
VRを謳うだけあって、そのグラフィックスはトップレベルのそれだ。HMDによる主観視界では、視点距離が近く、画像の粗さが目立つため、そこはどのソフトウェアメーカーも力を入れてくるだろうとは思っていたが、これほどとは。
視界の開けた瞬間、俺は石造りの中世の教会か何かの様な建物の一室に居た。
俺らしいキャラクターが、画面の中にいた……というのではない。
まさに、俺自身が、其処に居る、という感覚。
「VR、すげェな……」
「こんにちは!」
「!!」
つぶやいた瞬間、話しかけられ、思わずアヒョーウォとかそんな叫びが漏れそうになるが、何とか飲み下す。
窓から光の差し込む明るい部屋の中で、木製の机と椅子。声の主は其処に居た。
「HMDは装着済みでしょうか? それとも全感投入タイプでのログインでしょうか? 私は、顔の向きを変えれば見える範囲に居るはずです。探してみてください」
HMDでプレイしている俺がVRでアバターと共有できる感覚は視覚と聴覚のみだ。
すでに直感的に声のほうを振り向いていて、俺は椅子に座るスーツ姿の女性を見つけていた。彼女は俺と目が合うと、にこりと微笑んでつづける。
「申し遅れました、私、VRユーザーチューニング担当オペレータのヤマザキと申します。あなたの初期設定からキャラメイクまでをサポートいたします」
「え? あの?」
「あ、先にこちらでしょうか?……テーベ・ワールド・オンラインへようこそ!」
と、さすがに俺よりは年上だが、そう大差なさそうな……二十歳前後に見える、ショートカットの黒髪に笑顔が眩しいオペレータ嬢は、しどろもどろになる俺を置き去りにして、話を進めようとするが……
一拍置いて。
んん?
「え? に、人間?」
「あ、そうですね。驚かれる方も居られますが、本サービスでは運営スタッフがアバターを操作して、所謂チュートリアルを行っています。いまお客様と会話をしているのは生身の人間ですので、そのつもりで応答をお願いしますね☆」
「あ、はぁ……」
呆気にとられて、言葉も出ない。コレ、新規ユーザーが初回ログインする度にやってんのか?というかそんな資金的余裕があるのか……。
俺が我に帰るのを律義に待って、オペレータは話を続ける。
「お客様は現在キャラクター未作成状態で、ざっくり言ってしまえば空中に、目と耳と口だけがその場所に浮いているような状態ですね。HMDに付属したマイクを使って音声による会話ができます。何かしゃべってみていただけますか?」
「えっと、はい、大丈夫です。スゲーびっくりしたけど」
何しろ初期設定なんて、従来のゲームでは一人でこそこそとやるものなのが常識だ。少なくとも俺の中では、今日までそうだった。
「それではゲームを始めるにあたっての注意事項を──」
「お客様はHMDによる半感覚タイプでのプレイのようですが、全感投入型でプレイされているお客様には味覚や嗅覚、触感が──」
「他のプレイヤーに対するあらゆる接触行為が、ハラスメント判定の可能性を持っているといってもいいでしょう。度を越えるとサービス上でのペナルティに限らず──」
なんか怖いこと聞いた気がする。
え、現実世界で逮捕の可能性?
悪質なセクハラの果てに?
ああ、うん、気を付けます。たぶん大丈夫だろうけど?
「それでは、これからキャラクターメイクに移ります。……失礼ですが、お客様は男性でしょうか?女性でしょうか?」
「へ?」
「ここでの回答は、口外されませんので、実際のところをお答えくださいね」
「え、それ必要なの?」
別に隠す理由もないのだが、純粋な興味で、つい聞いてしまう。
オペレータ譲は少しだけ迷うようなそぶりを見せ……
「アバターの容姿は基本自由で、キャラクターの性別も、その……実際と違えることは可能ですが、全感投入タイプでプレイされる場合、現実の身体構造との違いが極端になりますと、相当な不快感を感じることもあると言われています」
なるほど、「ネカマもできるよ!」を丁寧に言うとこうなるんだなぁ、みたいなずれた感想を頭に浮かべていた俺は、オペレータの説明によって、唐突に一つに結論にたどり着く。
「え、じゃあなんですか。全感投入でネカマをやったら、うわ、俺チ○コ無ェ! キモ! みたいな感覚が味わえると」
「え、ええとですね。症状の酷い方は、吐き気や頭痛を伴うこともあるようです。……お客様は半感覚タイプのようですが、キャラクター作成後に、デバイスを変更することも可能ですので」
あ、冷静に応答しているようで、オペレータ譲の顔が赤い。あまり免疫がないのか、突然のチ○コ発言に揺さぶられるものがあるようだ……
あ。
「すいませんごめんなさいタイホシナイデ!?」
「あ……だ、大丈夫です。失礼しました。……それでは男性という事でよろしいでしょうか?」
「ハ、ハイ! いたって健全な男子高校生です!」
ああ、何やってるんだろ俺?
「それでは、キャラクター作成の間、男性のオペレータに交代することもできますが……」
「あー、やっぱそういう……」
ゲーム運営会社社員との会話によって繰り広げられる、いちいち斬新なこのチュートリアルにはとんでもなくペースを乱される。
しかしあれだ。たしかにこのグラフィック技術で自分の分身たるキャラクターを、異性に見られながらセッティングっていうのもお互いの精神衛生上よくないかもな。
迷ううちに、オペレータは説明を続ける。
「ええと、お客様がご使用になられるゲームキャラクター。所謂アバターはその外観を詳細にカスタマイズできます。それが済みますと、初期装備となる普段着のデザインを選んでいただくのですが……」
「はぁ……」
「その、下着から設定されることになりますのd
「同性でお願いしまぁす!!」
もう、迷うまでもなかった。