第18回 「ダイジェスト☆版」
「ほんじゃ、相棒が来たみたいなんで、俺はここで」
「おう、バーチャル釣りもいいもんだったろ」
結局、ログインしたマナからメールが入ったのは、昼を少し過ぎたあたりだった。オレ達は落ち合う場所を決め、さて移動するために立ち上がろうとするが。
「あーこれ、どうすっかなぁ」
俺は自分の横に置かれたバケツを困った顔で見下ろす。
なんという無駄運か、俺の釣果は上々だったが、さりとてこの「サカナアイテム」達をどうしたものか。
「ふむ、釣った魚はそこの貸竿屋が二束三文で買い取ってもくれるんだが・・・」
そう言っておっさん少女は俺のバケツをのぞき込む。
そして中身を見て目を輝かせると、シュバっと軽快に俺の方に向き直るのだ。
「せ、青年っ!これ、おれっちが買い取ってもいいか!?」
「え?ええまぁ・・」
「決まりだな!ほら、トレードトレード!」
急かされるようにトレードウィンドウを開くと、其処に提示されたのはなんと1000シルバー。初日に俺たちが死闘を繰り広げた末の報酬を軽く上回る高額だ。
「うぇぇ!?いいんですか、こんなに!」
「れあぎょ!れあぎょはいってんの!」
「まじか」
まぁ、いまはサカナアイテムに興味はないので、俺は迷いなくOKボタンを押す。
「ひょぉぉぉ!うなぎ!うなぎ!今夜はごちそうだぜええっ!」
飛び上がって喜ぶ金髪の少女(にしか、やっぱりみえない)を微笑ましく眺めながら、俺は手を振ってその場を後にする。
しかし、だ。
桟橋を抜けたあたりで、俺ははたと、重大な事実に気が付いた。
→ウナギに喜ぶ。
→バーチャルウナギがおいしいとわかる。
→味覚がある。
「全感型!?」
あの少女アバターを、五感全てを有した状態でおっさんが操作している可能性に、俺は戦慄しながら振り返る。
見ると、桟橋の中頃でほかの釣り人にウナギを見せながら、なんていうか「頬っぺた落ちそう」みたいな緩んだ顔をしている、おっさん少女。
・・・・・くそっ、かわいい。
俺は深く考えたら負けだと思うことにして、その場を後にしたのだった。
◇◆◇◆◇
「ユージンっ!」
俺が待ち合わせ場所であるハンターズギルドの前まで行くと、マナはギルドの中には入らず、外の壁にもたれて待っていた。
最初、なんかしょぼくれたような顔して俯いていたくせに、俺が声をかけたら花が咲いたみたいに笑顔になって、駆け寄ってくるのだ。美少女が。
そして俺の相棒の方が可愛いという謎の優越感。
くそ、おっさん少女と言い、マナと言い、TWOの「ばーちゃるおんなのこ」達はズルいと思う。
でも可愛いから許す。
ちくしょう。もっとやれ。
「ユージン!僕は決めたよっ!」
「う、うん?」
マナとは昨日の事が有ったので、どんな顔して会おうかと、少し気遅れていた部分をそろそろ思い出そうとした矢先、だ。なんだか今日のマナはやる気満々だ。
言葉通り、決意を表すように胸の前で可愛くこぶしをにぎりしめている。たびたび思うが、マナってこういう細かいしぐさがすげェ女の子っぽいんだけど、もしかしてこれもオートエモーショナルコントロールだろうか。
まあ、なんにしろ
「な、何を?」
そう聞き返すしかない俺に、マナはふんすと鼻を鳴らす勢いでつつける。
「服を買うよ!」
目をキラキラさせてそう宣言するマナに、俺は未だに合点がいかない。
「ん?ん?どゆこと?」
会うなりそんな宣言をされて、俺は何のことかいまいち分からなかったのだが、俺が「?」を垂れ流していると、マナはすすすと、一旦身を引く。
そしてスカートの裾をいじりながら、何やら顔を赤らめる。
「ほ、ほら、ヴィアーネさんが言ってたじゃない?あんまり無防備なのはよくないって。だから、その、いつまでもこんな短いスカートなのは良くないかなって・・・」
あ、あーなるほど。
「別に、其処まで急がんでも・・初期資金は戦力増強に回してもいいんじゃないか?」
俺がそういうと、どういうわけかマナは一層顔を赤らめて、目線をそらす。
「で、でも・・ユ、ユージンも目のやり場に困っちゃうんでしょ?」
もじもじと可愛く服の裾をもてあそびながら、そんなことを仰ってきやがるんですわ。このお嬢さんは。
「お、おま」
そ、それを俺に答えろというのか。何の羞恥プレイだ。あれか、これは逆襲なのか。今度は俺が羞恥プレイされるのか。誰得だ。
俺が、ぐぬぬ。とか唸っていると、マナはぐずる様な仕草をしながら
「だってこのスカート、股下8センチしかないんだよ!?」
「ぶふぉあっ!」
俺は鼻を抑えて後ろを向く。
だ、だから具体的な数値を!
「材料」を与えるんじゃありません!
健全な男の子の想像力をこれ以上刺激しないでっ!?
「わ、わかった!と、と、とりあえずお金稼ぎってわけだな?」
「うん!」
◇◆◇◆◇
お金稼ぎシーンはダイジェストでご覧ください☆
「ん・・しょ。 こういう仕事もあるんだね」
「なんかこう、昔ながらのRPGより重労働で報酬が少ない印象になるなぁ」
俺達は商業区画で木箱を抱えて移動している。
所謂「おつかい」系のアルバイト。
これでもハンターズギルドに掲載されている正式なお仕事だ。しかし従来型のゲームでは「荷物アイテム」がインベントリに収納されて、ただ目的地まで普通に歩くだけ・・というのがセオリーだったが、この木箱を抱えて、リアル距離を移動する重労働感ときたら!
そもそもTWOにだって数値的な重量制限と、「見えないポッケ」であるインベントリは有るはずなんだけど・・・。
「でもそれこそ特有の"虐殺感"から離れられるっていう利点だよ?」
「んーまぁなぁ」
◇◆◇◆◇
「あ、屋台で串焼き売ってる」
「うわぁ、見た目リアルだからスゲェうまそう・・」
「ちょっと無駄遣いだけど、食べてみようか」
「まぁ15シルバーくらいなら・・・」
屋台でNPCから串焼き肉(何の肉かわからない)を2つ購入する。
NPCのおねぇさんに「くしやき2つ!」とか言って完膚なきまでに無視されたときは、ちょっと「けちょーん」って顔になったが。マナが苦笑しながら「串焼き肉販売員さん、串焼き肉を2つ購入したいです」と言い直すと、朗らかな笑顔で串焼きを渡してくれた。
なるほど、「相手の名前」と「購入したい意志」をはっきりと、か。
NPCとの会話も慣れないとな。
まぁそれは置いといて・・・。
ガブリ。
「!」
「ぐぉ!?」
すごい熱々の、少し焦げ目がついたタレたっぷりの串焼き肉は無茶苦茶うまそうに見えたのだが、こう、味覚はないので、例えるなら「歯医者で口内麻酔をされた直後に大好きなものをほおばった感じ」だろうか。
「こ、これは・・・」
「むぅ、全感覚型のブルジョワ特権ってやつだな。半感覚型には回復アイテムとして以上の価値は無いか」
◇◆◇◆◇
「おわーっ!牛強ぇぇ!?」
「そういえば"牛を殺す"って、一流の闘牛士でも大変なことだったね・・」
「そんなとこまでリアル!?」
畜獣系モンスターを1匹倒すだけという手軽さに乗せられて受けた、「暴れ肉牛殺処分代行」の依頼。
リアルでは考えられない「ロングソード」という殺傷力をもってしても、暴れまわる大型動物に斬りかかるのがこんなにしんどいとは。
「マ、マナ!回復して!回復!」
「わ、わかったっ」
ズゴゴゴゴゴ。ぶぁっさー。
「こ、こっち見たら怒るっ」
「見ません!見ませんからはやく!」
◇◆◇◆◇
「魔銀?」
「そ、所謂"ミスリル"ってやつだな。あの岩場だと最上級のレアだぞ。お前らどういうリアルラックしてんの?」
夕方になってログインしてきたケンちゃんに「いい仕事無いか」なんて半分冗談で聞いてみたら、ツルハシアイテムを持たされ、街から少し行ったところの岩場で採掘するように言われた。
普通の岩に交じって違う色が混ざった石が、アイテム名表示状態で転がったら、片っ端から持ってくるように言われたのだが。
「うーん、鉄含有の原石・・ああその一番多い鉄鉱石ってやつだけど。単価が安い鉄鉱石を大量に掘らせれば、お前らの報酬にはちょうどいいかと思ったんだけど」
ケンちゃんは鉄鉱石アイテムを片側に寄せ、そっちに木の枝で地面に「5×68コ」と書く。
「ミスリルは俺も真面目に欲しい。このくらいでどうだ?十分か?」
魔銀の方に「1200×1コ」と書く。
俺とマナは目を丸くして顔を見合わせた。
◇◆◇◆◇
お金稼ぎの様子はダイジェスト版(笑)でお送りしたしました。
「割と稼げるものだね」
「運がよかった。ってのもあるかな」
俺とマナは行政区画のなんかお馴染みになりつつあるベンチに並んで沈み込む。
「なんか、リアルじゃトイレくらいしか行って無いのに、すっごい一日中動き回ってた気がするね」
「まぁそりゃ充実感ってやつじゃないか?すごいよな、VRって」
「うん・・・そうだね」
という割には、なんだか浮かなそうな顔して、マナは呟く。
「うん?なんか引っかかる?」
こいつの事だから、またつまんないこと気にして悩んだりしてるんだろうなぁとか考えて、マナの方へ顔を向ける。
「え?あ、いやその。あのさ、ユージン?」
「おう」
「ユージンは、僕と遊んでて楽しい?」
ああ、そういう不安か。
「でなきゃ、一緒に遊んでないぞ?」
俺は即答する。
マナはちょっと目を見開いたかと思うと、すぐにまた少し寂し気な顔になって目を反らす。
「僕は・・楽しいというか、嬉しい。今までこんなに長く同じ誰かと遊んだことなんてなかった」
たかが、三日が、か。
「だから、失うのが怖い」
マナにしてははっきりと、そう言う。主張する。
ああこの顔だ。今までいろいろあったんだろう。知らないやつが一口に語れないようないろいろなことを、諦めてきたんだろう。
俺の手で笑顔にしてやる、とか、傲慢だろうか。なんだかこのTWOにおいて
そうすることがある意味目標のように感じてしまっている俺がいる。
失うのが怖いのは、むしろ俺の方なんじゃないだろうか。
ほとんど無意識に、女の子にしたって小柄なマナの頭をなでていた。
「え?え?なに?」
いきなり無言でわしわしと髪を撫でる俺に、困惑した様な顔のマナ。
俺ははたと我に返り
「あーいや、具体的に何したら、安心するかなーって」
言った直後、無言ですごいびっくりした顔されて、そうしたかと思えばさっきよりも強烈にすごい寂しそうな顔になって、耐えるようにぎゅっと眼を瞑る。最後に口だけ笑って、クスリと苦笑い。
「不思議な奴だなぁ、きみは」
「そうか?」
「信じちゃうぞ」
「告白されたみたいに言うなよォ」
「ははっ」
どうやら不思議らしい俺と、不思議なネカマの夜は更けていく。




