第17回 「フィッシング詐欺(語弊)」
さて、今日は土曜日だ。
うちの高校では土曜に授業はないので、俺は不健康極まりないと自覚しつつも、今日、そして明日を日がな一日TWOして過ごすと決めていた。
いやぁようやくTWOで日光が拝めるぜ。
俺は、寝間着代わりのTシャツとハーフパンツを着替えることもせず、洗顔と歯磨きだけ済ませ。キッチンに入ると手早くインスタントコーヒーを淹れる。500mlパックの底にわずかに残った牛乳が有ったので、コーヒーフレッシュではなく牛乳を入れた。目が覚めるかと、砂糖も少しだけ。
啜りながら足でキッチンの戸を閉め、部屋に戻る。
いつもなら「遅刻遅刻」と大慌てのこの時間だが、今日は休日。
俺は朝からPCを起ち上げ、コーヒー片手にネットの情報をあさっていた。
「サービス開始以降絶大な人気を誇るテーベ・ワールド・オンライン。各所から称賛の声が上がるも、一様に日照時間への不満は消えず・・・」
まぁこれは当然っちゃ当然か。TWOは現在現実時間とほぼ同期しており、朝にログインすれば朝に、夜にログインすれば夜になっている仕様だ。普通のタイムサイクルで現実を生きていればほぼ夕方~夜に限定されてしまう。俺も太陽は夕日しか拝んでないクチだ。
「えーなになに。要望の多かった"時間加速"は見送り。VRフィールド上での経過時間が現実の2分の1になる時間加速は、プレイヤーの現実への悪影響が未知であることもさることながら、HMDによる半感覚型プレイヤーへの適応が不可能であるため、見送りとなった。か」
時間加速は魅力だが、この判断も当然と言えば当然だ。せっかくTWOできるようになったのにプレイすら不能にされたのではたまったものではない。
「当面はVR空間内のみ自転サイクルを2倍にする方向で検討。急激な速度で日照~日没を迎えるサンプル動画に不満の声も」
なるほど、体感時間は同じだが、日照時間としては12時間で1日経過するようにして、朝日が拝めるようにしようということらしい。
俺としては仕方のない妥協点だとおもう。
さて、そろそろログインしますかね。
俺は呑みかけだったコーヒーの残りをグイっと一気に流し込むと、TWOのアプリケーションを起ち上げる。
──Login
俺がTWOにログインすると、昨日マナと別れたベンチにそのまま座っている形だった。
隣にマナの姿はない。
俺は内心ほっとする。
昨日はいろいろ濃ゆい1日で、マナとは色々ありすぎて「また明日」といわれたときは嬉しくもあったけど、今鉢合わせたらどんな顔をしていいか、心の準備が足りない。
ふと気が付くと、視界の端に申し訳程度主張する明滅がある。何かと思って意識を向けると、手紙の様なアイコン。
ああ、メールでも来てんのか。
──ってだれから?
俺は思わずドキリとする。
これでマナからメールで「やっぱ無理なんでもうログインしませんサヨナラ」とか言われたら、俺としてはかなりしょんぼりなんだけど。
ステータスウィンドウを展開して、フレンドリストを開く。
ヴィアーネ:オンライン(またもやビジーご用はメールで)
マナ :オフライン
ケンちゃん:オフライン
マナはオフラインか。まぁ土曜に授業のある学校かもしれないし、バイトしてるかもしれないし、アイツにだってリアルは有るはずだから、別におかしい事ではない。なんとなく、所謂「引きこもり」を想像していたので、多少意外に感じたが。
と、唯一ログイン中のフレンドであるピンク姐さんのメールアイコンが明滅しているのに気が付く。メールは姐さんからか。
アイコンを指先でタップすると、半透明のウィンドウが展開され、本文が表示される。ああ、なんで地図とかもこうしておかなかったのか。
From:ヴィアーネ・サルタリク
To :ユージン
件名 :あのあと
本文 :ごめーん、今日からギルドの遠征で、エドまで来ちゃってるから直接
話せなくてもどかしいんだけど、昨日あの後どうなった!?
もーアタシ等の所為で別れ話とかになってたらと思うと、すっごい責
任感じちゃうんだけど、マナちゃん、大丈夫?
エド‥ってのは別の街の名前だろうか。どこにあるのか分からないが・・江戸?いや違うか、さすがに。
しかし昨日の件で気を遣わせてしまったらしい。結果として前日から続く羞恥プレイのトドメ役を買ってしまうことになった姐さんは、こうしてフォローのメールを入れてきたというわけだ。
俺は返信アイコンを押して、ピンク姐さんに返信する。
「ちょっと修羅場(笑)?っぽいものは有りましたけど、大丈夫ですよ。あと、何度も言いますけど俺たちそんなんじゃありませんからねー・・・っと」
さて。メールも返したし、マナは居ないし、俺一人で何やってようかなぁ。
俺はそこで初めて周りを見渡した。
やぁ、予想はしていたけどさすがじゃないか。夕日に照らされる街並みも、街灯の明かりだけの路も、すごい風景だとは思っていたけど。
やはり昼間は違う。闇がないだけ粗が目立つようになるかとも思っていたが、そんなことは微塵も感じさせない、スーパーグラフィックス。
何処か中世の外国の様な雰囲気を醸し出す石造りの街並みは、午前中のまぶしい光に彩られて、昨晩よりも鮮明に映る。俺はふと、空を仰ぎ見る。
空だ。そこにあるのは抜けるような青空、わずかな雲、まばゆい太陽。光源を直視すると視界がホワイトアウトするが、画面のこちらの俺が光に眩む事は無いので、そこでちょっと現実に引き戻される。
「雨・・とか、降るんかな」
しかし本当に本当の空を見上げていると錯覚しそうなほどリアル。すげぇよなぁ。あ、このゲーム、ハウジングとかできるのかな?出来たら面白いだろうな。すげーいっぱいお金貯めて、家とか買ってさ。好きな家具とかで飾るんだ。俺だけの家!みたいなのを。
あ、でも「壊せちゃう」とか言ってたな。うーむ。
まぁベンチでずっと考え込んでても仕方ない。さて、どこへ行こうか。
俺は立ち上がって、とりあえず最寄りのゲートクリスタルへ向かう。
マナがいないうちにバトルして俺だけがレベルが上がっちゃうのもなんだな。やっぱり商業区の市場でもぶらついてみるか。
俺はゲートクリスタルのパネルを操作して、商業区画へと転移した。
◇◆◇◆◇
俺は商業区画をトボトボ歩く。
「うーん」
ま、こうやって遠巻きに店先を眺めながら歩くんでも十分なんだけど。
おすすめの店とかわかんないしな。
「ケンちゃんがログインしてりゃ、聞くんだけどなぁ」
「おう。まるでおれっちじゃ役立たずみてェに言ってくれるじゃねぇか」
思わず口からはみ出た独り言に、しかしながら答えを返す声。
あ、うん、しってた。
世界は狭いって知ってた。
「出やがったな。おっさん少女」
「にしし。2日ぶりか、青年」
気が付けば俺の隣には、初日に商業区を訪れた際に少しだけ会話した、小柄な少女がいた。
まるで"赤ずきん"を緑色にした感じの、ちょっとカントリーな衣装を、サイズ余りな感じで着ている。ゆるふわな金髪に宝石の様な青緑の瞳。
有体に言えば人形の様な、10歳くらいか、もう少し上か、くらいの少女が、これ以上ないくらいオヤジ臭い喋り方をして、さらに言えば腰に手をやってドヤ顔でふんぞり返っている。
「にーちゃんは初心者まるだしなんだよォ」
「それ、たびたび思うんですけど、そんなに丸わかりです?」
「そりゃあお前さん、あれだ。オートエモーショナルコントロールってのは罪なもんでよ。ちょっと表現過剰なんだよな」
「あー」
俺は何となくお察しした。
「プレイヤーの情緒みたいなのを、すっげぇ細かく拾うかんなー。・・にーちゃん自分がさっき、めっちゃムズイ顔して頭掻いてたの、自覚ねぇだろ?」
「うぉ、マジか」
さすがにそんなモーションまでしてたとは。
「まぁそんなことは置いといて、いくべいくべ。何困ってんのか知らねェけど、このマーケットでおれっちに知らねぇことはねーよォ」
そう言って、おっさん少女は俺の横に立つと、やたら可愛いしぐさで腕を組んでくる。というか、身長差がありすぎて、両腕で俺の腕に抱きつくような格好だ。
「ちょ、ちょっと」
俺は正直慌てた。
「なぁに恥ずかしがってんだ。美少女と腕組んで悪い気しねェだろ?」
「おっさんは見た目と口がかみ合って無さ過ぎなんスよ」
俺は、毒つきながらも、それ言ったら、マナはすげー"らしい"っていうか、普通に可愛いよなぁとかつい考えて。あわてて首を振る。
い、いや毒されるな!あれも男あれも男。
「んで、なにしよ思っとったの。青年」
「いや、相棒が来るまでレベル上げとかできないんで、暇つぶしに良いとこないかなーって」
「んだよ、ここにこんな美少女が居るのにほかに女を作ってやがったな?ったく初心者ヅラして隅におけねーなァ青年?」
「あらゆる意味でなんかおかしーでしょソレ!」
「にしし。この程度の揺さぶりで動揺するとは。若いのう若いのう」
くっそ。このおっさん・・。
「暇つぶしか。ふむ」
おっさん少女はにやりとほくそ笑むと、一人訳知り顔で、俺の手を引いて歩きだす。
「ちょ、ちょっと!?」
「いいからついてきなって~」
俺はわけもわからず、はるか見下ろす小さな少女に引っ張られ、商業区を進んでいく。
驚いたのは
「おやっさーん!なにー?でぇとー?」
「おうよ!なかなかのイケメンだろうが!」
「あ、おやっさん!おはようございます!」
「やぁ、おはよう!」
「おやっさん!いい木材が入ったから、こないだ言ってたアレ、作れそうだぞ」
「うほ、いいね。楽しみにしてるぜ」
──このおっさん少女の顔の広さ。
しかも笑えることに、皆一様に"おやっさん"呼びで、全員が親しみを込めてこの少女(にしか見えない)に話しかけている。
なるほど、古参プレイヤーで、もしかしたらこのマーケットの"ヌシ"的な存在なのかもしれない。
◇◆◇◆◇
おっさん少女に連れられてたどり着いたのは、街をぶった切る大運河から商業区へ荷物を搬入する港の様な部分だった。
おっさん少女はその中の一番端に在る桟橋を、動作だけはやたら可愛らしく、てててと駆けてゆく。桟橋の中頃には木造の屋台の様な小屋が設営されており、おっさん少女はそこまで走ると、向こうから手を振ってくる。
「おう青年!こっちだこっち。はよぅせェ!」
そんなセリフを吐きながら、ピョンピョン飛び跳ねながら俺を呼ぶ姿とのギャップが酷すぎて、俺はため息をついて、後を追う。
「釣り堀?」
「そ。別に囲って魚を放流してるとかじゃないんだが、ここで貸竿やエサの販売とかしてるから、ここで釣りをやるやつぁ結構いるんだよ」
たしかに、この桟橋だけ資材搬入には使用されておらず、釣り客らしいプレイヤーがちらほら。
「な!ひまつぶしにゃ良さそうだろ!」
そうやって屈託のない笑顔を向けてくるのだ。美少女の顔で。
詐欺だよ、もうコレ。




