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ThebesWorldOnline  作者: 海村
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第15回 「必殺 エ・デモアーデ・マホ・ウガデチャ」


 魔術演習場と札のかかった部屋の中。


 なんだか射爆場を思わせる石造りのだだっ広い部屋だ。今は俺たち以外に使用しているプレイヤーは居ない様で、がらんと開けた中にポツンと寄り集まっている。


「この部屋は、所謂"試し打ち部屋"ね。魔術防壁の結界が張ってあって、遠慮なくぶっ放しても、建物が破壊されたりとかはないわ」


 ふーん、と他人事のように聞いていた俺だが、ふと気に成る事があって口を挟む。


「ん?待ってください。"他の建物は壊れる"んですか?」


 当たり前のことを言っているようで、実はゲームとしては非常識な可能性を感じて、俺はつい聞いていた。

 そう、普通、ゲームってのは突拍子もない事態、例えばストーリーが破綻するような事態にならないように、建造物はイベントなどで破壊される描写は有っても、物語の進行に無関係なものは、プレイヤーの干渉によっては破壊できない設定になっていることがほとんどなのだ。


「できちゃうのよねェ」

「できちゃうんだよなァ」


 困った顔をしながら、初心者支援組の二人。


「うへぇ」

「"そういうテロ"もあるくらいよ」

「まぁある程度破壊したとこでNPC自警団がすっ飛んできて、ボコボコにされたあげくペナルティを受けてセーブポイントに戻されるけど」


「うわぁ」

「まぁ今はそんなことよりも♪」


 ケンちゃんによるペナルティ講釈が始まりそうなところを押しのけて、ヴィアーネ嬢が続ける。


「まず私がやって見せるから、それを真似てみて」

「はい」


 高レベル魔術師の魔術が見れるのか。何度も繰り返すが、TWOのグラフィックスは現状最高峰だからな。俺は思わず期待してその瞬間を待つ。

 マナも拳を握り締めてヴィアーネ嬢に注目している。


 おほん。と、咳ばらいを一つ。厳かな雰囲気を醸し出しながら、魔術の予備動作らしいものを始める。

 初めて会った時から持っていた、錫杖のような長い杖で、カツン、と甲高く音を鳴らして石床を打つ。


「アイドラよ、聴け!」


 ヴィアーネ嬢が一言言い放つと、彼女の足元に半径2メートルほどの範囲で読解不能の文字列や幾何学模様みたいなもので構成された、所謂"魔法陣"のようなものが展開される。


 次に、何もない虚空、と思っているのは俺たちだけで、本人には選択項目でも表示されて見えるのだろう、目の前の一点を、これまた杖の先で打つような仕草。


「・・・ ・・・・ ・・・」


 つづいて何を言っているのか聞こえないくらいの声でぶつぶつと何事か呟いたかと思うと、彼女の足元の魔法陣から、なんていうか、燃え盛る悪魔?のようなものがずもももももってせりあがってくる。

 その描写も、すごい。悪魔は思わず「うわぁ」って声が漏れるほど不気味だし、体に纏う炎は、触れれば本当に熱そうなほどだ。


 せり上がる過程で、思わず仰け反りそうになる様な強い風が巻き起こり、ヴィアーネ嬢の長い桃髪がはためく。

 召喚者の背後に寄り添い、悪魔は組んでいた腕をほどくと、彼女の見る先に、肩越しに右手を差し向け、一言。


『ヘルフレイム』


 ざらついた、耳障りの悪い声。その瞬間。

 悪魔の掌から、熱線の様なモノが高速で放たれ、ヴィアーネ嬢の足元の地面を穿ち、そのまま視線の先へとスライドしていく。


 え、フレイムって、光線?


 と、首を傾げそうになった瞬間、熱線によって描かれていた赤い光の軌跡からすごい勢いで炎が噴射される。


「うぇぇ!?」

「ひゃー」


 俺とマナは口々に感嘆の声を上げる。

 最初に説明された通り、部屋には傷一つ付いていないものの、そのド派手な演出の余韻に興奮を隠せない。

 ケンちゃんは流石に見慣れた様子で、のんきな顔をして拍手など送っている。


「や、やっぱり改まってやると恥ずかしいわね、コレ」


 気が付けば、いつのまにか悪魔は消え失せ、少し照れた様子のヴィアーネ嬢だけがそこにいた。


「それじゃ次はマナちゃんの番ね」

「え、今のだと、何やってたかよくわかんないとこがあったんですけど・・」


 マナの疑問ももっともだ。俺も今のを再現しろといわれても不明瞭な部分が多い。魔法陣が展開された後の小声でぶつぶつ言ってた部分なんて聞き取れすらしなかったし。


 だが、ヴィアーネ嬢は、「うんうんわかってるわかってる」と言わんばかりの笑顔で頷いている。


「一段階ごとに、アタシが口をはさんで、実は何をやってたのか説明しながらやるから大丈夫よ」


「ところで"最初の魔術"は何だったんだ?」


 ヴィアーネ嬢の言にほっとした顔を見せつつも、つづくケンちゃんの言葉に、自分でも思い出したように、手の中のスクロールに目を向ける、マナ。

 しばらくそのスクロールを手の中でいじっていたかと思うと、ちょっと驚いたような顔をしながら、そのスクロールを広げていく。


 開けるのかよ!そんで、やっぱりそのまま読めるのかよ!


 とは、俺の秘かな感想なのだが、表情から察するにマナも似たような感想を抱いていたのだろう。

 開かれたスクロールを、すすすと近づいてきたケンちゃんとヴィアーネ嬢がのぞき込む。


「うぉ、キンドルヒーリングだぜ」

「あらァ、レア引いたわねぇ」


 口々にそんなことを言う。


「え、そんなに良い物なんですか?」


 驚いたようなマナに、二人は嬉々として説明を始める。

 喋りてぇんだな、多分、この人たち・・・。


「回復魔術っても無駄なくらい種類があって、最低限、"回復できない魔術師は居ない"けど、要はより良い回復ができるって話ね」


「このキンドルヒールってのは、生命力値の回復と同時に、相手に"暖かさ"の恩恵を与えることができて、具体的には低体温状態のバッドステータスを回復と並行して治療できたり、短時間氷結耐性の効果を与えたりできる」


「焚き火とか、火の近くで使うと基本回復量も上がるっていう優れものよ」


 支援組の二人は、自分のことのように喜んでくれるが、マナはなんだか浮かない顔。二人もそれに気が付いてマナの顔を覗き込む。

 マナは心配されていることに気づいたのか、取り繕う様に首を振る。


「あ、いえ、そんなすごい物、私なんかが貰っちゃって良いのかなーって」


 それはきっとこいつの性格からくる卑屈さで、俺としてはやれやれといった感じだったけど、支援組の二人はキョトン顔だ。


「いいのよ別に、世界に一つってわけでもないんだし」

「まぁ、運だしな。引いたもん勝ちだぞ」


 口々に言うと、マナとしては少し救われるものがあったのか、ほっとした様な顔をする。


「まぁ講釈はこの辺にしてとっとと覚えちゃいましょうか」

「そ、そうですね。ええと、まず──」


 と、ヴィアーネ嬢の動きを再現しようとして、まず、彼女が最初に床を打った杖に類似するものを持っていないことに気が付き、困った顔で振り返る。


「えっとね、魔術は音が大事なのよ」

「音?」


「最初私が杖で床を突いた動作を再現したいんでしょ?別に杖でなくてもいいのよ。いまは、そうね・・そのナイフの柄で床を打ってくれるかしら」

「え、それでいいんですか?」


 不思議そうな顔をしながら、マナは杖よりも格段に短いナイフの柄で床を打つために、しゃがもうとする。

 いい加減、そういう警戒心が芽生えたのか、それとも先ほどの説法が余程効いたのか、最初無造作にしゃがもうとし、はたと動きを止めると、スカートを気にしながらゆっくり腰を下ろす。


 ああ、そうしてくれていた方が俺も安心だ。ちょっと残念な気もs・・いやなんでもない。


「カツーン!て大きな音が鳴るくらい強く打ってね。打ったら3秒以内にハッキリと"アイドラよ、聴け"と言って」

「はい」


 いわれた通り、勢いよくナイフの柄を床に打ち付け、すぐに所定のセリフを口にする。


「アイドラよ、聴けっ」


 なんだかヴィアーネ嬢の時よりだいぶ微笑ましく感じるのは、多分相棒補正、うん。


 何にしろ、同じようにマナを中心に円形の魔法陣が展開され、ゆっくりと回転しはじめる。中心近くと外周部とで逆回転したりしているところがなんだか歯車のようなものを連想させる。


「オーケイ。もう立ち上がっていいわよ」


 マナは言われた通り、立ち上がってヴィアーネ嬢に先を促す。


「魔術の発動条件は、暴発防止のためだと思うけど、一定以上の甲高い音を出した後、3秒以内にキーワードを発声することで、発動可能状態になるわ」


 そのままマナに歩み寄りながら、続ける。


「その魔法陣は魔術結界と呼ばれるもので、魔術師たちはその発動可能状態に成る事を"魔界を開く"なんて言ったりするわね。あ、あの恥ずかしい"キーワード"は、3秒以内に言い切れるものなら任意の言葉に登録しなおすこともできるわよ」


 あいどらよ、きけ。の、ことらしい。俺はなかなか厨二心をくすぐられて、あれはあれでいいと思うが、うーむ。


「そしたら次ね。いま目の前のこの辺に、あなたの使用可能呪文のリストが出てると思うけど」


 そう言いながら、マナの目の前でぴょこぴょこと手を振る。


「最初だから多分、"初めて魔術を行使しようとしています、使用する魔術を選択してください"とか言いながら、選択できるのが"展開中のスクロールを使用する"の一択しかなかったりするんじゃない?」


「えっと・・はい、その通りです」

「それじゃ、さっき床を打ったのと同じように、その選択項目をナイフの柄で押してみて」


「え、これナイフで押せるんですか? ん・・しょ」


 気の抜けそうな掛け声とともに、マナが目の前の空間──俺にはそうとしか見えない──をナイフの柄で軽く小突くような仕草をする。


「ん?」


 マナが首をかしげている。

 彼女の選択項目のウィンドウが見えていない俺には、何が起こっているのかいまいちわからないが、ヴィアーネ嬢は自分でも何度もやっているためか、マナの置かれる状況を予想して的確に指示を出していく。


「多分今、目の前に"あと何秒詠唱してください"とか表示されてるでしょ?」

「あ、ハイ」


「それが表示されたら、どんな小さな声でもいいし、内容は何でもいいから、指定された時間分だけ、何か喋れば詠唱完了よ」

「へ?」


 これにはさすがにマナも素っ頓狂な声を上げ、目を丸くしている。


「悶えそうになるくらい恥ずかしい"僕が考えた最高にかっこいい呪文"を気どって口ずさむ人もいるし、恥ずかしいならアタシみたいに、小声でごにょごにょ言って済ませちゃってもいいし。極端な話、時間分だけあ~~~~っていってても発動するわよ?」


 うへぇ。柔軟なシステムだとは思うけど、それもどうなんだ?

 マナも同じように思っているらしく、ヴィアーネ嬢に向かって何か言おうとして、口を開く。


 事件は、その時に起こったのだ。


 考えてみれば理屈は今説明されたばかりだし、"そうすればそうなる"のは火を見るより明らかだったのに。でもまぁこれは仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。



「え、でもあ~~~で魔法が出ちゃうのもなんだか──あ」


「「「あ」」」


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ!


 一同、短く感嘆の声を上げるしかなかった。

 なんてこった。マナのTWOで初めての呪文は「エ・デモアーデマホウガデチャウノモ」だったのだ。


 つまり説明された素っ頓狂なシステムに対して、感想を漏らすように呟いた言葉がそのまま呪文であると認識され、本人の自覚しないところで魔術が発動してしまったのだ。


 しかし。

 一同が盛大な肩透かしを食らってずっこけそうになる中、事件はそれだけで終わってくれなかった。


 本人の自覚しないタイミングで発動された魔術。

 マナの足元からさっきとはだいぶイメージの違う白い悪魔が現れ、具現化してゆく。それでも現れ方は先ほどと同じ下からズゴゴゴゴゴってせり上がってくる感じだ。


 先ほどと同じ。


 そう、先ほどと同じ。


 "すごい風圧"と共に。


 もうあれだ。

 止めようもないくらい一瞬で。


 完膚なきまでに。


 ブァッッサァァッ!って。


 捲れ上がっていたんだ。



 ──マナのスカートが!!


 完全無欠。フードパーカーの裾の内側になって、さすがにそこまで捲れないんじゃないかなとか漠然と思うような部分も何もかもひっくるめて。翻りやすそうなプリーツのスカートは、ベルト部分を境に完全に逆さを向いて、チラとかそういうレベルじゃなくてもういろいろ通り越してへそまで見えそうな有様だ。


 ああ、そうだなピンク姐さん。驚きの白さだ。そして確かにそれは清潔感にあふれ、でもちょっと飾り気が足りないかな?もうすこし色気出してもいいんじゃないかな?って思うようなアレだ。


 時間が止まったように、皆固まって動けない中、空気読まない感じに悪魔だけはあの耳障りの悪い声で「きんどる」とか呟いて。


 呆けた顔してるヴィアーネ嬢に暖かそうな光が差したかと思うと、なにやら他人事のように、しゃらんらー♪みたいな音が鳴って回復エフェクトが出ていた。


 すべてが終わった後、呆然とたたずむマナと、声をかけるに掛けられない俺たち。


「う」


 じわぁ、って感じでマナは目に涙を浮かべたかと思うと、その場にぺたんと座り込んでしまう。此処に至るまでの羞恥プレイの数々にいい加減心折れたのか、声を上げて泣き始めてしまった。


「うわぁぁぁんもうやだぁぁぁぁぁっ!」


 泣き声にふと我に返ったような顔をしていたケンちゃんがぼそりと


「ふむ、確かに見事な白ぱんつだな」


 とか無遠慮なこと呟いたりしてさらに火に油だ。


「バ、バカ!煽ってどうすんのよ!ま、マナちゃん?ちがうのよ?わざとじゃないのよ?嗚呼もう、アタシ、ミニスカで魔術撃ったことなんてないもんんんっ!!」


 ヴィアーネ嬢が慌てて取り繕うが、マナはマンガみたいにギャン泣きだ。


 俺は・・・俺は?


 あれ、なんかHMDの視界が変に揺れる。

 おかしな違和感を感じて、俺はフリーモーションモードで自分のアバターの顔を触ってみた。


 ・・・血?

 え、鼻血!?


 もちろん現実の俺は鼻血なんて出したりしていないが、どういう仕組みか。同年代ぐらいの女の子の形をした何かのあられもない姿を目撃した、という俺の性的興奮、心理状態をどう誇張表現したのか。おそらくオートエモーショナルコントロールによって、俺、ユージンは鼻血を噴いていた。


「おま」


 誰かが、口を開く。


「お前らウブ過ぎんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 そのちょっと汚い言葉遣いの叫びは、しかしながらヴィアーネ嬢から発せられていた。

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