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ThebesWorldOnline  作者: 海村
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第14回 「魔王」


「で、なんだったかしら」

「本題。初歩魔術の習得。今度こそな」


 デジャヴの様なヴィアーネ嬢のポーズ。セリフ。

 ケンちゃんが横目でヴィアーネ嬢を見ながら、促す。


「ちょっと遠回りしすぎちゃったわねー。ごめんねー」


 あくまであれ以降、最初と同じテンションで陽気に振る舞うヴィアーネ嬢。


「いえ……ありがとうございました」


 真面目な顔をして頭を下げる。


「まぁそっちは簡単よ。本題のが簡単ってのもアレだけど」

「いえ、あの」


「んー何から説明しようかしら。説明することだけはいっぱいあるのよね。すっ飛ばしてもいいけど、できれば全部知ったうえで魔術師になってもらいたいわァ」


 しばし思案顔の後。


「そうね、マナちゃん。貴女どんな魔術師になりたい?」

「え、私……」


 これまた漠然とした質問だ。

 ケンちゃんの時も思ったが、これが先ほどから名前が挙がる「初心者支援プロジェクト」とやらの方針なのだろうか。

 きっとこの漠然とした質問で、マナが答えられないでいると──


「回復役ってこと以外に明確な方針がないなら……じゃあ名前の響きだけでもいいわ。今から挙げる名前で、いちばんカッコいいと思ったものを教えて?」


「へ?」

「う、うん?」


 これには俺も、マナと一緒になって変な声を上げてしまう。魔術のレクチャー、だよな?

 そう考える間にも、ヴィアーネ嬢は眼を瞑って指を立てるとそのあとを続ける。


「紅蓮の魔王、ウィリヒァム・アウザ・エスタナシア」

「ま、まぉ……え?」


「悪意の魔王、エンリコリート・ヴァシュタール」

「それってどういう……」


「静青魔王、ユミナリエス・エリアル・アンテネート」


 俺とマナが戸惑いの声を上げる間も、ヴィアーネ嬢は止まらず、何やら名前らしいものを羅列していく。

 どうやら、ピンク姐さんはとことんもったいぶる性分の様だ。

 立てていた指を下すと、そこで目を開け


「今挙げたのは、この王都ヴァルハラ支部に"崇拝柱"を置く"人間"の魔王よ。一部例外は有るけど、まぁ人間が崇拝できるのはこんなところね」


「すうはい?」

「にんげんのまおう?」


「んーまぁそうなるわなぁ」


 ヴィアーネの横でケンちゃんが頭を掻く。


「お前らあれだ。"原作"とか読んでるクチじゃないよな?」


「え、そんなんあったんですか?」

「ゲームの広告に一切載せないものねぇ」


 知ってれば、話は早かったのだけれど、とヴィアーネ嬢。


「TWO、テーベ・ワールド・オンラインは、その名の通りファンタジー小説『Thebes(テーベ)』を原作に、その世界観を再現したといわれているわ……」



 ヴィアーネの、そして時折ケンちゃんも補足しながら、説明は続いた。


 曰く。

 ゲーム広告に「こんな原作小説があるよ」とは一切触れないで、しかしながらTWOは知る人ぞ知るその小説の舞台を忠実に再現しているのだという。

 だからこそ、原作小説を知るプレイヤーは、ある程度のことが予想できてしまう部分もあるのだそうだ。


 その小説の中では、"人間"という種族は基本、先天的に魔力というものを持つことがなく、独力によって魔術を行使するのは不可能……という設定になっているという。


 では人間が魔術を行使するためにはどうすればよいのか? そこで登場するのが「魔王」という存在だ。

 その世界でいう「魔王」とは、自らが魔王であると宣言し、大陸魔術協会が認定さえすれば"何でも"成る事ができると言う。"誰でも"ではないのは、そこに所謂「人外」も多数含まれるからなのだと。


 どういう不思議か、その「宣言」ひとつで魔王は所謂「魔界」への干渉が可能になる。えらく簡単に成れてしまうものだが、どのくらいの干渉ができるかはその魔王の力量次第だし、宣言の瞬間から「討伐対象」として指定されるリスクもある。名乗ったのが人間であれば、その日から、同じ人間である「勇者」が自分を殺しに来るということもある。


 しかしながら人間が魔術を行使するには、実はこの「魔王」に便乗する形で、魔界への干渉権を得なければいけない。その"権限の便乗"を単語として「崇拝」と呼んでいる。そして基本的に人間は人間の魔王しか崇拝できないらしい。


 崇拝することで。ここでの具体的な行動として、支部に用意されている、それぞれの魔王のオブジェ、「崇拝柱」に願うことによって、一時的に魔王の力を借りて無条件に初歩魔術を行使できる。

 他者の力を借りてただ一度、「魔術を行使した」という経験を得る。そうすることで術者は次から自力で魔術を行使する糸口を見つける、という仕組みだ。


 なので新しい魔術を覚えたければ、肉体的に成長しても意味がない。あらゆる手段を用いて……一般的には「魔王を崇拝している状態の魔術師」が、魔術が使えるスクロールなどを用いて一回でも"その魔術を使用"すれば、次から自分で使用できるようになる。



二人は代わるがわる説明していくが、マナは頭が付いていかないのか、熱に浮かされたような顔をして瞬きを繰り返している。


「つまり、この奥のオブジェを拝んだ後はー、スクロールを手に入れるたびに新しい魔術が覚えられるわ。覚えるのにLvとかは関係ないわね。何回も使うのに最大えむぴーとかは意味が有るけどォ」


「選んだ魔王によって、協会が現金で売ってくれる初歩魔術スクロールの種類が変わるぞ☆」


 マナの様子を察してか、とたんに説明がざっくりする。


「あ、それなら何とか」


 途端に、ぱあっと表情を明るくするマナ。


「んー、そろそろ座学は限界そうね。奥行きましょ、奥」

「そうだな」


 俺たちはほっと息を吐きながら、席を立つ二人に続いた。


◇◆◇◆◇


 魔術協会の建物の奥へ案内され、広い部屋に通されると、そこにはだだっ広い何もない部屋に、三本の柱が立っていた。


 一つは燃える炎のような彫刻が掘られたもの。


 もう一つには恐慌して叫ぶ人のような彫刻のもの。


 最後は、氷か水晶を思わせる結晶の形をしているもの。


 それぞれが


 炎を司る紅蓮の魔王。


 恐怖を司る悪意の魔王。


 氷を司る静青魔王。


 を表し、傍で願うことで崇拝することができるという。


「さっきもケンが言ったように、崇拝する魔王で協会が販売してくれるスクロールが変わるわ。別に手に入れさえすればどんな魔術も覚えられるから、今のところ安易に選んでよいっていうのが大方のプレイヤーの見解ね」


 マナは少しだけ迷った後、一つの柱に歩み寄る。


「その中だと、火が一番素直そう」

「マナって、案外攻撃的な選択するっていうか……」


 俺は意外に思ってつい口をはさんでしまう。


「んーでもゲームで未知の部分をプレイするうえで、わかりやすさは重要じゃない?」

「なるほどな」


「でも私、ほしいのは回復魔法なんですけど……」


 たしかに。火を司る魔王を崇拝して得られるのは、なんとなく攻撃魔法?のようなものを想像してしまう。


「その辺は心配いらないわ。ここでの選択は所謂属性の選択だけど。回復属性なんて概念はないから、どの属性……つまり魔王を選んでも、回復手段は在るわ」


 ほへー。

 と、マナと一緒に感嘆の声を漏らす。


「じゃあ、決まりかしら。準備できたら、炎の形のオブジェの前で祈るような恰好をしてみて。低い姿勢で両手を合わせていれば大抵は大丈夫だから」

「わ、わかりました」


 マナが言われた通り炎のオブジェ──紅蓮の魔王、だったか?──の前で跪き、手を組み合わせて祈るようなポーズをとると、しばらくしてオブジェがほんのり赤く光り始める。


 俺には見えないが、マナには何かガイド文章のようなものが見えているらしく、顔を上げて何やらせわしなく目線を走らせている。

 最後に指先で何もない虚空を押すような仕草をすると、オブジェにまとわりついていた赤い光が、吸い込まれるようにマナに移り、しばらくして何もなかったかのように消えた。


 いつの間にか、差し出されていたマナの手のひらの上に一つの小さなスクロールがあった。


「オーケイ、これで崇拝の儀式は完了。この時点ですでに貴女は"魔術師"よ」


「まずはおめでとう。でもまだ一つも呪文を覚えてないからな。その手に持ってるのがキミの最初の魔術だ。ランダムで、たまに希少なのが出ることもあるらしいぞ」

「おーやったなぁ」


 マナを囲んで口々に祝いの言葉を述べると、ちょっとはにかんだような顔で笑う。

 何度も言うけど、こういう顔してる方が可愛いんだよな。まぁ中身はあれだが、連れ合いとしてはやっぱり、心健やかであってほしいと思う。


「さて、それじゃあ次は実際に魔術を使ってみるわよ」

「ハイ!」


 マナにとっても、そこが一番楽しいところだろう、期待に目を輝かせて彼女にしては珍しく、はきはきと返事をしていた。

 


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