第13回 「男なんて究極ドットで描かれたCGイラストで」
「で、なんだったかしら」
「姐さーん」
とりあえずの落ち着きを取り戻し、本題に入ろうとするも、この態度である。
旧知らしいケンちゃんもあきれ顔。
俺もジト目。
マナに至っては未だに涙目で、ヴィアーネ嬢を睨み付けてさえいる。
「やぁねぇ冗談よぅ」
三人の視線を受けて、さすがにたじろいだ様に、ようやく取り繕う。
「悪いな二人とも、コレさえなければ、実力は折り紙付きなんだ。もう少しだけこらえてくれ…………はぁ」
「あらァ、魔術の前に、教えることがあったのも事実よ?」
「むぅ、しかしなぁ」
たしかに、一理あるのだ。
あのまま無防備なマナが、このTWOで生活をつづければ、遠からず問題になったかもしれない。最悪中身の性別にかかわらず、その"女性の形をした無防備な何か"は性的な悪意に晒される可能性もあったのではないか。
もちろん、致命的なレベルのことはシステムによって保護されているはずだが、どこまでが許容範囲かなんて、人それぞれなのである。
マナも、そしてお恥ずかしながらこの俺も、スカートの中がチラ見えしただのしてないだので、この有様なのである。
だがしかし。
「ほらぁ、アタシ悪くないm
「「や・り・か・た!!」」
何やら言い訳を始めるヴィアーネ嬢を、ケンちゃんと俺で両側から挟み込んで、その頬をぐりぐりと攻め立てる。
「ご、ごめゅ……むぎゅー!」
◇◆◇◆◇
仕切り直し。
「ったく、カンベンしてくださいよ。こいつ、すっげぇコミュs──内向的で、コンビ組もうってなるまでにもずいぶん苦労したんですから」
「あら、コミュ障なのね。それは大変だわ」
「俺言い直しましたよねぇ!?」
さすがに語気の荒くなってきた俺に、ヴィアーネ嬢もしたてな態度だったが、俺を手で制すると、何やら難しい顔。
「ならなおさらのことよ。マナちゃん」
「──!」
まだ立ち直る気配のないマナは、突然話を振られてビクリと肩を跳ねさせる。
「おい、ヴィアンッ!」
ケンちゃんが本気で怒ったように止めようとするが、ヴィアーネ嬢も何やら真剣な顔で見返してそれに釘を刺す。
「ごめんね。からかったのは謝るわ。でもここからは真面目な話。返事は無理にしなくていいから、そのままで聞いてね」
本当にもう茶化すつもりはない様だ。でもさっきとは打って変わってシリアスな態度で、でも同じ話題を続けようとするヴィアーネ嬢に、俺は困惑していた。
「え……っと。前置きがアレだから信用無いかもだけど、もう茶化さないから。大事な話をするから、聞くだけ聞いてほしいの」
「?」
「なんだよ突然」
そんな態度、普段は見せないのか、いぶかしげな声を上げるケンちゃんを「ヤロウアバターには関係ない話よ」なんて言いながらひと睨み。
場の雰囲気が変わったのを察してか、マナも顔を上げてヴィアーネ嬢の言葉を待つ。
ひとつ、咳払い。
「マナちゃん。さっきも言ったけど、貴女そのアバターすごく可愛いわ。あたしみたいな立場から見てもね」
"女から見ても"と言わない、もしくは言えないのか、ヴィアーネ嬢は遠回しな表現をした。
「だけど、貴女自身がそのことに無自覚で、さらに無防備となると、それは貴女だけの問題で終わらないのよ。とても危険だわ」
「どういうことだよ?」
ケンちゃんに先を促され、ヴィアーネ嬢はそのまま続ける。
「普通のゲームとは違うのよ。TWOのグラフィックスはリアルすぎるの。アタシも、貴女も、ユー君も、ケンだって、髪の毛の色と服装以外は、現実に存在してもおかしくない造形だわ?」
ああこれは。
「男なんてね、究極、ドットで描かれたCGイラストですら欲情できるの。人間はどこからだって連想するもの。そんな中"可愛い女の子"にしか見えないモノが、無防備に目の前をふらふらしていたらどう思うかしら?」
「あ……」
マナはようやく合点がいったように、短く声を漏らす。
男の立場としてはなんだか、納得しがたいこと言われたような気もしたが、今は水を差す場面ではないだろう。
「つまり、貴女の存在が、男に変な気を起こさせてしまう。貴女自身に"そのつもり"がなくても。同じように"そんなつもり"なんて全くなかった人に"魔が差す理由"を与えてしまう。わかるかしら」
鈍く、皆、頷いた。
つい先ほど、俺が抱いた懸念と同じことを、このピンク姐さんは説法しているのだ。
「昨日ずっと一緒に居たユー君なら、身に覚えの一つや二つ、有るんじゃない?」
「な、なん──」
突然、そんな爆弾みたいな話題を俺に振ってきやがるんだ。
脂汗を垂らしながらマナの方を見ると、何やら不安げな顔で「そうなの?」と無言のうちに問うてくる。
ぐぬぬぬ。
マナの顔を見て、俺は粕ほどの自分の名誉と、マナの今後の安全を天秤にかけて、しぶしぶ後者を取った。
「……す、すまん」
ごめん其れしか言えない。
"無防備"なマナもさすがにお察ししたらしく、再び赤面して、そのまま数秒俺を見つめた後、結局何も言えずに下を向いてしまう。
まいったな。ほかの二人は知らないが、この場で唯一、自分が男だと宣言している相手に"身に覚え"とか言われて、マナはどう思ったろうか。
変な誤解が生まれてなきゃいいけど……。
「このことはいっそ、貴女の"中身がどちらでも"関係ないわ。そのアバターが見た目としてそこに在って、場合によっては触感すら持って触れてしまえることが問題よ」
内心を見透かされたような、ドキリとすることを言われ。
「あなたたちが知らないだけで、セクハラレベルの事なんて日常的にあるし、場合によってはそれ以上の"事案"もゼロじゃないわ。事実としてトラウマ抱えたまま二度とログインして来なくなった子も、居たわね」
続く言葉に、絶句する。
「お、おい、姐さん、それ──」
「アタシじゃないわよ?居るでしょ。此処に。アタシ"は"」
先ほどまでの軽い態度は何だったのか、らしからぬ遠い目をして息を吐く。
その言葉で、彼女にとって身近な誰かが、悲しい結末を迎えてしまったことを容易に想像できてしまった。
しばし、無言。
ふと、ヴィアーネ嬢はにこりと笑顔に戻ると
「──だからおねがい。おねーさんのアドバイス、きいてくれるかなー?」
マナが隣で息をのむのがわかる。
「は、はい」
茫然としたように、それだけの言葉を絞り出す。
「ユー君。恋仲ではないと言っていたけれど、男の子の勤めよ? 守ってあげてね」
軽い態度でウィンクなどしてくるのだが、先ほどの話の後だと重い。
「俺は──」
言いよどんで、俺はマナの方を見る。
昨日からずっとこの調子の、不安そうな顔で、俺を上目遣いに見つめている。
やれやれ、こんな顔させたくなくて、誘ったはずなんだけどなぁ。
苦笑。
して、ヴィアーネ嬢に向き直る。
「任されました」
その直後のマナの顔を、俺は恥ずかしすぎて見れなかった。




