第12回 「驚きの白さ」
"大陸魔術協会ヴァルハラ支部"
そんな看板が英語で書かれていて、カーソルを合わせないと何の施設なのか……まぁ雰囲気で大体わかるのだが。
とにかくケンちゃんに連れられて行政区画まで移動し、そこからさらに歩いてたどり着いたのがここだ。
「ちわーっス」
場の雰囲気をバッサリ切り落して気だるげな挨拶をしながら、ケンちゃんは魔術協会の敷居をまたぐ。
「ケンちゃんじゃん、なに? ついに魔術の良さがわかってもらえたの?」
近場にいた魔術師らしい青年のプレイヤーアバターが駆け寄ってくる。
足先がようやく出るくらいの黒の長いフードローブを着込んだ、何とも魔術師然としたキャラクターだ。対照的な短く切りそろえた明るい金髪も、逆に若い魔術師と思えばそれらしい。
「おれが魔術ってガラかよ。あ、魔術付与武器じゃ、さんざお世話になってっから、その辺はおいおい理屈くらいは理解しときてぇかな」
「おれは今からでも全然かまわないぞ」
「まてまて、今日はそういう御用向きってやつじゃねぇ」
世話話を切りのいいところで切り上げて、知り合いらしいプレイヤーを手で制する。
「今日は初心者支援で来てる。ほら、昨日くらいから始めたらしい、ユージンとマナだ。女の子の方が魔術師志望らしい」
そう言って、俺たちを紹介する。
「へぇ、歓迎するよ! おれはケンのフレンドでケヴィン。TWOへようこそ!」
「ちわス」
「よ、よろしくおねがいします」
俺たちは軽く頭を下げて、挨拶する。
「魔術のレクチャーを頼みたいんだけど、"姐さん"居る?」
「ああ、珍しく手が空いてるぞ」
そういうと、ケヴィンと呼ばれた青年魔術師はカツンと一度杖を鳴らすと、奥へと引っ込んでゆく。
「"姐さん"て?」
ケンちゃんしか居なくなった隙に、気になったことを質問しておく。
ケンちゃんはどういうわけか、ちょっとだけ言葉に詰まったように黙ると、何か微妙な顔をしながら口を開く。
「ああ、この後の引継ぎ……つまり魔術のレクチャーを頼もうとしてる相手で、ここいらじゃ名うての魔術師プレイヤーだよ」
「そんな有名な方に習えるんですか?」
マナは目を輝かせて、こぶしを握り締めている。
「あーいや、ウデっていうか、レベルだけでいうならそりゃあフロントランナークラスだけど……うーん」
「え、なんか性格に問題ありとか……?」
「んー……説明しづらいな……まぁ本人と話すのが速いかな」
んー?なんかケンちゃんの態度がきな臭いっていうか、名うての魔術師なんて一癖も二癖もあるもんだろうけど、いったいどんな人物が現れるやら。
なんとなく受付付近を陣取って立ち話していると、奥の方から何やら騒がしく駆けてくる人影が。
「やったぁ!! 久々の新人だわ! もーおねーさんが手取り足取り教えてあげるんだから覚悟(?)してらっしゃい!?」
その声には聞き覚えがあった。
俺はこめかみを押さえた。
勘違いであってくれ。
そう願わずにはいられない。
だが俺が沈痛な面持ちで顔を上げると、そこにいたのは
「ピンク姐さん……まさか」
そう、俺がTWOを開始して初めに出会ったプレイヤー、ヴィアーネ・サルタリク嬢その人であった。
「あれ、ユージン君じゃなーい。なになに、新人ってユージン君の事なの? 意外ね? 教えてほしいのは魔術なの? それとも女の子になる方法?」
早口にまくしたてながら必要以上に距離を詰めてくるピンク姐さんを、そこはかとない拒否のジェスチャーで押しとどめ、仰け反りながら落ち着かせようとする。
「いや、ちが、俺じゃなくて! てゆーかサラっと最後に怖いこと言いませんでしたか!?」
「えー、在るわよォ? すっごいレアアイテムだけどー」
「まァ、その辺にしといてやってくれ。姐さん。本題に移れない。例の初心者支援プロジェクトの活動だよ。まじめな話」
よこからケンちゃんが口をはさんで、ピンク姐さんをなだめてくれている。
しかし縁とは恐ろしいな。
まさか、ゲームを始めて初めて会ったプレイヤーが、魔術のプロフェッショナルで、初心者支援活動なんてやっているとは。しかもロイさん、ケンちゃん、ピンク姐さんとお膳立てされたかのような偶然の連続だ。
「あら、ケン。居たの?」
「おれが連れてきたんだよっ!?」
「ふーん。まぁ立ち話も何だし、その辺座りましょ? 落ち着けやしないわ」
「アンタが言うのかよ……」
夫婦漫才のようなやり取りを、さてさて俺とマナは冷や冷やしながら目で追うことしかできないでいたが、意外や物腰柔らかく、ピンク姐さんに促されてソファへ。
◇◆◇◆◇
「いやぁまさかユージンが共通の知り合いだったとはな」
ガラスのような鉱物でできたローテーブルに革張りのソファ。2人掛けのソファに俺とマナが並び、対面にケンちゃんとヴィアーネ嬢。ケヴィンは雑務があるからと、ケンちゃんに手を振ってから奥へ引っ込んだ。
ケンちゃんから簡単に経緯が説明され、しかしながらヴィアーネ嬢はどこか不満気だ。
「ちぇー。なによー。ユー君が魔術師んなるんじゃないのー? しかも昨日の今日でちゃっかり彼女なんて作っちゃってるしサー」
口が"3"だ。しかしヴィアーネ嬢の唐突な誤解に俺とマナは大慌てだ。
「へ!? いや、俺たちそういうんじゃなくて!」
「あの、その、す、すみません!?」
「マナ、それもっと誤解される返事だから!?」
俺が大慌てで釈明しようとあたふたしていると、意外にもヴィアーネ嬢が「全て解っておる、くるしゅうない」とでも言いたげな顔で、俺たちをなだめる。
ああ、理解して──お察ししていただけたのか。
ほっと胸を撫で下ろすのも束の間。ヴィアーネ嬢は組んだ手の上に顎を載せて、にこやかに続けた。
「爆発しろ☆」
「またかよ!?」
ケンちゃんはそこだけは共感するように深くうなずいている。くそ、俺の立場は!?
「挨拶は正しく行うべきだわ?」
「正しさって……」
「えーとそれで、マナちゃん、だったかしら?」
「あ、は、はい!」
突然矛先が向いて、マナは身を固くする。
ヴィアーネ嬢は値踏みするようにマナを観察し「ふうむ」とか声を上げている。
「かわいい娘ねぇ。ユー君が篭絡されてしまうのも無理もないわ。このアタシが目をつけていた物件を横取りするなんて……ふふ、とんだ泥棒猫さん」
目を細め、怖いことを言う。
「え、あの、わ、私! ほんとにそういうんじゃなくて──」
「冗談よ?」
にっこり。
どう表現したらいいだろうか。男の俺にはなじみ薄い「女の牽制」? だろうか? あれ、でもヴィアーネさんてたしか中身は男で、隠しているけどマナだってそのはずだ。今のやり取りはマナにどう映っているのだろうか。
横で聞いていた俺とケンちゃんはそれぞれの立場で、気が気ではない。
マナは大慌てで俺との関係を否定していたが、「冗談」のひとことで萎れる様に縮こまる。きゅぅ。て。
「あと貴女、はじめて2日目だったかしら。無理もないことなのかもしれないけれど、ちょっと油断しすぎね」
「はぁ」
「?」
何のことを言っているか見当がつかず、俺もマナも生返事だ。ケンちゃんもわかっていないようで、疑問の表情でヴィアーネ嬢を見る。
ヴィアーネはため息をつきながら話を続ける。
「そんな短いの穿いてるなら、低い椅子に座るときは、フリーモーションモードでもっとしっかり足を閉じた方がいいわよ? でないと可愛らしいそのぱn」
「ひゃっ!?」
シュバ!!
ヴィアーネ嬢のセリフが終わらないうちに、言わんとすることを理解したらしいマナは、ゲームパッドで操作しているとは思えない超高速でスカートの前を押さえ、そのまましゅ~って音が鳴りそうな程真っ赤になって縮こまってしまった。
ケンちゃんは「あー惜しい! 先に気が付ければwww」とか無責任なことを言っているが、前日の夜、必死で"その中身"について考えないように努力していた俺としては、不意に意識を引き戻されて正直慌てた。
「あら、ほんとに気が付いてなかったのね。てっきり半分は対抗意識っていうかユー君を誘惑するためにやってるんだと思ってたんだけど」
「なっ、ちが、そん」
「え、おれは、あの」
え、ナンデスカこの羞恥プレイ。
あれ、俺たちに何しにここに来たんだっけ? えーと。
慌てふためく俺たちに大人勢はあくまで余裕だ。く、これが若さか!
「もしかしてリアルじゃそんな短いのとか穿かない子なのかしら。そうよね、折角のアバターなんだし、いつもより少し大胆になっちゃうのかもしれないわね。あ、もしかしてアタシと同類だったりして」
最後に何やら鋭いとこを突く言なども混ぜつつ、ヴィアーネ嬢の饒舌は続く。しかしあれだな、ヴィアーネさんのフレンドカードを持ってない──つまり彼女のリアルが男だと知らないマナには、やはり今のセリフはどう映るのか。いや、まともに考える余裕がなくても不思議はないけれども。
「それにしても統一してるのね。"驚きの白さ"だわ。まぁ清潔感があってよいのだけどちょっとイモっぽいかしら。それともそのくらいの年恰好だと、"そういう"需要のほうが多いのかしら」
どしゅ。
音を立ててヴィアーネ嬢の言葉が。致命的な「情報」が俺の脳に突き刺さる。
考えないようにしていたのに。
ひっしでていこうしたのにー(棒)
新たな「材料」を提供され、俺の想像は容易くマナのスカートの中へ突入してしまい、俺は顔を手で覆って悶絶した。
こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいちゅわおときょ。
マナの方も"驚きの白さ"のあたりで、赤面しながらも勢いよく顔を上げ「信じられない」とでも言いたげな顔でヴィアーネを凝視し、さりとてどうすることもできずに肩を震わせながら下を向いてしまう。
「──でもちょっと飾り気がなさすぎね。もう少しレースとかリボンとか──」
「アー、ちょっと姐さん」
「──あ、下着選びなら商業区じゃなくて貴族街よ? そもそも"この世界"の一般的ってのがイモっぽいんだから、すこしくらいお金かけないと──」
「姐さん。姐さーん」
「──アタシも最初は──なによ?」
我に返ったように言葉を止め、ケンちゃんの方を振り返るヴィアーネ嬢。
「その辺でやめたげて。青少年たちの羞恥心が留まるところを知らなくて、女の子の方がそろそろ泣き入ってる」
見かねたケンちゃんの制止の声で、ようやく言葉の暴力は終わりを見たのだった。