第11回 「ゴッドなミラクルで癒しの天使」
依頼の成功報酬が200シルバー。
ジャイアントビートルが直接ドロップしたのが78シルバー。
巨漢が気前よく譲ってくれたゴブリンのドロップが118シルバー。
合計396シルバーが今回の実入り。
仲良く二人で半分こだから、一人当たり198シルバー。
「さて」
あのあと、巨漢にエスコートされて城壁内に戻ると、そのまま同伴してハンターズギルドまで戻る。
依頼の達成をNPCジョセフに報告、報酬を受け取り、3人でテーブルに着いたところだ。
「俺の名前はロイってんだ」
「あ、おれはユージンって言います。こっちはマナ。お世話になりました。いやほんと、もうだめかと」
「別に俺自身は初心者支援とかやってるつもりはねぇけど、これも何かの縁か。お前さんたちも今日はもう"たけなわ"ってやつだろ?俺も今日はもうそろそろ落ちる時間だけど、なんか聞きたいことあるなら受け付けるぜ?」
俺は、ちょっと気のいいおっさん扱いしていた巨漢の実力を見せつけられて、彼に対する態度を改めた。
「油断してました。気をつけろって言ってくださっていたのに」
「まぁそれもこれも、毎日毎日夜ばっかってのが悪いんだけどな。なんでも近々ゲーム内の時間進行を現実と変えようって動きもあるらしい。健全な学生や社会人が平日に朝日を拝めるかは、今後のアップデート次第だな」
「──にしても、正直ビビりました。一瞬ゲームだってこと忘れて、殺されるー!とか思っちまいましたもん」
「はは、リアル過ぎるのもなんか問題な気がするよなァ」
そこで、俺はマナが会話に入ってきてないのに気が付く。
やれやれまた人見知りだろうか、とマナの方を見ると、なんだか自分の手のひらを見て、深刻な顔をしている。
「お、おい、どうしたんだマナ」
「カブトムシの時はまだ大丈夫だったんだけど……その、ゴブリンを突き刺した感触──っていうか感覚みたいなのが、まだ残ってて」
マナは何度か両手を握ったり開いたりしながら
「ほんとに"生き物を殺してる"って感じがして、ちょっと怖くて。あの、ロイさん、こんなこと、この先ずっと続くんでしょうか」
巨漢──ロイは、一瞬キョトンとした後、「あーそれなァ」とかぼやきながら、頭を掻く。
「んー実はさ。同じような理由で、馴染めなくて辞めてく奴居たんだ。1割くらいかな?」
ロイは、実際の年齢もアバターと同じくらいなのか、神妙な顔になると妙に大人びて見えた。ゲームをやりこんでいる先達の余裕・・のようにも見える。
ふと、口に手をやって、こう、唇をすぼめるような、よくわからない顔になった後、はたと気が付いたように鼻を鳴らして、そのまま目を反らして遠くを見る。
──多分、リアルじゃタバコ吸ってんじゃないかな、とか、なんとなく思った。
「にーちゃんが言ってたような"殺される感"とか、嬢ちゃんが言うような"あたし、殺しちゃった感"とか、このゲームのリアルさが倫理観を侵食する効果ってのは確かにあると思うけど」
真顔のまま、こちらを向き直ると残りを続ける。
「まァ、そればっかりは"慣れ"ちまうしかないっていうか、まぁ慣れちまうことが怖いんだろうけど、うーん、そのままの気持ちでこのゲームし続けるのはちょっと辛いかもな」
「んー、俺はまぁ慣れればっていうか、そんな深刻な感覚じゃないし、レベルが上がって、刃物で切られてもHPさえあれば大丈夫ーみたいな状況を経験すれば、吹っ切れそうな感はありますが」
俺はマナの方を見る。
マナも俺を見返してくるが、その顔はどこか不安げだ。
「ぼくは…………」
見かねて俺はマナを遮るようにして言う。
「すぐに決めなくてもいいんじゃね? その、俺はせっかくの相棒に、これからも一緒にゲームしてほしいけど、無理強いもしたくない」
「ユージン・・」
申し訳なさそうに俯くマナを気遣う様に、ポンポンと肩をたたく。
「今日はもう遅いし、いっぺんログアウトして、その間に考えようぜ。マナも学生?明日も同じような時間にログインできる?」
「そうだね、案外寝たらすっきり忘れちゃうかもしれないしね」
気丈に笑うが、その顔はやはりどこか不安げだ。
しばしの沈黙の後、"それじゃ、もう落ちるね" "おやすみ"とマナがログアウトする。まるで俺たちが殺したモンスターみたいに薄青く輝いて、溶けるように消え失せるのは何の皮肉だろう。
「あの性格だからなぁ。あ、じゃあ俺もそろそろ落ちます。今日はありがとうございました」
ロイに礼を言って、俺もログアウト操作を始めようとすると
「──なァ、にーちゃん、一つ提案があるんだが……」
◇◆◇◆◇
「でー」
翌日の夕方、俺とマナは商業区画の路商の前にしゃがみこんでいた。
このテントには見覚えがある。
「そんでーロイのおっさんに紹介されたのがーこの"武器屋のケンちゃん"ってわけですかァー」
目の前でやる気なさそうにう〇こ座りするのは、どうみても昨日俺に、背中の長剣を売った武器屋の男だ。昨日と同じジーパンだが、Tシャツの様なものにはでかでかと達筆で"男気"とか書かれている。
「いやぁ、俺も驚いていますが……」
「すごいなーにーさん、オレ、なんか運命とか感じちゃうなー。また会うことになるなんてなー。昨日はご購入あざーしたー。あと爆発しろ」
「あんたまで!?」
「ん? 女連れに対する適切な挨拶だぞ?礼儀礼儀」
昨日あの後、俺はロイに呼び止められ、ログアウトを中止し、そのまま一つの提案を受けたのだ。
いわく。
『にィちゃんの方は最初から有り金はたいて、そんな長剣買ってるくらいだから、もう"剣士"を目指すつもりでやってんだろ? でもお嬢ちゃんの方はなんだかあのナイフに執着がある様子でもないし、いっそ──』
で、提案された内容というのが"マナにヒーラーをやってもらう"という選択肢だ。
なるほど、俺が前衛をやって、マナには回復役をやってもらう。そうすることで、マナがモンスターに直接攻撃したり、とどめを刺したりする機会がなくなる・・・という寸法だ。
じゃあヒーラーになるのに誰に手ほどきを受けたら良いのかと問うたところ「自分よりそういう説明好きの初心者支援やってるやつがいるんだ」とこの武器屋の店主を紹介されたわけだ。いやぁ巡り合わせって怖い。
俺は、先ほどマナと落ち合うや、すぐに同じ提案をし「それならできるかも」とほっとした顔をするマナに、俺も内心胸をなでおろしたものだ。
じゃあヒーラーって言ってもこのTWOじゃ、どんな職種があるのかってことで、いそいそとロイに指示された場所に来てみれば、これだ。
「んーにーさん等、やっぱ"これも何かの縁"ってやつだ。名刺あげるよ。今日に限らず困ったら来なよ」
そう言ってフレンド申請をされる。
もちろん断る理由はない。俺もマナも迷わず申請を許可する。
【フレンドカード】
Name :ケンちゃん
Job :熟練戦斧闘士
Lv :48
Login:ログイン中(暇してるよー、客来ねェ)
Memo :毎度おなじみ武器屋のケンちゃんだぜ。
初心者支援やってます!武器以外の事でも手広くレクチャーするよ!
あー、名前に"ちゃん"が付いちゃってるよ。なんか抵抗があるけど「ケンちゃん」って呼んだ方がいいのかな。
俺の迷いをよそに、武器屋ケンちゃんはこぶしを握り締めて「っし! 美少女の名刺ゲットォ!」とかやってるが、うむ、事実を話したものか。
そんなやり取りに多少気後れしつつも、怖ず怖ずとマナが店主に話しかける。
「それであの、ケンちゃんさん」
「ちゃんさん!?」
「え、礼儀でしょ?」
「礼儀だろ?」
謎の共感を見せる二人に、俺は困惑するしかなかった。
まあなんにしろ、そんなこんなでケンちゃんのレクチャーが始まる。
「"回復役"って一口に言っても、このゲーム、スッゲェェ細かく職種があるからさ。俺も全部把握してるってわけでもないんだけど、少なくともお嬢ちゃんに教えてやれるくらいは知ってるつもりだ。そんで、お嬢ちゃんはどんな方法で回復したい?」
これまたスゲェ漠然とした質問だ。
「え、私……うーん」
マナも困った顔で唸る。
あ、今マナ"私"っつったな。確認を取ってなかったけど、俺以外には「女」で通すつもりなのかな。うかつなこと言わないように気を付けとこ。
しかし、さすがにケンちゃんも質問が漠然としすぎているのはわかっての事だろう。
「さしあたって、"アイテム"を使って回復したいか、それともスキル──所謂"魔法"みたいなもんで回復したいか。どっちかな?」
マナの反応は予想済みだったとでもいう様に重ねて質問してくる。
マナの表情がパッと明るくなる。その辺は決まっているようだ。
「魔法! 魔法使ってみたいです!」
「なるほど、えーとそれじゃ・・・」
魔法か。たしかにこのスーパーグラフィックスなTWOの世界で"魔法"って言ったらどんな派手な演出になるか、俺も興味はある。
「魔法……らしいもんにも色々あるぞ例えば──」
ケンちゃんの説明では大きく分けて3つ
1つに信仰する神を決め、神の奇跡を願うことによって仲間に助力する神官職。
2つに所謂魔術。白魔術によって魔力的な作用で仲間を治癒する。
3つに己の精神力のみで気功の様な自己再生を助長する力を発揮する精神法術。
神官による癒しの奇跡は強力だが、ステータスの信仰心パラメータによって効果が極端に変わったり、行使自体が失敗したりすることもあり、また、宗派がいくつかあり、宗教的なしがらみに行動を制限されることも多い。
魔術師による治癒の行使は、反対に所謂"悪魔の力"を借りて行う。主に召喚魔術により該当能力を有した悪魔を現界させ、魔力行使を代行させる。消費精神力に対して効果が高く、コストパフォーマンスが良いが、召喚シークエンスを挟むため発動が極端に遅い。
精神法術は完全な独力で世間的なしがらみは全くないが、消費精神力に対し効果が低く、さらに持続回復系のスキルが多数を占めるため、即時大量回復に向かない。
マナはしばらく迷っていたようだが一つ頷くとケンちゃんに宣言する。
「その中でいうと、魔術が一番確実ですかね」
「へぇ、神の奇跡でーって性分でもない?」
俺もケンちゃんも意外そうに、マナを見る。マナはキャラクターに女性アバターを使用しているし、体面を気にする性分だと思っていたからだ。所謂"善"を象徴する神官職を選ぶのだと、漠然と思っていた。
二人の視線を受けて、マナは不服そうに続ける。
「え、だって回復役で失敗があるとか、仲間がいるのに教会がらみの行動制限がーとか無いでしょ?」
もっともだ。俺は納得して頷くのだが、マナは手元で指をチクチクもてあそびながら何やらごにょごにょとつづける。
「…………その、ゴッドなミラクルで"癒しの天使"ってガラでもないし……」
一拍。全員が無言になる。
「ぷ」
「うあー、見てぇなぁー! ケンちゃん的には"癒しの天使様"見てぇなぁー!(笑)(笑)(笑)」
「ちょっと、なんだよユージンまで!」
マナは羞恥に顔を赤くして俺に食って掛かるが、ケンちゃんは笑い転げているし、俺に至ってはマナの表現の面白さもさることながら、しぐさの可愛さに思わず悶絶レベルで悶える。
「あははは、ごめ、やっぱお前可愛いwwww」
「ごっどwwwwみらくるwwww」
ひとしきり茶番を繰り広げた後、何とか落ち着きを取り戻した俺たちは井戸端会議モードに戻る。
「──で、だ。そうだな。魔術師を選ぶなら利点は他にもあるぞ」
「え、一番無難そうに聞こえましたが、まだなにか?」
俺が先を促すと、ケンちゃんは浅く頷いて続ける。
「先入観を与えたくなかったから、最初は言わなかったけど、魔法職で一番人口が多いのが魔術師だ。ゲーム内の知識的にも一番開拓が進んでる」
先ほどまで地面に説明書きを書いていた小枝──それが拾えて、地面に文字が書けるのにも驚きだが──を教鞭のように動かしながらケンちゃんの説明は続く。
「さらに、このゲーム、職業の名前が付いたからって、以外にも制限を受けない部分も多くてさ。ほら、おれだって表向き戦士なのに、鍛冶屋とか武器屋みたいなことしてるだろ?」
「ええ、まぁ」
「"魔術師"ってのはあくまでも"魔術師"なんだ」
「え、それってどういう……」
俺もマナも首をかしげる。
「つまり、白魔術師も黒魔術師もない。癒し手としてJob名に"白魔術師"の名を受けたところで、別に攻撃魔法を制限されたりしない。教会がらみで過度な殺傷を良しとされない神官より、その辺の自由度も高い」
「ほぉぉ」
「へぇぇぇ」
俺とマナは感嘆の声を漏らす。マナは目を輝かせているし、もうこれでいいんじゃないか。
「あと……んーこれはまぁ今はあんまり関係ないかもだけど、一番のネックになっている、予備動作に時間がかかるっていうデメリット。これを覆す召喚魔術以外の魔術ってのもある……らしい。かなりレアらしいからまぁ、最初は忘れていいかもしれないが」
「もう決まりじゃないか? マナ」
「そうだね、魔術師でいこう」
俺とマナが頷き合うのを見て、ケンちゃんは立ち上がる。
「決まりだな。じゃあそしたらここからは専門外なんで、次の"伝手"にバトンタッチだ。ついてきてくれ」
ケンちゃんに案内されて、俺たちは移動を開始した。