第117回 「気が付けないお話」
「よかったね。 ユージン!」
「う、うん?」
一瞬何のことかと首をかしげ掛け、すぐに手の中の片手半剣に眼を落す。
御多分に漏れず、マナの言うそれも同じものを指していたようで、彼女はその細く白い指で俺の持つ刀剣を指差す。
「タダでもらえた」
そう言って微笑むマナ。
俺的には、友人であるケンちゃんの情報を売った対価と考えると少し心苦しいものが有るのだが。
しかしながら耐久度に不安が有るとはいえ、今の2倍近い単純攻撃力は魅力。
「まぁ、使い分けていけば、結構便利そうだな。 ホントは"買い替える"つもりだったんだけど、ケンちゃんの剣もインベントリにしまっておくよ」
「それが――いいと思う」
マナはそういうと、何を思ったのか、たびたび引っ張り出しては使っていたあの超大型のナイフを取り出して見せる。
え、こんなマーケットの中で、いったい何を? と思えば、彼女はナイフをタップして詳細情報を表示させながら、それを差し出して見せる。
さっきのさっき。
話題に上がったばかりのそれはすぐに目に飛び込んでくる。
硬度優先度 106
俺の長剣に比べれば劣るものの、先の商人をして"鉄では不可能"とまで言わしめた、硬度100超え。
「! マナ。 これ・・」
驚いて、マナの方を見ると、彼女は微笑んで、ゆっくりと頷いた。
「これもね、実はケンちゃんさんに作ってもらったの。 ほら、最初、各々急いでレベル上げちゃおうってなったとき、僕、ちょっと迷走してたでしょ?」
「あ、ああ確かに。 でもケンちゃん、"オレが用意してやれれば"とか言っておいて、結局自分で作ってたんだな」
「デザインがほとんど一緒だから気が付いてないかもだけど、実は最初に持ってたのと違うナイフだよ?コレ。 まぁ硬さ以外の性能はほぼ一緒なんだけどね」
マナは、愛おしそうにナイフの革鞘を撫でると、再びインベントリにしまい込む。
それから、すっと真っ直ぐにこちらを見上げて。
「ユージン。 やっぱりあの人たちはすごいよ。 僕がユリシャで・・その、おと――え、と、オルヴェ・・さん? の両手剣を受け流せたのも、多分これでなければどこかで破綻してたと思う」
マナが、紅鉄の剣騎士団の剣士、オルヴェを指して、"おとうさん"と言い間違えそうになったことにちょっとだけ冷や汗をかきつつも。
たしかに、ケンちゃん製造の武器はその硬度だけで十分に利用価値がある。
ダメージ値が低いからと、簡単に手放すのは早計だろう。
俺は素直に感心しながら、長剣をインベントリにしまい込み、片手半剣を剣帯に吊し直すが。
「まぁ――」
「うん?」
「折れない代わりに、レベル1のカブトムシ一匹、確実にやっつけられないんだけど、ネ」
そう言いながら、マナは舌を出して、杖で地面付近を突き刺すマネをする。
ああ、そういえば確かに。
マナのナイフは鉄素材にあるまじき硬さをもっていなしをするにはとても優秀だが、代わりに最初期に遭遇した最弱モンスター、ジャイアントビートルすら一撃では殺傷できないほどの"なまくら"だ。
結果的にその硬さに助けられたと思しき場面は結構あった。
ケンちゃんは何を思って、俺達にこんな武器を持たせてくれたんだろう。
そんな感慨にまた呆け顔を晒す俺に、マナはいつものようにシャツの裾を引いて意思表示。
いや、可愛いんだけどさ。リアルだったらきっと俺のシャツは今頃だるんだるんに伸びて――
「ユージン! お店はまだいっぱいあるよ!」
「慌てなくても、逃げやしないサ」
「でも、もう日が暮れちゃう。 ユージンと一緒に、少しでも色んなことしたいの」
「わかったわかった」
やれやれ、と。
可愛くはしゃぎながらも、時折ちょっとヒヤッとするようなことを呟くマナに。
俺は後ろ頭を掻きながら、そろそろ浅宵に沈みつつあるマーケットを歩いてゆくのだった。
◇◆◇◆◇
「これなんかよくね?」
「・・・・・」
あ、不服そう。
流石の怒鈍感な俺でも気が付く、マナの無言の拒否に。
俺は持っていた天然石の装飾付きの指輪をショーケースに戻す。
「えー、だめか?」
「ううん、ユージンは必要と思ったなら買ったらいいと思う」
俺は、よほど未練がましくショーケースを見ていたんだろう。マナは困ったようにそう薦めるものの、どうやら自身は乗り気ではないらしい。
俺の目線の先に在るのは、麻痺抵抗62% 麻痺時間減少率55% の耐性付きアクセサリ。ショーケースの値段を見るにそれが4800シルバーで販売されている。
ヴァルハラで神経毒を使った犯罪に巻き込まれている俺達にとって、その抵抗ステータスはある意味生命線だ。それにユリシャ連邦滞在中のあらゆる消耗品は、薔薇十字の兄弟に提供されたため、コーレルで稼いだ分と、ユリシャでレベリング中に獲得したシルバーは丸ごと残っている。
俺達は今、ちょっとした小金持ちだ。
ならば、マナがこの耐性アクセサリ購入を渋る理由は何だろう。ヴァルハラでは、危ない目にあったのはむしろマナの方だというのに。
「僕は・・いい」
そう言って、"ユージンの買い物が終わるまで待ってます"と言わんばかりに、一歩身を引いて佇む。
あ、これ、あれだ。
言外の圧力を感じる。
マナとしては自分から言いたくないけど、俺に気が付いてほしい奴。
"気づいてよ"
って、奴。
うん、其れだけはわかるんだけど。
其処までは、わかるんだけど。
でもその先がサッッッッッッパリわからない!
「う、ごめん。 じゃあ、他いこうか・・」
「ううん。 僕こそ、ごめんなさい・・」
そう言いつつも、結局マナは何が不服だったのか、言ってはくれなかった。
俺はせっかく見つけた高性能な耐性アクセサリに、多分に後ろ髪引かれながらも、商店を後にするのだった。
◇◆◇◆◇
流石に陽も落ち切り、ウェストガーデンのマーケットは闇の中。
かと言えば、そういうわけでもなく。
そこのところは流石に魔術の都とでも言おうか、陽が落ちるころにはそこかしこで魔術光が灯り始め、あれよと言う間にその数は増え、マーケットは真昼のように明るい。
その光点の数はコーレル市の比ではない。
各所に配された細かな光源の魔術に、そしてマーケットの上空に作り上げられた"疑似太陽"とでもいうべき、複数の魔術師による巨大な光源の魔術。
それらにより、マーケットはむしろ昼間より隙なく照らされているようだった。
「うへ、流石にやりすぎっていうか、さ」
「今が"何時"だかわかんなくなっちゃうね」
苦笑しながら、二人並んで、マーケットを練り歩く。
時折、役に立たない土産物だとか、ちょっとデザインが可愛いだけの装飾品を見つけては、コーレル市でもそうだったように、マナははしゃいで。
"ねぇ、みてみて! ユージン!"
だなんて。
なら、それこそ"さっきの指輪"がダメだった理由は何だろう。
自分のこの察しの悪さが恨めしい。
嬉しそうに振り返るマナに
「ごめん、気づけなくて」
それを言葉にしてしまうのもどうか。
自分でもそう思えるようなことを呟いてしまう。
マナは困ったように、申し訳なさそうに。
苦笑、して。
「ううん。 僕こそ、言えなくて、ごめんなさい」
魔術光の、ある意味陽光のそれよりも眩く照らされた彼女の姿が。
本当に眩しくて。
俺は、眼を細めた。




