第9回 「ごめんなさいマナちゃんのぱんつ」
「……すん」
「いやあの……お、落ち、落ち着いた……?」
最寄りのゲートクリスタルに移動しながらも、まだちょっとしゃくりあげているマナを気遣う。
あのあと。
あ、ハイ、泣かれました。
スゲェかわいい女の子の顔で。
周りに聞こえるほどギャン泣き。ってわけじゃなかったのがせめてもの救いだったが、何にしろ今度は俺が焦る番だった。
やべー、端から見たらこれ俺、女の子泣かすヒデェ男じゃん! って、おろおろと意味もなくマナの周りで「かんべんしてくれぇ~」とか情けない声出してた気がする。
いやしかし。
顔を真っ赤にして、声を殺してすすり泣くマナのアバターは、もうどうしようもなく可愛かったんでス。
触れたら消え失せる幻想の花みたいな儚さで、かける言葉も見つからずに狼狽えることしかできないくらいに。
こいつは男だと公言しているのに、すごいな、多分、悪意を持って女のふりをすれば、男を篭絡するくらい容易いのではないか。
少なくとも俺を──いやいやいや、何考えてるんだ。こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男。
ふと、隣を歩くマナがまだ少し頬を紅潮させた顔でこちらを見ている。
正直心臓に悪い。
「すごいな……ユージンは。……ごめん……でも、ありがとう」
そんなこと言いながら"頑張って無理やり笑顔見せました"みたいな顔で笑いかけてくるんだ。
どきゅん。
だ、だから…………し、心臓に…………!
助けてピンク姉さん。おっさん少女。俺はもうダメかもしんない。
◇◆◇◆◇
そんなこんなで、かなり濃い感じに相棒との親睦?を深めながら、俺たちは件のゲートクリスタルというやつを発見していた。
「これか、どうやって移動するんだ?」
「たしかに。でっかいクリスタルが浮かんでて、"これで移動できます"とか言われても…………あ」
マナが何か気が付いたように指をさす先には、クリスタルと同じ色に薄く発光するタッチパネルのようなものが。
「これで行き先が選択できるのかな」
そういいながらタッチパネルに触れる。
【セレクトリア領:王都ヴァルハラ:市街地ゲートクリスタルメニュー】
〇個人で移動する
〇パーティ単位で移動する
「あ」
「パーティ組んどくか。ええと、どうやんだ?」
そう、このメニューを見て、俺たちはお互いがフレンド登録しただけの個人で、パーティを組んでいるわけでないことに気が付いたのだ。
「えっと、ああほら、フレンド申請と同じように、ターゲット選択からの項目にパーティ用の申請項目があるみたいだ」
言うが早いか、マナからパーティ加入申請が送られてきて、俺の画面に是非の選択項目のウィンドウが表示される。
「なるほどな、この辺はこれまでのゲームと同じだな」
相槌を打ちながら「OK」のボタンを押す。
──マナ さんとパーティを組みました
そんな告知文とともに、画面端にマナの名前と、体力ゲージが表示される。
「じゃあ、とっとと西門へ行きますか」
「うん」
代表して俺が、パネルを操作する。
〇個人で移動する
〇パーティ単位で移動する
┗〇移動先選択
・行政区画ゲート(現在地)
・商業区画ゲート
・医療区画ゲート
・宿泊/飲食街ゲート
・貴族街ゲート
・軍部西門駐屯所ゲート
この中だと軍部西門駐屯所が最寄っぽいな。
俺は半分くらい飲食街ゲートに心奪われながらも、そういえば味覚はないんだったと思いなおし、西門の選択項目を押した。
同時、俺とマナの身体がこれまたクリスタルと同色に光りだし、地面から数十センチほど浮き上がる。そのまま視界が白濁し何も見えなくなった。
白濁は、収まるときは一瞬だった。
気が付いた時にはまた数十センチの高さから落下する状態だったので、予備知識のない俺たちはバランスを崩してもたついた。
しかしあれだ。落下の時チラっと横を見たけど、マナの短いスカートがこう、ふわって。
ふわって。
いややめとこう。なんか今日はこんなのばっかりだ。
何にしろあたりを見渡すと、目の前に幅10メートルはありそうな巨大な門。そしてその傍らには守衛や当直、哨戒任務らしい兵士然としたNPCがうろうろしていた。念のため後ろをチラ見すると先ほど行政区画で見たのと同じ、ゲートクリスタル。これで帰りは安心だ。
そして俺が何の気とはなしに一歩踏み出すと、視界の上のほうに"受領済みの依頼領域に近づきました。クエスト進行地点までインジケータを表示します(この表示は設定でOFFにすることもできます)"みたいなログが表示される。
間を置かず、俺の足元には方向を示す矢印のような三角形が明滅し始める。
「こっちらしいな」
「そうだね」
二人頷き合って、矢印に従って歩き出す。
当然、西門をくぐることになる。と、西門を出る瞬間、いきなり目の前を長槍で塞がれる。まさかNPCの兵士がプレイヤーを通せんぼするなんて可能性を考えていなくて、ぎょっとして立ち止まる。
『冒険者殿。このような時間に城壁外へ何用か』
現場指揮官らしいちょっと豪奢な鎧を身にまとった騎士風の男が、質問してくる。
ああ、そういうことか。めんどくさいな。このやり取りが夜限定であることを願うよ。
俺はそそくさとインベントリを開いて、ハンターズギルドで受け取った討伐依頼書を表示させる。そのまま兵士に向かって依頼書をみせながら説明した。
「ハンターズギルドからの討伐依頼です。壁外の農場にて依頼内容を遂行します」
『そうか。こんな時間までご苦労なことだ。気を付けて行かれよ』
その言葉と同時、通せんぼしていた長槍が開かれる。
「昼間は素通りできるといいなぁ」
「そ、そうだね」
マナはまた、俺の後ろに隠れながら恐る恐るといった感じで城門をくぐっていく。NPCにまでびびるこたぁないだろうに。
なんにしろ、そのままインジケータの指し示す方向へ進むとすぐに、というか城門を出てすぐに、遠目にその農場とやらが見えた。
さぁこれから初戦闘だ。どんな難易度設定かわからないが、まぁ推奨レベル1の依頼でそこまで苦戦することもない……はずだ(汗)
ところで戦闘で思い出したけど。
「そういえば、マナってなんか武器もってんの?」
「武器? うん、これかな」
そう言って、マナはインベントリを操作すると、しまってあったらしい自前の武器を装備した。
俺の目の前でマナのスカートの腰のあたりにさらに上からベルトのようなものがうっすら光りながら具現化する。よく見ると、腰の裏に大型のサバイバルナイフのようなものが取り付けてあった。
「うぉ、そういうのもカッコいいなぁ」
「そう?」
「まぁ、それなら普通に戦えそうだな」
「う、そ、そのつもり」
お互いの戦闘力をなんとなく確認しながら、俺たちは農場に足を踏み入れる。まず、農場内の端にある小屋に入ると、中には何やら慌てた様子の農夫がいた。
『嗚呼もう、また奴らだ! このままじゃ俺の野菜が全部だめになっちまう! あ! あんたたちギルドから派遣された冒険者だな! たのむよ! あいつら何とかしてくれよ!』
そのセリフが終わるかどうかってところで俺たち二人の前に"討伐クエストを開始しますか?"という表示が現れる。マナのほうをチラ見して、覚悟が決まっているのを確認してからOKのボタンを押す。
とたんに、農場内の畑の方からキチキチとあまり心地よくない音が聞こえてくる。
俺たちは小屋から飛び出し、それぞれ得物を構えた。
依頼書にはジャイアントビートル、とあったはずなので、俺は何やらでかいカブトムシのようなモンスターが群れで襲い掛かってくるのを想像した。
結果的には俺の予想は半分当たっていた。
カブトムシだ。
でかいカブトムシ。
体長1メートルくらいの。
そこまでは当たっていたんだけど、どうやらすぐに襲い掛かってくるという事は無い様子。
ありゃどうなってんだ? と、首をかしげながら、しかしながら警戒しながら、野菜畑に足を踏み入れる。
「うぁーこれって」
「ノンアクティブモンスター?」
俺の言わんとすることをくみ取って、マナが続ける。
"ノンアクティブ"モンスターっていうのはつまり、プレイヤーを発見しても、積極攻撃してこないタイプのモンスターだ。大抵の場合、プレイヤーがこちらから攻撃を仕掛けることによって、はじめて戦闘となる。逆にこちらが何もしなくても、発見次第襲い掛かってくるようなのを"アクティブ"モンスターという。
見ると、ジャイアントビートルとやらは見渡せば確かに15頭ほどいるが、すべて野菜にかじりついていて、こちらに襲い掛かってくる個体は一つもない。
「んーこれ、各個撃破でいいってことか」
「思ったより簡単そうだね」
それじゃあ、といったところで俺とマナは手近にいたカブトムシモドキをそれぞれの獲物で攻撃する。
武器屋の店主に全財産渡して作ってもらったロングソードを、カブトムシの胴にたたきつける。
ぞぶり!
とロングソードがカブトムシに食い込み、カブトムシはしばらくもがいた後、動かなくなる。
ふむ、容易いな。ん?
動かなくなったカブトムシは俺の見ている前で薄く発光し、光の粒子になって霧散していく。ターゲットカーソルがあったため見逃さずに済んだが、そのあとには指の先ほどの"粒銀"なるアイテムが落ちていた。
……いや、これアイテムじゃなくて。
俺は落ちていた粒銀を拾い上げる。すると俺の手の中で粒銀はすぐに消え、チャリンと貨幣の鳴るような音がしたかと思うと、俺の目の前に「5シルバー獲得」とか表示されている。
なるほど、依頼達成報酬以外にも、モンスター撃破によって多少なりとも現金が入手できるようだ。
俺が感嘆の息を漏らしていると、後ろから鋭い声が上がる。
「痛っ!」
みると、マナが腕を押さえて飛びのいているところだった。
「大丈夫か!?」
「あ、うん、ダメージはたいしたことないんだけど、でも」
見ると、紫色のグロぃ体液を振りまきながら、カブトムシが鋭いかぎ爪を振り回している。すぐに入れ替わって、俺が前に出て、カブトムシのかぎ爪のリーチ外からとどめを刺す。
なるほど、マナのナイフでは1撃で殺傷できないうえに、刃渡りが短いために、反撃を受けてしまうようだ。
俺とマナは一旦背中合わせに集合し、インターバルを取る。
さて、どうするか。
このまま俺のロングソードだけで1撃必殺を繰り返してもいいが、それではマナがつまらないだろうな。
──うむ、そうだな。
「なぁマナ?」
「うん?」
「俺がさ、ロングソードでカブトムシを転がすから、マナはそのナイフでカブトムシの腹側を突いて、1撃で倒せるか試してみて?」
「わかった」
宣言通り俺はロングソードをカブトムシの角に引っ掛け、転倒させる。
「よし、いまだ」
「ん」
マナは短く答えると、勢いをつけてとびかかり、じたばたと暴れるカブトムシの、幾分か柔らかそうな腹側を一気に刺突する。
びくん。と、一瞬だけカブトムシが震え、すぐにその足を縮こまらせて絶命する。仰向けになって足を引っ込めて死ぬ当たり、何とも昆虫らしい。
「いけそうだな」
「そだね」
「さっきのダメージは大丈夫なのか?」
先ほどマナは反撃を受けてダメージを受けていたはずだ、そのままとどめ役をやらせるには一抹の不安があったので、一応確認しておく。
「だいじょぶ。あれで1割くらいだよ。それよりも」
「んん?」
ほかに何か問題があるのかと、俺は振りかぶった剣を止め、マナを振り返る。そういえばと、視界の端を確認するが、表示されているパーティメンバー"マナ"の体力ゲージは本人の言う通り、ほんのわずかに減っているだけだ。
マナはふるふると顔を振って、「何でもない」と俺を促す。
俺は首を傾げつつも、先ほどと同じようにカブトムシの角に剣をひっかけるようにして、すくい上げるように切り上げる。
転倒したカブトムシに即座に入れ替わったマナがとびかかる。先ほどより反応が早い。1回やっただけでだいぶ"慣れ"がある。
やはりゲーマーっていうのは本当らしい。このテーベ・ワールド・オンライン特有の部分はともかく、単純にゲーム慣れしているようには見える。
俺とすれ違う瞬間、マナは呟く。
「ただ──」
そのまま鮮やかに腹部を一突きして、カブトムシを一撃死させる。
ブシュっと紫色の体液が溢れ、一瞬もがいた後、絶命する。
マナは振り返りながら俺を見て、困った顔をする。
「ちょっと、グロぃよね」
ああ、これか。ためらう理由は。
「激しく同感だ」
さらさらと光の粒になって消えていくカブトムシを見下ろすが、この演出がなければ紫色のグロテスクな体液まみれの死骸が無数に残ることになる。
「まぁでも、あとは繰り返しで行けるかな」
「うーんグロぃよー」
そんなことを言いながら、こなし仕事のように残りを片付けていく。
が。
ここで俺は気が付いてしまった。
気がついてはいけないことに気が付いてしまった。
何に? え、いや、げふん。
カブトムシは昆虫にしては巨大な体長1メートル級だとは言え、全高でいうとほんの40センチ程度だ。身長175センチの俺は言わずもがな、俺からしてみれば見下ろすような、身長150センチあるかどうかというマナのアバターでも、遥か見下ろす足元の位置にいる。
そしてマナの得物は大型とはいえ刃渡り30センチ程度のナイフだ。必然、マナは攻撃の瞬間大きく前傾して、そのとびかかる勢いも相まって、その。
うん。
何だこの文章、行数稼ぎかよとか思ったりもするだろうがそうじゃないんだ。
つまり何が言いたいかっていうと。
マナがナイフを刺しかかる度に、その。
す、す、す、スカートが。
もともと股下10センチあるかどうかっていう短いスカートが。
広がりやすいプリーツがふわふわひらひらと。さらに大きく前にかがむのでその後ろ側が。
み、見えそう! 見える!? 見え……!
「どうしたの?ユージン?」
「うわぁゴメンナサイ!」
多分、気を取られすぎて動きが鈍っていたんだろう。不思議そうな顔をして、マナがこちらを振り返る。俺が考えていた邪な気持ちなど全く気が付いていないようで、何か可愛く首をかしげているし。
こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男こいつは男ごめんなさいマナちゃんのぱんつ。
く、くそう。俺だって昔ながらのポリゴンばりばりのアニメ顔したゲームキャラクターだったらこんな醜態さらしたりしないよ! でもVRなんだ! 驚異のスーパーグラフィックスなんだ! 目の前にいる"マナ"はもうアバターって次元じゃなくて、月並みだが「まるで本物の女の子がそこに」ってレベルなんだ。
そんなんが生足丸出しで、こう、スカートひらひらふわふわしてんだぞ! 男なら目で追っかけちゃうだろうがっ(力説)
「? 早くやっちゃおうよ」
俺の目線になど気づかず、マナは小首をかしげながら、俺を急かした。
ああくそ、可愛いなぁもう!
「あ、ああ」
これを今後、戦闘の度に見せられるかと思うと、俺は早くも期待に胸を躍らせ、もとい、気疲れを感じながら残りのカブトムシを捌いていったのだった。