小さな救世主様
大好きだった。いや、愛していた。
あの方が私の側にいてくれる。それだけで嬉しかった。
周りは貴方を天才だと言うけれども、私は知っている。貴方は天才なんかじゃない。貴方が優秀なお兄様方をコンプレックスに感じていたことも、けれど・・・・それでも少しでも距離を縮めたくて誰よりも早く起きて誰よりも遅くまで剣術や勉学をしていたことを。そんな貴方がいたから、私は貴方の隣に立っても恥ずかしくない人間であろうと、貴方を支えることが出来る妻になろうと頑張ってこれたの。
私には貴方が全てだった。
誰も私の話を最後まで聞いてなんてくれなかった。でも貴方だけは違った。貴方が、貴方だけは私の言葉を最後まで聞いてくれたから。
公爵家の家の道具でしかない私を公爵家の娘としてではなく私として貴方だけは受け入れてくれたから。
あとね、私にとってはキツイ印象しか与えない瞳もキライだったけれども、貴方が「猫みたいで可愛い」と言ってくれたから・・・・少しだけ好きになれたんだよ。
だけれども、貴方はそうじゃなかった。
「ルーカス・ガルシアはエレオノーラ・スミスとの婚約を破棄し、この精霊様の宝石アメリアと婚約することを今ここに宣言するっ!」
貴方は私じゃなくて・・・・・アメリアさんを選んだ。
「ルーカスさま・・・・」
小さく小柄な可愛いらしいアメリアの肩を抱き宣言する私の婚約者、いや殿下に会場はザワザワと浮き足だす。
「ルーカス様・・・・ルーカスさま・・・・・」
貴方の視線が・・・・何処に向かっているのか分かっていたから、こうなることも予測していたことだったけれども、私は何処かで貴方は私を選んでくれると信じていた。
これは悪い夢だ・・・・そうであって欲しい。そうでなければーーーー
「エレオノーラ・・・・婚約の件は受け入れてくれ。俺は、俺にはアメリアが必要なんだ。アメリアにこれからも側で笑って欲しい、愛してるんだ」
「ルーカス様・・・」
ポッと赤くなる頬を押さえて恥ずかしそうにはにかんだ笑みを浮かべるアメリアに反して、うわ言にように貴方の名前を呟くしか出来ない私に、貴方は・・・・私をいらないと言う。
いつも軟らかく笑う貴方が、暖かい瞳で私を呼んでくれる貴方が・・・・・酷く冷めた瞳で、今までにないくらい嫌悪した眼差しで私をいらないという。
確かに私は貴方に嫌われるようなことをしたのかもしれない。
けれども
「なぜ・・・・何故ですかっルーカス様!何故アメリアさんなんですかっ。何故、親の敵みたいに睨み付けてくるのですかっルーカス様!」
アメリアさんと寄り添う殿下に耐えられなくて、思わず感情のままに叫ぶとビクリと振るえ殿下に縋り付くアメリア。
そんなアメリアさんを庇うように前にでて、厳しい眼差しを強める殿下。
その様子はまるで怯える姫を守る王子様のように。
そこは、私のたった一つの居場所だったのに、なんでアメリアさんに・・・・っ。
「何故だと?エレオノーラ、お前は自分がアメリアにしたことを忘れたのかっ!」
いつも穏やかに、私がどんな失敗しても仕方ないと苦笑する貴方に始めて怒鳴られて反射的にビクっっと肩が跳ねるけれども、当たり前だけれども殿下はアメリアさんにしたように私を守ってくれるなんてなかった。
「確かに婚約者のお前がいる上でアメリアに惹かれたことは申し訳ないと思う。だが、それでアメリアに危害を加えるのはオカシいだろ」
もう憎悪しか感じられない瞳に、自身の生きている意味が分からなくなるけれども・・・・私がアメリアさんに危害を・・・・?
殿下は何を言っていうの?
「ルーカス様っやめてください。わたしが悪いの、エレオノーラ様がいると分かっていて貴方のことを・・・。だから、エレオノーラ様を責めないでっ」
「アメリア・・・・。優しいお前が傷つく必要はない。悪いのは、手を出してきたエレオノーラだ」
必死の殿下にしがみ付いて涙目なアメリアと、それを愛しいそうに見つめる殿下にズキリと胸が斬りつけられたように痛むけれども、
「ルーカス様、お話の続きを。私が彼女に危害を加えたとは・・・・いったいどうゆう話しなのですか?」
もしかしたら、殿下の憎悪の眼差しを解消できるかもしれないと思い、震えそうになる声を振り絞って怯えを心の奥底に沈める。
そう、私はどうどうとしていなければいけない。
「お前はっ・・・アメリアが平民であることで見下し罵り、俺に近づくなと脅していただろうっ!しまいにはアメリアを公爵家の権力を使い孤立させ、何度も何度も殴ったそうじゃないかっ」
脅し?罵り?ましてや暴力だなんて・・・まるで私がアメリアさんをイジメていたように・・・
「ルーカス様っ!」
「うるさいっ俺の名を呼ぶな!」
明らかに真実とは異なることを口にする殿下に弁明しようと彼の名を叫ぶけれども、もう私には名前を呼ぶ権利さえなくなってしまったことに、このまま泣き出したくなる。
アメリアさんは殿下の隣に立つ権利に足らずに、彼に近づく権利さえ奪うのですか。
「っ殿下。お願いですから、私の話をお聞き下さい。確かに彼女に対して嫌味の1つも言っていないとはいえません。ですが私は脅しや罵りなど、まして家の権力を使ったことなどありません」
だって、そんなことをすれば貴方は私を許さないでしょう?
貴方はとても正義感が強い人だから・・・
「確かに私は貴方様に、殿下を私から盗らないでと彼女に何度もお願いしたことはあります。ですが決して脅してなどしておりません」
それはみっともないくらいに、公爵家とゆう立場やプライドを捨てて必死に頭を何度も何度も下げた。時には膝をついてお願いしたことだってあった。
私にとって地位も名誉よりも貴方のことがとても大切で失いたくなくてっ。だから、嫌われるとしたら貴方の恋心を潰そうとしたことだと思っていた。
「嘘を吐くな、現に彼女は学園で孤立しているし、お願い?違うだろう。それは脅しと言うんだっ。平民の彼女が公爵家であるお前の言うことに逆らえるわけがないだろう!あまつさえ、彼女が平民だからと俺には釣り合わないからなど立場を弁えるのはお前の方だ」
「そんなっそんなつもりなどありません!私はただ、私には貴方様しかいないと、けれどもアメリアさんは違う様子でしたから・・・」
だって、彼女は今は殿下に絞った様子だけれども、つい最近まで他の上級貴族の方と2人きりで出掛けたりと他の殿方と殿下の間で揺れていたではないですかっ
それが罵りになるのですか?
揺れ動く彼女に立場を、弁えろと言うのはそんなに許されないことなのですか?
「っアメリアさん!私は貴方を怒鳴りつけたことがありましたか?平民であることをバカにしたことがありましたか?罵りの言葉を口にしたことがありますか?私がーー」
「もう黙れ!お前は最低だな。罪を受け入れ謝ることも出来ないのか」
ビクビクと小動物のように震える彼女に私はそんなに貴方を怯えさせるようなことをしたことはない。
それに、今までだって怯えたりしていなかったではないですかっ
彼女はいつだって頭を下げる私を憐れみ笑っていたではないですか!なのに、なんで・・・それでは本当に私が彼女を・・・
「いえ、殿下。まだ一つだけ私に弁明の機会をお与え下さい。私は確かに一度だけアメリアさんを叩いてしまった時があります。ですがっ何度もアメリアさんに暴行を働いたことなどありませんっ」
本当に一度だけ、殿下を盗らないでとお願いした時に彼女が言ったのだ。
ー貴方は、お友達を作ることも許さないの?それでは、殿下があまりに可哀想。貴方のせいで殿下は何時も孤独で一人なのよ
彼女は明らかに殿下を憐れみ侮辱していた。
殿下は決して一人ではないし、兄上様方にコンプレックスに思えど仲は良く友人も沢山いる。
なにより、彼は決して、決して可哀想な人ではない。
だから、ついカッとなり手を挙げてしまったことがある。
けれども、それ以降に手を挙げたことはない。
「もういい、お前には失望した。現に俺は見てるんだよ。何度も頬を腫らせ泥まみれになって泣いている彼女を」
「待って、お待ちくださいっ。私ではありません、信じて下さい」
だって泥まみれなんて知らない。彼女を叩いた時だって彼女は倒れ込んだりしなかった。
「まだ嘘を吐くのか。そんなに言うなら証拠をだせ」
そんな物を持ってたらもう既に出している。
それに、やってないものをどうやって証拠をだせると?
けれとも、いやだからこそ
「では、逆に私がやったと言う証拠があるのですか?殿下の口ぶりから、貴方は現場を見ていないのでしょう?」
彼は泥まみれになった彼女を見ただけ。
私はそんなことをしていないのだから、証拠がないのは分かっている。
だから、きっと彼は勘違いしているだけ。彼の提示する証拠を消していけば私が犯人でないと分かってくれる、そう信じていた。
なのに、
「お前の言う通りに俺は現場を見ていない。だが、アメリアが、犯人を何度も聞いても答えてくれなかったアメリアが言ったのだ。お前にやられたと、そうだろうアメリア?」
「・・・はい。エレオノール様がいるのに殿下を好きになってしまったわたしが悪くて彼女は悪くなかったから・・・・でもっ耐えられなくてっごめんなさい、あのことを言うつもりはなかったの」
「アメリア・・・お前は悪くない。もう大丈夫だ、今終わらせるからな」
暴行を受けた日々を思い出したかのようにハラハラと瞳から雫を零すアメリアさんに優しく微笑む殿下に・・・
いや、そんなことは今はいい。それよりも
「でんか、証拠とは、彼女の証言だけなのですか?」
貴方は、彼女の一言だけで私を犯人だと決めつけているのですか?
「貴方様はいつからそんなに・・・。彼女が嘘を吐いている可能性を考えなかったのですか?」
そんな不平等なことを貴方が、よりによって貴方がするのですか?
「お前こそ、こんなに・・・限界になるまでお前のことを黙って庇っているアメリアが嘘吐きだとぬかすのか?イジメていたお前がっ!」
怒りに満ちた眼差しに、あぁもうダメなんだと気づく。
もう、何を言っても殿下は聞いてくれない。
唯一、貴方だけは最後まで話を聞いてくれて公平な視線で見てくれたのにー
もう、いないのですね。
「殿下、ルーカス・ガルシア殿下。私、エレオノールは貴方様を、貴方様だけを愛しておりました。でも、これで最後にしますから」
本当に本当に心から貴方だけを想っていた。
私には貴方だけしかいなかった。貴方だけがいてくれるなら、地位も名誉も貴方以外のものはいらなかった。
貴方と幸せに笑い会いたかった、支えたかった。
だから、そのために10年、10年も自分を磨き続けてきた。友人の遊びも断り、ただ耐えて厳しい教育にも耐えてきた。
でも、もうそれも終わり。
「きゃぁっ」
「っ!」
ドレスの中に隠し持っていたナイフをスラリと抜くと、恐怖に染まる瞳で震えるアメリアと息を飲んで警戒するようにアメリアを守るように彼女を抱きしめる私の愛おしい人。
そんな検討違いの反応をする二人に私は思わずクスリと笑ってみせる。
綺麗に綺麗に笑ってみせる。
「ルーカス様、どうか忘れないで。私は貴方様を愛しておりました」
愛していた、愛していたの。だから貴方に捨てられるくらいなら、私はー
ナイフを持っていた手をぎゅっと握り、一度で終わらせらるように勢いよくナイフを振り下ろした。
「いやぁああぁあぁあああああ」
そうやって、本来なら私が死ぬことで終わりなはずだった。
『ちょぉっと待てぃ』
その声と共に私の意志に反して下ろしたナイフは私の腹を突き破る前にピタリと止まる。
いくら力を込めてもそれを動かすことが出来ずに呆然と声のした方を、アメリアさんの方を向くとそこには
大きな瞳を見開いて驚くアメリアさんと殿下。
そして、白銀の髪に黄金色を持つ浮世離れした少年の姿があった。いや、こんな人では決して出来ないようなことなあっさりと成し遂げる少年は人ではない。恐らく精霊様だ。その精霊様は魔法を扱え、その恩恵を人に与える数少ない貴重な存在。その方がぷかぷかと気負うことなく自由気ままに宙に浮いては漂う。
『主、名をなんといったか』
「え・・・あ、エレオノーラ・スミスと申します?」
『そうか、エレオノーラ・・・では、ノーラだなっ』
フヨフヨと宙に浮かびながら、満面の笑みを向けてくる彼は、何をしたいのだろう。何をしているんだろう。
『ノーラ、こんな物騒な物は主には似合わん』
パチンと精霊様が指を鳴らすだけ、たったそれだけで手の中にあったはずのナイフが一瞬の内に消えてなくなった。
「えっ、返して下さい精霊様!私は、もう何もないのです。ですからー」
『だから、死にたいのか?何もない空っぽになったら人間は死ぬのか?』
命の放棄を責めるでもない、だからと言って肯定するわけでもなく不思議そうに首をかしげる精霊様にはきっと分からない。
精霊様にとったらそれだけのことなのでしょう。
ても、私にとってはそれだけで死を選ぶには十分な理由になるのだ。
「・・・・はい、少なくとも私は、私には生きる意味がなくなったのです」
私にとって、殿下のいない未来なんていらないのだから、生きていても仕方ない。独りに、あの頃に戻るくらいなら・・・・いっそのこと。
『ふーん、人間は生きるには理由が必要なのか。なんと面倒臭い生き物よ。・・・・そうだなぁ。では、我が生きる意味を与えたらノーラは生きてくれるか?』
「はい・・・?」
『ノーラ喜べ、我は主を気に入った!これからは我が傍にいるぞ!ほら、もう空っぽじゃなかろ?我の側でずっと笑って泣いて怒っておれ。一緒に色んなところに行う、色んなことをしようではないかっ」
一緒に生きようと自信満々に胸を張り手をさし伸ばしてくれる精霊様はキラキラと瞳を輝かせて笑う。それはとても眩しくてー
でも傍にいる?気に入った?
そんな事はありえない。
「ディランっ!?」
驚きと焦り色をのせて精霊様を呼ぶアメリアさんもきっと私と同じことを考えたのだろう。
『む?なんだ、いいところで邪魔するでない』
プクーっと頬を膨らませる精霊様は大変可愛らしい。けれども・・・
「なんなのよ、ちょっと待ちなさい!どーゆうことよディランっ!」
『どうもこうも。聞いておったのだろ?そのままだ。我はノーラと共にあると決めた』
「は?意味わかんない。精霊は一途なんでしょ?」
『ノーラが寂しいと泣いているんだ。泣く姿も綺麗だと我は思うが、どうせなら笑っていて欲しいのでな』
「なんで、エレオノーラ様に・・・確かにエレオノーラ様には笑って生きていて欲しいわ。でも、ディランが犠牲になる事なんてないのよっ。わたしが悪いの。だから、わたしがどうにかするからっ」
肩を震わせてポロポロと泣く彼女をずるいと思ってしまう。こんなわけ分かんない状況になっている中でも、そう思ってしまう。私は私なりに正しく生きていたつもりだった。周りにどんな風に勝手な噂されても真実ではないと分かってもらえるように。なのに、私の周りには殿下しかいなかった。いてくれなかった。そして、今となっては独りだ。
なのに、目の前でただ泣くことしか出来ない、何もしない彼女の周りには何時も人で溢れている。今だって、ただ泣いて自分のせいだって喚いて叫ぶだけで何もしない彼女に対して殿下は優しく頭を撫でて、周りの観客と化している貴族、女中達も彼女を哀れみ心を傾けている。何時だってそうだ。殿下が暗殺されそうになった時も、馬から落ちて怪我した時も・・・・。看病だって王族としての対処だって全て私や陛下がやってきたのに。彼女は何もしない。ただ目の前で起こった事に対して泣いて悲しんで嘆くだけ。それが悪いとは言わない。けれどー
「ディラン、わたしなら大丈夫だから。貴方は優しいから。でも、これはわたしの問題。だから、貴方は何もしなくていいの」
ふよふよと自由に宙を漂いキラキラと白銀の髪を輝かせる精霊様も同じだ。一瞬、ほんの少しだけ見方になってくれるのかとそんな妄想のような事を期待してしまったけれども、彼は彼女のだ。だから誰も彼女に言ってくれない。誰も指摘しない。こんなにも彼女の言葉は空っぽで空想のものでしかないのに。
『ほう・・・。色々と言ってやりたいところではあるが、では、娘よ。主はノーラに何をして償うのだ?』
「えっ・・・?」
『何を呆けているのだ。自分でも言ってるではないか。自分が悪いのだと。自分でどうにかすると。だから聞いているのだ。して傷つくノーラに何をしてやれるのだ?』
「あ、え、それはー」
『その無能な節穴を返すのか?それとも真実を言うのか?それともいっそ命でも差し出してみるか?』
「あ、、、、えと・・・」
大きな瞳に涙を溜めて戸惑う彼女とは相反して精霊様は誰も指摘してくれない事を、言っても誰も聞いてくれなかった事を彼女に問いつめていく。空虚で何もしない彼女に。
「お、お待ち下さいっ。精霊様の会話に割り込む無礼をお許し下さい。しかし、何故アメリアが、彼女が罪滅ぼしのような事をしなければならないのですかっ。悪のは私です。婚約者がいながら彼女に惹かれるのを止められなかった」
戸惑いただアタフタとするしかない彼女を守るように抱きしめる元婚約者に対して、私は何故こんなにも彼女に対して盲目的になれるのか不思議でならない。彼は何時だって中立の立場で物事をみていたのに。そんな所が私は好ましく思っていた。
『どいつもこいつも茶番だな。・・・・ノーラよ。主はどうしたい?我は主の意志を尊重しよう。国を滅ぼしたいか?こいつ等を晒し首にでもしようか?』
「・・・もう、いいのです。もう・・・・どうだっていい」
もう十分だ。精霊様が、ずっと言いたくて言えなかったことを言ってくれた。気が付いてくれた。それだけで十分だ。
それに、もう分かった。分かってしまった。今更、彼に何を言ってももう遅い。彼が二度と私の言葉に最後まで耳を傾けてくれることはないのだと。
『そうか、ノーラは思った通り綺麗だ』
壊れやすいガラス玉を扱うようにそっと、でも暖かく手を握ってくれる精霊様に私は嬉しくてついついニヤけてしまいそうになる。それと同じくらい泣きたくもなるのだから、困る。
「え、ちょっと待ってよディランっ!」
「お待ち下さい精霊様!何を言っているのですか。精霊様の宝石、アメリアはどうするのですか」
有頂天となっていたけれども、彼女と殿下の焦った声に我に返る。
そうだ、殿下たちの言う通りだ。
精霊様の宝石。それは精霊様に認められ恩恵を受ける者に与えられる言葉。その宝石が何人もいていいわけがない。精霊様は一途なのだ。
そして、それはアメリアだったはずだ。
なのに、今。この精霊様はなんと言った?
『誰が誰の宝石だと?・・・・誰がそんな汚い者を宝石に選んだって言った。我はそんな事は一言も宣言した覚えはないが?』
それどころではないと分かっていても、ぎゅっと抱きついてくる精霊様に精霊とは暖かいのかと、そんなことを思う。
「ディラン、酷いよっ。私はディランのこと大切に想ってたのに・・・なんでっ」
「精霊様っ!アメリアが汚いとはどうゆうことですかっ。貴方様はアメリアを宝石とお認めになったからこそ、傍にいたのではないのですか!?それを反故にするのですか?」
驚き叫ぶ殿下の気持ちがよく分かる。私も驚いているから。
だって、それはありえないこと。精霊様は一度決めた者を離すことはない。そのため昔、精霊様を欲しがった国が宝石を奪い滅んだのは有名な話だ。
『ふむ、どうやら勘違いしているのか。先ほども言ったがまず、我はそこの娘を気に入ったと言った覚えも加護を与えたこともない。まして宝石と宣言した事もない。現に主らもこの娘が魔法を使ってる所を見たことはなかろう?』
確かに、精霊様の宝石の者なら精霊様から力をお借りし魔法を扱うことが出来ると、精霊様から力を分けていただけると記録にもある。なのに、彼女が魔法を使っているところを見たことはなかった。そんな基本なことに今更ながらに気が付く。精霊様が自然と傍にいたから彼女が宝石であると思い込んでいたのだ。
それは殿下も同じようで驚きの事実に下唇を噛むアメリアを見つめる。
『我が主といたのは主の魂が異質だったからだ。普通は一つの魂なのだが、主のは2つ魂が見えるわ、ごちゃ混ぜになるわで面白かったからな』
「酷い、酷いよディラン。なんでそんなこと言うの?わたしたち、友達でしょ?」
ケラケラと笑う精霊様にアメリアはポタポタと大きな瞳から涙を零し殿下に縋り付く。
そんな姿にツキリち胸が痛む。それは彼女を哀れんでか、彼にまだ未練があったのか。目まぐるしく変わる環境に追いつかない麻痺しつつある感情では自分でもどちらなのかよく分からない。
けれども、そんな些細な変化を感じ取ったのかは知らないけれども
『うるさいっ、それよりもノーラ、ノーラ。我を見ろ。我だけを見るのだ』
「え?あの、精霊様?!」
小さな手で頬を包み、綺麗な顔を近づけてくる精霊様に思わずわたわたと動揺してしまう。
私は心の底から殿下のこと殿下だけを愛していた。けれども、それゆえ他の殿方との接点を消していたため、そーいう免疫はないのだから止めて欲しい。お願いだから、スリスリと擦り寄ってこないでくださいっ。
「精霊様っそれでも精霊様はアメリアを気にしていらしたのでしょう?何故、エレオノーラなのですか!?エレオノーラよりもアメリアの方がずっとずっと優しく心根の良い娘。それをずっと傍にいた貴方様ならお分かりでしょう」
『む、また邪魔するのか。そもそも、それが優しいとか失笑ものだぞ』
フンっと鼻で嘲笑う精霊様に怒りの眼差しを向ける殿下が心配になる。
「そんなことありませんっアメリアは優しい娘ですっ。・・・っどんなに頑張っても兄上達に敵わない、いつも比べてくる人ばかりだった。でもアメリアだけは俺を俺として見てくれた。兄上達なんて関係ないと言ってくれた」
きっと、私もその他の中に入ってるのだろう。
苦しそうに叫ぶ彼を見て、頑張る貴方に頑張ろうと言う私は貴方を追い詰めることになっていたのだと初めて気づき申し訳なく思う。
でも同時に、それは・・・アメリアさんは貴方に逃げ道を作ってしまっただけではないのですか?
兄上達を見返したいと貴方はいつも言っていなのに。証拠に近頃の殿下は責務を放棄して遊ぶことが増えていた。
「それに、エレオノーラがアメリアにしたことはどうなのですか!?心の汚い人間の証ではないですか」
『む?可愛かろう?相手がお主だと言うのに些か、いや大分気に食わぬが・・・好いた奴を想うあまりにプライドも捨てて主を盗らないでと涙ながらに頼むなんて健気で可愛かろ?』
我にも是非言って欲しいなとスリリと擦り寄ってくる精霊様よ、私はそういうことに慣れていないのですっ。なによりも、過去は恥以外の何物でもない黒歴史といえる事柄を暴露されて、今後どうやって人と接すればいいのですか。
「精霊様は騙されていらっしゃる。エレオノーラはプライドが高い女です。だから、彼女がそんな事をするわけがない。私が問いたいのは家の力を使ってアメリアを孤立させ、暴行を働いた件の事です」
『主の目や耳は節穴だな。ノーラが散々誤解だと言ってたのを聴こえてなかったのか。そんな事実はないが、そもそも婚約者のいる男に言い寄る娘が白い目で見られるのは当たり前ではないのか?常識ある者なら関わりたくないと思うのも仕方のないこと。嫌みの1つや2つ可愛らしいものではないか』
可愛い、可愛いと繰り返し優しく髪を梳いて頭を撫でてくれる精霊様には申し訳ないが、今はそんな事をしている場合ではないと思うのだ。
「もう、やめてっルーカス様。貴方に惹かれてしまったのがいけないの」
「いいや、君は悪くないっ。はっきりさせなかった俺が悪い。だが、それでもエレオノーラのはやり過ぎだ。俺達は君に謝ってるんだ。君も俺たちに・・・いやアメリアにした事を謝るべきだ。幸い彼女は君と違って優しいんだ。今なら、俺も彼女に免じて許してやる」
また、繰り返し寸劇のような悲劇のヒロインとヒーローが始まると思いきや、今度は正義のヒーローが悪役に寄り添う三文芝居が始まるとは。
確かに私は私で殿下を失うことが怖くて、決定的な事を告げられたくなくて殿下と話合おうなんてしなかった。それどころか、殿下に近づく彼女に、殿下が日々少しずつ私から離れていく感覚に対して当たっていた部分は確かにあった。本来であれば殿下と向き合うべきだった。しかし、何故私から彼らに謝まらなければならないのか。筋が通っていなかったと自分の非を認められる部分はある。しかし、それでも私は悪くないと思わずにはいられない。
だって何よりも私は貴方達に謝ってもらった記憶はないのだから。人から婚約者を奪っておいて、今までの信頼を裏切っておいて「自分達が悪かった」というばかりで自分が可愛そうだと嘆き酔いしれるだけの悲劇の主人公に何故、歩みよらなければならないのか。なんで、彼らのために良い話だったと円滑にまとめなければならないっ。
『ノーラ、大丈夫だ。主が謝ることはない。それに、今何を言った所で繰り返すだけだ。でも、そうだな。流石に哀れだからな。我から少しプレゼントしてやろう』
悔しくて無意識に唇を強く噛む私に対して、精霊様は暖かい手でそっと撫でてくれる。この精霊様といると自分が幼子に戻ったように感じる。
そして、精霊様がパチンと1つ指を打ち鳴らすとパッと宙に火花が飛び散る。その火花は赤、蒼、黄と色とりどりでとても綺麗だった。
しかし、その綺麗な光景にそぐわない声が花火が浮かび消えるたびに響きわたる。その声事態は鈴の音を転がしたように気着心地の良い声と普段聞いているのとは少し違った、けれどもよく聞き覚えのある声だった。
「貴方の周りには素敵な殿方がたくさんいらっしゃるようですが貴方はルーカス様をどう思っているのですか。」
「しつこいなぁ。何回も言ってるでしょ。友達よ、友達。ルーカス様もレヴィ様もレオナルド様もみーんな大切な友達よ。まぁ、いずれかは恋人となるかもしれないけれども彼らしだいね。条件の一番いい人を選ぶつもりだし」
「という事はルーカス様の事は好きではないのですね。なら、どうかこれ以上彼に付きまとわないで下さいっ。それか、はっきりと彼にその気はないと伝えてはくれないでしょうか」
「嫌よ、何でそんな事しないといけないのよ。友達を避ける必要はないでしょう?それに彼もわたしの未来の旦那様候補なのよ。彼、第二とはいっても王子だしいいのよね」
「そんなっ。お願いですっ、どうかどうか私からルーカス様を奪わないでっ。私には彼しかいないの。彼だけなのっ彼の事以外なら何だってするからっ」
「はは、モテない人は可愛そうですね?何だってって公爵令嬢の貴方が平民であるわたしに対して土下座でも靴でも舐めてくれるの?」
「貴方がそう望むのなら。ですから、ルーカス様だけはっ」
「ふふふっ高貴なはずの公爵令嬢様が・・・・。貴方にプライドはないの?あんなお金だけしかない坊ちゃんに・・・ふふふバッカみたい」
そこで綺麗な花火は終わってくれたけれども・・・・・うわぁあああああああああああああああああああ。精霊様、なんてことしてくれたのでしょうか。身に覚えのあるやり取りだけにすぐに分かってしまった。あの時は本当に必死で、どうにかしたくて。そのために公爵令嬢としての立場が傷つこうともプライドがなくなろうともどうでも良かったけれども改めて掘り返されると地面にのめり込みたくなる。
「これは・・・これはどういう事だっ」
シーンと静まりかえる場を壊すかのような怒声に肩がビクリと跳ねる。
『どうしたも何も。そのまま我の記憶に残る光景を伝えたまで。精霊は人と違って虚言や嘘は好かない。これがどういう事か分からないわけではないだろう?』
「こんなの、こんなの嘘だっそうだろアメリアっ」
「あ・・・」
先ほどまでの光景が精霊によって真実のものだと証明されたが、そんなことがなくても彼女は当事者であるアメリアは嘘のように顔面蒼白になっており、彼女自身が物語ってしまっている。殿下自信も彼女の事を信頼していただけに、事実に騒然としている。
『ああ、そうだ。主らはノーラを裏切り婚約・・・しいては結婚するのだろう?真におめでたいことだな。せっかくだ。我が主達の仲を認めよう。末永く仲良くするがいい。』
精霊様が祝福を下さった。それの意味することはこれからどんな理由があろうとも何が起ころうとも離婚や浮気をする事は精霊様を裏切ることに繋がる。そして精霊様を裏切るという事は精霊様から呪いを渡される事に繋がり幸せに人生を歩む事は永久的になくなる。
「精霊様っお待ち下さいっ。私は、何でこんな娘狐と今後を共にしないといけないのかっ!!俺は被害者だっ。恨むならこの女だけでいいだろっ」
「何よっふざせんなっわたしは悪くないっ。騙されるほうが悪いのよっ」
こんな彼らに留めを刺すかのように告げる精霊様は本当は精霊ではなく鬼なのではないだろうか。
『あぁ、うるさい。それよりもノーラ。まだ、返事を聞けていなかったな。我とともに生きてくれるか?』
コテンと首をかしげる精霊様は少年のような見た目から可愛らしい。けれども、後ろの彼らのことはそのまま放置するつもりなのだろうか。10分くらい前まではお互いに悲劇を楽しんでいたのに今では擦り付け合いの泥試合だ。
『むぅ・・・・エレオノーラ。何処をみている。あんなゴミ虫はほうっておけ。それとも、主は気に入らぬか?』
余計な事をしたかと形のいい眉を下げてしょんぼりする少年の姿には精霊様の威厳など感じられず本当に少年みたいだ。
「いいえ、そんなことありません。正直、スカッとしました」
そうなのだ。どんなに彼らを可愛そうだと思う部分があっても、自業自得だと思う部分の方が大きいのだ。私だってあんな風に裏切られて尚、相手に優しさを振りまけるほど親切な人ではない。けれども本来なら私の手で彼らに報復をするべきだったのを変わりに精霊様に行わせてしまったことが気がかりではある。それでも
「精霊様、ありがとうございます。私は迷わずに前に進めそうです」
だから、私は笑う。精霊様のおかげで心から笑うことが出来る。貴方がいてくれたから私は独りに戻らずにすんだ。与り知らない事実に身を汚さず屈辱に我慢しないですんだ。泣き寝入りしなくて同道と前を向いて歩こうと思えた。
『ディランだ、愛しい我の花よ。どうか名を呼んで』
「ええ、ディラン。私は喜んで貴方と生きたいわ」
『さぁ、ともに行こう。エレオノーラ、我の、我だけの宝石よ』