最初の怪
私には悩みがあります。
考え続けても答えの出ない悩み。
それは何かというと、ここ最近「いつもの自分自身」とは別の思考が溢れてきて止まらなくなってしまったことでした。
いつも物事を考えるときは頭の辺りで言葉が浮かぶ感覚があるのだけれど、それとは別にもう一つ、胸の中心辺りから次々と言葉が生まれてくるようになったのです。
しかも、その内容は困ったことに「こんなことを考えてしまったら困るなあ」といったことばかりなのです。
考え事なんて何が問題なのか、と皆さん思うかもしれません。
確かに、日常生活での考え事なんて口に出さなければばれないでしょう。
普通ならば。
しかし幸か不幸か、私のいる場所、ここは「ESP養成学舎」。
テレパシーが使えてしまう人なんてごろごろいるような場所なのでした。
そして、私の前にはその最高指導者であり最強ESP能力保持者である泉子先生がいました。
私はその暴力的な思考の情報量に途方に暮れながら、私は会話を止めて押し黙り、先生を見つめました。
「フミさん、どうしたの?」
「いえ、」(なんでこんなことばかり考えるんだろう。先生はすごくきれいで、私の憧れで、こんなに美しい人いるわけないっていつも思っていて、大好きで、いつも幸せでいてほしいのに、)
私の中で思考を撒き散らす何かは、「おばあさんみたい」なんて心にもない暴言を生み出し続けているのです。
泉子先生は、小柄で華奢な体躯をされていて、白い滑らかな肌に、つややかな黒髪のセミロングを肩まで伸ばした清楚な感じのする美しい女性です。
泉子先生は類稀なるとても素晴らしい能力を持っていて、人の思いを見通すことができるのもその一つでした。
泉子先生は私の脳裏に去来するその単語一つ一つがはっきりと読み取れているにも拘らず、私に優しい微笑みを向けていました。
(「私」はそんなこと思ってない。先生は本当にきれいなのに、先生ごめんなさい。なんでなんだろう)
「人の感性というものは、本人が求めているものを映し出します」
泉子先生はそう私に言うと、相変わらず微笑んだままお茶をそっと口に含みました。
私には泉子先生の言っている意味がさっぱり分かりませんでした。
先生がいらっしゃるだけで、空間が洗われるように清々しく美しくなります。泉子先生は、ほかの存在に生命力を与え癒すことができる能力もありました。
私は泉子先生や周りにいてくれる存在にご恩返しをしたい、手を差し伸べたいと思っていつも生きていましたから、「求めているもの」という言葉がピンときませんでした。
今にして思えば、私は自身の姿についての理想を描いたことがありませんでした。
どうなりたいか?といえば、きちんと周りにご恩返しができて、世の中が自身が生まれたときよりも良くなっていることを望み、そのために行動し続けることが生きる上で重要だと思い続けていましたので。
少女のように華奢で生命力にあふれた泉子先生の何を見て暴言が溢れてくる理由が皆目見当が付きません。
私はただただ戸惑ったまま、先生にお断りをして、その場を辞することにしました。
泉子先生は困ったように微笑んでいました。
◇◆◇
「ESP養成学舎」は日本の田舎町にひっそりとあります。
総勢300名以上の生徒と10名の指導者で構成された、有志による私設団体で、「人間が本来持っている能力を最大まで引き出し、それを以って世の中に貢献すること」を目的としています。
程度の差こそありますが、「人を癒すことができる能力」「他の状態を知る能力」は基礎を磨けば誰もが保持できる能力であり、その能力を駆使して、「ESP養成学舎」も表向きは整体院の格好をしていました。
学舎はいまだ原生林の残る山間部に居を構えており、鳥のさえずりが麗しく、風光明媚な自然が五感を心地よく包んでくれます。
私ことフミは、学び始めたばかりの見習いで、学舎は最高指導者の泉子先生を主軸として、その直弟子である徹先生が皆の指導に当たっていました。
徹先生は壮年の男性ですが、その背格好の若々しさや雰囲気の楚々とした感じから、青年のように見えました。向こうから学生さんが歩いてくると思っていたら徹先生だった、ということも度々あり、私は内心ひっくり返りそうになることが多々ありました。
そして、徹先生はあまりにも身体能力が高く、やることなすことが人間離れしていましたので、私は人間という括りで彼のことを考えたことがありませんでした。「徹先生は仙人」というのが、私の認識でした。
人の思いというのは、空間を汚します。思いが情報として空間にどんどん蓄積していき、重苦しい雰囲気を醸し出すようになるのです。
私の、思考が生まれる場所が2か所に分かれてまい、大変不本意な思考が生まれてしまうことも、何を、と思うかもしれませんが、とても深刻な問題を生んでいました。爆発的に空間を汚してしまうようになったので、心も乱れますし、心に連なって、体調も優れない日が続くようになったのです。
私の不調があまりにも続くので、徹先生が体を診てくださることになりました。
徹先生のすごいところは、人の体を完璧に整えられることです。そして、彼もまた、泉子先生と同じように、人の思いを見通すことができましたし、体に触れれば過去に遡って物事を読み取ることができるようでした。
「完全に病気。泉子先生に対して暴言を思うだなんてありえない」というのが、先生による所見でした。ただ、そのような所見をお伺いして、それでどうしたらその症状が止まるのかはついぞわかりませんでした。
私には相反する二つの思考の核が共存することになり、従来からあるものとは別に、もう一つが「私の恐れ」を映し出しているような感じがしていました。というのも、私の思考は「こうなったら困るな」と少しでも考えると、困る方向へ暴走してしまうような感じがあるのでした。
徹先生に体を診ていただいた後も、私の中では、自由に操れる思考と、不自由な思考の二つがせめぎ合い続けるようになるのでした。
泉子先生への暴言のような思考は、そのあと1か月ほどで、自然に止まりました。
ただそれからしばらくして、もっと面倒くさいものにかかることになってしまいました。




