青空と鳥
飛べ、コモリ。その翼を持って青々とした大空へ。
「君には翼がないんだ。翼がないんだから、当然飛ぶことはできない」
コモリは突然、洞窟の中でそう言われた。海のそばにある洞窟だ。やや、冷たい洞窟の岩に乗り上げる海の波が音を立てている。それは洞窟の岩を一流の彫刻に彫りあげるほど、見事な波の流れであった。青白い光が蔓延していた。コモリの立っている場所は暗かった。
大きな鳥がコモリに語りかける。彼は真っ赤な鱗を持っていた。それは青白い海の波と重なって、少し紫色に見えた。コモリはそれを見て、「飛べなくったって生きていてもいいじゃないか」と思うことができた。
「でも今は翼が、翼が!なくったって、です。生えてくるかもしれんじゃありませんか。生きているって、そういうことじゃないんですか?」
真っ赤な鳥は重苦しく、ゆーっと首を振った。彼の首の軌跡は、コモリには、まるで宇宙にある星々を一切合切繋げてしまうように見えた。洞窟の光加減のせいだったかもしれない。コモリが星々を青いと錯覚しているのかもしれない。
コモリは否定されたのだ。彼女が鳥であるということを。冷たい洞窟の風が彼女の肌を撫でた。彼女の肌はいかにも美味しそうだった。人間は彼女を焼いて、食らってしまえばいいのだ。彼女の姿は暗い町の肉屋に並んでいてもおかしくない。
「いいや、もう君はダメだ。もうこの洞窟のように、暗いところで輝く存在になってしまった。空に飛んでいく可能性は、万一にもない」
コモリは真っ赤な、大きな鳥にこう言われて大変悲しんだ。友人の鳥は今日、もう大空へ飛び立っていく。それなのに、コモリだけはそれができないのだ。
「万一にもない」
そう言われたのが一番寂しく思われた。そして真っ赤な、大きい鳥の言うことは絶対なのだ。コモリはもうあの真っ青な空に身を置くことはない。洞窟の青白い光と、大きい鳥の赤い鱗にとらわれて生きるだけだ。
慎み深く彼女の目から流れた涙は、洞窟に住む微生物の群れが集って、水中で食った。涙目で彼女はその微生物らの輪郭を見た。そっとその水面に手を入れていくと、微生物は彼女の手をコツコツと食らった。皮膚の部分だけ。彼女はそれでもっと悲しくなった。それで、どうして悲しくなったかと考えた時、ずっと悲しくなった。彼女は人か、それとも鳥か。洞窟のなかで自分の影を見ると、それは人間なのだった。
一匹の水中生物が、何をとち狂ったのか、コモリの毛いっぱいの腕(彼女の腕はムカデがうじゃうじゃと群がっているように、毛むくじゃらである。)に登ってきて、陸上では息ができないので、苦しんだ。それはすぐに死んだ。コモリは思った。
「私は蜂の子を酔っ払った時、食べたことがある。あれは人間が、私に酒を飲ませた時だ。蜂の子が酔っ払いにはいいと言うのだ」
コモリは優しく、他人から慕われる鳥の少女であったけれど、その日真っ赤な大きな鳥の鱗を一つ、盗んで持ち帰ってきたのだった。それは彼女が犯した初めての悪事であった。彼女はふと思い立って、その鱗を焼いてみることにした。青空に高く飛び上がった時、見られる太陽の感触がどうかということを、試してみたかったのだ。それは悪より重い感触であるはずだ。彼女は罪と太陽を心の内で天秤にかけた。太陽の方が重かった。
大きく、真っ赤な鳥なんだから、その鱗は美しくないはずがない。それは全て知っている。その鱗を燃やせば、飛ぶより素晴らしい世界のことを知ることができる。コモリはそう思っていた。だから暗い洞窟の中で、頑張ってマッチを探して、それに火をつける。それを真っ赤な鳥の鱗に落とした。コモリの体からはかすかに悪事が匂っていた、そして真っ赤な鳥の鱗は洞窟をぽうっと照らしていった。それは優しい香りだった。
コモリは悟った。
「この世界は別に確実じゃない。色んな人が飛んでいってる、けれど、私は飛ぶ必要はない。この赤い鱗が証明してくれる世界の美しさのように」
彼女は洞窟の外へ出て飛ぼうと試みてみた。結局彼女は飛べなかった。