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キャンバスを彩るは君の微笑み

作者: 新良広那奈

「はい、おしまい」


 ペディキュアの小瓶をポーチにしまう。

 ふぅっと爪に一息吹きかけ、軽く指先で輪郭をなぞれば、すっかり人工色が馴染んでいることが分かった。


 目の前の彼女は満足そうに笑みをこぼして僕を見る。

 あぁ、好きだなぁ。その笑顔。

 僕はそっと胸の内でそう呟く。


「相変わらず統也はこういうのが上手ね」


 ひらりと、白磁の手が僕の目の前で揺れる。

 そっとその指に自分の指を絡めて、「そう?」と返す。


「私がやるよりよっぽど上手いんだもの」


 笑顔も好きだけど、眉を歪めたちょっぴり悔しそうな今の表情も、かなり僕好み。

 愛しさが溢れて、思わず眉間に口付けを落とす。


「ふふ、でも君は僕より、料理が上手じゃない」


 単純な事実を口にする。


 彼女が出来てみて初めて気づけたのだけど、「いいな」って思うことを思った通りに口にするだけで、女の子は嬉しいものらしい。

 今もほら、美鈴が幸せそうに目を細めて僕を見ている。


「おあいこってことね」


「うん、そういうこと」


 お互いに、足りない部分や苦手なことがたくさんある。

 完璧な人間にはそう簡単にはなれない。

 だからこそ、僕らは互いに足りないものを相手に求め合う。


 それは決して傷の舐めあいなんかじゃない。

 少しも欠けたところのない、満ち足りた自分になるために必要な、大切なことなんだと思う。


 絡めた手を放さぬままに、ゆるりと彼女が立ち上がろうとする。

 繋がれた手の温もりがなくなるのが嫌で、僕も一緒に立ち上がった。


「せっかく貴方も褒めてくれたことだし、“これ”のお礼に、今日は美味しい料理をご馳走してあげる」


「うん、楽しみにしてる」


 彼女の手料理が出来上がるまで、僕はさっきまで描いていた絵に取り組もうかな。


「出来たら呼んでね」


「勿論」


 さっとエプロンを身にまとう姿を見ると、まるで僕の妻になってしまったような気がしてくる。

 勿論錯覚なんだけど、いずれ本当にそうなったら良いな、なんて思ったりして。


「あと、絵を描きながら時折君の方をちらちら見るかもしれないけど、あまり気にしないで」


 いつも置かせてもらっている僕のキャンバスに向き合って、その延長線上にあるダイニングに目をやると、くすりと彼女が笑った。


「変なの。改めて言わなくても、いつもそうじゃない」


「うん、まぁそうなんだけどさ」


 許可も得ずに自然と美鈴を視界に入れて、気づいたら一枚の絵が出来上がっている。

 大体いつもそんな風にして、彼女の絵ばかり僕は描いている。

 でも、いくら“彼女”だからって、何も聞かずに描くのもどうかなぁと反省したから尋ねてみたんだけどね。


「また私の絵を描くんでしょ?」


 勿論。

 声に出さず首を縦に振ると、「いいわよ」と寛大な美鈴の言葉が降ってくる。


「統也の絵、好きよ。統也に描いてもらえるのも」



 過去の彼女と比較するのは、美鈴にも以前の彼女にも失礼かもしれないけれど、こういう優しさに触れる度に、つい比較してしまう。


 昔の彼女たちには、僕の描いた絵は見せたことがなかった。

 最初の彼女の時にあったことが気がかりだったからだ。


 初めての彼女ということもあって、僕は彼女をとても大切にしていた。

 その子と趣味について話した時、絵を描くのが好きだということを伝えると興味を持って「私を描いてみせて」と言ってきたことがあったのだ。


 その頃の僕は風景画専門で、人物画は苦手だった。

 でも彼女が望むなら、と拙い絵筆で必死に彼女の輪郭をなぞってみせた。


 だけど、彼女はその絵を見て、急に僕の元を離れていった。

 いわく、「私はそんなに綺麗じゃない。そんな風に見られているのが怖い」とのことだった。


 彼女の言葉から、僕に人物画のセンスがあるらしいということは伝わってきた。

 けれど、彼女が側からいなくなってしまったということがその喜びを打ち消してしまったのだ。

 それ以降、僕は自分の彼女になる子に、絵の趣味は教えないようにしていた。

 なのに美鈴にこの趣味をさらけ出しているのは、至ってシンプルな理由からだ。


 彼女は美術の専門学校のクラスメイトだったのだ。

 お互い絵をたしなむ者なのだから、絵を描く趣味なんて学校にいる時点でバレているようなもの。

 だからこそ僕は付き合いだしてから、自然と彼女の前で絵を描くことができた。

 それが人物画に偏っていったのは、美鈴がそれを望み、そして喜んでくれたからだ。



「統也の目には、私ってこんなに綺麗に写ってるんだなぁって思うと、無性に嬉しくなるの」


 その一言は、僕にとっては何にも代えがたい宝物になる。

 ああ、やっぱり彼女が好きだ。どうしようもなく。


「……ありがとう」


「こちらこそ、ありがとう」


 言い置いて、彼女はダイニングへそっと歩き出した。

 瞬間、目に映った美鈴の笑みをそのまま記憶する。

 そしてそれを少しでも再現できるように、絵筆を握った。

 当時読んでいた漫画の主人公たちが美術系専門学校に通っていたため、自然とそこで学ぶ子を書いていたという。

 創作に限った話ではないのですが、大体において、その時触れている漫画や小説、音楽って日常の何かしらに影響しますよね。

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